箱庭を紡ぐ夢物語 其の拾肆
「あー! またアッシュが壊してる!」
壊れた寝屋の中から這い出ると、ちょうど駆け寄ってきたユーナと顔を合わせた。彼女の表情は怪我を心配する表情ではなくまた壊したことからくる呆れによるものだった。
「いい加減壊すのをやめないと外で寝ることになるよ? これ以上壊せば小さな寝床すら作ってもらえないかも」
「うむ、その方が埋もれる心配もなさそうだな」
「もう!」
俺が突き放すように話しても少し怒るだけで失望する様子はない。それがユーナらしくもあり、少し心配になる。
俺がまだ十二歳ほどの頃、ユーナやディナが村の皆から愛されている一方で俺は皆から煙たがられていた。
理由は単純明快、なにもかも壊してしまうからだ。原因はわからない。昨日は木箱を壊し、一昨日は家畜の鶏を壊し、今日は両親と離れて住むための寝屋を壊した。壊せそうと思ってしまったらなにもかもがいつの間にか壊れてしまう。
最初は心配してくれた村の皆もほとんどが俺に近づかなくなり、両親とも顔を合わせることもめっきり減った。
そんな中、ユーナは俺を怖がることなく接してくれる。俺に食事を届け、話しかけてくれる。
「俺が怖くないのか?」
「どうして?」
「どうしてって……」
どうしてもなにも、理由もわからずありとあらゆる物を壊し続けてる奴なんて怖いと思わない方がおかしいだろう。それこそ次の瞬間には……いや、それは考えてはいけない。
俺が言葉を詰まらせていると、ユーナは不思議そうにしながら口を開く。
「なんでも壊しちゃうことは確かに危ないけど、アッシュを怖がるかどうかは別の話じゃない?」
その言葉に一切の恐怖は混じっていなかった。彼女は本心でそう答えたのだ。
「もちろん危ないことは叱るしメルルさん達に怒ってもらうべきだとは思ってるけどアッシュ自身に悪気があるわけじゃない。力を制御出来てないだけならそれをできるようになればいい! そうでしょ?」
そういって彼女は俺の手を握りしめた。一切の恐怖も、怯えもなく。優しく握るその手はとても暖かかった。
「もちろんアッシュがその気なら私も頑張って手伝うわ。任せて、女神様もきっと見てるから!」
そう言ってユーナはにっこりと笑った。その笑顔に俺の心の靄も吹き飛ばされてしまった、そんな気さえする。
ユーナはもう覚えてないかもしれないが、俺にとってはいつまで経っても忘れることの出来ない思い出だ。
遠くでディナの癇癪とそれをなだめるメルルの声が聞こえる中、オレはユーナの笑顔を守る決意を固めた────
「────きて、アッシュ。起きなさいよ、アッシュ!」
「……マリー?」
マリーの声でオレは意識を取り戻した。朧げな意識で天井を見上げ、モンスター達の喧騒に思わず耳を塞ぎたくなる……モンスター?
「……しまった!」
どうやら俺は何らかの理由で意識を失って懐かしい夢を見ていたようだ。意識を失う前の記憶を辿って思い浮かぶのはアルコンに頭を掴まれ、魔力を流し込まれたと同時に嫌悪感を抱いたところまでだ。おそらくだがオレを小さな動物に変えて崩れた部屋の入口を通過させたのだろう。
もう少しやりようはなかったのかアルコンに聞きたいが今はブランリー奪還作戦の真っ只中だ。慌てて飛び起きて聖剣を握り、メルルに群がっているモンスターを薙ぎ払う。
「状況は?」
「最悪も最悪、もう一体の上位モンスターが地上に出て暴れてるかもしれん。下手したらミカンが襲われてるかも。さっきの上位モンスターはユーナとアルコンが相手してる」
「それはまずいな、地下は二人に任せて地上に急ごう」
「こんなところで道草を食べてる場合じゃないからね!」
「うむ、悪かった」
ミカンという恩人をこちらの過失で死なせるわけにはいかない。早急に突破して地上にあがり、ミカンを助けなければならない。
先ほどの変化の影響か具合はややすぐれないがそうもいってられない。トレイシーから貰った薬を飲みこみ気合を入れる。
「全速力で突っ切る、索敵は全部メルルに任せるぞ」
「はいはい、手加減はしないから遅れるなよ勇者様?」
「うむ、任せろ」
「全力でやっちゃいなさい!」
