二尾の魔法少女
私達は食事を済ませ、着慣れぬ黒ロリチックなもこもこの衣装に改めて袖を通して大きなブーツに足を預ける。勢い良く立ち上がると大きなリボンが頭を揺らして体勢が崩れる。なんとか立て直してため息を漏らす。
「さて、いくで。偉大な先輩に会いに!」
「おー!」
魔法少女の先輩に会うため、意気揚々と忘れな荘を飛び出した。あ、イネさんから貰った髪飾りは預けておきました。壊したくはないので。
そうして私は上機嫌のまま歩みを進め、無防備にも日差しにさらされた。
「あっつ!」
正午も越え、照りつける太陽の光が黒を基調とした衣装に吸い込まれる。夏の暑さに似合わぬ姿は間違いなく私の体力を削り取る。
「なんで魔法少女の衣装が黒なんですか」
「魔法少女といったら黒やろ?」
「初耳ぃ……」
私の疑問はラシーさんにとって当たり前のことらしく、その他の意見なんてありえないといった様子だった。
こちらの世界では黒をイメージカラーとした魔法少女はあまりメジャーとは呼べない印象があります。赤とか青とかピンクとか、もっと明るい色が主流だった気が。
「さっきまではそこまで暑くなかったんやがな、ちょっと出るまでに時間かかってもうたから……」
「アルコンさんが暴走しましたからね」
魔法少女に変身するためのアイテムにとても興味を持ったアルコンさんがラシーさんと呑子さんに対して質問攻めしていたのは少し申し訳なく感じた。
とりわけ魔法少女の衣装や変身前に着ていた衣服を収納しておく機能についてとても興味を持っていた様子。それさえあれば荷物が格段にコンパクトになるからと大変興奮していました。興奮するべきはそっちではないと思うが……まぁ、アルコンさんだし。
そんな感じで雑談しながら歩いていると人が多い通りに出た。車や商業ビルなど私がいた世界でも見かけるものも多い。しかし、ビルが立ち並ぶ中に木造やレンガで造られた建物も散見している。やはり似たようで別の世界らしい。
そんな中、少し遠くにひときわ大きな塔がビルの間から姿を現した。周囲のビルと比べるととても大きく、百メートルは優に超えてそうだ。
「あそこのてっぺんに目当ての魔法少女がおるで」
「あの上?」
電波塔のようにも見える鉄塔の上、そこに魔法少女がいるらしい。最上部付近に展望台になりそうな出っ張りが見えるのでおそらくはそこに滞在しているのだろう。
そんなことを考えながら目があった小さな女の子に手を振る。これが魔法少女としての立ち振る舞いかはわかりませんが目が合った以上なにかしら応えなければなりません。むしろ大胆にポーズとかとるべきだったかな?
「ラシーさん、ファンサってやった方がいいんですか?」
するにしてもラシーさんに聞いてからの方が良いと思い、確認を取ろうとした。しかし、ラシーさんは自身の鼻をひくつかせていた。
「待ちや、ちょっとめんどくさい事起きてるかもしれんわ……」
緊迫した表情に私も思わず息をのむ。恐らくは町の方で異常事態が起こったのだろう。
「行きましょう」
「いや、蜜柑は別に行かんでも……あとまだ戦い方しらんやろ」
「それでもです!」
戦い方を知らない、そんな事は重々承知。それでも私は目を背けるわけにはいかないのです。
私はラシーさんの静止を振り切り、走り出した。
「あーもう! ちょっとは待ちや!」
ラシーさんは走り出した私の体にしがみつき、ペシペシと叩いてくる。
「戦うのは禁止! 蜜柑は市民の避難誘導だけな!」
戦えないんだから出来ることをしろ、そう私に忠告する。
「でもそれだと……」
「大丈夫、お前の先輩に任せや」
ラシーさんが言うのなら大丈夫なのだろう。しかし、その先輩は電波塔の上にいるはず。任せるとしても少し不安だ。
町の中心に近づくにつれ、逃げ惑う人々と悲鳴の数が多くなってきた。逃げる方の邪魔にならないようにすり抜けながら騒動の中心に駆けつけると、ロータリーのような広場の中心でよくわからない生き物が暴れまわっていた。
紫色の丸く柔らかそうな体をしたその生き物は空に向かって大口を開けており、いかにもなにかを丸飲みしそうな容姿をしている。
