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箱庭を紡ぐ夢物語 其の拾陸

 数多のモンスターが蔓延る森を突破してミカ姐の元に辿り着いたアタシが最初に目にした光景は、ミカ姐の腕が蛇の鱗を纏ったモンスターに切り裂かれた瞬間だった。


「ミカ姐!」


 モンスター達を正面突破することを避け、不可思議な濁流を避けるために木々の上を跳び移るように移動していたせいで間に合わなかったのだ。

 落下するミカ姐を助けようと足に力を込めようとしたその瞬間、ミカ姐に手を出したモンスターが隙だらけの背中をさらしていることに気づいてしまった。

 今ならもしかしたら労することなくモンスターを殺せるかもしれない。しかし、そうするとミカ姐が地面に叩きつけられてしまう。それはダメだ。

 アタシはミカ姐を助けることを優先し、木の幹を蹴り、ミカ姐の元へ飛び込んでなんとか受け止める。モンスターの横を通り抜ける際にアル兄から渡された道具をモンスターの背中に投げつけておいた。アル兄の説明から考えるとこれでアッシュさん達にここの居場所を知らせることが出来たはず。


 そんなことよりも、アタシが間に合わなかったことでミカ姐の腕が切り裂かれてしまった。裂けて抉れた左腕の傷口からあふれ出る鮮血がアタシの腕を赤く染める。

 もっと早くたどりついていれば。

 最初からミカ姐と一緒にいれば。

 すでに遠い過去となった分岐点に後悔が押し寄せる。


「……み、ミコトさん。ありがとうございます……」


「ごめん、ごめんなさい……アタシがもっと早くたどりつけていれば……」


 苦痛に顔をゆがめるミカ姐の顔に一滴の涙が零れ落ちる。

 守れなかった、守らなかったアタシにそれを流す資格はないはずなのに……。


「……ミカンを連レて、逃ゲろ」


 そして、アタシはホーロンさんも守れていなかった。

 肉が裂け、顔が抉れ、ありとあらゆる箇所から血があふれ出していてなぜ生きているかさえわからないくらい体が損傷していた。

 ……いや、なぜ生きているかはわかっている。いや、わかってしまった。

 その死した体は記憶の再現体、大元の記憶が鮮明であるがゆえに人類に限りなく近いだけで根本的には別種の存在。その損傷で不安定になるまでアタシすら気づけなかった、それほど鮮明な記憶の残滓。


 抉れた頭部はぼやけて元の形を取り繕い、声はかすれて聞き取りにくくなる。人の生を騙すその体には存在を証明する核がうっすらと浮き出ていた。

 目の前にいる……アタシ達と共に過ごしたホーロンさんの正体は……。


 ゴースト。


────






 ────私は、私の目に映る光景を信じることが出来なかった。


 ホーロンさんの体にできたあらゆる傷も、抉れた部分をごまかすようにぼやける頭部も、声にかかる小さなノイズも、体の中心にうっすら存在している小さな核も……ありとあらゆる情報がホーロンさんの正体を映し出す。