聖剣を強く握り、メルルの合図に合わせて地面を蹴る。気がかりなことは山ほどあるがここからは時間との勝負だ。
地を蹴り、風を切り、敵を斬る。ただひたすらに全速力で地上を、空を目指す────
「────『エクレール・リミエ』」
ユーナのゴーレムが老婆のようなモンスターを囲み、動きを止めたところに光の魔法を放つ。
その魔法はさっきと同じように魔法の壁に防がれたが、その隙を見逃さずにゴーレム共が腕を叩きつける。
「おや、危ない危ない」
叩きつけによって舞い上がった土煙の中からモンスターは悠々と飛び出してきた。危ないとは口にしつつもその表情には余裕が残っている。
「『魔法・ε・ν:ステッピングストーン』」
魔法を仕込んでいた石ころが回転し、周囲の石を弾き飛ばす。俺達はゴーレムに身を隠し、モンスターにだけ飛散した石をぶつける。
しかしこれも防がれた。半透明な剣が薙ぎ払ったように見える。
「っち、埒が明かねぇ」
「ずっと防御に徹してるから攻めきれない」
「おやおや、ずっとあなた達と遊んでてもいいのですよ」
したり顔で笑うモンスターに腹が立つがここで短絡的になっても相手の思うつぼだ。冷静に頭を回して作戦を練る。
攻めをユーナに任せて俺は一歩引いたところで考えを整理しているとユーナがゴーレムを操りながらもこちらに近づいて話しかけてきた。
意図は察したからあのモンスターに聞こえないように話をする。
「なんだ」
「なにが狙いだと思う?」
「時間稼ぎだろ。本来はお前ら全員を殺すつもりで罠張ってたなら正直生き埋めだけじゃ不足だ。もっと大がかり、それもあのモンスターもろとも殺す大がかりな罠があるとみていい」
勇者以外はともかくあの勇者が一部屋の生き埋め程度で死ぬとは思えん。もっと大がかりなもの、それこそこの迷宮を上の街ごと崩落させるほどのなにかがあるとみる方がいい。
その罠も発動自体はしてるとみていいだろう。さっきの罠の中に用途がわからんものが一つ混じってた。解析するにも発動地点が遠すぎて労力の割にあわんから無視したが今思うと悪手だったな。
「あいつを無視して逃げるのが最良だが難しいだろうな。ならさっさとあいつを無力化するしかない」
「ならあいつの動きを止めてくれる? ゴーレムごとでいいわ」
「二十秒後だ、任せるぞ」
「任せて」
やけに自信満々な顔で飛び出していったがその表情はあのアホと同類の表情、故に不安だ。
まぁやるといったなら任せるしかないだろう。時間も余裕もない、いろいろ精査してる暇なんてない。ゴーレムと共に猛攻を仕掛けるユーナを眺めつつ魔法の準備に取り掛かる。
「『魔法・γ・θ』────
────二十秒。ユーナが動いた。
召還していたゴーレムがモンスターに向かって一斉に腕をたたきつける。おそらくだがダメージは届いてないだろう。だが大小さまざまなゴーレムが腕を叩きつけたことで土埃が舞い、モンスターにゴーレムが押し寄せたことで身動きは取りづらいだろう。そこを捕まえる。
「『魔法・γ・θ・ι・ζ:クリーパーケージ』」
増やした種に魔力を通して大量の植物を成長させ、それをモンスター中心に圧縮させて動きを止める。
種はさっき全部使った? 種なんて植物を成長させたら花をつけて実がなる。それが種になるならそれこそいくらでもある。育てりゃ育てるだけ植物は力を増す、だから落石を防いでいる植物を事前に成長させておいて種を作っておく。枯れて落石を抑える力が弱まった分を支えるようにいくつか分ければそれで仕込みは完了だ。
圧縮させた植物は数多のゴーレムを巻き込んでモンスターを縛りつける。目視では確認できないが魔法で捕まえていることは確認済み。
ユーナはゴーレムを叩きつけてからのすべての時間を魔法の行使にあて、今出せる全力をモンスターにぶつけようとしていた。
その魔法は鮮やかな光の球がユーナの周囲を漂いながらレーザーを放っていた。レーザーはモンスターが拘束されている植物の塊に向けられていた。
その球が少しずつ彼女の手のひらに吸い寄せられて結合していく。すべての球が結合した瞬間、ユーナはその球を握りつぶしてレーザーと光が消えた。
