追憶 ある道具屋の閑静な一日
────これは、アルコンがウーティスと出会って間もない頃の話────
「……今日も店に客は来ず、か」
大きな街の外れ、景色の良い岬の一角に佇む道具屋で椅子に座りながら小さく呟く。
先生に勧められて何気なく始めた道具屋、それなりの月日が経ったが未だに客が来る様子はない。このまま何もしなければ一生客は来ないだろう。
別に金に困っているわけでもない。来ないならそれはそれだ、部屋に籠って好き勝手に道具を弄るだけの日々も悪くない。
そんなことを考えながらゴーグルに手をかけた瞬間、店の裏手から爆発音が聞こえた。
「また来やがったな、あの女」
その爆発音は防犯対策に仕掛けた地雷だ。正式な手順で訪ねてこない奴に慈悲などいらん。そう考えて幾重にも設置したものの一つ、魔法に長けたやつでも直撃すればひとたまりもない。
……はずなんだがな。爆発音は二つ、三つと次々に増えている。それは鳴りやむことなく徐々に大きくなっていき、こちらに近づいてくる……つまりは地雷原を突破してきているのだ。
「地雷以外もあるんだがな……」
レーザーや五感攪乱の罠など色々と用意してたがこの様子だとまず間違いなく突破されているだろう。
ほどなくして爆発音も止み、防犯設備が全て突破されたことを悟って思わず大きなため息を吐く。
最初よりも、前回よりも、さらに強固にしたはずがいとも容易く、そして派手に突破された。その苛立ちのぶつけ先を探していると俺しか入れないはずの裏手側の扉が丁度開いた。
「やぁやぁ、可愛い可愛いウーティスちゃんやで~」
俺は椅子に座ったまま開いた扉から顔と緋色の長い髪だけを覗かせた女に特製のビンを投げつけた。
扉に視線を向けずに投げた不意打ちの攻撃。躱しても叩き落としてもビンは割れる、中身がわからない以上あの女も不用意なことは出来ないはずだ。遠隔で割ることも出来るように細工もしてある、手傷くらいは負うはずだ。
「おっと、危ない危ない」
反応はされた、割れる音はしない、掴まれたと仮定して遠隔で割った……はずだったが手ごたえがない。
振り返るとそこには不可思議な装いをした迷惑女が満面の笑みで立っているだけでビンの痕跡は何一つなかった。おそらくはこいつが何かしたのだろう、今までの推測として俺が理解しえぬ力を持っている可能性がある。納得いかないがそれを確かめるまでは一泡吹かせることすら難しいだろう。
「やぁやぁ、けったいな挨拶やなぁ。ウチは嫌いやないけどな?」
不意打ちを仕掛けられたことを理解したうえでコイツはガキのように笑った。無邪気なそれに腹が立ったから少し煽ってやる。
「なぁ、入口から入ってこれねぇか? それとも、お前は入口ってもんを知らねぇアホなのか?」
「なにがあるかわからんところに行きたくはないなぁ」
「客用の入口には仕掛けてねぇよ」
こっちの煽りは意に介そうともしない、このくらいは想定の範囲内ってか。腹が立つな。
わざわざ罠を突破してまで裏手から入ってくる理由はわからんが大した理由じゃなかったら潰した罠の修繕費くらいむしり取ってやるところだ。
「そもそも、ウチはここのお金持ってないから表から入っても冷やかしにしかならへんねやけどな、ハッハッハッ」
今でも十二分に冷やかしだ、少なくとも俺はお前を客としては見ていない。やはりこの女は一度豚に変えてボコボコにするべきだ、そのくらいしても問題ないだろう。
どうにかして追い出す手段はないかと模索していると、突如として迷惑女がしたり顔で話を切り出してきた。
「二割……ってところでどうや?」
「……なんの話だ?」
「いややなぁ、察しはついてるんちゃうか?」
そういって指で輪っかを作って見せつけて来た。察した通りに金絡みの話らしい。
「察しの通り、ウチはここの金は持ってなくてなぁ。割の良い仕事を探してたんや。そしてここには客の来ない腕だけは良い店があるときた。アンタならあとは言わんでもわかるやろ?」
