別れは次の出会いへと
「あ、アランさん。お互い無事でなによりです」
「……ミカンさん」
目的も達成し、次の世界へ旅立つことになったので準備を進めているとアランさんと鉢合わせた。アランさんの安否も心配だったのだがこの様子だと問題なさそうで一安心です。
もうすぐこの世界を旅立つ身、アランさんもお世話になりましたし挨拶をしておきましょう。
「私達、そろそろ次の世界に行こうと思います。この度はお世話になりました!」
「こちらこそ……」
どうやら元気がない様子。様々なマイナス感情がひしめき合い、自己嫌悪に苛まれているように見える。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です……」
これは重症ですね。私の言葉では改善の余地はなさそうです。
どうするべきかと悩んでいると、同行していたアルコンさんが口を開いた。
「考えすぎるな。あれもこれも、誰が悪いわけでもない。思い詰めすぎるな」
そう言ってアルコンさんはディナさんの魔法で運ばれた水が街の中を流れる川に合流する様子を眺め始めた。
ホーロンさんの件、私の左腕の件、アランさんは自分の所為だと思い悩んでいたのだ。護衛を任された身ならばもっと最善を尽くせたのではないかと。
そうやって落ち込んでいたアランさんに、誰かが悪いわけではない、当然お前が悪いわけではないと諭しているのだ。強いて原因を求めるなら全員悪いですね。私も悪い。
しかし、アランさんはその言葉に納得はしなかった。
「それでも、最善はあったはずです……」
このままでは自責の念で潰れてしまいそうだ。どうするべきかを少し悩んだ後、私は右手でアランさんの右手を握って顔を近づけた。
「それなら次に最善を尽くしましょう!」
「次……ですか?」
「今回の反省を糧として、次に生かしましょう。その時の行動を自分自身に誇れるよう努力して、笑えるように、ね?」
私は出来る限りの笑顔で答えた。失ってしまったものは戻らない、ならばその過去に笑顔を向けられるように変わらなければならない。そうしないと私はホーロンさんに顔向けができない気がするから。
「もうすぐ私はこの世界を発ちます。だけど、遠くない未来にまたこの世界を訪れるかもしれません。その時はまたお願いしますね?」
次があるのなら、そこに向かって進み続ければいい。それならば私が次を作り、アランさんの目標を作りましょう。
私達が紡いだ縁は、きっと私達をより良くしてくれると信じて。
「では! お元気で! トレイシーさんにもお礼を言っておいて頂けると~!」
「わかりました。またいつかお会いしましょう」
アランさんは力強い目で私を見て、はっきりと答えた。全部は飲み込めていないなりにも私の言葉を受け取ってくれたようです。
様子を見るにおそらく峠は越えた事でしょう。ならば心配はいりません。アランさんはゆっくりでも確実に前を向いて歩いていけるでしょう。
私は深くお辞儀をし、アランさんに別れを告げて歩き出した。旅立つ準備がまだ終わっていない。せめて午前中に発つ為にも素早く行動しなければ。
「ミカンさん!」
考え事をしながら少し歩いたところでアランさんが大声で私を呼び止めた。何事かと慌てて振り返る。
「ありがとうございました!」
アランさんは必死に叫び、深く頭を下げた。私はそれに大きく手を振って答えた────
────補給を終えた私達は迷宮に戻り、次の世界へ渡る準備を始めた。次の世界への手ごたえは既に見つけてある。あとはワープゲートを出してそこに飛び込むだけだ。
「そのはずだったんですが……」
「やだ! コイツは僕のシモベにする~!」
「……それは、困る」
「やだ~!」
迷宮の奥が騒がしいと様子を見てみるとディナさんがミコトさんを捕まえてごねているようだった。抱きしめるように捕まえながら耳をおさわりしているがミコトさんも嫌がる様子はなく身をゆだねている。
どうやら私達が準備を進めている間に仲良くなったらしい。が、仲が進展しすぎて少々面倒なことになったようだ。
「なにがどうしてこうなった?」