そして両手の人差し指と薬指の先を引っ付け、それをモンスターに向けた。
「小癪な……!」
モンスターは魔法で出来た半透明の剣を振り回して素早く拘束を振りほどいた。しかし、そのために強力な魔法を使ったために足が止まって隙だらけになっている。
その瞬間を待っていた。
「今だ」
「『エリミネイト・リミエ』!」
魔法の宣言と共に七色のレーザーがモンスターを襲った。色が混じった太いレーザーの周りをそれぞれ単色のレーザーが渦を巻くように追随する。
その光は込められた殺意とは裏腹に鮮明で美しく、二種のレーザーの周囲に散乱する色彩鮮やかな光の球につい触れたくなる。もちろん触ったらろくなことにならないからユーナの陰に隠れておく。
レーザーはモンスターも、植物も、壁も地面も、全てを貫くように焼き払った。光が消える頃にはユーナも疲労困憊になっており、まさに全力を込めた魔法だった。
それでもあのモンスターは倒れていなかった。
「さ、さすが聖女様……この私がここまで……」
「噓でしょ……」
体は焼け焦げ、腕も一本千切れてこそいるがそのモンスターはレーザーが焼き払った跡の上に立っていた。おそらくは腕を犠牲にする前提で防御したのだろう。
「問題無い。そこで安心して見てな」
とはいえだ、そこまで削れればあとは俺だけで十分だ。功労者の頭をポンポンと軽く叩いて安心させる。
そしてモンスターに回復させる隙を与えるつもりもない。最短最速最適解で確実に殺すために接近する。
「くっ……我等は」
そうはさせまいと魔法の剣を俺に向かって振り下ろす。そこまでやれるのは大したもんだ。だが、
「弱い」
先ほどまでと比べてあまりにも弱い。襲ってくる剣を素手で弾き飛ばす。ここまで弱っているなら何も心配はいらない。接近して頭を掴む、それだけでいい。鼠に変えて踏み潰せば終わりだ。
「少しくらいなら遺言くらいは聞いてやるよ」
「我々は貴様ら人類の敵であらねばなら────」
「時間切れだ」
掌から魔力を流してモンスターを鼠に変える。鼠に変えたモンスターは気絶し、なんの反応も示さなくなった。これで完全に無力化できた。
「で、お前がとどめを刺すか?」
「……ま、任せるわ」
あくまでこの世界の住人が決着をつけるべきだろと鼠を見せつけてみて煽ってみたが疲労困憊故にこちらに後処理を押し付けてきた。
押し付けられたのならわざわざ長引かせることはない。地面に落としてその上に大きい石を落とす、これで終わりだ。
「さて、さっさと出てあいつらを追いかけるぞ。立てるか?」
さっきから水が流れる音が迷宮内に響いている。どうやら大きい罠は水攻めだったようだ。迷宮の最深部、そんなところを水で埋められたらどうしようもない。それは勇者もそうだろう。早急に脱出する必要があるだろう。
「だ、大丈夫……」
「には見えねぇよ。ほら、つかまってろ」
体力的、そして何よりも精神的に限界がきているユーナを背中に担いで脱出の準備を整える。崩落させないようにしつつ塞がれた入口を魔法でこじ開けて最深部から脱出する。すでに水はここまで到達してきており、事態は一刻も争う。ユーナを担ぎながらここまで来た道を全速力で引き返す。
────モンスターが最期に残した言葉、我々は人類の敵でなければならない。それはモンスターの存在意義が人類の敵になることそのものということだ。
占領された村や街が綺麗なままだったこと、存在そのものが生命への侮辱ともとれるモンスターのこと、そしてあの妖精が隠している……つまりあいつだけが知りえる情報があること。
ここまで情報が集まれば推測は確信に変わる。そもそもだ、この世界でここまでのことをやれる奴なんて元から俺が嫌いなあの存在しかいないんだ。
そして認めたくなかったその事実に聖女……俺や蜜柑の世界でいうところの巫女であるこいつは気づいてしまったってことだ。発狂しないだけマシだな。
とはいえだ、そんなことより重要なのは蜜柑の安否だ。よりによってあの神から貰った呪いがすでに発動してしまっている。こうなると生きてるかどうかの確証がない。
無事であると願って地上に急ぐしかない。頼む、生きててくれよ────




