箱庭を紡ぐ夢物語 其の拾
モンスターの大襲撃を乗り越えた俺達は各々必要な支度を済ませたのち、再び歩みを進める。
「も、もうあんな大襲撃はこないよね!?」
「さぁな、もしかしたらもう二回くらいあるかもな」
「ふ、ふん! 例え来たとしても聖剣の錆にもならないわ」
十体にも満たないモンスターの襲撃を数回撃退した頃だろうか。勇者の背中に引っ付いて離れない嘘つき妖精が妙に不安そうな声色で大襲撃を警戒していた。
確かにあの大軍は警戒に値する。何度も襲われればこちらも疲弊する。もしかしたら誰かが負傷、離脱する可能性すらある。
「どうしたのマリー、らしくないというか……」
「うむ、警戒はするべきだが怯える必要はないだろう」
「そ、そうよ! アッシュなら朝飯前よね!」
しかし、だからといって慌てふためくほど過剰に警戒する必要はないはずだ。こっちには撃退できるだけの戦力も襲撃を察知する斥候役もいる。多少の想定外くらいならなんとかなるだろう。
それなのにこの慌てぶり、どうも違和感がある。勇者や塩巫女の様子からしても今の嘘つき妖精は様子がおかしいらしい。
……まぁ、なにかしら隠してるんだろうな。元からそういう奴だ、化けの皮ははがれてきてるがな。
「それよりも、こっちで合ってるのか?」
「うん。もうすぐ最奥にたどり着く」
迷宮の最奥、上位のモンスターの内の一体が隠れているであろう場所だ。モンスターを撃退し続けているうちにいつの間にか近づいていた。
正直に言えば中腹の端に隠れている方を先に倒すべきだろう。そいつらに挟み撃ちされる危険性をなくせる、しかもモンスター共を最奥に押し込めるように侵攻することが出来るとなればなおさらだ。
しかし、もうここまで来てしまったのならば先に近い方から倒していくべきだろう。わざわざ来た道を戻るのも時間の無駄だ。
「……はぁ」
「どうしたのメルル?」
強力な気配がする場所までもう間もなく、といったところでメルルが大きくため息を吐いた。噓つき妖精ほどではないがこっちもなにやら様子がおかしい。
らしくない様子に一同が様子をうかがう。どうやらただならぬ様子に塩巫女が心配そうに声をかけた。
「いや、大したことじゃないんだがな……」
「もったいぶらずにさっさと言ってよね!」
「だって、なぁ……」
「いいから!」
痺れを切らした噓つき妖精に詰められてなおメルルは言いよどむ。なにかを隠していると感じたのか他の面々もメルルに詰め寄る。
長年を共に過ごしてきた者に隠し事はよくないとは言うが、こういう時の隠し事は大抵本当にどうでもいい奴だ。少なくとも今じゃなくていいことが多い。
俺以外の全員から詰め寄られたメルルは観念したかのように俺と野良猫の方を交互に見る……なんで野良猫も詰め寄ってる?
「あー……わかったわかった。言えばいいんだろ? 言っておくが、本当に大したことじゃないからな?」
「うむ、メルルが思い悩んでいるのなら皆で解決するのが筋だろうな」
「だーかーらー……はぁ」
メルルはガキ共の熱烈な想いに呆れるようにため息を吐く。頭を掻きながらどう言葉にするのかを思案したのち、けだるそうに口を開ける。
「……アタイの役割がないなと思っただけだよ」
まぁ、そんなこったろうとは思った。
本来のメルルは勇者一行における斥候だ。偵察役、および罠を含めた周囲の探索が主な役割だろう。ガキ共をまとめる年長者でもあるがそれは別だろう。
それが今回に限っては役割を完全に俺と野良猫に取られている。現にここまでの道のりにそれなりの数の罠が仕掛けられていたが、メルルが察知するよりも早くこの野良猫が見つけていた。
ここ数日関わったからわかるがメルルも技術と経験に裏打ちされた実力がある。が、今回に限っては相手が悪い。ただでさえ五感が鋭い上に敵意や殺意に対して異常なほど敏感な野良猫が比較対象だ。
「……なにを言ってるんだメルル?」
「変なものでも食べた?」
「だから大したことじゃないって言っただろ」
役割がないという言葉の意図を理解できないのかメルルを慕う二人は呆けてしまっている。メルルの世話になりっぱなしの二人からすればなぜそういう考えが頭をよぎったかすらわからないだろうな。
発言の意図を理解できずに表情が固まっている二人を嘘つき妖精が叩き起こし、再び歩みを進める。
そうして歩みを進めると、目の前に一枚の大扉が現れた。荘厳な作りのそれはお粗末な廊下からは浮いていた。まるで侵入者に大切な物を見せびらかすように。
「……ここで合ってるのか?」
「うん、ここから強いにおいがする」
野良猫からの証言もあり、ここの中に上位のモンスターの一体がいることが確定した。ならばさっさと突入して殺すのが最上なのだろう……が、残念ながら一筋縄ではいかなそうだ。
「部屋の中……いや、部屋の周囲にも魔力反応。まず間違いなく罠だな」
『魔法・ω』した限り、罠は三つ。そのうち二つが扉を開けた瞬間に起動するものだ。おそらくは扉を開けた途端攻撃を仕掛ける類の罠だろう。
扉と繋がっていないものは落石……いや、部屋を崩壊させるものだろう。これの対策は用意してある。そもそも地下迷宮の時点で生き埋めを狙ってくる可能性は考慮していた。当たって欲しくはなかったがな。
「入ろうとしたら串刺し、入ったら生き埋めってところか」
「……ここってモンスターの住処じゃないの? なんで自分達で壊そうとするの?」
「一部屋くらい気にしないんじゃない? 前にもやられた事あるし、死なばもろともってことかも」