 そしてなによりも、ホーロンさんをそんな状態にしてしまった私を信じることが出来なかった。


「ホーロン……さん?」


「アー……ワシも自覚しタのはついサっきだ。ワシは三十年前のあの時、すでにブランリーの戦火の中で死んだ身だっタらしい……」


「そんな……」


「そンナ心配そウな目でワシを見るナ。所詮ワシはたダのゴーストだ」


「ちが……それはちがいます……」


 例えホーロンさんがゴーストだとしても、この世界で一緒に過ごしたホーロンさんは貴方なんです。そんな言い方をしないでください……。


 今はその時ではないと私の小さな怒りを胸の内にしまい込むと同時に、呪いに蝕まれたモンスターはホーロンさんを見て言葉を投げかけてきた。


「あぁ、思い出した。貴様は三十年前のあの時、最後まで抵抗した人類か。ゴーストの糧となり果ててなお我らに立ちふさがるか、貴様は」


 その声に抑揚はなく、しかしその中には確かな憤りが込められていた。


「……そレがワシの取柄だ。今回もワシにハ守りたい者がいルかラな、精々あがかセテもらうぞ」


 ホーロンさんは折れた剣をモンスターに向けてニヤリと笑った。それはまるで死に場所を決めたかのように……。


「アタシも戦う。いや、アタシが」


「悪いガミカンを連れて逃げテくれ。その血の量はマずい」


 そう言って私の腕を見る。確かに気を失いそうなくらい痛くて血も噴き出していますが、そんなことホーロンさんの体のことを考えれば大したことじゃありません。

 激痛を我慢しながら反論しようとするとモンスターの炎の球がこちらに迫ってきた。とっさの事と痛みで対処できなかった。


「さセ……るカぁ!」


 ホーロンさんは自身の体を炎の球にぶつけ、無理矢理かき消した。その衝撃でクロスボウが手から離れ、地面に転がり落ちた。

火球から身を挺して私を守ったことでホーロンさんの体はさらにボロボロになり、体の透明度が少し増した気がする。


「貴様……」


「早クシろ!」


 ホーロンさんは声を荒げてミコトさんに催促する、私を連れて逃げろと。

 混乱する私達に息をつかせぬようにモンスターが襲い掛かり、それを防ぐためにホーロンさんが体で受け止めた。


「……っ! ごめん、ミカ姐!」


「まっ……!」


 こちらに迫り寄ってくるモンスターを抑えるホーロンさんに背を向けてミコトさんは私を担ぎなおして走り出した。その表情は葛藤に満ちていて、彼女もこの現状には納得していないようだった。

 ……私は大木の凹みを右手で無理矢理掴んでこの場に留まる為に力を込める。走り出したミコトさんごと無理矢理留まろうとした故に右腕に激痛が走る。


「ミカ姐!?」


 逃げることを拒否するような行動にミコトさんが驚く。

私はお札がないなりに体の血流を操って遅らせることで出血を極力減らす。


「駄目、駄目です。ここで逃げたら……」


 私にとっても、ミコトさんにとっても何もよくありません。ここで逃げることは私達の信念に嘘をつくことになりかねません。

 そしてなによりも、ここで逃げてしまったら二度と会えなくなってしまう。そんな予感、いや、確信が私にはあった。

 自身の体を削りながらモンスターと戦い、少しずつ透明になっていくホーロンさんの背中に視線が釘付けになりながらも私は叫んだ。


「ホーロンさん!────






────我らが秩序は世界を偽典で紡ぐ


 オレ達が地下から飛び出して見た地上の光景は意外にも平穏なものだった。軍団長からの報告によるとモンスターも既にいなくなっており、ブランリーはほぼ奪還出来たと言って問題ない様相だった。

 どうやらミコトからの伝言のお陰で背後からの奇襲に対処出来たことで軍の被害は最低限に抑えられたこと、その後になにかしらの理由で大半のモンスターが撤退したこと。そのおかげでこれといった被害は無しにブランリーの地上を奪還することが出来ていた。


────虚ろな夢、散りゆく幻、刹那に輝く灯火は泡沫の如く


 メルルの報告によると地下に潜んでいた上位モンスターの気配がなくなったらしい。きっとユーナとアルコンの二人が討伐してくれたのだろう。さすがだ。


────幾千の空想(そら)理想(だいち)(めぐ)り、我が剣は燦光(りんこう)と共に願いを宿す


ならば俺がやるべきことはもう一体の上位モンスターの撃破だろう。ちょうどアルコンの道具から合図が発せられた。ミコトが倒せないモンスターならばそれがおそらく目当てのモンスターだ。

今から追いかけている時間はない。ならばやるべきことは一つ、そのためにメルルと軍団長にお願いして集中するために周囲の人払いをしてもらった。

ここから、そのモンスターを倒すために。


────さぁ、世界に語り継がれた(うそ)物語(ものがたり)よ!語れ!笑え!世界を謳え!


