箱庭を紡ぐ夢物語 其の拾伍
────泣いている嫁の声が聞こえた気がした。
それはブランリーが襲撃された後のホーロンの最初の記憶だ。暗い森の中、彼が視線を下に向けるとそこには泣き崩れている彼の嫁、レイラがいた。
もう二度と私を泣かせないで
そう主張するレイラは泣きじゃくりながらも怒りが込められた目をしていた。
当然だ。彼はレイラを助けるために、よりによって彼女の目の前でモンスターの大群に一人で突撃したのだ。
生きて帰れるはずがなかった……そのはずだった。そのはずだったのだ。
なぜワシはこうして今、生きている?
ホーロンは当然の疑問を頭によぎらせた。
愛する嫁を守るため、ブランリーの住人を守るため、我が身を犠牲にする覚悟で武器を手にとったのだ。
生きてていいはずがない。そんなことをできるのは語り継がれる勇者くらいなものだ。
そして何よりもここにいていいはずがないのだ。それは役割の放棄を意味しているはずだ。
しかし、確かにレイラはワシと共にここにいる。それだけは決して間違いようのない事実だ。
彼自身の思考もまとまらぬ中、レイラを夜風にさらし続けるわけにはいかないとホーロンは彼女に今の住まいの場所を訪ねて彼女を運ぶ。ホーロンは暖炉に薪を焚べ、一言も言わずに彼女に寄り添い続けた。暖炉の薪がいくつか燃え尽きる頃にはホーロンもレイラも多少落ち着いたようだった。
お腹が空いてるでしょう?
そう言ってレイラが作ってくれたシチューを口にしながら言葉を交わしてわかったのは、ここがブランリーから遠く離れた地であること。ブランリーが襲撃されてそれなりの月日が経っていること。そして、レイラが何かをホーロンに隠していること。
ホーロンは隠し事を問い詰めることはしなかった。自身の愛する者が意図的に隠し事をしたのならそれには必ず理由がある。
ならばそれに触れるのは無粋な事だろうとホーロンは考えた。
もう二度とあんなことはしないで
空になった木製のボウルを挟んでレイラは真剣な面持ちをしていた。
ホーロンは今まで彼女がしたこともないような表情に思わず面を食らった。自身の愛する者が死に目にあったのだから当然だろう。
彼女の想いを鑑みたホーロンは兵士を辞め、平穏に生きると誓った。同時に、また同じような事があればまた同じようにするだろうとも。
当然ながらレイラは怒りをあらわにした。しかし、すぐに呆れたように笑った。
私が知っているホーロンはそう言うよね。
そんな言葉をこぼした彼女の目には涙が浮かんでいた。少しおかしな言い回しが引っかかったホーロンだったが、突然元気になった彼女を見てそんな考えも飛んでしまった。
明るく振る舞うようになった彼女はホーロンの腕を引っ張って窓際まで連れていき、二人で夜の星空を眺めた。
また、二人で見れるね。
ブランリーから遠く離れた夜の森、木々の隙間から見えるミルキーウェイはあの日見たそれと同じくらい綺麗だった────
────
「いぃやっほおぉぉぉう!!!」
私は今、森の中を激流に乗ってサーフィンをしている。数多のモンスターから逃げるように木々の隙間を波に乗って逃げ回る。
山育ちの私だが興味本位に近所の川でサーフィンもどきをしたことがある。故に経験は豊富。そして調子に乗って死にかけた経験もある。
逃げ回っていると正面からもモンスターがやって来た。彼らの真ん前に大木を落として攻撃を防ぎつつ水の流れを変えて逃げ先を変える。
「おっとと……」
水流の急激な変化に体がついていけずにこけそうになるが何とか持ち直す。現状は持ちこたえられているが私を追いかけてきているモンスターは千を超えているだろう。少しでも判断を誤れば私なんて簡単に死んでしまうだろう。
