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空洞の巫女

「どうしたまったく……喧嘩なんてお前等らしくもない」


「あんなもん喧嘩でもねぇよ」


 メルルが困惑の表情をこちらに向けてくるが俺にはどうしようもない。椅子の背もたれを倒し、天井を見上げてため息を吐く。


「……アタシはミカ姐が怖いよ」


「うむ、アレは心の奥に闇を抱えているな。オレにはわかる」


 勇者がなにやらあのアホについて予想している。確かにあのアホの異常な様子を見れば内面になにかしらの問題があると考えるのが普通だ。

 だが外れだな。


「あのアホに闇なんてねぇよ」


「うむ、違ったか……」


 あいつ自身に闇と言えるものはない。少なくともあのアホが自覚してるようなものではない。


「空っぽなだけだ」


 ただ単にあいつが空洞なだけだ。それを気にすることすらせずにその傲慢な性格で他者の領域に踏み込み続ける。そして否定することなく、拒絶することなく、ただ肯定する。そうやって他人を自分の人生に巻き込んでも、その空洞が埋まることはない。こんな人間に恐怖を覚えることなんてなにもおかしくはない。


「空っぽ?」


「……まぁ、お前らに話すぶんには問題ないか」


 いつかはこの怯えた猫にも共有するべき事柄ではあった。今がその機会ならさっさとしておくに越したことはない。


「柊さん……あのアホの親から聞いた話だがな、蜜柑はな────






 私とユーナさんはホーロンさんが亡くなった森の中でこの世界の神様、セレスティア様と出会った。


 ────のだが……


「あ。あのー……」


「さすが私の聖女、ユーナちゃんですわ。性格良し、見た目良し、そして自己研鑽良し。まだ若いながらもその実力は十分。仲間にも恵まれていて女神としても鼻が高いですわ。あぁ、抱き心地も高得点、いえ、歴代最高かもしれませんわ。それを確かめるためにも出来ることならルルちゃんと抱き比べることも吝かでは……いえ、それは無粋ですわね。貴方は貴方、あの子はあの子。比べるなんて両方に失礼ですわ。今はこの抱き心地を堪能……匂いも悪くない、ですがお風呂に入っていませんわね? いくら戦いが終結した直後とはいえ聖女たるもの、女神に仕えていた役柄であった以上身だしなみにも気をつけることですわ。今は貴方が表に立つ立場、きちんとしないと困るのは貴方ですわよ? それにそれに……」


 女神様が自己紹介をされたと思いきやすぐさまユーナさんに抱き着いてくるくると回っている……しかも滅茶苦茶喋りながら……。私もお聞きしたいことが沢山あるのだがどうにも隙がない。このままだと何時間でも話し続けそうだ。

 ユーナさんは女神様の豊満な……その、直球に言いますがお胸に顔を押し付けられており、抵抗してはいるもののどうにもならない様子だ。苦しそう。

 最終的に十分ほど回り続けたところでようやくユーナさんは解放された。天地がおぼついておらず、明らかにふらついている。放っておくと倒れてしまいそうだ。ひとまずユーナさんを支えるために近づいたところ……セレスティア様と目が合ってしまった。

 そして私は確信した。ユーナさんと同じことをやられると。


「……お手柔らかにお願いします」


「ダーメ、ですわ」


 結局地面に倒れてしまったユーナさんと同じ末路を辿るわけにはいかない。そう思った私は逃げ出そうとするも結局捕まってしまった。なにかしらの長いもので腕を掴まれて女神様の元まで手繰り寄せられた。


「捕まえましたわ」


 背後から抱擁され、後頭部に女神様の豊満なお胸が押し付けられる。柔らかな感触に困惑していると、私のあごに手が添えられ、そっと持ち上げられる。空を見上げるとそこには女神セレスティア様のご尊顔があった。

 女神様の翡翠の瞳に私の視線は釘付けになり、気を抜いたら吸い込まれそうとすら感じる。女神様のなされるがままに、私はただ体を預けた。


「……やはりあの子の面影はありますわね。特にその力強い瞳……二千年前とは思えないほどハッキリと思い出せますわ。でも結局は同じ魂というだけ、別人。少し残念ですわ」


 そう語る女神様の瞳には喜びと、少しの寂しさがにじみ出ていた。きっと女神様にもその誰かとの大事な思い出があるのでしょう。


「あら、これは私にしかわからないですわね。忘れても構いませんわ」


 今までの話を忘れるように促しつつも私に添えられた手は外された。と言ってもいまだに捕まったままで解放される様子もない。後頭部の感触もいまだに離れる気配はない。

 一息ついたのち、女神様は私を抱えたまま小さく揺れ始めた。体勢はともかくとしてそれはまるで幼子をあやす様な仕草にも感じた。

 女神様自身は魔王とも名乗った。つまり女神様である魔王が作り出したモンスターは人類の敵であり、人類を害し、殺してきた張本人だ。

 そのはず、なのだが……


「私に聞きたい事がある、という顔をしていますわね」


「えっと……まぁ、はい」


 その在り方は人類に絶望した魔王とは到底思えなかった。人類が好きで、可愛くて、愛でたくて仕方がない。それはまさしく人類を愛する女神様そのものだ。あまりにも現状と乖離している。

