箱庭を紡ぐ夢物語 其の拾弐
アタシは駆ける。地上を、太陽を目指して。ミカ姐を守るため。
迷宮を遡る道中、隠れていたモンスターが道をふさぐように立ちはだかった。数は十にも満たない。
「どいて」
警告はした。それでもモンスター達は引くそぶりを見せない。ならばアタシもやるしかない。
さっき拾った短剣と手斧をナメクジや兎に似たモンスターに投げつける。短剣はナメクジのようなモンスターの頭に刺さったが手斧は避けられた。
しかし、回避したことによって通り抜ける道ができた。アタシはそこに飛び込み、手斧を回収しながらモンスターの集団の中を走り抜ける。
通路を抜け、広間を跳び、迷宮の入口まで駆ける。来た道を通り抜けるだけ、それなのにモンスターや罠は増えていた。
それがどうした。障害は最短最速で全て駆け抜けた。今だけは、ミカ姐を守るために邪魔をしないで。
地上からの光が見えてきた。そこには兵士の人たちが待ち構えていて、勇者達が倒しそびれたモンスターが迷宮から抜け出してこないように見張っていた。
その人達は迷宮の奥から走ってきたアタシに気づいて警戒態勢をとった……もしかしたらアタシをモンスターと勘違いしてるのかもしれない。
説明してる暇はない。壁を蹴り、天を駆けて警戒網を潜り抜けて地上に出る。余計な気苦労をさせてしまったことは申し訳ない。太陽の光に目がくらんだ瞬間、指揮を執っていたあの人、アレクスという人と目が合った。この人にだけは言っておくべきだろう。彼のそばに着地し、足に力を溜める。
「地下から、後ろに、敵」
そしてアタシは大きく跳び上がった。建物の屋根に飛び移り、人もモンスターも全て飛び越して屋根伝いに空を駆け、石の大壁を飛び越える。
最低限の言葉は残した。意図がアレクスさんに伝わっていることを願う。
強いモンスターの気配とミカ姐の気配が近く、同じ方向に動いている。
きっと、襲われているのだろう。アタシの時みたいに。
きっと、そのモンスターと向き合っているのだろう。アタシの時みたいに。
だからこそ言える。このままだとミカ姐は死んでしまうかもしれない。
だからこそアタシは全力で駆ける。ミカ姐を守るため。
「ミカ姐……お願い、無事でいて────」
────さて、私はモンスターと相対し、一人で足止めをする決意を固めたはずなのですが……。
「待てー! 逃げるなー!」
なぜか私はモンスターを追いかけていた。なぜだ?
理由は簡単、無視されたからだ。アルコンさんから貰った石ころで一回、私が持っているお札を三十枚くらいまとめてぶん投げたもので一回火球を防ぎきって見せたところ、何を思ったのか急に私から視線を外し、アランさんを追いかけ始めたのだ。
「お前の相手は私です……よ!」
光るお札を石ころに張り付けてモンスターの進路上に投げ飛ばす。進行方向の先にあった木にぶつかったそれは閃光を放った。
しかし、そのモンスターは止まることなくアランさんを追い続けている。
このまま私を無視してアランさんを追いかけられるのは色々と問題がある。
まず心配なのはアランさんの命である。今の私達には命を狙ってくるモンスターに対する対抗手段が乏しい。私のお札しか対抗する術がない上にそれもすぐに尽きる。このままではアランさんが危ない。というか今も危ない。
もう一つはこのままだと回復支援班で治療を受けている人達を巻き込んでしまう可能性だ。いわゆるモンスタートレインになってしまうのでは、という疑念が残る。
そしてなにより────。
「いたいけな女の子を無視するとはどういう理由ですかこらー!!!」
襲われればひとたまりもない推定二十歳のか弱い少女であるが無視されていることが釈然としない、というのが理由である。
正直なところ、私はあのモンスターに襲われればひとたまりもありません。持ち物のおかげで火球は防げるだけです。
まぁアルコンさんからは、いいからさっさと逃げろよアホ。と言われそうですが……目の前で人が襲われてるのに助けないなんて選択肢は私にはありません。なんならアルコンさんもそういうたぐいの人では?