「今回もけったいな怪物やなぁ……儂らは逃げ遅れてる奴を助けるで!」
「わ、わかりました!」
返事をしたはいいもののやるべきことを理解できているわけでもない。周囲を見渡すが逃げ遅れている人も見当たらない。
とりあえず逃げている人達の最後尾について背後を守ろうとしたその時、怪物は何かを周囲にまき散らした。それは電柱や車の破片のように見え、その怪物が飲み込んだ物だと推測する。
それらは周囲に降り注ぐが避難が進んでいたお陰か人々の頭上に降り注ぐことはなかった。しかし、吐き出した物のうちの一つがビル屋上の広告に直撃し、その一部が吹き飛び、あろうことか避難している女性に降り注ごうとしていた。
「危ない!」
私は咄嗟に駆けだした。魔法少女に変身しているからか普段より格段に足が速くなっているのを感じる。が、それでも間に合いそうにない。
そこで、私は前の世界でやったように、別の世界から大量の水を呼び寄せて落下物にぶつけた。ブランリーを流れる川の水流、それを呼び寄せたのだ。これは魔法少女とは関係ない私自身の力だ。
全て落下物を弾き返せたわけではない。そこまで強くない水流では大きな落下物は押し返しきれない。
それでも時間は稼げた。稼いだ一瞬でなんとか落下物から助け出せる。
────その時だった。
『待たせたのじゃ皆の者』
どこからともなく聞こえるノイズ混じりの声。それと同時に落下物が砕け散った。訳がわからなかったが、ひとまず彼女を抱えて安全なところまで退避させる。
それと並行して周囲を見回すと真っ黒なドローンが何十機も飛び回っていた。
『ここからはわらわに任せるのじゃ』
その可愛らしいのじゃロリ声はドローンに付けられているスピーカーから発せられていた。周囲の人々を安心させるように優しく、快活な声で。その声に反応してか周囲からの悲鳴は止み、それどころか活気づいた声すら聞こえだした。
「はぁ、やっと来たか」
「もしかしてこのドローンを操縦してる方が例の……」
「せや、蜜柑の先輩や」
ラシーさんはため息を交じえながら私の問いに答える。ラシーさんの態度はまるでもう事を終えたかのようにリラックスしているようにも見えた。
沢山のドローンは怪物の周囲を飛び回り、手際良く包囲を進めていた。怪物がそれらをうっとおしく思ったのか再び飲み込んだ物を吐きだそうとした。しかし、それを防ぐようにドローン群が針のようなものを撃ち出した。
『『狐雷』、オイタはだめじゃぞ?』
怪物がまるで雷に打たれたかのように体を硬直させた。おそらくは針から電流を流したのだろう。怪物は物を吐き出そうとした体勢から一切動かなくなった。
その瞬間、電波塔の最上部で大きな光が見えた。それはまるで怪物の最期を知らせるような優しく残酷な死の宣告のようだった。
気が付くと怪物は体に大穴を開けて絶命していた。電波塔に見えた光、あれはおそらくマズルフラッシュによるもの、つまりは怪物を電波塔の上から狙撃したのだろう。
一連の出来事に茫然としているとドローンの一部が民衆に近づいていった。
『注目せよ! 害を成す怪物はこのわらわが無事に滅ぼした! 安心するがよい! さて、お主達に怪我はないかの? もし怪我をしたのならわらわに告げよ、手当出来る者の下へ案内してやろう。知己の者と逸れた者は────』
逃げ惑っていた民衆を安心させるように語りかけ、怪我をした人や不安を抱えた人達を優しく導いていく。
それと同時にドローンの一部は崩壊した建物の撤去作業や死した怪物を丁寧に切り刻んでいた。もしかしたら現場の後処理と同時に巻き込まれた人がいないかを確認しているのかもしれない。
「凄い……!」
その実力、その手際に私はただ感動するしかなかった。アッシュさんやユーナさんのようでいて、二人とはまた異なる英雄。それが私の先輩。
その精神性を前に立ち尽くしているとラシーさんが私の頭にのしかかってきた。
「なんやなんや、感動したか?」
「はい! 凄いですね!」
「せやろな、なんたってあいつは……それよりもな、蜜柑」
ラシーさんは呆れたような声に首をかしげる。
