世界の真実:聖女について
「さて、次はユーナちゃんの質問に答える番ですわね。その前に……ひとまず気を取り戻させてからですわね」
そう言って女神様は軽く手を叩いた。その直後、ユーナさんは苦しみだして液体状の何かを嘔吐した。それをよく観察するとこの世界に来て最初に見かけたスライムのようなモンスターそっくりだった。
「げほっ、げほっ……今のは……?」
「ちょっと荒療治だけどおかげで正気を取り戻しましたわね?」
「あ、はい……感謝します」
詳細はわからないが明らかに強引な方法だったことは見て分かった。女神様がやったことはおそらくですが、口、もしくは胃の中にスライムを召喚……いや、作り出したのだろう。
その一瞬で私達は女神様の埒外な力を体感した。私達なんて簡単に殺せる、そんな埒外の力を。そしてその力を行使しない、女神様の慈悲を。
「さて、ユーナちゃんからの質問は聞くまでもなくわかりますわ。なぜ私が魔王として人類の敵になっているか、ですわね?」
「……はい」
やはりユーナさん、ひいてはこの世界の人類から女神様に投げかける質問はなぜ魔王になったかだろう。
女神セレスティアは人類を好意的だ。それは話しているだけでもひしひしと伝わる。ならばなぜ女神様は魔王として、人類の敵として君臨することになったのか。疑問に思うのは当然の事だろう。
……正直、私は既に検討が付いている。が、決めつけはよくない。女神様のお話を邪魔しないように静聴する。
「では、お話ししますわ。女神としての成り立ちから、出来るだけ簡潔に────
────およそ二千年前、私はアルバちゃんに連れられてこの世界に降り立った。あの愚かな世界にいた私にとって様々な生命にあふれていたこの世界はまさに楽園、そのより良い世界を守ろうと力を貸し続けたわ。もちろん、この美しい世界を崩壊させないようにしつつね。
その行為をアルバちゃんは肯定してくれたわ。まぁ、ずっと一緒にいたわけじゃないけど。彼女は世界を転々としつつも時々様子を見に来てくれたわ。
だけどアルバちゃんは私と比べたら圧倒的に寿命が短かった。あっさりと老いて、いつの日か私を訪ねてくることがなくなった。おそらくはどこかで亡くなったのでしょう。
大事な存在ともいえた彼女、私が心を許した初めての子の喪失を悲しみ、その感情に耐えられず、私はアルバちゃんに似たような子を作ってしまった。それはとても愚かなことだというのに……。
そうして私は生命を作った事、そして世代を超えて生き続ける長命な者故に信仰を集めて女神と呼ばれるようになり始めた。
作った子にはシロと名乗らせ、側仕えとして私のそばに置いた。そして各地を巡り、ささやかな祝福を世界にもたらし続けた。
そしてその子の寿命が近づくと、今度はあの子の要素を含んだ子を数十年感覚でこの世界の誰かから産ませるように細工をした。生まれてきたその子を引き取って側仕えとしてまた私のそばに置いた。そうやって代を重ねていくうちに彼女らは聖女と呼ばれるようになり、自然と私の元に集まるようになった。
しかし、世界とは簡単にはいくものではなかった。
千年も経ち、世界が発展するにつれて人間やエルフ、その他大勢の人類が様々な理由で争い始めた。厳密には昔からあったささやかな争いが激化していったの。
理由は様々だった。食料、土地、思想、挙句の果てには私からの祝福の大小など、身に覚えのないものすら戦争の理由にされていた。
私達は悲しみつつも大きな争いは止めて回ったわ。問題の根底を解消出来ればよかったのだけどもそうはいかないことの方が多かった。不満を残しつつも私達の顔を立てて停戦してくれることもあれば、争いは過激化して不本意ながら私が強引に止めた争いもあった。それが愚かなことだとしても、私には人類が争い傷つくことが耐えられなかった。
そして五百年前、争いを止めて回っていた私達をよく思わなかった者によって当時の聖女であるソラちゃんが殺された。私は慕ってくれたその子が殺されたこと、よりによって私が守り続けてきた人類に殺されたこと。その悲しみに私は耐えきれず、誰にも知られないような場所に引きこもり、泣き続けたわ。
