53 はじめまして、お父様
応接室に案内され、しばらく待つ。
まだほんの五分ほどしか経過していないけれど、ご当主様が来るまですごく長く感じた。
怖いという気持ちはなくなったけど、それはそれとしてドキドキは止まらない。
「緊張しているのか? あ、いや……愚問だったな」
「緊張しますよぉ……どんな顔して何を言えばいいのかわからないですもん」
「そうか。だがそれはきっと、向こうのほうが思っていると思うぞ」
「え?」
クスッと笑いながら言うセルジュの顔を見た時、部屋のドアがノックされてご当主様が来たことを知らされた。
反射的に立ち上がり、背筋が伸びる私。そんな私に、隣で立ち上がったセルジュがそっと背に手を当ててくれた。
温かい手……。それだけで少し落ち着けた。
「……っ」
応接室に入ってきた公爵様は、目を丸くして私を見つめていた。
綺麗な金髪に美しい紫の瞳が印象的な、とても凛々しいお顔立ち。厳格な雰囲気も漂っているけど、今は一人の父親の顔をしているように感じる。
まぁ、私に父の顔だなんてわからないけど……なんとなく、そう思っちゃって。
公爵様はドアを開けた場所で立ちつくしたまま動かない。動揺した様子なのが見て取れる。
室内に入ってくることもなく、ただ立ちつくしている姿が、なんだか、こう……胸にくるものがあった。
「サイファ様、何かおっしゃらなければ」
「っ、ああ、ああ、そうだな……話したいことは、たくさんあるはずなのだが……っ、す、すまない」
公爵様は片手で口を覆うと、深呼吸を繰り返しているようだった。
私が話しかけても大丈夫かな? そう思ってちらっとセルジュに視線を向けると、軽く頷かれたので勇気を出して声を出す。
「あの。お、お父様、なのですよね? その。お会いできて、嬉しいです」
「あ、ああ……っ! すまない、こんな……ああ、本当に情けないな。どうしたらいいのかわからないのだ」
ヨハンさんは涙ぐんでいて、セルジュは驚いたような困ったような、優しい顔を浮かべている。
きっとこんな公爵様の姿は珍しいんだと思う。漂う雰囲気からしても、普段はきっとしっかりとした方なのだろうから。
公爵様は一つ大きく息を吐いた後、目を潤ませながら私を再び見た。
「失礼を承知で頼みたい。……どうか、どうか一度だけ、抱きしめることを許してもらえないだろうか」
「……はい」
とてもじゃないけど、断ることなんて出来ない。
それに、嫌だなんて思わなかった。
公爵様は驚いたように目を見開いた後、何度もありがとうと言いながら私にゆっくり近付いてくる。
ぎこちなく腕を伸ばし、壊れ物でも扱うかのように優しく、そして控えめに私を抱きしめてくれた。
だからもっと力を入れても大丈夫だと示すように、私も公爵様の背中に腕を回し、ギュッと抱きしめる。
すると、公爵様もぎゅっと力を込めてくれた。
「ミュリエッタ……! ミュリエッタ、すまない、すまない……! 私が無力だったばかりに」
声が震えていて、彼が泣いているのがわかる。
あなたのせいではないとか、仕方のないことだったとか、私は誰のことも恨んでないとか、色々と伝えたいことがあったけど……。
なんでかな、ご当主様の感極まった様子につられちゃったのかも。私も何も言えなくなって、そっと背中を撫でることしか出来なかった。
お父様、か……。女親以上に男親というのはイメージがわかなかったけど、不思議と受け入れている自分がいる。
頼もしい存在なんだな、父親って。トウルさんやセルジュ、クランのみんなも頼もしいけれど、それとも少し違う不思議な感覚。
どうしよう、娘として側にいてくれと言われたら揺らいでしまいそう。
「……ありがとう。すまなかったね、君にとっては初対面のおじさんだというのに」
「い、いえ、そんな」
「拒絶して突き飛ばしてもよかったのだぞ?」
「そんなこと出来ませんよっ!」
「はは、冗談だ。優しいのだな……マリエルを思い出す」
落ち着いたのか、公爵様は私の両肩を優しくつかみ、身体を離すと懐かしそうに目を細めた。
きっと私の母親のことを思い出しているのだろう。
一度も会うことのなかった母親だけど、とても愛されていたのだということが公爵様の目からわかる。
なんだか、それだけで良かったって思えた。
「みっともない姿を見せてしまったね。初対面ではカッコいい父親の姿を見せたかったのに……」
「無理したってすぐにボロがでますよ、父上」
「セルジュは手厳しいな……」
意外にも冗談を言うんだな、と思っているとセルジュがすかさず話に入ってきたので思わず笑ってしまった。
それをきっかけに、その場にいた人たちが全員笑い出し、緊張していた場は優しい雰囲気に包まれる。
「ヨハン、お茶を淹れ直してくれないか。取っておきのお茶請けも一緒に」
「かしこまりました」
今も美味しそうな焼き菓子やスコーンがあるのに、また用意してくれるのかな、と首を傾げていると、公爵様がウインクしながら告げる。
「ディアナ……今の妻が焼いたマフィンが絶品なんだ。ぜひ君にも食べてもらいたくてね。セルジュも、懐かしいだろう?」
「母上のマフィンですか。最後に食べたのがいつかすら覚えていませんね」
「それなら余計に食べるべきだ。なに、ディアナも張り切って作ってくれたのだよ。息子のため以上に戻ってきてくれた娘のために、とね」
「なるほど。ルリ、母は昔から仲良くしたい相手にマフィンを振る舞うんだ。食べてもらえたらありがたい」
少し恥ずかしそうに告げるセルジュがどこにでもいる年頃の息子の顔をしている。
仲良くしたいのはこちらのほうでもあるので、私は笑いながら首を縦に振った。