そうしている間にもモンスターがアランさんに追い付かれた。鋭い爪でアランさんを今にも引き裂こうとしている。
「させません!」
衝撃を増幅させるお札を複数枚石ころに巻き付けて投げつける。それはアランさんを殺そうと振り下ろした爪を止めるように脇腹に直撃し、モンスターは体勢を崩した。
振り下ろした爪は空を切り、アランさんは難を逃れた。とはいえモンスターは体勢を崩しただけ。ダメージが入った様子もない。アランさんもホーロンさんに武器を渡してしまった以上こちらから攻撃する手段がない。
「……やはり貴様らを殺すのは手間だな」
攻撃を私に弾かれ、動きが止まったモンスターは小さくつぶやいた。モンスターが言葉を話したことに驚くも、上位のモンスターは言語を理解しているという話を思い出して冷静さを取り戻した。
「やい! そこのモンスターさん!」
言葉が通じるなら交渉が出来るかもしれない。そう思った私はこの状況をなんとか打破しようとモンスターに対して強気に出てみた。
そのモンスターは返答をすることなくこちらをにらみつけてきた。少しでも対応を間違えれば死ぬかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。
とはいえだ。曵様と比べたら怖くない。あの時の恐怖あって今の私がある。大丈夫、怖くない……怖くない……。
「私にはまだ奥の手があります! 今すぐ逃げるというのならば見逃しますがどうしますか!?」
そんなものはたぶんない、ハッタリである。
それでも、この一瞬でアランさんはモンスターから距離を離せた。状況が好転したわけではないが立て直すことは出来た。
「そうか。このままでは埒があかぬか」
そう言ってモンスターは私でも、アランさんでもなく、あらぬ方角へと視線を向けた。もしややけっぱちの交渉が上手くいったのでは? と思って一瞬安堵した。
しかし、それに気づいた瞬間に安堵は絶望へと変わった。その方角には回復支援班の設営地があった。
つまりは人が大勢、しかも怪我人がいっぱいいる場所がそこにはあった。逃げ回っている間に察知される距離にまで来てしまっていたのだ。最初に助けを呼ぶために近づいたのが仇になった形だ。
「まっ……!」
制止する暇もなくそのモンスターは飛翔した。回復支援班の人達を殺すために。
なんとかして止めようとお札に手を伸ばすが私がそれを掴むことはなかった。モンスターの行動を阻害するために既に使い切っていたのだ。
それでも私は止めようと走り出した。何もできないかもしれない、それでも何もしないよりはましだと。
しかし、それはアランさんが私の腕を掴んだことで止められてしまった。
「アランさん! どうして止めるんですか!?」
「これ以上は限界です……私はあなたを守るように言われた身、先ほどミカンさんに足止めを任せたことも本来は命令違反、そうした方がいいという自己判断によるもの。それもミカンさんが使っていたものがなくなったというならばミカンさんの身を守ることを優先します……!」
「でも、それじゃあ……」
大勢の人たちが死んでしまうかもしれない。私はそう言おうとしたがアランさんの表情に気おされて言葉が出なかった。
モンスターは今にも私達の視界から消えかけていて、もうすぐ回復支援班の設営地までたどり着いてしまうだろう。
私達が狙われず、助かったから良かった。そんなんで納得したくない。私は暴れるもアランさんの手を振り切ることが出来なかった。
とはいえ私が何かやれることがあるかと言われればないのも事実、私はこのまま黙ってみているという苦渋の決断をしなくてはならないのか────
「────いや、あった」
私は知っている。ここからでもあのモンスターを止める方法を。
私は見ていた。これを使ったあの人の戦い方を。
「もう手持ちがなにもない? 違う、私にはある」
「……ミカンさん?」
私の様子に違和感を覚えたアランさんが私に話しかける。しかし、私はその言葉が耳に入らなかった。
すでにお札は全て使い切った。今から新しく作るなんて当然不可能だ。
ならばどうすればいいか? 答えは簡単だ。
────持ってくればいい。
「貴方の領域を犯すことをお許しください曵様」
私はワープゲートを開いた。世界を繋ぎ、アルコンさんを私の世界に、私達がミコトさんの世界に、この世界に、世界を跨ぐときに開いたあのワープゲートだ。
開いたのはあのモンスターの真上。私はアルコンさんを私の世界に持ってきてしまった時のように、ミコトさんの世界から大量の倒木を持ってきたのだ。
白い大蛇との追いかけっこのせいで大量に折れた木、それらをあるだけモンスターに落とした。十本は優に超える大木は回復支援班に向けて飛び去ったモンスターを押しつぶした。
これで倒したとは到底思えない。それでも私は止めることが出来た、あのモンスターを。
「……出来た」
それはウーティスさんがアルコンさんと戦った時に見せた不思議な力だった。私はそれに見覚えがあった。
それは、私が異世界に渡るための力────