そうこうしているうちに飛行型のモンスターが押し寄せてきた。どうするべきか悩んでいると魔法で私を攻撃してきた。なんとか躱したものの攻撃され続けるのはまずい、そう思った私はいっそのことと大きな波を作ってそのモンスター達に突撃する。滝から持ってきた水圧と水量、ふわふわ浮いているモンスターからすればひとたまりもないだろう。
モンスターを水で押しつぶした後も油断することなくただひたすらに逃げ続ける。モンスターとて有限ではないだろう。押し流したり押しつぶしたりして数を減らしつつ耐え凌ぐことを目標に私は激流を滑走する。
さて、私が今、何をしているかというとだが……ここにくる前の世界、つまりミコトさんがいた世界にあった滝から水を拝借して森の中に激流を作り出し、それによって出来た波を滑走、サーフィンしている。
走ってるだけじゃいつか囲まれて死ぬ、だから囲まれないような速度で囲まれないように近づかせない。最善かはわからないが最低条件は満たしている。ならば進んで進んで進みまくるのみ。
あのモンスターが私を集中的に狙うように命令したならば私の所にモンスターが集まっているはず。ならば私が時間を稼げばその分だけ他の人達が楽になるかもしれない。そしたら誰かが私を助けに来てくれると思いたい。
もちろん、それに甘えるだけのつもりはありません。私が一人でモンスター達を捌き切れればそれに越したことはない。沢山引き付けて逃げおおせればそれこそ大手柄だ。
「さぁさぁ、私はここにいますよ!」
私は大きく息を吸い、波に押し流されたモンスター達に大声で宣言する。私はここだと、ここにいると。
そうして流し流され数分間、波を滑走し続けた私はある場所にたどりついた。
「ここは……」
私はこの場所に見覚えがある。ホーロンさんと別れた場所だ。ホーロンさんが私達を守るためにモンスターに立ち向かったあの場所だ。
ホーロンさんを探すため、周囲の確認もかねて一度落ちつきたい。そこで水の流れを上空に向け、木の上の方の向かって飛び上がって太い枝を掴む。反対の手に持ったサーフィン用の木の板を手放さないように枝をよじ登って上に立った。
一気に高度を稼いだことでモンスター達は私を一時的とはいえ見失ったようだ、沢山のモンスターが私を探して右往左往している。見ていると少しだけ優越感に浸れる気がする。
気を改め、モンスター達の動きを警戒しつつも状況把握のために周囲を見渡す。どうやら私を追いかけてきているモンスターは少しずつだが数を減らしているようだ。行幸行幸。
だがしかし、肝心のホーロンさんが見当たらない。おそらくホーロンさんが積み上げたであろうモンスターの死体の山こそあれどホーロンさんの姿はない。もしかしてすれ違ってしまったのだろうか?
「ちょっと疲れたし……ちょっと休憩」
見つからないのに探し続けても意味がない、ホーロンさん探しは早々に切り上げて木の幹に体を預ける。
唐突ながら疲労感に襲われた私は大きくため息を吐いて体から力を抜く。体の中からなにかが抜け落ちてる感覚がする、もしかして魔力が底を尽き始めているのかもしれない。それが真実かはわからないがきっと別の世界から物を沢山持ってくるというなれないことをしているからだろう。
奇襲を警戒しつつ出来る限り体を休め、これからに備える。モンスターはまだまだ湧いてくるだろう、その全てから逃げ切る前に体力や魔力の底を見せるわけにはいかない。私の想定なんて軽々と越えてくるだろうから。
そうして数分が経ち、私の真下にモンスターが集まりだした。
「……そろそろ限界かな?」
音か匂いか、なにかしらの理由で今にも私の居場所がバレそうになっている。理由はわからないがそこを探している暇はない。
木の枝から飛び降り、木の幹に添わせるように水を呼び出して滑走する。地面につく頃には水が勢いを増しており、着地点にいたモンスターを吹き飛ばした。私はあふれんばかりの水に押し出されながらまた森の中を駆け巡る────
「────に、逃げ切った……」
