世界の真実:勇者について
時は少し遡り────
散歩に出かけた二人を除いた面子にあのアホ……蜜柑の過去について知ってる限りを話した。
それを聞いた反応はバラバラだった。特段気にしない者、驚愕しつつも呆れる者、理解出来ず狼狽える者、何も語らぬ者……四者四様だった。
話を終えた後、仕事があるからとアッシュとメルルが部屋から出ていき、それと同時にミコトが姿を消していた。
そして残ったのは……
「わざわざ残ったってことは、語るってことでいいんだよなぁ、噓つき妖精」
「解釈は任せるわ、ついてきてよね」
あのアホについて話したときに何も語らなかった者、聖剣の妖精にして噓つき妖精、マリーだ。
こいつはなにを聞こうとしてもはぐらかしてうやむやにしてきた。それがわざわざこの場に残るってことは少しくらい語る気になったと見て間違いないだろう。
俺は席を立ち、立ち去ろうとする噓つき妖精の後を追う。街を出て森に入り、不自然に壊れた小屋の横まで歩き、足を止めた。
「ここなら誰も寄り付かないわ。変な邪教の拠点跡地だからユーナはなおさらね」
そういえば塩巫女が異教徒相手に大暴れしたとか言ってた気がするな。そいつらの拠点の一つがここだったってわけか。腐った看板からはかろうじて蛇の頭が読み取れるくらいではっきりとした模様はわからないな。
「言っとくが、隠蔽には手を貸さんからな」
「そのくらいは私だけで大丈夫よ。そもそも、もう終わってるのよね」
既に隠形は終えているようだ。様子を見るに歩いてはここに辿り着けないように嘘の道に誘導する感じか。確実性は薄いが労力も最小限のやり方だ。これをかいくぐって近づいてくる奴がいるならそいつは意図的に接近してきてる、手加減する理由はないという意味でも簡単なやり方だ。
「時間もないから手短に話すからね。まずは女神セレスティアについてよ────」
「これだから神って奴はよぉ……」
女神に関する事柄を聞いた感想として出てきた第一声がそれだった。
モンスターに関連する騒動は大方女神関連だと結論をつけていたが、聞いた限り想定より遥かに強大な存在だった。土地を巡った争いの仲裁で両陣営を滅ぼしかけるのは一般的な感覚とはあまりにも乖離している。
ただ、出力はともかく過程と結論はこっちの世界の神と大して変わらん。やはりどこの世界でも神はこうなんだろう。嬉しくねぇことだ。
「あくまで私の推測だけどね。女神セレスティアは本当に世界を愛していた、それは保証する。そうじゃないとこの世界は既に滅んでいるからね」
「だろうな。それそのものは否定しねぇよ」
善意そのものは本物だ、それを否定するべきではない。規模を考えろと非難はするべきだがな。
とはいえだ。女神セレスティアとやらについては大方わかった。
「なら次は────」
勇者の聖剣の話を聞こうとしたところでアホ二人が降ってきたわけだ。
「うわったぁ!」
「いったぁ!」
「いだぁ!?」
先に落ちて来たが故にアホは塩巫女の下敷きになった。追加の怪我はないようだが痛そうだな。人を散々振り回した罰と考えれば妥当だ。ざまぁみろ。
と、ここまでがこいつら二人が不在だった時のあらましだ────
「────聞き手も増えたしさっさと始めろ、噓つき妖精」
「はいはい。アッシュにだけは絶対秘密だからね」
両手をあげて観念したと示したマリーさんは大きくため息を吐きながらユーナさんの頭の上に座った。ユーナさんは少し困ったような表情をしているがマリーさんはそれを気にしようとはしなかった。
「と、いうわけで……私はこれから嘘をつくから信用しないでよね!」
噓つきの嘘宣言、それはつまり嘘が裏返って真実を話すという宣言だろうか。
私達が息をのんでマリーさんを見守る中、彼女は息を大きく吸って、叫んだ。
