女神様は微笑んだ
祈りを終えて顔を上げ、改めて前を見る。ユーナさんをちらりと見るとこちらもちょうど終えたのか目が合い、私達は少し気まずく笑い合った。
「さて、次は私からの質問ですわ。貴方達は私をどう思う?」
ほどけた空気を締め直すかのように、女神様は私達二人に問いを投げかける。女神様が魔王になるまでの昔話を聞いたうえで、女神様の事をどう思うかを。
バレないように横目でユーナさんを見ると、どう答えるべきなのかを悩んでいる様子だった。ならば私から答えさせてもらいましょう。
「私は、女神様を肯定します」
女神様の目を見て、まっすぐに答える。
「女神様の行いが人類を思ってのことであるのなら、私はそれを否定するつもりはありません」
長年にわたってこの世界の事を思い続けた故の結論であるならば私はそれを肯定しましょう。そこまで悩み続けたのなら、私が短絡的に答えを出しても無駄でしょう。
第一、私はミコトさんの行いも肯定しましたからね。こちらはダメですとは言えません。ダブスタ、駄目、絶対。
「それに、所詮私はこの世界の余所者ですから」
「そう、やはりアルバちゃんとは別人ですわね。あの子だったら話の途中で殴り掛かろうとするくらい怒るはずですわ」
「なかなかヤベー人ですねその人」
「ミカンも大概よ?」
失礼ですね。私はよほどの事じゃない限り人の話は最後まで聞きますよ。善以外認めようとしない人とは違うんですよ。
「それじゃあ、ユーナちゃんは?」
ユーナさんは一度うつむき、決心した表情で顔を上げて女神様と目を合わせた。
「わ、私は……肯定も、否定もしません」
肯定も否定もしない。その言葉に女神様は一瞬だけ失望したような表情を見せた。
しかし、ユーナさんは祈るように手を組んで怯むことなく言葉を紡いだ。女神様に真意を伝えるために。
「ただ、私は示すのみです。女神セレスティア自ら手を下される必要もないと。私達は手を取り合い生きていけるのだと。私達の力で証明してみせます、魔王から世界を取り戻して!」
それは、女神様に対する事実上の宣戦布告だった。
女神様の手を煩わせることなく自分達……人類だけの力で争わず生きていけるだけの力を証明するために、魔王でもある女神様に勝つと。そう宣言したユーナさんの目は力強く輝いていた。
「えぇ、期待していますわ」
それを聞いた女神様も少し嬉しそうな表情をしていた。やり方に多少の問題点があっただけで、やはり女神様は人類を愛しているのだろう。
「ただし……」
女神様が小さく手を叩いたその時にはすでに大量のモンスターが現れ、私達を取り囲んでいた。
水の巨人、緑の鼠、三つ目の金属球、黒の霧、炎の精霊、傷だらけの剣……それぞれがあの竜人のようなモンスターよりも恐ろしい雰囲気を纏いながら私とユーナさんの首や心臓に狙いを定めていた。
そのモンスター達は急に現れたとかそんな生易しいものではなかった。今までそこにいなかったはずなのに気が付いたら既に存在していた。
私達はとっさの出来事に体を強張らせることしかできず、もはや女神様の手のひらの上だった。
「簡単に成せることだとは思わないことですわ」
女神様がもう一度手を叩くとモンスターは全て消え去っていた。今度は数多のモンスターが痕跡ごとすべて消滅していた。最初から何もいなかったかのように。
きっとそれは聖女ユーナさんによる宣戦布告に対する返礼なのだろう。魔王としての力を誇示し、女神として人類の前にそびえ立つ壁の高さを教えたのだ。
証明するならば越えて見せよと。
「もちろん、貴方一人で越えろとは言いませんわ。貴方には大事なパートナー、そして大切な仲間達がいるでしょ?」
「……はい!」
大切な仲間、メルルさんやマリーさん、私はよく知らないけどディナさん。そして大切なパートナー……アッシュさん。皆で力を合わせて挑めと、女神様はそうおっしゃっている。そしてそれはユーナさんにも伝わっているだろう。
……いや、表情的にアッシュさんだけ分けた理由は伝わってなさそう? 女神様の言い方的にパートナーはパートナーでも将来的な……いや、これ以上は野暮かな?