逃げ続けて十数分、私を襲ってきたモンスターの全てを振り切った。ありとあらゆるモンスターを押し流して押し潰して、なんとか私の命は守り切った。
しかし、流しに流されて気がつけばここはどこかわからぬ場所。皆の元に帰ることが出来なくなった。
魔力こそ残っているものの体力は限界に近い、下手に動こうものなら死は免れないだろう。
念のため新たな追手が来てもばれないように木をよじ登っておく。太い枝に足をのせて幹に体を預け、誰かが助けに来るのを待つ。
「痕跡だけは大量にあるからミコトさん辺りが探しに来てくれるはず……」
実際、彼女の世界の倒木や水を大量にこちらの世界に持ち込んでしまった。あれだけそこらかしこにばらまけばミコトさんなら気付いてくれるでしょう。
「……そういえば、川の水も倒木もなくならなかったな」
モンスターから逃げ延びるためしかたなくとはいえ大量に召還したのに無くなる気配がなかった。嬉しい誤算とはいえ少し気になる。
少し悩んだ結果、所詮私一人が扱える量なので自然の物量には遠く及ばなかったのかもしれない。
そう結論を付けようとしたその時、私の右側から小さな人影がこちらに歩いてくるのが見えた。
「……ホーロンさん?」
その人影は間違いなくホーロンさんだった。数多のモンスター達と戦ったからかその体は返り血か、彼自身の血かわからないほど真っ赤に染まっており、それぞれの手で折れた剣と小型のクロスボウを握りしめていた。
私が私自身の力にもっと早く気が付いていればホーロンさんがここまでボロボロにならずに済んだのかもしれない。
しかし、私達を逃がすためにボロボロになってまで戦ってくれた。その事実が私にはうれしかった。
たどたどしい歩き方ながらも私に近づいてくる。ボロボロになったホーロンさんを助けるために木の上から飛び降りようとしたその時、近づいたことではっきりと見えるようになったホーロンさんの体を見てしまった。
「え、」
ホーロンさん? その頭の怪我……いや、怪我というにはあまりにも抉れ────
「────我らは、」
「逃ゲろミカン!」
「え?」
ホーロンさんから発せられた声によって私は我に返った。振り返るとそこには呪いによって倒れていたはずの竜人のようなモンスターがいた。そして、私を殺そうとすでに鋭い爪を振り下ろしていた。
「我らは人類の敵でなければならぬのだ!」
気づけなかった。いや、本来は気づけたはずだった。私が見たものはそれすらできなくなるくらい衝撃的なもので……。
私はとっさに木の幹を左手で弾いて避けようとしたことでなんとか即死こそ免れたのの、左腕を伸ばしたことが災いし、凶爪が左腕を抉り切った。
意識が飛ぶような痛みに悲鳴を上げるしかなかった。体の一部が引きはがされた激痛に私が耐えきれずに体勢を崩し、木から崩れ落ちる。
「ミカ姐!!!」
地面に激突する直前、アルコンさん達と共に行動していたはずのミコトさんが間一髪で私をキャッチし、私は何とか一命はとりとめる。
「……み、ミコトさん。ありがとうございます……」
「ごめん、ごめんなさい……アタシがもっと早くたどりつけていれば……」
私を守れなかったとミコトさんは涙を流す。そんなことはないとなだめてあげたいがそれどころではない。
激しく鼓動する心臓の揺れに合わせて襲ってくる痛みも思考をゆがめるがそれどころではない。
「……貴様だけは、その女だけは殺しておかなければ────」
モンスターは呪いに蝕まれた体を無理矢理動かしながら私だけでも殺そうと迫り寄ってくる。
「……ミカンを連レて、逃ゲろ」
ホーロンさんはボロボロの体に鞭を打ちながら私達とあのモンスターの間に割って入る。ミコトさんが私を連れて逃げるための時間を稼ごうと……。
いや、ボロボロなんてものじゃない。
なんで、なんで────
なんで、顔が半分抉れ飛んでるのに……生きているんですか!?