野良猫の疑問に塩巫女が答える。確かに迷宮の一部を崩落させるだけで人類の英雄を殺せるなら安いものだろう。
対策もある、こいつらも経験したことある、ならば必要以上に警戒する必要はない。
「わかってるなら対処は簡単だ。さっさと突撃して終わらせるぞ」
「うむ、扉を壊すのは俺に────」
「私に任せて。『エレメントゴーレム』!」
勇者を制止して塩巫女は今まで見た中で一番大きいゴーレムを作り出した。特に右腕が肥大化しており、まさに大扉を殴り壊すための形をしている。
俺達は罠があるであろう扉の正面から退避し、ゴーレムが罠を受けきった後に突入できるように準備をする。
突入の前の一瞬の静寂、それを切り裂くように塩巫女が腕を振り上げる。
「いくよ!」
作り上げたゴーレムに命令を与えるように振り下ろされた腕と同時に扉は派手に吹き飛ばされた。
剣のようなもので串刺しにされたゴーレムを横目に勇者一行は室内に突撃する。俺と野良猫も一拍置いて室内に侵入する。
そこにいたのは老婆のような何かだ。そいつは部屋の奥に鎮座する玉座に深く座り、勇者が来るのを待ちわびていたかのような態度だ。間違いなく野良猫が察知したモンスターだろう。
勇者はそのモンスターの態度を気にも留めず、部屋に突入してすぐに聖剣を振りぬいた。意味深な態度をしたモンスターに近づくことなく真っ二つに引き裂いたように見える。
「まだだ! 気を抜くな!」
メルルが勇者と塩巫女の二人に対して注意を促す。敵は切ったように見えるがメルルはまだ終わっていないと警戒を緩めないでいる。
実際、メルルの不安は的中している。勇者が斬ったモンスターは幻覚によって作られた偽物だ。二つに分かれたモンスターは形が崩れ、煙のように消えていった。
「ふぉっふぉっふぉ……ようこそ、おいでくださいました勇者様」
幻覚の主、そして気配の大元であろうモンスターは姿を隠したままこちらに語り掛けてくる。
声から敵の位置を探ろうにも反響していて正確な位置がわからない。とはいえ、この程度は野良猫にかかれば時間の問題だろう。
「モンスターらしからぬやり方ね、さっさと出てきたらどう?」
「出る必要すらありませぬ、貴方達はわたしと共にここで死んでいただくのですから」
共に死ね。その宣言と同時にもう一つの罠が作動する、迷宮を崩壊させ、勇者共を生き埋めにする罠だ。
二つの大きな地響きと共に天井に少しずつ亀裂が走る。どうやらここのモンスターは自身の命よりも勇者を殺すことを優先したようだ。
「『魔法・γ・θ・ι』」
崩落を狙っていたのはわかっていたことだ。残しておいた植物の種をまき散らし、魔法によって成長、強化させる。
伸び広がった植物は壁や天井に広がり、崩落を防ぐ支えになる。軋む音も少しずつ小さくなり崩壊は不発に終わった。強いていうなら入口が少し崩れてメルルと野良猫くらいしか通れなくなったことか。
残していた種をすべて使ったのは少々やりすぎたかもしれないがそれはたらればの話だ。入口もどうにかなる。
「おや、生き埋めにはなりませんでしたか」
モンスターは未だに姿を現さず、こそこそと隠れながらこちらの様子を伺っている。
生き埋めも失敗し、コイツの狙いは空ぶらせたはずだが動揺するそぶりが一切ない。どこか不気味だ。さっさと引きずり出してやる。
「おい、野良猫。さっさと引きずり出して……どうした?」
野良猫に視線を向けるとなぜか青ざめた表情で天井を見ていた。いや、天井のさらに奥、地上を見ているのか?
そして俺が声をかけたことにすら気づかず、野良猫は崩れて狭くなった入口をすり抜けて消えていった。
「ど、どうしたのよ急に。ミコトになにがあったの?」
「わからん……が、あいつがなんの理由もなしに逃げだすとは思えん」
メルルが言う通り、野良猫は理由なく逃げ出す奴ではない。責任感が強すぎて暴走する類の怪物だからな。
ならばこの行動には理由があるはず。タイミング的には迷宮の崩落を狙ってきたタイミングか? そういえば、あの地響きには違和感があった。崩落の地響きとは別の地響きがほぼ同時に発生して────
「────そうか……そういうことかよ!」
やられた。というかやらかした。
なんでその事を考慮に入れてなかったんだ俺は。なんでアイツから目を離した俺は。
「メルル! アッシュを任せる!」
勇者をネズミに変えて狭くなった入り口に投げ込む。なんとか反応してくれたメルルが入り口に滑り込んでネズミをキャッチする。
「おいアルコン! どうしたんだよ急に────」
「ミコトを追いかけろ! 蜜柑を任せた!」
メルルにはこの一言だけで通じるだろう。あとはもう任せるしかない。
迷宮と地上は分離してると思い込んでいた。隔てているのは所詮地面でしかないというのに。
くそっ、くそったれ。────
「────ん? なんですか、この地響きは?」
アランさんと共に水汲みを続けていた私達にも聞こえるような地響きに思わず作業の手が止まる。
「なんでしょうか? なにかはわかりませんが念のため退避しておきましょうか」
「わかりました」
念には念を、私達は水汲みを中断して回復支援班の場所まで避難することに。地響きそのものは止まっても油断してはいけません。地震の避難と同じようなものです。
そうして避難を進めている最中、青ざめたホーロンさんが叫びながらこちらに向かってきた。
「逃げろミカン! 上位のモンスターが地上に出てきた!」
「……え?」
主人公をずっと蚊帳の外に置いておくのは寂しいよね?