「なにやらディナがミコトを気に入ったらしくてな。人類でもモンスターでもないならシモベにしたいとか言い出した」
「私達のいない間になにが……」
「わ、私達のディナがごめんね……」
ま、まぁ仲良くなれたのなら良しとしましょう。今から別れるのに仲良くなったのはそれはそれで大変ですが。
「もう出発しますからお別れしておいてくださいね」
「わかった」
「やだ~!」
「ったく、ごねたってどうにもならんぞ」
なおも駄々をこねるディナさんの面倒をメルルさんに見てもらいつつ、私は少し移動して迷宮の隅で次の世界へのワープゲートを呼び出す準備を始める。
とは言ってももう三回目、手ごたえも見つけている以上苦労することなく呼び出すことが出来た。
「もう慣れたものですね」
「そうだな」
私の後ろでアルコンさんが意味ありげに肯定する。
いや、アルコンさんがなにを考えているか私にはわかる。アルコンさんのなにかを憂う様な目をしている時は大体あの人の事を考えている時だ。
「ウーティスさんも同じことが出来たと思いますよ?」
私が持っている力はアルコンさんと縁深いウーティスさんが持っていた力と同じものだ。ゴーストとしてのウーティスさんを見た事で私はそれを知ることが出来た。アルコンさんもおそらくはそうなのだろう。
口を紡いだアルコンさんに対して私はそれ以上深く切り込むことはしなかった。それ以上はアルコンさんの大切な領域、安易に踏み込むべきではない。
私もアルコンさんもこれ以上言葉を発することはなく、迷宮に静寂の空間が流れる。しかし、私はその静寂が少し心地よかった。
私の、アルコンさんの、それぞれの縁を噛み締めながら私はあることに考えを巡らせた。
「さて、これで準備完了です。ミコトさんを呼びに行きましょうか」
「その必要はなさそうだ」
「ん?」
静寂を破り、ミコトさんに声をかけようとしたが止められた。一瞬だけ理由を考えようとしたがすぐにやめた。
アッシュさんがディナさんとミコトさんを二人まとめて肩車で連れてきてくれました。厳密には肩車をされているミコトさんに無理矢理しがみついている感じですが。
「お願いディナ、いい加減諦めて」
「やだ」
「うむ、さすがはディナだな!」
「すまん、なだめるのに時間かかりそうだ」
私はその光景を苦笑いしながら眺めることしかできなかった。固執されているミコトさんは戸惑いながらもどこか嬉しそうで懐かしそうだ。もしかしたら私が知らないだけでディナさんに似た友達がいたのかもしれない。
私達は総出でミコトさんからディナさんを引きはがし、メルルさんに押し付ける。それでもなお捕まえようとするディナさんは涙目だった。
そんな私達をよそに、引きはがしに参加できなかったマリーさんはワープゲートに近寄って眺めていた。
「あ、近づかないでくださいね。入っちゃうと帰ってこれなくなりますから」
「わかってるわ、ちょっとこの先の世界に想いをはせていただけなんだから。もしかしたらこの先の世界が……ってね」
この先がもしかしたら女神セレスティアの故郷なのかもしれない。そうマリーさんは考えたのだろう。この世界を想う長命種同士、やはり思うところはあるのだろう。
「さ、お互いやることは山積みなのよ。さっさと別れないとね」
「そうだな」
別れを促すマリーさんの言葉に同調するようにアルコンさんはミコトさんを脇に抱えて私の首根っこを掴む。
「だからなんで首根っこを掴むんですか……?」
ミコトさんと比べても私への扱いが雑すぎる。これは断固抗議するべきでは……え、アルコンさんを拉致した罪? それを言われると私は何も言えなくなりますね、はい。
「これでお別れ、よね?」
「うむ、寂しくなるな」
寂しそうにしているユーナさんとは対照的にアッシュさんは和やかな笑顔で肯定していた。まるでこれを今生の別れとは思っていない、また会えると確信しているような笑顔だった。
「……おいディナ、いい加減諦めてくれ」
「やだ」
一方でこちらはいまだに諦めていない様子。ここまで執念深いといっそ感心しますね。私は好きですよ?