「客引きしてやるから金よこせってか」
「人聞き悪いなぁ、ちょっとした人助けやで?」
「ならもう少し隠す努力をしろ」
人を揶揄う様な顔しながらだと嘘と丸わかりだ。もう少し隠す努力をしろ。
「とはいえだ。悪い話ではないのは確かか」
今のままだと店としての体を成していないのは事実、多少強引にでも客を集めた方が良いのは間違いない。この調子だと先生に苦言を呈されるかもしれないしな。
「わかった。上客だったら色付けてやる」
契約成立、前金代わりにコインを一つ投げ渡した。安飯の一食くらいなら足りるくらいの額だ。
「ほうほう、これがここのお金なんやな」
「それ以上は成果を上げてからだ。固定給にするつもりはない」
ありがたそうにコインを眺めている奴に釘をさしておく。こいつは調子に乗らせたら面倒くさい類の人間だ。こっちから先にけん制しておかなければ。
「安飯にしかならん額をありがたがる暇があるならさっさと探しに出た方が良いんじゃねぇか? 野垂れ死んだら墓くらいは立ててやる」
「えぇ~? 一番最初に助けてくれたくせによく心にもない事言えるな?」
「押しかけて来たのはそっちだろ」
あの時はあまりにも唐突な出来事だったからつい助けただけだ。どうやって防犯用の罠を潜り抜けて来たかも聞く必要があったからな、結局ははぐらかされたが。
とにかくだ。ひとまずはこれで約束は取り付けた、これで迷惑女が客を捕まえてくるまでここは平穏になる。聞く限りコイツはここの街出身ではない、客を捕まえるにも一苦労だろうし諦めてどっかに行ってくれればそれはそれだ。
じっくり結果を待つとするか……
「まぁ既に一人捕まえてきてるんやけどな?」
「……は?」
あまりにも唐突な発言に思わず気の抜けた返しをしてしまった。
どういうことか理解できずに固まっている俺をよそに迷惑女は入ってきた扉を開けて叫んだ。
「入ってきていいで~」
「えっと……こんにちわ」
入ってきたのは気弱そうな普通の女だ。身なりからして街の平民、少なくとも噂を知っているはずだ、わざわざ俺の店に来るような奴ではない。
「……さて、通報するか」
「待ちや、別に拉致してきたわけやないで?」
明らかに普通の客として連れて来たとは思えないので拉致罪で捕まえてもらおうかと思ったがどうやら違ったらしい。客の女も首を小さく縦に振っているから信じていいだろう。
「なら、客だな。要件はなんだ」
「えっと……その、これの修理を」
おどおどしながらも懐から取り出したそれを受け取る。それは魔力式の送風機だった。夏になると一部の平民の間ではやり出すちょっとしたアイテムだ。
状態の確認のために魔力を通すが動く気配がない。『魔法・ω』したところ魔力を送風機に送るための回路が潰れている。少し面倒だがすぐに直せるな。
「二千。五分もあれば終わる、ちょっと待っとけ」
修理代を簡潔に提示し、ゴーグルをかけて修理を始める。
迷惑女はなにかしらのちょっかいをかけてくるかと思ったが意外にも俺の後ろで立ち尽くしている。意外にもこういうことに興味を示すのだろうか。
それとはうってかわって客の方が俺に話しかけて来た。
「あの、失礼ですが一つ伺っても……?」
「なんだ」
「ここの店主は『ヘカテ教室』の生徒と噂されていたんですけど……」
やはり知っていたか。ヘカテ教室、街ではろくでもない奴の集まりだって有名な話だ。そしてそれは事実であり、俺のような奴が在籍していたことが何よりの証拠だ
「なんというか、その……噂と違って普通の人だなって」
「失礼な奴だな」
おどおどしてるのは見た目だけってか。そこの迷惑女に連れてこられたとはいえ噂を知ったうえでここに来たと考えれば妥当ではある。
わざわざそれを否定するつもりもないし俺もそこの一人という自覚もある。だが貶されて良い気分な訳もない。
