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第39話『暗雲』

 地底の街ニェドラー、足元を取られそうな暗い道中。私、狐火木ノ葉は負傷したエシに肩を貸し、採掘場跡地をゆっくりと去っていた。去る背には二つの遺体。フリューゲル受付嬢だったレヴィアと、彼女を殺害した張本人の悪魔族の女。放置したくはないが、今は瀕死のエシを病院へ連れて行く事が最優先である。

「……師匠」

 耳元にいつも通りのエシの声が届く。

「ん、落ち着いた?」

「自分は今まで、何をしていたのでしょうか?」

 錯乱しているのか、先程まで妙に明るかったテンションは一転し、深刻な顔で激痛に耐え、冷や汗をかいていた。どうやら、戦闘の途中から記憶に霧がかかったように、ぼんやりとしているらしい。

「後で詳しく話すよ」

「師匠……すいませんでした」

「ん、何?」

「手を煩わせてしまいました。それに、もっと早くに着いていれば……」

「エシは優しいね。反省しなくていいよ、君は何にも悪くないじゃん」

 そう、エシより早く集合場所に着いた私がレヴィアを守ってあげなければならなかった。元から言えば、悪魔族に狙われていた私に原因がある。その始末はエシではなく、私が全うするのが理。

 傷心のまま二人は、ゆっくりと採掘場跡地を去ってゆく。採掘場跡地はニェドラーの北部地域に位置し、街部から若干離れている為、通常は歩きではなく魔法車で来る場所である。が、今回は魔法車に乗らずに来ている為、帰りの魔法車はない。薄暗い道を、街の明かりを目指して歩いていく。その最中、数台の魔法車が二人を見つけ、そして停車した。

「ラッキー、乗せてもらおう」

 なんて言ったが束の間、魔法車から幾数人の警備隊たちが降車すると、武器を構えて二人を包囲した。一般市民に向けられるものではなく、明らかに捕捉対象扱い。抗う気はないし、エシが死にかけの中で抗える訳もなく、私たちは一度歩みを止める。

「狐火木ノ葉、だな?」

 警備隊長らしき人物が話しかけ、それを肯定する私。警備隊長の話によると、悪魔の侵入の狙いが『狐火木ノ葉』にあると知った警備隊は、私を街から追放する事に決めたらしい。標的が街外に出てしまえば、ニェドラーから悪魔を勝手に排除できる、そういう算段だ。

「その悪魔はもう、殺したよ」

「……そうか。だが、決まりは決まりだ」

 警備隊長の気は変わらない。私を捕まえようと近づいてくる警備隊員たち。そこに、エシは食い下がる。

「ちょっと待てよ、お前ら……師匠は、悪魔を殺したんだぞ? その、扱いは、違うだろ……!」

 瀕死のエシは文字通り血反吐を吐きながら叫ぶ。追放理由が『悪魔の排除』にあるとしたら、この追放は確かに意味が無い。だが、この追放には別の意味合いもあるだろう。

「狐火木ノ葉がこの街にいなければ、そもそも被害は起こらなかった。この女が自己解決しただけの事。当事者が悪魔を殺す事は当然の話、褒め称えるものでもない。それに、悪魔に殺された死人は戻らない。追放だけで済むのがお気に召さないか?」

 問題を持ってきた私を、街から排除する。つまり出禁である。警備隊長の物言いは癇に障るも、それは正しく反論の余地も無い。この決定も私情でなく、上で決められた事なのだろう。私もその処遇に何も言う事なんてないし、争うつもりもなかった。

 しかし、エシは納得してないらしく、なんとかしてでも私を庇おうとする。

「ふざけんなッ……師匠は──」

「エシ、良いよ。事実だし」

「師匠!」

 私はエシをギュッと抱いた。そうしたいからした。その唐突な行動に、エシはしばし思考が止まる。

「し、師匠、服に血が……」

 エシはハッと我に返り、自分の流血が服に付いてしまうと危惧する。

「ごめんね、エシ。ありがとう」

 耳元で、エシにしか聞こえないくらいに小さく呟いた。そして、私はエシから離れ、警備隊長の元へ。

「エシをお願いします」

 追放は私だけの話。エシは無事保護してもらって病院に送ってもらうようにする。頼み事を了承した警備隊長は、私を魔法車へ連行する。

「待っ、」

 慌てて私の後を追おうとしたエシは、身体をふらつかせて倒れそうになり、警備隊員が倒れる身体を押さえる。

「エシさん、病院へ行きましょう!」

「はな、せ、よ……!」

 警備隊員を振り払い、走り出すエシ。グラつく視界の先、魔法車に連れていかれる私を目掛けて走ると、そのまま意識を失って地面に倒れた。既に限界なんて越えている、動くのがやっとだっただろう。