「全部嘘! 聖剣も! 勇者も! 私の役割も! 何もかもがぜぇぇぇんぶ大嘘! 勇者と聖剣の物語に真実なんて全くなぁぁぁい!!! 以上!!!」
「……へ?」
私も、アルコンさんも、ユーナさんもそのやけっぱちな叫びを聞いてただ茫然としていた。
聖剣の物語の核心部分には何かしらの嘘偽りがあると私達は思っていた。それがふたを開けてみれば全て噓偽り、真実なんて何もないと聞かされればアルコンさんですら動揺は隠せないようだ。
「そもそも私はずっと噓つきの妖精って言ってるんだよね! 聖剣の妖精じゃないしそもそもあの聖剣硬いだけのハリボテ! 千年経っても壊れる気配のない事だけが長所! それを私の力一つでずっとずっと物語の信憑性と神秘性を維持してきたのに、これを知ってるのは数人だけ! そして誰も褒めてくれないし慰めてもくれない! 挙句の果てには数少ない共有相手のセレスティアがあんなこと始めたんだよね! 私に真意の一つも語らずに! そのくせ勝手に物語を利用しだすし……おかげでどれだけ私が苦労したか……あー! 気に入った人類をからかって遊ぶだけの生活が恋しい! ディナとメルルとユーナに悪戯するだけの生活がしたい!」
聖剣の妖精という役割を完全に捨てたマリーさんは堰が切れたように怒りの感情を言葉に乗せる。
それはまるで子供のように、マリーさんは我慢のストレスをただ発散しているように見えた。ユーナさんの上で駄々をこねるその様子に私は言葉が出なかった。
それでもアルコンさんは感情と情報をまとめ、疑問を口に出す。
「……それでもモンスターを片っ端から斬り捨てたあの力は本物だ。つまりだ、聖剣はただの飾りであの力は最初からアッシュが持ってる、ってことでいいんだな?」
「そういうこと。正確には全てを壊す力、同郷のユーナは心当たりあるんじゃないの?」
「叩かなくてもいいから」
マリーさんはユーナさんに思い出させる為に彼女の額をぺちぺちと叩き、その必要はないとばかりに振り払われる。
「確かに昔のアッシュは不思議な力で寝床を含めた色んなものを壊していたわ。でも大きくなるころにはそれもなくなっていたし失われたものだと思っていたわ」
「それは精神が安定したのが主な要因だと思う。物が壊れる悲観より誰かを守りたいという意識が強くなったから表に出ることがなくなったのよ。誰のお陰かしらね、ユーナ?」
「今そういうのはいいから……」
ほくそ笑むマリーさんをユーナさんは照れ隠しに否定しようとするが、その顔は赤く染まっていて全く隠せていない。
「その力は全てを壊し、命を落とす。アッシュがああして生きているのは貴方のお陰なの、それくらいは自慢げにしてもいいのよ?」
「いや……そういうのはアッシュ自身の頑張りでは……?」
顔を染めながら否定するが、言葉の途切れが悪くなっている。アッシュさんが昔話をしたときにユーナさんに重い感情を向けていたことを考えるとお互い思うところはあるのだろう。
これは恋愛感情なのか、はたまたその先にあるものなのか……声に出してみたいところではあるが岩塩で殴られそうなので止めておきましょう。私はあれで殴られたら死にます。
マリーさんは咳払いをし、話を戻す。
「あの力は誰の力にも余る上に死んでもまた新しい持ち主が生まれる。だから嘘偽りの物語でだまして陳腐化させないといけないのよ」
「同じ魂を持つ者の生まれ変わり……ですか?」
「セレスティアから少しは聞いてたの? 少なくとも私達はそう捉えているのよね、それが一番納得しやすいしね」
直接勇者のそれを聞いたわけではないがアルバさんと私の関係と似たようなものだと考えれば納得がしやすい。
が、それを言うつもりはない。少なくともウーティスさんと私にもそれと同じつながりがあるのならアルコンさんの前では言えない。言う訳にはいかない。言うにしても、もっと落ちついてからの方が良いに決まっている。