「あ、えっと……すいません」
「まっとうな客にキレるつもりはない。が、客として扱う必要がなくなったら我慢してやる理由もない」
事実だけを淡々と述べる。商品を介している内は客として扱うがわざわざ挑発してくる女にまでそれを適用してやるつもりもない。
まぁ、何が言いたいかと言うと……だ
「後で覚えとけ」
「ひ、ひぃ……」
あの教室の噂を知っているなら敵対した時になにされるかの想像は容易だろう。そしてそれを理解できない奴ではあるまい。
「修理は終わった、さっさと金置いて出ていきな。ちゃんと表口から出ていけよ」
拙い会話をしているうちに修理は終わった。送風機を手渡してさっさと帰るように促し、客も小さくお辞儀をした後にお金を置いてそそくさと出ていった。
その様子を見て茫然としている迷惑女に約束の金を投げつける。それは一直線に迷惑女の額に飛び、直撃した。
「いっだぁ!」
「呆けているからだ、間抜け」
この迷惑女に対して初めてこちらの思い通りの事が出来て少し気が緩む。どこか超然としたところがあったこの女も結局は人間なんだと思うと少し微笑ましく思える。
「い、いやぁ悪い悪い。あまりにも手際良かったから見惚れてたわ。それに、キレやすいアンタがちゃんと我慢できるやなんてウチが教えた言葉の賜物か?」
「お前に惚れられても嬉しくねぇな」
「なにおぅ、こんなに可愛いウチに惚れられても嫌やって言うんか?」
「そうだが?」
俺の返答に文句と立てながら怒る様を見ながら大きく体を伸ばす。短く済んだとはいえ他人の道具の修理は神経を費やす。早いうちに慣れないとな。
一通り体を伸ばし終わった頃、怒りも収まった迷惑女が俺に質問を投げかけてきた。
「ところで『ヘカテ教室』ってなんなん? 妙に怖がられてたけど」
「物好き女神がひねくれ者集めてるだけの私塾みてぇなもんだよ。問題児集めて自分好みに教育してやろうという女神による酔狂の被害者だ」
「なんや面白そうな場所やなぁ」
「死にてぇのなら好きにしろ」
先生のお眼鏡にかなった奴を拉致してひたすら拷問……教育するろくでもねぇ場所だぞ。生徒の方もろくでもねぇ奴しかいない、もし俺が関係者じゃなければ噂通り近づきたくない。
「でも、アンタみたいな奴がいっぱいおるんやろ? 面白そうやん?」
「やめとけ、後悔するだけだ」
「え~、どうにかしてここに呼ばれへんの────」
「初めからここにいるよ」
聞きなじみの声の主は俺と迷惑女の間に突如として現れた。
俺としては良くあること故に気にしなかったが迷惑女からすれば気配もなしに突然現れたデカい魔女帽子の女に警戒心を抱かざるを得ないだろう。
……いや、警戒心どころではない。認識した瞬間に敵意をあらわにして攻撃したのだ。どこからか取り出した棍棒を頭目掛けて振りぬいたのだ。
「おっと、怖い怖い。あんたも先生のお眼鏡にかなうかもね?」
しかし、こん棒は頭部をすり抜けてからぶった。原理を知ってる俺からすれば当然の事だが迷惑女からすれば何事かわからず混乱するだろうな。
空ぶったことを確認した瞬間に迷惑女は距離を取り、右手をかざして魔法を行使した。
「《次の世k────」
「なにしてんだトルパース」
感じなれぬ魔力反応に嫌な予感を覚え、二人を制止するように魔女帽子の女の名前を呼ぶ。
「え……あっ」
焦燥した表情だった迷惑女は正気を取り戻したのか魔法の発動を止めた。正直なところ、この女の能力の一端は見てみたかった気はするが悪い予感には素直に従っておくべきだ。
こいつは俺と同じくヘカテ教室出身の妹弟子、トルパースだ。狂気、幻覚に関する魔法が得意なクソガキにして────
「隙あり」
トルパースは魔法発動を止めた隙をついて飛び掛かり、唇を奪ったのだ。
そう、こいつはド級のキス魔だ。人にキスしては魔力を吸い取って自分のモノに変換する。効率が悪いのなんて度外視で自分の趣向の為だけにやってる変態だ。