 警備隊員は倒れたエシをそっと運んで、別の魔法車へ。後は警備隊員が病院に送ってくれる。ここでエシとはお別れだ。

 私も魔法車で移送される。警備隊員に話を聞くと、隣街のフリューゲルまでは送ってくれるらしい。雰囲気こそ悪く見えていた警備隊員たちは、魔法車に乗り込んでからは親切だった。人けのない道といえど、誰の目があるかは分からない。恐らく、先は人目を気にしての表向きの振る舞いだったのだろう。

「悪魔による街の被害や犠牲者は多い。我々の同胞も何人か殉職している。気に病むのも分かるが……だが君も不本意だろう? 私としては、君を責めたくはない。君もまた、被害者なのだから」

 車内、警備隊員の一人は私にそう言ってくれたが、それでは私の頭は割り切れなかった。

 黙ったまま俯いて床を見つめていると、ふと目が止まった左手のブレスレット。レヴィアに貰った、糸で編まれた緑のブレスレットだ。ニェドラーの旅館に泊まった時、レヴィアが旅館の小売店で買ってプレゼントしてくれたもの。


『これで、どこにいたって一緒だよ、狐火ちゃん!!』


 記憶の中で、私の事をいじる笑顔のレヴィアが浮かぶ。気が緩んでしまったのか、タガが外れたように涙が溢れてきてどうしようもなかった。

「大変だったな……フリューゲルまでは我々が安全に送り届ける。しばらくは休んでいると良い」 

 そう言ってくれた警備隊員は席を外し、私を一人にしてくれた。責めてくれても良いのに、その暖かさが逆に辛くて、私は座席で一人、蹲って静かに泣いていた。




 痛い、苦しい。

 ぐるぐると回転する身体、必死で離さないように片手に力を入れる。濁流に流されながら、看板や外壁などに無造作に叩きつけられ続けた。

 寸刻前の水都市ラブカラク、扇端。津波が到達し、飲まれる直前、配達員のティアはウィンディーネの服を掴んでいた。そのまま二人は津波に流されて水路を遡上してゆく。

 ティアは『スタビライズ』を使用して、濁流の中で足場を水平に保たせる。元々は、配達物を運ぶ際、走ったりしても配達物が傾かないようにする為の職業波動である。それを自分自身に適用する事で、流されながら立ち上がる。それでも、流されてはいるのには変わりなく、壁面に何度もぶつかった。

《届いて!!》

 激痛を耐えながら、ティアはウィンディーネの身体を持ち、渾身の力を振り絞って『水の柱』を作り出した。水の柱はウィンディーネの身体を上方向へ持ち上げ、濁流を穿って津波の届いていない高層へと、ウィンディーネを吹き飛ばした。そのまま建物の屋上に落下するウィンディーネ。その衝撃で飲み込んだ水を吐き出し、息を取り込もうとして身体は何度も咳き込んだ。

 身体を無理にでも動かし、屋上の柵を掴んで立ち上がる。ぼやけた目で水路を確認するも、当然、ティアの姿はなし。いたとしても、異物を巻き込む濁流の中から人だけを探すのは困難を極める。どうにもならないと悟った時、ウィンディーネは膝から崩れ落ちた。

 荒波がぶつかって轟音が響き渡る。津波は逃げ遅れた人を次々と飲み込んで、街を侵食していった。

「結局、私は何も……」

 時間稼ぎすらも叶わなかった。あの時、ティアが庇っていなければ、今のウィンディーネは死んでいただろう。庇って致命傷を受けても尚、ティアは自分を犠牲にしてウィンディーネを津波から救い出してくれた。結局、ウィンディーネは助けられただけだった。

 ウィンディーネは、柵に頭を打ち付ける。感情がぐちゃぐちゃに混ざって、ただ不甲斐ない自分への怒りに変わった。懺悔するように何度も柵に頭を打ち付けて、そんな事しても何も変わらないと幾度目の頭突きを終えて、ウィンディーネは蹲って打ちひしがれた。




 ラブカラク浸水率70%、扇端から西へ扇央西部まで津波に飲まれ、家々を縫うように水路や道路を、様々な物体を伴って人々は流されてゆく。一部の人間は、津波が届かない高層建築物の屋上へ逃げ込む事で生きながらえているが、倒壊までの命である。