アルコンさんをちらりと見たが、それに気づいている様子はない。私はそっと視線をマリーさんに戻し、何事もなかったかのように話の続きに耳を傾ける。
「なんで俺の方を見た」
普通に気取られていた。
「なんでもありませんよ?」
「後で覚えておけ」
「お手柔らかにお願いします~」
いずれ話しておかなければならない事ではあるので後で素直に吐きますか。後でですけど。
改めてマリーさんに視線を向け直し、話の続きを聞く体勢をとる。
しかし、先に言葉を発したのはアルコンさんだった。
「おいマリー、全てを壊す力を噓で陳腐化させるって言ったな」
「えぇ、そうよ」
「魔法は使用者の魔力の他に認識で力が変わるものも多い。わざわざ陳腐化させるのは理解するが……お前自身の全てを捨ててまでやる程のモノなのか?」
それは意外にもマリーさんを案ずる言葉だった。役割に殉じ、己を捨ててまで果たそうとするその意志を疑問視しているようだった。私としてはその意志を尊重したいのですがアルコンさんはその在り方が解せないようです。
マリーさんは少しの間沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「あの力がなにまで壊せるか知ってる?」
私達に質問したマリーさんは空を見上げた。
「空に映るもの全てよ」
「空に……?」
その言葉を受けて私は空を見上げる。そこに映るものは鳥と、雲と、太陽だけだった。全てが壊せる、その言葉が真実ならば太陽も簡単に壊せてしまうということだ。
「雲を斬ろうとすれば雲が斬れる。月を斬ろうとすれば月が斬れる。流星を斬ろうとすれば流星が斬れる。それは地に目を向けても同じこと。それこそ世界はあの子達の一存で簡単に壊れちゃうのよ」
女神様の力が人類を簡単に滅ぼせるというのなら勇者の力は世界を簡単に壊せてしまう。太陽が壊せるということはそういうことだ。そんな力を放っておくわけにはいかないのだろう。
「世界はもちろんのこと、その力が自分自身に向いちゃえば簡単に死んでしまう。そういう子たちを私が誘導して勇者にする。そして嘘と物語で上書きして彼等と世界を守る、それが私の役割。昔は人々の争いを鎮める仲人、今はモンスターと魔王に立ち向かう英雄。物語の中身を時代に合わせて変えていくのも私がずっとやってる」
真実を語るその表情は今までのマリーさんとは異なり、とても悲しそうな顔をしていた。千年以上自身を犠牲にして殉じる理由、それを語っているようだった。
私はこれ以上聞くべきか悩んだ、しかしアルコンさんは躊躇うことなく聞き続けた。
「どうしてそこまでする」
「セレスティアと同じ、私はこの世界を愛しているから。それだけよ」
それは明らかに強がりだった。嘘、とは言わないけど本心を隠したいが故の建前に私は聞こえた。
「隠し事しないんじゃなかったのか?」
「本題に抵触しない事には配慮しませーん!」
「……はぁ」
一変して揶揄う様な表情を見せるマリーさんを見て呆れた表情を見せるアルコンさん。嘘をつかないということに嘘をついているマリーさんに私も突っ込みを入れたいところですがあまり聞いて欲しくなさそうにしているので私は聞かないでおきましょう。プライバシー、大事。
「ま、その力で不幸になって欲しくないから頑張ってるってのもちゃんと本音よ。だから私の力を駆使して力を持った子をあの手この手で勇者の役に嵌める、本来は噂を聞いた段階で私が出張らないと不味いのだけどアッシュは急ぐ必要がなくて助かったのよね。誰かさんのお陰でね?」
本領発揮、悲しそうな表情はどこかに捨ててきたとばかりにユーナさんをあざ笑う。アッシュさんとの関係を本格的に揶揄われたユーナさんは顔を赤く染めて震えている。
「私だって揶揄う人類がいないと生き甲斐がないもの。だから頑張ってね、ユーナ?」