 アルコンから借り受けたこの不可思議な眼鏡を覗けばモンスターの居場所が輪郭と数字によって表されていた。距離にして十kmと少し。初めてこの聖剣を振るった時の五倍ほどの距離だ。

 これほどの距離、しかも自身の目ではなく不思議な道具による目で見たものなんて斬った事なんて一度もない。

 それでも聖剣の妖精、マリーは言ってくれた。オレになら出来ると。


────紡いだ偽典はいつしか我らを導く正典へと至らん!


 だからこそ、オレは声高々に叫んで見せよう。

 オレこそが世界を救う勇者であると!


────斬滅せよ




────《偽典の選定剣(キャリバーン)






 ────それは音もなく、気配もなく、ただそれを斬ったという事実だけが残されていた。


 私達からすれば何の前触れもなく、そして一瞬にしてモンスターの体が真っ二つに斬り裂かれたのだ。


「っ……! ゆう……しゃ……!」


 それは勇者……アッシュさんによる一撃。今だブランリーにいるはずのアッシュさんがその聖剣で私達を救ったのだ。


「せめて……きさ……ま……あぁ……」


 袈裟を斬られたように体が割れたモンスターはそれでもなお私に手を伸ばし、私を殺そうとする。しかし、こと切れたのか地面に倒れ伏した。

 このモンスターは勇者によって倒された。他のモンスターがこちらに来る気配もない。アッシュさんが持っている聖剣の力を知っているからこそ理解できるが、それでもなおあっけない結末だ。

 逃げる必要がなくなったことでミコトさんに降ろしてもらい、自分の足で地面に立つ。


「終わったんですよね……?」


「モンスターは……だね」


 そういってミコトさんは同じく倒れ伏したホーロンさんを見つめる。アッシュさんの聖剣がモンスターに届く直前にホーロンさんはモンスターの凶爪で切り裂かれ、そこからピクリとも動いていない。

 しかし、ホーロンさんは体が薄くなりながらも消えずに倒れている。ゴーストは核が壊されれば形を保てなくなって消え去る。それは二回も見たから知っている。消えていないのならばまだ生きているということだ。