「さて、目的も果たしましたし私はお暇させてもらいますわ。期待していますわよ?」
「お任せを!」
お話も終え、女神様もお帰りになろうとしている。ユーナさんもそれを引き留める様子がない以上ここで本気で戦うことはしないようだ。一応魔王様なんですけどね、女神様。
しかし、先ほどのお話を聞いた時に私は一つ気になることがあった。それについて聞いておきたいことがあるのだがさすがにこの流れで聞くのはあまりにも失礼ではないか?
「聖剣について……ですわね?」
「「えっ」」
私の、いえ、私達の思考を読んだかのように女神様は核心に触れた。
「あえてそこだけ強調しましたもの。ちゃんと気づいてくれてうれしいですわ」
それはこの世界のもう一つの真実、すべてを切り裂く勇者の聖剣だ。
私は魔王やモンスター、勇者や聖剣の二つのお話は繋がっていると思っていた。しかし、女神様は勇者と聖剣のお話を『女神様が魔王になる前から存在していた都合の良いお話』としていた。つまりその二つは別のお話ということだ。
本来、私はそれを知る必要はないのだろう。しかし、女神様は私達にそれを伝えた。ならば知っておいて損はないのだろう。
「ただし、このお話を語るのは私ではないですわ。もっと適任がいますもの……ね」
そういって小さく手を叩くとまた新たなモンスターが現れた。鉱物のようなそれは渦巻のようなものを作り出し、私達をそれに引きずり込もうとした。
抵抗すら難しく、私達はあっさりとそれに飲まれた。
その直前、女神様は小さく呟いた。
「また遊びに来るといいですわ。私は、私の世界は貴方を歓迎しますわ────」
それは近いうちにこの世界から去る私への言葉。いずれまた訪れて欲しい、顔を見せて欲しい。そんなささやかな願いが混じった言葉だった。
既に渦巻のようなものに飲まれた私は女神様に言葉を届けることが出来なかった。それでも、私は女神様に届くように言葉を紡いだ。
はい。また成長して戻ってきます。と────
────真っ黒で不思議な渦の中を通り抜け、私達はどこかの地面に放り出された。
「うわったぁ!」
「いったぁ!」
「いだぁ!?」
片腕を失っている私は受け身を取ることが出来ず地面に倒れこんだ。そしてその上にユーナさんが落ちて来た。痛い。
「いたたた……」
「なにしてんだお前ら?」
「あれ? アルコンさん?」
顔を上げるとそこにはアルコンさんがいた。
「え、なんでユーナがここにいるのよ……?」
「あ、マリー」
アルコンさんの陰からマリーさんがひょっこりと顔を出した。聖剣を誰よりも知っている妖精、マリーさん。きっと女神様の言う適任者は彼女の事だろう。
周囲を見渡すと、私達が先ほどまでいた場所から離れた森の中だった。崩壊した建物の近く、二人で何かを話していたようだ。
「で、なんでお前らがここにいる」
唐突に表れた私たち二人に対してアルコンさんが率直に尋ねる。
「女神セレスティアに、聖剣の話なら適任がいると言われてここに送られました」
「え!? 二人共セレスティアに会ったの!?」
「はい……」
私達が女神様に会った。それを知ったマリーさんは驚愕していた。五百年も誰の前にも姿を見せなかった女神様が誰かと会ったとなれば確かに驚きはするだろう。しかし、この驚きはどこか違うような気がする。
「なら都合がいい、俺もこいつから色々と聞き出してたところだ。せっかくだしこいつから丹念に搾り取ってやろうじゃねぇか。なぁ、噓つき妖精?」
アルコンさんはここぞとばかりに悪い顔でマリーさんを睨みつけた。その横顔はどこか楽しそうで、これ見よがしに右手の指を動かしていた。
そんなマリーさんは観念したのか諦めた表情で両手を挙げた。
「話すから動物に変えるのだけは勘弁してよね……」
「内容次第だな」
「虐待はんたーい!」
ユ「あと、もう一つお聞かせください! 私は父と母の娘ですか、それとも女神セレスティアの子ですか!?」
セ「そこを気にしますの? ちゃんとあなたの両親との間に出来た娘ですわよ」




