52 ずっとわかっていたんだね
あっという間にキンドリー家に到着してしまった。
大きな門扉の前で降りるのかと思っていたけど、屋敷が広すぎるのでそのまま馬車で中に入り、屋敷の入り口まで進むのだという。
公爵家、恐ろしい……。
数分かけて入り口まで辿り着いたところで馬車が停車し、先にセルジュが降りて私が降りるのを手伝ってくれた。
「わ、きゃ……」
「おっと。大丈夫か?」
「す、すみません。ドレスで降りるのって難しいですね……」
「だからこそ、こうしてエスコートがいるんだ。ゆっくりでいいぞ。それか……抱き上げようか?」
「だっ、大丈夫ですっ!!」
お約束かのようにドレスの裾を踏んで転がり落ちそうになる私をセルジュがスマートに助けてくれる。
私にはもっと落ち着きというものが必要だね。……無理かも。
セルジュにエスコートされながら前を向くと、ドアの前に見知った顔があることに気付いた。
出迎えてくれたヨハンさんは一度深々と礼をした後、心から嬉しいといった様子の笑顔を向けてくれる。
「ようこそおいでくださいました。当主も首を長くしてお待ちです」
「目に浮かぶな。だがあまり急かさないでくれ、ヨハン。ルリは慣れていないんだ」
「もちろん、承知しておりますとも。ルリ様、どうか肩の力を抜いてくださいね。この屋敷の者はルリ様のためとあらば何でもお手伝いしたいと思う者ばかりですから」
「あ、ありがとうございます」
要は、失敗したり転んだりしても見逃してくれるどころか助けてくれるってことだよね。
ありがたいけど恥ずかしいし、大事にされればされるほど落ち着かないよぉ!
百パーセント善意なのがわかるだけに、やめてとも言えないし、粗相をしないように頑張るっきゃない!
応接室に向かう途中、肖像画の飾られた廊下を通過した。
キンドリー家の人たちかな? あ、これは家族写真っぽい。絵だけど。
金髪に紫の瞳をした体格のいい男性、たぶんこれが当主様で……私の父親なのだろう。威厳のある佇まいといい、立ち位置といい間違いないと思う。
その隣に立つ凛々しい赤髪の女性が今の奥様だよね。緑の瞳と目元の雰囲気がセルジュにそっくりだ。
ご夫婦の前に立つ赤髪の少女と金髪の少年がお子様たち……。二人とも綺麗な紫色の瞳をしていて、無邪気に笑った顔が可愛らしい。
これが、私の家族……。なんだか不思議な感覚だ。
肖像画に見惚れていたから歩くのが遅くなってしまったけど、セルジュもヨハンさんも急かしたりしなかった。あっ、ごめんなさい。
慌てて前を見て歩くスピードを速めようとした時、その絵が目に飛び込んできた。
「え、この肖像画は……」
美しい黒髪に深い青の瞳。穏やかな微笑みを浮かべながら赤ん坊を抱いている。
まさか、これって……。それにこの赤ん坊は。
思わずヨハンさんのほうに顔を向けると、ヨハンさんはゆっくりと頷きながら口を開いた。
「亡くなられた奥様、マリエル様です。ルリ様の実の母親でいらっしゃいます」
「母親……」
「本当は赤ん坊を抱くことさえなかったのですが……せめて絵の中だけでもと絵師が描いてくれたのです」
「そう、なんですね……」
なんなの、これ。こんなの……もう間違いないじゃない。
というか、ヨハンさんもセルジュも、ずっと前から気付いていたんだね。
だってこの絵の中の女性は、今の私とそっくりだ。
「ルリ様には髪や瞳の色がどうのとあれこれ遠回しなことを申しましたが……実のところ、貴女をお見かけした瞬間から確信しておりました。あまりにも、マリエル様にそっくりでいらっしゃいましたから」
疑いようもないほどそっくりなんだから、本当なら無理にでも私を連れて来れたよね?
でもそうはせず、ちゃんと時期を見て声をかけてくれたんだ。
「……セルジュも、気付いていたんでしょう?」
「……っ」
「知っていて、ずっと黙っていてくれたんですね」
初対面の時、セルジュはどこか驚いた顔をしていたように思う。
あの瞬間、すでにセルジュにはわかっていたんだ。
それなのに、何も言わず普通に接してくれていた。
「……言えなかっただけだ。私は臆病者だからな」
「いいえ、そんなことありません。気遣ってくれたのでしょう?」
「いや。ただ似ているだけのこともあると、そう思った」
嘘が下手だなぁ、もう。
私は怒ってなんかいないよ。怒るわけがない。
セルジュも、ヨハンさんも、そしてご当主様も……本当に私のことを思ってくれていたんだってわかったもの。
「ありがとうございます、セルジュ。それから、ヨハンさんも」
私がお礼を告げると、ヨハンさんは胸に手を当てて深々と礼をした。
セルジュは何かを決意したように表情を引き締めると、力強く告げる。
「これからは、なんでも相談に乗る」
「頼りにしてます!」
これまで不安だったご当主様との面会も、もう何も怖くはなかった。