「どうしました?」
「いい加減その子を降ろしたりや」
「……あ」
先ほど助け出した女性をずっと抱えたままだったのだ。私は大慌てで彼女を降ろし、ひたすら謝り続ける。幸いにも笑って許してもらえた。それどころか見かけない魔法少女ということで逆に質問攻めを受けそうになったがラシーさんに対応してもらえた。
ご迷惑をおかけしました────
────事後対応はやって来た警察の方々にお任せし、私達は改めて先輩に会う為、電波塔を目指した。
あの後は幸い何事もなく、無事に先輩が滞在している場所までたどり着くことが出来た……が、
「し、しんど……」
そこまでたどり着くためにはエレベーターでもなく、階段でもなく、ひたすらに梯子を上り続けなければならなかった。
「ほら頑張れ頑張れ~」
「くっ、自分は飛べるからって……」
仮に飛べなくても私の頭の上に乗っかるだけでしょうが……私だって空を飛べたらなぁ……。
それはともかく、無事に電波塔の最上部に辿り着くことが出来た。しかし、肝心の先輩が見当たらない。周囲を見渡すと人がいた痕跡は散見されるので間違いなくここにいるはずなのだが────
「なにをしておるのじゃ貴様は」
「ぎゃあああぁぁぁあああ!!!」
突如として後ろから声をかけられたことに驚き、声を荒げる。その声の主から距離を取りつつ視線を向ける。
そこにいたのはメカメカしい獣耳と大きな二本の尻尾が特徴の、そして黒の和ロリとサイバー風を合わせた衣装に身を包んだ身長が百五十にも満たない小さな黒髪のツインテールの魔法少女だった。この人も黒か。
その少女は二丁の拳銃を手に持ちながら腕を組んでいる。とても不機嫌そうに私を睨みつけており、可愛らしいのじゃロリ口調で私をしかりつけてくる。
「ここは立ち入り禁止じゃ、さっさと出ていけ! ファンサもするつもりもない!」
「あっと、えー……そのー……」
どうやらアポは取っていなかったようで、迷惑ファンの一人だと思われているらしい。可愛らしい口調に惑わされながらもなんとか誤解を解きたいが声の違和感に気を取られてどうにも考えがまとまらない。
「出ていかぬようなら強硬手段も辞さぬの……あれ?」
無理矢理にでも追い出すと宣言しようとしたその時、何かに気づいたのか急に動きが止まる。そして急に声が低くなった。
「お前はさっきの……なるほど。ラシー、説明」
事情を察したのか臨戦態勢を解き、二丁の拳銃を左の尻尾の中にしまい込んだ。どうやって仕舞ったか非常に気になるところではあるが今はそれどころではない。
彼は気だるそうな表情をしながら私の後ろに隠れていたラシーさんを問い詰める。
「新入りやで、新しい後輩」
「巫 蜜柑です! よろしくお願いします」
ラシーさんは揶揄うように私を先輩に紹介する。彼の様子からこんなことは一度や二度ではないのだろう。彼の苦労が偲ばれる……。
「一応聞くけど、俺の後輩ってことは訳ありってことでいいんだよね?」
「まぁそうですね?」
「滅茶苦茶訳ありやけどそれはまたおいおい話すわ」
異世界からやって来た少女が魔法少女になる、これを訳ありと言わなければなにを訳ありというのだろう。
彼は小さくため息を吐き、私の目を見る。
「魔法少女名『ツイン・テイル』、本名は夏奈司 修斗。忘れな荘及びチーム凶星のリーダーだ。厳しい規律はないけど俺の命令は必ず守ること。いい?」
「わかりました。よろしくお願いします」
私は深く頭を下げる。悪い人ではないしいい人そうではあるが厳しそうなのが少し不安である。
それはそれとして少し気になることがある。
「あのー、一つ聞きたいことがあるんですけど」
「なに?」
本名が夏奈司だとか凶星という禍々しいチーム名だの聞きたいことは色々ありますが、何よりも聞きたいことが一つ。
「もしかしなくても男性……ですよね?」
「……そうだけど?」
やはり地の声から察するに男の人だった。本人もラシーさんもそれに疑問を持っている様子はない。魔法少女を男性がやっていることに一切の疑問を抱いていない模様。
魔法『少女』とはいったい……?