普段は一分くらい吸い続けるもんなんだが今回はあっさりと口を離した。
「まっず! アルコンと同じくらい不味い!」
「そうか、豚に変えてやる」
「それやめてくれない?」
人に無理やり接吻を仕掛けたうえで暴言を吐く奴の意見なんて聞くつもりはない。被害者である迷惑女に目を向けると吐き気を催しながら目を回していた。
「う、うぇ……なにかされた訳でもない……んか?」
「安心しろ、魔力を吸われただけだ」
この女の魔力吸いは趣味であって悪意で行うものではない。見てくれはアレだが気にするべきは魔力切れくらいだ。
「それで、お前はなにしに来た」
「問題児の兄弟子様のところに通い詰める物好きがいることを知ったからつけて来た。どんな子かはおおよそわかったから今日は退散するよ」
そう言って踵を返し、入口の扉を開けて出ていった。どうやら本当に様子を見に来ただけらしい、冷やかしなら帰れ。
様子のおかしい奴が一人減って安堵していると閉まり切る前の扉からトルパースは再び顔をのぞかせた。
「あ、そうそう。アンタの優しい顔、初めて見た。ソイツの事はちゃんと大事にしなよね」
「……は?」
あまりにも突拍子もない言葉に思わず思考が止まる。この迷惑女に対して? 俺が優しい顔をしていた? ありえないだろ。
それを言い放った女はそそくさと逃げるように去っていった。真意を問い詰めたかったが捕まえるのは不可能だろう。
トルパースの妄言は忘れることに決め、未だに上の空の迷惑女を正気に戻すために声をかける。
「おい、邪魔だから追い出すぞ」
「……はっ、すまんすまん。暴れてしもうて悪かったな、片付けなら任せてな」
そう言ってバツが悪そうに片付けを始めた。とはいうものの暴れたとも言えない一瞬の出来事だ、椅子が少し倒れただけで大して被害はない。それでも何かをごまかすように片付けに専念する様子に違和感を覚える。
「ウチってちょっとドッキリに弱くてなぁ、急に背後から話しかけられるだけで滅茶苦茶驚いてまうんよ。今回もそんな感じでなぁ、アハハハ……」
誰に聞かれたわけでもないのに言い訳を始めた。反応を見る限りなにやら後ろめたいことがあるのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。興味なんて一切ない。
「詮索はしないでおいてやるよ」
「……ありがとうなぁ」
お礼を言うその声にいつもの元気はなかった、隠し事があるのは間違いなさそうだ。どこか超常じみたこいつにも等身大の人間らしいところがあるとわかり少し安心する。
ほどなくして片付けは終わり、迷惑女も元気を取り戻したのか勢いよく体を伸ばす。
「さて、ウチも今日はこのくらいで帰るわ! 引き留めてくれてもええんやで?」
「さっさと帰れ。そんで約束は守れよ」
「そっちこそ、金はちゃんと払ってもらうで?」
客を連れてくるから金をよこせ、その約束を改めて確認する。脛に傷があろうが俺には関係ない。約束を守るなら最低限の保証はしてやるよ。
「そんじゃあまた来るわ。じゃあな~」
そう言ってまたしても裏口からそそくさと出ていった。来る時とは違う地雷の起爆を聞きながらトルパースの言葉を思い出す。
「アイツといた時だけ、ねぇ」
ウーティスといた時だけ優しい顔をしていた。忘れようとしていた言葉が心の奥で引っかかっていた。アイツはちょっと価値のある迷惑女、それ以上でもそれ以下でもない。そのはずなのだが……。
「ま、考えてても仕方がねぇ」
俺は疑問を忘れるように本来やるつもりだった道具いじりを始める。没頭して、忘れて、それでもなお心の奥に残り続けるようならその時あらためて考えればいい。
それに答えなんて必要ないだろう。そう思い込むように道具いじりに精を出す。それはまるで無意識に理解していた頭を拒むように────