軽い会話も落ち着き、いよいよ別れの時が来た。長ったらしい言葉や涙を誘うお話もいりません。私は皆さんの顔を伺いながら、短く、そして私の意思をわかりやすく言葉にする。
「またお会いしましょう」
たった一言、それを言葉にした私は小さく手を振る。私ならばまたこの世界に来ることが出来るかもしれない。それに、女神セレスティアにも遊びに来て欲しいと言っていた。それを守るためにも戻ってくる必要がある、ならば再会の時はいつか訪れるだろう。
「じゃあな」
アルコンさんは小さく呟き、ミコトさんは無言で小さく手を振っていた。
「うむ、またな」
「次はのんびり遊べる時に、ね」
勇者一行もそれぞれの性格らしい手の振り方で私達に答える。一人だけ不満そうに小さく手を振っているのが可愛らしい。
皆さんに見送られながらアルコンさんは私達を抱えながらワープゲートに飛び込んだ────
────今回も無事に着地した私達の目の前に現れたのは意外にも鳥居だった。
「……なんで? もしかして私がいた世界に戻ってきた?」
周囲を見渡すと、そこにはレンガ造りと木造の建物が混在した町が広がっていた。高い建物で十階にも及ぶものが木々の生い茂る神社と併設されており、まるで街中を切り取られてかのようだった。
都心に建っている神社ならこんなものなのだろうかと考えているとアスファルトのような地面から照り返される光が私を蝕んだ。懐かしい感覚に襲われると同時に億劫な気分になる。
「お、今回は森じゃなかったか」
「……変な村」
確かにこの風景は私から見ても少し変だ。大正時代のようなレンガの建物ともっと古く見える木造の建物が混在しているのに街中に電線が張り巡らされている。
私はとっさに荷物の奥からスマホを取り出して電源を入れる。違和感を覚えつつもここはそれなりに大きな町の中。ここが私がいた世界なら電波が通っているはずだ。
電源が入るのを待ちつつ後ろに見える鳥居から神社の名前を探る。扁額が掲げられてはいるのだがなぜかそこに名前が書かれていない。
不思議に思いながら電源の付いたスマホを確認すると電波が来ていないようだった。つまり、ここは私の居た世界でない可能性の方が高いというわけだ。
「一応聞くんですが……」
「俺が居た世界でもねぇよ」
やはりまた上手くいかなかったようだ、少し大げさに肩を落とす。
とはいえ失敗するのはわかり切っていたこと。気持ちを切り替えて次の世界に進む準備を始めましょう。
「それならさっさと次の世界に行きましょう。時間はかけてられませんよ」
「……そうだな」
幸い、ここならば人目につかない場所も多いでしょう。アルコンさんは少し思うところがあるみたいですが異世界がどれだけあるのかもわかりません。ここが目的の世界でないと分かっているのなら長居は無用でしょう。
そう思いながら準備を始めようとしたが、ミコトさんが私に突撃してきたのだ。
「危ない!」
「うわぁ!?」
ミコトさんに突き飛ばされた私は体勢を崩して地面に倒れこむ。何事かと慌てて顔を上げるとそこには真っ黒な巨人のような生物が地面にこぶしを突きつけていたのだ。
私はミコトさんに助けられ、ミコトさん自身も何とか回避に成功していた。
「ミカ姐は下がってて」
回避に成功したのもつかの間、ミコトさんは鉄の小刀を構えて真っ黒な巨人に突撃する。素早くとびかかり、刃を突き立てる。
しかし、その刃は無情にも空を斬った。いや、ミコトさんごと巨人をすり抜けたのだ。ミコトさんは困惑した表情を見せながらも再び突撃し、再び空を斬った。
「……お前は下がってろ」
突如として現れた脅威に、アルコンさんは私をアレの力が及ばない場所まで逃げろと命じた。私はそれに従い、境内の林に身をひそめる。
魔法を放ち、脅威の分析を始めたアルコンさんの背中を眺めながら私は一つの結論に至る。
アルコンさんにとって私は庇護の対象だということだ。
先頭においては役立たず、何もできない邪魔者……アルコンさんはわたしの事をそう思っているのでしょう。
そしてそれは間違いではない。私はお札を使った魔法や異世界をつなぐ力を使えば戦えなくはないが私自身が弱いことにかわりはない。
私はそれを噛み締めながら戦う二人を遠くから眺める。
二人の攻撃が巨人を捉えることはなく、このままでは消耗、疲弊してアルコンさん達が追い込まれてしまう。
もし、私に戦う力が二人を助けることが出来るかもしれない。しかし、それは叶わない。歯ぎしりしながら観察していると、どこからか声が聞こえた。
『力が欲しいか?』
それは、ありきたりな闇落ちへと誘う勧誘文句だった。あまりにもこってこてなセリフに思わず緊張がゆるむ。
『あ、あんたまともに取り合うつもりないな? まぁまぁ、そんな警戒せずに儂の話を聞いておくれや。今のあんたには大事な話や』
私にも通じる少し不思議な訛りで彼? 彼女? は、話を続ける。
今の私に大事な話……今は二人を助ける力が欲しい。しかし、そんな怪しい話に軽々と乗るわけにはいかない。周囲を見渡し、声の主を探す。
そしてその主はあっさりと見つかった。私の真後ろに堂々といたのだ。
「……誰ですか?」
「長話をする気はないからな、単刀直入いかせてもらうで」
声の主は小さくて宙に浮いていた。猿のような、虎のような、蛇のような……はっきりとしない、曖昧な姿形をしているその者はまっすぐ私に問いかけた。
「あんた、魔法少女やらへんか?」
「……へ?」
それは摩訶不思議な、胡散臭い、あまりにも怪しくて気が抜けるお誘いだった────
これにて三章『魔は地に潜み、勇なる者は空を斬る』は完結となります。
新章は幕間を一つか二つほど挟んでからの予定です。
ブクマしながら気長にお待ちいただければ幸いです。




