54 実父はとても温かい人でした
「わぁ、す、すっごく美味しいですっ!」
ヨハンさんがお茶とマフィンを運んでくれたので、勧められたのもあって早速いただいたのだけど……バターの香りがふわっと広がって、甘さが控えめでしっとりふわふわで、本当に美味しいっ!
レシピ教えてもらえないかなぁ。でも家庭の味っぽいもんね。そう簡単に教えてくれるわけもないか。
んーっ、それにしても美味しい!
「そうだろう? 気に入ってもらえて嬉しいよ」
「変わらない味だ……懐かしいな」
「セルジュの言葉も一緒に、後でディアナに伝えておこう」
そう言いながら、公爵様はとても嬉しそうに笑った。
ああ、本当に温かな人なんだなって思う。
もし私が転移なんかせず、この家で育っていたら……きっと、愛情をたくさん注いでもらっていただろうと容易に想像出来ちゃうね。
自分の人生が不幸だなんて思ったことはないけど……そういう温かな未来もあったんだなって思うと少しだけ複雑。
「さて……ルリさん、と呼んでも?」
「は、はい!」
マフィンを堪能した後、ティーカップを置いた公爵様に改まって声をかけられてピンと背筋を伸ばす。
その様子がおかしかったのか、フッと笑われてしまったけれど、嫌な感じはまったくなかった。
いよいよ本題に入るんだ……。きちんと向き合おう。
この人を悲しませることは、したくないって思うから。
「ルリさんの意向はすでに聞いているよ。本音を言えば今から屋敷に住んでこれまで娘にしてやれなかったことを全て与えて甘やかしつくしたいところだが……」
「父上、そんなことを考えていたのですか……」
「ははは! 夢くらい見たっていいじゃないか、セルジュ。もちろん、ルリさんの嫌がるようなことは絶対にしない。というより、君が望む生活環境を整えたいと思っている」
ほんの少しだけど話した感じで薄々そんな気はしていたけれど……本当に良い人すぎない!?
それとも、親の愛ってこういうことを言うのかな。なんだか涙腺が緩みそう。
「貴族というものは厄介だからね、このまま我が家とは無関係の存在として今まで通り過ごしてもらっていいとも思っているよ。私が我慢すれば済むことだ」
「そ、そんなに悲しそうな顔をしないでくださいっ」
「ああ、ごめんね。やっと会えた娘だからか気が緩んでいるみたいだ。普段はそんなことないんだよ? ねぇ、セルジュ」
「まぁ、そうですね。父上のこんな姿は家族の前でしか見ません」
そうなんだ……さすがは公爵様だね。切り替えがお上手なのかも。
でもセルジュはどことなく呆れ顔をしてる。ふふっ、人間味のある部分があって素敵だと思うけどな。
場の雰囲気が緩んだところで、一度公爵様は真剣な顔付きに戻る。
というか、申し訳なさそうな顔というか、困った顔というか。
「しかし、すでに君の顔が知られてしまっている。セルジュと二人で出かけたことがあったね?」
「は、はい、そうですね……」
「セルジュは無駄に顔が良いから目立ってしまっただろう。その際、君のことを見てマリエルを思い出した人も何人かいたようなんだ」
「……私が迂闊でした。すまない、ルリ」
「いえ! あれは私が誘い出したことですし!」
そういうこともあったよね~! あの時はまさかこんなことになるとは思ってもみなかったし。
セルジュが立派な立場だということさえ、あの時の私は知らなかったもん。
それに、私は後悔なんてしてない。セルジュの気晴らしになれてよかったって思うからね。
でも、世間の目はそうもいかない、よね。公爵家なんだから。
「あれ以降、娘が戻ってきたのか、という問い合わせが後を絶たなくてねぇ……心配してくれていた者たちだ、悪気はないのだろうが、黙っているにも限界が近付いているんだ」
えっ、その頃からご迷惑をおかけしてたってこと……!? も、申し訳なさすぎるっ!
私の知らない間にフォローをし続けてくれていたんだ……。
私、本当に何も知らなかったんだな。
無知で、自分のことしか考えてなかった。
「娘として公表させてもらえないか? もちろん、今まで通りクランで生活してくれて構わない。ただ、どうしても最低限の催しには参加してもらうことになってしまうが……」
「父上もタチが悪いですね。罪悪感を抱かせて断りにくくさせるなんて」
「うっ、そういうつもりではなかったぞ? 本当だぞ!? 私は娘に嫌われたくないからな!!」
「ま、事実ではありますからね。ルリ、事情はあまり気にしなくていいからな。君がどんな決断をしようと、この人はどんな苦労も厭わない」
セルジュの言葉に頭が飛んでしまうのではないかというほど頷く公爵様。
そんな、断れるわけがないよ。ずっと知らないところで尻拭いをしてもらっていたんだもん。
たしかに断れない事情を聞いてしまった、というのはあると思う。でもね、なんというか……。
「公表してもらって大丈夫です。わからないことばかりでご迷惑をおかけすると思いますが……」
「……本当にいいのかい?」
「はい。公爵様にお会いして、お話して……私がそうしたいって思ったんです」
よく考えたら、ずっと本当の親がいなかった私に、血の繋がった親が出来る。
これって、すごく贅沢なことだと思うんだ。
少しくらいの努力や苦労くらい、頑張りたいって思っちゃったから。
「ルリさん……! ありがとう、本当にありがとう。私は君のためならなんでもするよ、困ったことがあればすぐに言ってくれ! クランにいる間は、君のことは常にセルジュに守らせるよ」
「ええっ!? それは悪いですよ! セルジュにだって仕事がありますし!」
「私は構わないが……」
「私が構うんですっ」
なんだろう、胸がそわそわするというか、ムズムズするというか。
公爵様もセルジュも、まるで私を守るのが当たり前かのように言ってくれるからかもしれない。
社交辞令的な部分があるのもわかってるよ。それでも、好意は伝わる。
……腹を括ろう。
これから本当の家族のことを少しずつ知っていけばいい。
焦らず、ゆっくりと。私も、奇跡的に出会えた家族の助けになれるように。
……どう考えても私が迷惑をかけることのほうが多いけどねっ!