 ホーロンさんがゴーストだったことには驚愕し、狼狽した。しかし、冷静になって思い直すとゴーストであってもホーロンさんはホーロンさん。恐れることは何もない……はず。

 私達はゆっくりとホーロンさんに近づき、声をかける。


「ホーロンさ~ん、大丈夫ですか~……?」


 返事はない。遠くから返事を求めても反応するそぶりはない。しかし、確かに核は傷がついておらず無事である。きっとそこだけは守りつつ私達の為に戦ってくれたのだろう。


「ホーロンさ~ん……お願い、返事をして……」


 私はホーロンさんの無事を確認したくて、私が皆の生存に安堵したくて、不用心にホーロンさんに手を伸ばす。

 その手に反応したのかホーロンさんはゆっくりと右手を伸ばし、私の腕を掴んで上体を起こそうとした。それを見て私は安心してため息をこぼした。


 ────しかし、()()は反対の手を私の首をつかみ取ろうとした。


 私はその行動に反応することが出来なかった。

 それでもミコトさんがゴーストを押さえつけることで私はなんとか助かった。


「ミカ姐、逃げて……!」


 ゴーストはミコトさんを振りほどこうと必死に抵抗している。その表情はもう知っているホーロンさんではなかった。

 そのことに気づいてしまった衝撃で私は体が動かせなかった。考えがまとまらず、何をするべきなのかが私にはわからなかったのだ。


 ただその場で狼狽えていると、ゴーストの様子が少しおとなしくなった。


「……ホーロン、さん?」


「ミカン……カ?」


「ホーロンさん!? よかった……」


 なんと、ゴースト……ホーロンさんは正気を取り戻したのだ。何が原因かはわからない。しかし、正気を取り戻したのなら助けられる見込みはある。

 体の方は依然として暴れ続けるホーロンさんをミコトさんに抑えてもらいつつ私は精一杯頭を働かせてホーロンさんを助けるための策を練ろうとした。

 しかし……


「お願イダ……ワシヲ殺シテクれ」


 ホーロンさんから飛び出した言葉は介錯の願いだった。


「いやです! まだ手はあるはずです……それに、私との思い出を奥さんに語ってくれるって!」


 私はそれを即座に拒否した。あたりまえだ、私はそんな願いを聞き入れたくなかった。

 そんな私を諭すようにホーロンさんは言葉をつづけた。


「ゴーストは死者ノ写し身デ、縁深イ生者を憑き殺ス……オ願イダ、レイラやお前ヲワシの手デ殺さセナイでクれ……タノむ」


 ……それは、今にも理性を失いそうなホーロンさんが絞り出した叫びだ。

 ゴーストは自我を得ても肉体の損傷が進めば薄まっていく。生前となんら変わらぬ状態になれたとしても、ここまで損傷が酷いと得た自我もほとんど失ってしまうのだろう。

 ゴーストにここまでの自我を与えたホーロンさんの妻、レイラさんもこの場にいないのならばもう打つ手はないのだろう。


 ならば、私はホーロンさんの意志を尊重したい。彼の最後の足掻きを無駄にしないためにも。


「……わかりました。少し待っててください」


「ミカ姐……?」


 私は核を壊せる獲物を探して周囲を見渡す。幸いなことに矢が番えてあったクロスボウが転がり落ちていた。落とした衝撃で暴発していなかったことに安堵し、私はそれを右手で拾った。これの威力ならば確実に核を壊せるだろう。

 それを手に入れた私はゆっくりとホーロンさんに近づく。その様子を見ていたミコトさんの顔色は蒼白だった。


「だめ……それをミカ姐が背負うなら代わりにアタシが……っ!」


 ミコトさんが力を緩めるとゴーストが再び暴れだした。それを抑えるためにミコトさんは必死に押さえつけた。


「ミコトさんはそのまま押さえつけていてください。私にはその役目は出来ませんから」


「でも……でも……!」


「大丈夫です。これがホーロンさんの願いなら……信念なら、私はそれを肯定するだけです」


 私はゆっくりとクロスボウをホーロンさんに近づける。失った腕の代わりに地面にクロスボウをつけてブレない様にしっかりと固定する。もちろん、ミコトさんに当たらないようにしながら。

 狙いを定めた時にはミコトさんは顔を背け、現実を直視しないようにしていた。きっと、私が誰かを殺すことを認めたくないのでしょう。


「……ミカ、ン」


 あとはゆっくり、そして確実に引き金を引くだけ。


「お前ナラどコに行ッテも大丈夫ダ。元気デな」


 小さく呼吸をしたあと息を止める。


「アぁ、ソレと……」


 人差し指に力を込めて。


「約束、守レなクテ、悪カッたナ」


「……ごめんなさい」


 ────私は引き金を引き、鋭い音と共に矢は放たれた。その矢はゴーストの核を貫き、綺麗に砕け散った。

 ホーロンさんはどこか安心したような表情をしながら透明になって消えた。私は、蜜柑は大丈夫だと。きっとそんなことを思ってくれながら。


 ……そんなホーロンさんに対して結局私が出来たことは、彼の信念を守るために介錯をした事だけだった。




 私が殺した

 私のせいでホーロンさんは死んだ

 私が弱かったせいでホーロンさんは約束を守れなかった

 全部、全部、私が、私のせいだ


 ……彼を殺した今の私に出来る事は、謝りながら、ただ子供の様に大声で泣きじゃくることだけだった────

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