泣き止み、前を向けるようになった頃には恥ずかしいことに百五十年が経過していた。その間も人類は戦争に明け暮れていた。が、それでも聖女達は代を重ねてなお私を慕い、世界に祝福をもたらそうとしていた。
私はそれに答えなければならない。だけど方法を考えなければあの時の二の舞になってしまう。表舞台の事は聖女に任せ、どうすれば人類の分断をなくせるのかに注力することにした。
ある日、私はとある出来事を目撃した。
それはエルフとドワーフの集落が争っていた時の事だ。戦場の真ん中に突如として獰猛な獣が現れたのだ。その獣は猪の突然変異でとても強く、狂暴だった。エルフもドワーフも分け隔てなく蹴散らしていたその姿はまさに両陣営に舞い降りた死の化身だった。
エルフとドワーフはその獣に対抗するためになんと手を組んだのだ。等しく降り注ぐ脅威に人類は手を取り合い、助け合い、獣を打倒した。
その後に一時の共闘の達成感故かその集落は争いを止め、なんとお互いの集落の再建を助け合ったのだ。
結局は思想の違いから再び争い始めてしまったがその時に私は知ってしまったの、人類は強大で共通の敵が存在すれば目の前の些細な争いは辞めてくれるということに。
だから私は人類の敵を作ることにしたの。
この世界に存在してはいけない生き物。名前はなく、個性もない、ただ人類の敵であることこそが存在意義の生命……モンスターを私は沢山作った。
モンスターには各地の戦場を襲わせ続けた。襲われた者達はモンスターを人類に害を成す存在として定義し、瞬く間に各地へと伝わっていった。それはモンスターの侵攻よりも早く、私の目論見通りに広まったわ。この世界に都合の良い物語があったことは幸いね
初めはそれでも争いを止めなかった者も多かったが、モンスターの存在が噂ではなく確固たる存在として認識されるに伴い徐々に数を減らしていった。
百五十年も経った頃にはもう全ての人類が大きな争いを止め、手を取り合ってモンスターに立ち向かった。もちろん最初は上手くいってなかったけど、代替わりを重ねたおかげか今ではすっかり及第点。人類皆仲良く脅威に立ち向かっている。それは私にとっての喜びね。
世界は綺麗で、美しく、そして儚いですわ。
素晴らしい楽園も人類が一度間違えれば簡単に壊れてしまう。
ならば魔王として人類を肯定する怨敵となる。
ならば女神として崩壊を否定する調停者となる。
祈りは世界を変質させ、いずれ祝福となろう。
祝福は世界を廻り、愛となって秩序と繁栄をもたらさん。
私はこの世界を誰よりも愛している。だからこそ、私がすべてを担いましょう。
それを否定してくれるとすれば、私が作り、私を肯定してくれた、貴方達聖女と呼ばれる人類を肯定する代弁者だけ────
「────掻い摘んだあらましは以上ですわ。あ、そうですわ。後始末が落ち着いたら一度帰って王様に行ってあげることですわ。『調子乗んな』と。私の名前を出してもいいですわよ? ……本来、ブランリーは現状の人類には奪還させるつもりのない土地でしたわ。もっと人類が強大になってから攻略させる予定でしたわ。それなのに欠員が出ているにもかかわらず連戦連勝で調子良いからというだけで……はっきり言って、勝因はミカンちゃん達三人がたまたま味方してくれたから、ただそれだけですわ。調子に乗らず、精進しなさい。そして、それはユーナちゃんもですわ」
「は、はい……」
私達はホーロンさんのお墓を作りつつ女神様のお話を拝聴していた。
お聞きした感想なんですが……まぁ、はい。正直聞く前から予想は出来てましたが、ラスボス系神様ですね。はい。
善い神様だからこそ人類に失望すら出来ず、善い世界に導くために自ら悪役の皮を被って人類の敵となった。
そのやり方は独善的とも言えるものだ。アルコンさんが聞いたらきっと……いや、間違いなく悪態をつくだろう。これだから神はって。
「さて、これでお墓も完成ですわ……英雄ホーロン。本当は彼みたいな人類にこそ生き残るべきですが……私はそれを願える立場ではないですわね。そういう人類こそ、モンスターに立ち向かうのですから」
出来上がったお墓に女神様は白いお花をそっと添えた。
この世界の作法に疎い私は自分の世界のやり方で、静かに手を合わせて冥福を祈る。ホーロンさんに笑って顔向けできるように、私は前を向いて生きるよという言葉と共に。