「……ねぇ、マリー? 限度って知ってる?」
そう語るユーナさんは赤色を通り過ぎて青筋が浮いていた。完全に我慢の限界を超えて怒っています。
「あー……はいはい、ほどほどにしてよね」
「わかってるわ、ほどほどにしてあげる」
本気で怒っているユーナさんとは裏腹にマリーさんは満足げに身を預ける。揶揄うだけ揶揄って満足といった感じだ。怖い。
ほどほどと宣言したユーナさんはマリーさんを掴み、あろうことかお酒が入っていた水筒とマリーさんを同じ袋に入れ、口を縛ったのだ。
「くっさ……相変わらずこのお酒臭すぎるのよね!」
「ブランリーに変えるまでは我慢しなさい、私の過去を赤裸々に暴露した罰よ」
「はいはい。終わったらお風呂を要求するからね」
会話出来ているから窒息の心配はなさそうだ。そして二人のやり取りの慣れ具合から見るによくある事のようだ。遠征中はここまでしていなかった事を考えるにタイミングは考えているようだ。
二人のやり取りを微笑ましく眺めていると横から大きなため息が聞こえた。
「はぁ、結局最後までマリーの手のひらの上だったな」
「……そういえばもう話を聞ける状態じゃないですね」
マリーさんはユーナさんに捕まってブランリーに帰る準備を始めています。完全に話の流れを切られてしまいましたね。これもマリーさんの手のひらの上でしょうか、もう話を聞ける雰囲気ではなさそうです。
「せめてあの聖剣の出どころくらいは知っておきたかったが……」
「道具屋目線ですね……」
あの話を聞いてそこに行きつくのは職業病でしょうか? 私はすっかり頭から抜け落ちてましたよ。
それにしても聖剣ですか。なんでも斬れることが嘘だったとはいえアルコンさんがそれに疑問を持っていなかったことに私は疑問を持ちました。
「ところで、なんでも斬れる剣ってのは存在出来るんですか? アルコンさんも話を聞くまでは疑問に思ってなさそうでしたが……」
私は思ったことをそのまま問いました。その方が話が早いので。
「ありえねぇ。そもそも魔法の域を逸脱してる……とは思っていたんだがな」
「思っていた?」
「前の世界で武器や道具として明らかにおかしい物が三つもあったからな、あり得る可能性を捨てきれなかった。勾玉、鏡、そして……」
「ミコトさんが持っている剣、ですか?」
「……気づいてたか」
ミコトさん達が箋様から受け継いだ三つの遺品。それは私達の世界に存在する三種の神器と同じ組み合わせだ。なぜ二つの世界で、いや、アルコンさん反応的にアルコンさんの世界にも全く同じものがあるのかもしれない。色々と疑問は残るが今は置いておこう。
「ま、考えても仕方がねぇ。俺達も街に戻るぞ」
「わかりました!」
私達は歩き出し、既に先を歩いているユーナさん達に追い付く。相変わらず楽しそうに騒いでいるマリーさんから聞きたい事こそまだあるがもう語ってはくれないだろう。
女神セレスティア。聖剣の妖精マリーさん。世界を知る二人からある程度の真実を知らされた。それでも全てを知ったわけではないだろう。幸福なことも、残酷なことも、この世界には沢山あった。
きっと順風満帆とはいかないかもしれない。作られたハリボテの上を歩かされているのかもしれない。誰かがこの世界の構造を壊すかもしれない。
それでもこの世界は幸も不幸も全てを包んで廻っていくのだろう。
私はそれを肯定しましょう。謳いましょう。それがこの世界を訪れた私に出来る小さな祈りです。
「ところで、だ。マリー」
少し歩いたところでアルコンさんはマリーさんに問いかけた。
「結局お前はなんなんだ?」
「秘密、女の子の嘘は可愛い神秘なんだからね」
「ちっ、可愛くねぇな」
「アルコンさんってそういう返しするん……あ、ごめんなさい待って待っ……ぎゃー!」
結局私は兎に変えられて虐められた。暴力はんたーい!




