箱庭を紡ぐ夢物語 其の拾壱
────勇者一行が迷宮の最奥に突入した同時刻、迷宮の中腹外縁にて陰謀が蠢き始めていた。
「時は来たか」
大扉が破壊された知らせが潜んでいた上位モンスターに届く。アルコンが意図的に無視した罠の最後の一つがこの場所を経由して発動する。
そのモンスターは竜を人型に押しとどめたような姿をしていた。全身が鱗で覆われていて、背中からは無骨で大きな翼が一対生えていた。
「手筈通り、始めるぞ」
付き従えるは千を優に超える大軍勢。その内の一体、地上でミコトが壊したモンスターと同じ水晶の見た目をしたなにかに魔力を注ぐ。水晶のようなモンスターに注がれた魔力は内部で変質し、増幅されていく。
そして、迷宮の最深部の一部が崩落した地響きに紛れるようにその魔力は魔法となり、地上に向かって放たれた。
魔法は迷宮と地面を抉り続け、ついには地上からの光が注がれた。
「侵攻せよ。我らは人類を害する者である。地上の人類を殺し尽くすのだ」
その号令により、モンスターは一斉に地上を目指し始める。その軍勢の後を追うように竜を模ったモンスターは羽ばたき、空を舞う。
モンスターは空を目指し、その地響きは反撃の狼煙である────
────上位のモンスターが地上に出てきた。その知らせを聞いたアランさんは狼狽する。
「どういうことですかホーロン様! なぜ地上に上位モンスターが。勇者様達は負けたのですか!?」
「違う! 詳細はわからんが奴らは魔法で地上に大穴を開けた、そこから数多のモンスターと共に出てきた!」
ホーロンさんの簡潔な説明により私達は置かれた状況の深刻さを理解する。
モンスターの襲撃に遭うこと自体は想定していた。しかし、上位のモンスター、それも大群を引き連れてというのは想定の範囲外だ。私達にとっても、アルコンさん達からしても。
「お前はそいつを連れて逃げて状況を伝えろ、ワシは可能な限り足止めをする」
「ですが、それでは────」
ホーロンさんが死んでしまう。そう言おうとしたアランさんだが、それはホーロンさんの剣幕にひるんでしまった。
「早くしろ!」
「……了解」
「待って、ホーロンさんも一緒に……」
「すいませんミカンさん」
アランさんは苦虫を嚙み締めたような顔で了承した。そして携えていた直剣をホーロンさんに投げ渡し、逃げるために私の手を掴んだ。
ホーロンさんに歩み寄ろうとしたところを急に引っ張られてバランスを崩しかける。何とか立て直すが、ホーロンさんは既にモンスターが攻めてくる方角を向いていた。
モンスター達はまだ見えないが、その進軍が地響きとして響き渡り、こちらに近づいていることがいやでも実感できた。
「ホーロンさん!」
私は叫んだ。ホーロンさんは私のことを見ず、前だけを見ていた。ワシの役目はこれだと言うように。
もう私が何を言っても変わらないだろう。彼の背中を見れば嫌でもわかる。
だからこそ、私は一言だけホーロンさんに伝える。
「生きて、くださいね!」
ホーロンさんに生き残って欲しい。それだけを伝え、私達は走り出した。ホーロンさんの覚悟を無駄にしないためにも。ホーロンさんの奥さんに私達との思い出を語ってもらう約束を守ってもらう為にも。
ホーロンさんからの返答はなかった。それでも、直剣を高く掲げた姿は私の願いに応えるかのように気高く、美しいものだった────
「────アルコン、どういうことか説明して」
「どうもこうもあるか、もう一体の上位モンスターが地上に出ていきやがったんだよ」
状況を理解できていないユーナが姿を現さないモンスターに警戒しつつも俺に詰め寄る。さっさと理解しろと言いたいがそんなこと言っている余裕すらない。さっさとユーナに対して簡潔に状況を説明する。
勇者をここに誘いこみ、閉じ込めているうちに地上に出て上で戦ってる奴らを壊滅させるつもりだろうとな。
意図が読めなかった罠はそっちに伝えるため、もしくはそれを含んだものだったんだろう。
「おや、バレておりましたか。罠の看破といい、その方はずいぶん聡明なのですね」
先ほどの幻覚の主は作戦が露呈したというのにやけに嬉しそうな話し方をする。そうやって話しかけてきたということは時間稼ぎのつもりだろうか。
だが勇者とその付き添いは既に送り出した。俺等はあいつらを信じて待つしかない。
「……今までのモンスターと比べて様子が変だけど、いったいどういうつもりかしら」
ユーナはどうにも状況が読めていないらしい。隠れているモンスターも動く気配がない。もう少し詳しく説明してやる。
「迷宮の外縁にいたのは地上までの縦穴を作って街の中に攻め入った軍団を後ろから襲撃するためってところだろ」
「……そんなこと過去三百年遡っても今まで一回もなかったわ」
「一回も、ねぇ……」
状況を理解したユーナは、なぜ理解できなかった理由らしきものをこぼした。確かにそれだけの歴史の中に記録が一つも残ってなかったら考慮から外すか。
普通は戦争なんて地の利生かして当たり前なんだがな。占拠された村や街中がやけに奇麗なのやその他もろもろ含めて胡散臭い匂いしかしない。
が、今はそんなことどうだっていい。重要なのはそれじゃない。
「問題なのはこっちの軍を挟撃するように出ていったことだよ」
街の中で戦ってる奴らを挟んで囲うには街の外、それも俺達が攻め入った方から地上に出る方が確実だ。
つまりは────
「ミカンが危ない!」
そういうこったよ、クソが。