 とはいえそれは私ではなくこの世界の人間に問いてもらうべき事柄だ。ならば私は私自身について問うべきだろう。


「あっちの質問はユーナさんに任せるとして……私からの質問は『私について知っていること』です。私の前世と思わしき方を知っているなら私についても何かしら知っているのではないかと」


「あら、ほぼ初対面の私より貴方自身の方が知っているのが普通ですわよ?」


 私の言い分に疑問を持ったのか女神様は首をかしげる。

 確かに、本来は自分のことなんて自分の方が知っているのだろう。しかし、それは普通の人間の場合だ。


「実はですね……」


 大きく深呼吸し、ゆっくり、確実に、私をさらけ出す。


「私、記憶がないんですよ」


 重い話にしないよう、少しだけ首をかしげながらおどけ笑う

 私には子供の頃の記憶が一切ない。だから私について知っている可能性が少しでもあるのなら私はそれを知っておきたい。 


「え!? そうなの!?」


「うわぁ! びっくりした!」


 先ほどまで倒れていたユーナさんが飛び起き、その勢いに思わず驚いてしまった。

 確かにこのことは村の皆しか知らない、わざわざ自分からそのことを言ったりはしないから。アルコンさんはもしかしたら私のお母さんから聞いてるかもしれないけど。


「厳密には私の世界における六年前の一月一日、それより過去の記憶が私にはありません。その日の早朝に本殿の前で倒れていたと、私の母親は言っていました」


 私は私の過去を全く知らない。だからといってかわいそうだとも思われたくない。私も私をかわいそうだと思わない。所詮記憶がないだけだ、今の私に何の支障もない。

 とはいえだ、そのことに一切の感情が動かないかと言われればそうではない。それを知れる機会があるのなら私はそれに手を伸ばしたい。


「残念だけど、私が貴方について知っていることなんてほとんどないですわ。私をこの世界に連れて来たあの子……アルバちゃんと同じ魂と同じ力を持っている、それだけですわ」


 しかし、女神様から帰ってきた言葉に私が求めていたものはなかった。知らない、というのならばどうしようもない。

女神セレスティアの言葉を信じるなら遠い過去にも私と同じような力を持っている人物がいて、その方と私が同じ魂であるということだけだ。もしかしたらウーティスさんも……。


「お待ちくださいセレスティア様!」


 私が考えをまとめていると同じく話を聞き入っていたユーナさんが声を荒げた。ユーナさんからすれば聞き捨てならない言葉があったようだ。


「『私をこの世界に連れて来た』……それはつまりセレスティア様は異世界から来られた……」


「えぇ、私はこことは異なる世界から来た長命の存在ですわ。元の世界で鬱屈していたところをアルバちゃんに連れ出されてこの世界を愛しただけのちっぽけな存在、それが私ですわ」


 私は異世界の存在である、女神様ははっきりと告げた。異世界の言い伝えがないはずなのに女神様は異世界の存在だった、それはおそらくだがユーナさんからすれば根底からひっくり返る衝撃の告白だろう。

 ユーナさんはそれを受け止めるのに時間がかかったのか放心しており、私がユーナさんの目の前で手を振っても反応が一切ない。これは相当深刻だろう。

 放心状態のユーナさんを気に留めることなく女神様は話をつづける。


「異なる世界の情報はあえて伏せましたわ。私がいた世界のお話なんて様々な種族が織り交ざり生き続けるこの世界には不要なものですわ。私が手を加えるとこなく鮮やかに生き続けるこの世界の生命があんな世界のことなんて知る必要すらないですもの……あんな画一的な世界なんて……」


 そう語るその声は重く、へばりつくような感情が乗っかっていた。どうやら元の世界に愛想をつかしており、この世界に移り住んだ。そしてこの世界を愛し、女神となった。

 やはり女神様なりの事情があるのは間違いないようだ。そしてその女神様が見捨てた世界には何があったのだろうか。もしかしたら私がそこに辿り着くことがある可能性を考えると少し怖くなる。


 それはそうとユーナさんはいまだに放心している。話をちゃんと聞けているのか不安になる。叩いた方が良いかな?

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