そっちの方が安全だと思って後方に残してきたことが仇となった。例え危険地帯だとしても手元に置いていた方が俺の手で守れた。完全に俺の判断ミスだ。
蜜柑から目を離すなと柊さんから強く言われていたのに、まぁ大丈夫だろうという考えで他人に任せて目を離した。
甘い考えを後悔するように自責の念に駆られそうになるが今はそれどころではない。今はさっさと目の前の障害を排することが先だ。
「ほら、さっさと出て来いよ。もう勇者はいないぞ」
「えぇ。勇者を逃がしてしまった以上もう隠れるつもりもありませぬ」
そういって玉座の裏に隠されていた隙間から出てきた。先ほどの幻惑と姿は変わらず老婆のような姿をしていた。
「『エクレール・リミエ』」
姿を現した瞬間、ユーナは即座に魔法と放った。光の魔法は瞬時にモンスターを焼き切ったように見えた。
「危ない危ない、聖女様も油断なりませぬの」
「……やっぱり今までとは何もかもが違うのね」
しかし、そのモンスターは驚愕することなくあっさりとユーナの魔法を防ぎ切った。不透明なガラスのような魔法の壁を作り出し、それにダメージを肩代わりさせていた。
ユーナはこれを出せば大体は倒せたというような口ぶりだ。見たところ指向性を持たせた殺傷能力のある光だ。当たれば倒せるというのも嘘ではないだろう。
「えぇ、えぇ。今代の勇者一行は強すぎます。故に、我らも強くならねばなりませぬので」
そう言って老婆のようなモンスターは複数の剣を周囲に浮遊させる。
「ごちゃごちゃうるせぇ、さっさとくたばってくれ。俺のためにな」
「人類のため、私達のため……そして、ミカンのために。でしょ? 頼らせてもらうわ」
ユーナはゴーレムを複数体作り出し、戦いに備える。
ミコト、そしてアッシュとメルルが地上に向かったとはいえ俺達もこんな奴に足止めを食らってる場合ではない。さっさと終わらせる。
あぁ。どうして、こんな時に限ってお前の顔が浮かぶんだ。
ウーティス────
「────過去三百年、事前に作られていた通り道から湧いてきたことはあれど新たな大穴を作って地上に湧いてきたことなど今まで一度も……」
モンスターから逃げる最中、私はアランさんからこの世界の歴史を聞いていた。当然、走りながらですが。
今までモンスター達が一切やってこなかった行動をとり始めたことに狼狽している様子。
私もゲーム上とはいえその経験はありますよ。体力を半分まで削ったら行動パターンが凶悪になる。よくあることです。
とはいえ、それはゲームでの話。そんな単純な思考で行動原理が変わるわけがない。ならばそれは何かしらの裏がある。
「なにかしら理由があるとしても今は考えないでおきましょう。逃げることに全力で」
私は全力で走りながらアランさんに笑みを向け、可能な限りアランさんを安心させようとする。
それがどのくらい効いたかはわからない。それでもアランさんは意を決した表情で前を向いた。
────その時だった。後方から炎の玉が私達目掛けて飛んできたのだった。
私は驚いて叫びつつもなんとか横に飛んでなんとか回避することができた。アランさんも無事なようで回避することは出来たようだ。しかし、それが飛んできたということは私達に追い付いてきたモンスターがいるということだ。
後ろを振り返ると翼を生やした人型のモンスターが遠くから高速で近づいてきていた。体中を鱗が覆っているのが見て取れて、まるで竜人のような姿をしていた。
「もしや、ホーロンさんは……」
「……いや、そうではなさそうです」
立ち上がりながらも弱音がこぼれるアランさんだが、おそらくホーロンさんはまだ戦っている最中でしょう。
その証拠にこちらを襲ってきたモンスターは一体。それも翼には背中側から貫かれたように矢が一本刺さっている。おそらくはこのモンスターだけが抜け出してきたのだろう。
「アランさん、走ってください」
このままでは間違いなく追い付かれてしまいます。ならばどっちかはあのモンスターを足止めしないといけません。そうしないと怪我人が集まっている場所に連れて行ってしまいます。
ならば私が足止めをしましょう。おそらくは上位のモンスター、まず間違いなく勝てないでしょう。それでも時間を稼ぐことだけならやって見せましょう。
怖いけど、その役割が必要ならたとえ怖くてもこなして見せましょう!
「それは出来ません! 私は貴方を守るためにここにいるのです」
「だからこそ走ってください! そっちの方が可能性はあります!」
二人で逃げて怪我人が大勢いる場所に連れていくよりも私が耐えて回復支援班にいる怪我人の方々を逃がし、戦える人達を連れてきてもらった方が全員助かる可能性は高いです。
そうやってアランさんを説得しているともう一発火球が飛んできた。私はあえて逃げることはせず、アルコンさんからもらったものに魔力を通し、火球に向かって投げつけた。
それは火球にぶつかった瞬間、とてつもなく強い風を起こして火の玉を消し去った。私一人で上位のモンスターによる攻撃を防いで見せたのだ。
アランさんは自身に向けて小さく悪態をつきながらも私の提案にうなずいた。
「……わかりました。すぐに援軍を連れてきます!」
走り出したアランさんを見送りつつ私は竜人のようなモンスターに相対する。そのモンスターは素早く、遠くにいたはずがあっという間に私に近づいてきた。
私は大きく息を吸って叫んだ。モンスターを止めるように。
「私が相手になるからさっさとかかってきやがれですよ!」
……さーて、どうするか。護身用のとっておきの一つ、さっそく使っちゃったな。