 ウルルニからようやく再出航した魔昇船は、ラブカラク上空を浮遊していた。津波の元凶討伐へ、戦力を引き連れて。

 しかし、津波の防壁が破壊された今、優先順位が変わった。魔昇船は扇頂から順に、津波から逃れてきた人々を救出。ついで、津波に流されながらもまだ生存している人々の救出へ。その間、魔昇船は浮遊したままで行われる。

「……たまたま観光中で良かった」

 茶色の長髪、メガネをかけた一人の男は魔昇船甲板から下の様子を確認する。その腰には拳銃とナイフ、なぜか手にはお手玉を持っていた。

 その背後には、船内にあっただろう小物が大量に用意され、それぞれが独立して置かれている。

 魔昇船は人を救出する際に、一度も着陸していない。それでも津波に飲まれた人々を引っ張り上げて甲板に下ろす。語弊がある為、正確に説明をすると、引っ張り上げたのではなく二点間を入れ替えていた。

 この茶髪の男は、たまたま水都市ラブカラクに観光に来ていたダンジョン走者の一人、フリューゲル三銃士と呼ばれている『フロン・グロウン』である。津波の元凶リルネの討伐に当たり応援要請で乗船したが、目的が救出に変更された為、救出作戦に力を貸している最中だった。

 魔昇船は地上から二十メートルの低空飛行を維持し、高層建築物に座礁しないように移動する。仮に座礁したとしても、ウルルニの魔昇船の耐久性には何ら問題は無い。そして、眼下を観察して救出対象を見つけ次第、フロンの波動『リアナグラム』によって『対象者』と『甲板上に置かれた小物』の位置を入れ替える事で救出する。最も迅速に安全に救出できる方法だ。ただフロンの波動は、対象範囲が二十メートルと定まっており、魔昇船は低空飛行しなければならない。

 そうして人々を順調に拾い上げるフロン。その度に甲板からは小物が消えていく。普段、フロンは能力利用にお手玉を常備し、さらにリザーブ用のお手玉をバッグに仕込んでいる。が、バッグはウルルニに置いてきてしまった。まさか、自身の波動を何度も使用するとは想定してはなかったフロン。元々、救出ではなく討伐が目的だった。その為、腰のポーチに常備している分のお手玉しかない。波動『リアナグラム』の対象用に、お手玉とはまた別の小物が必要となる。その為、船内にあった小物をかき集めて使っていた。緊急につき、許可済み。


 そうして魔昇船で逃げ遅れた人々を回収する中、甲板の上で蹲って動けずにいる者がいた。幾人かは事態を受け入れられずにパニックになっていたり、ワープした状況に思考が止まってしまう者もいる。

「おーい、大丈夫ー?」

 フロンと共に観光に来ていた仲間のコロルは、蹲っている少女に声をかける。少女は全身ボロボロで衰弱しているように見える。ティアによって命を救われた、ウィンディーネだった。コロルの安否確認に僅かに顔を向けるも、言葉が返ってはこない。

 ウィンディーネの心境など知る由もないコロルは、彼女が衰弱しているか、例えば家族の誰かが死んだりと悲惨な目にあって精神的にやられているのかと推測し、ひとまず救護班を呼ぶ事に。とはいえ、魔昇船搭乗者は基本、戦闘部隊。回収した人々の中で救護に向いている人物を呼び出し、ウィンディーネの診療を任せる。

「頭部の負傷、心拍は正常だが、随分と魔力が荒れている。君、声は聞こえるか? 聞こえたら、指を一回動かしてみてくれ」

 その道に精通しているのだろう人物の問診。ウィンディーネは指を動かす。

「話は、できそう? できそうになかったら一回指を動かして」

 肯定。

「ありがとう、最後に一つ聞かせてね。身体は、起こせる? できなかったら指を動かしてね」

 ウィンディーネはゆっくりと身体を起こす。

「…………大丈夫です」

 僅かに聞こえる程度の小さな声で呟き、ウィンディーネは船尾側へとゆっくり歩き始めた。その足取りは夢遊病者の遊行のように、ただ『歩いている』だけのようだった。

 どうも、星野夜です。明けましておめでとう。一月が始まりましたね。少し前までクリスマスだったと思うんですが、時間の流れは怖いですね。


 ん? 何か言いたげな顔をしてますが、どうかしましたか? まるでタイムスリップしてきた人のトンチキな発言を聞いている未来人のような顔をして。


 さて、どうやらまだ冬眠期間らしいから、僕はこのままアナグラに戻るよ。……いや、後書きなんて読まんでしょう? 何、君は毎回僕の後書きを読んでいるのかい? はは、変わり者だね、君ってやつは。まあ、君のような変人は嫌いじゃないけど、あんまり変なものばっか見ないようにね。知らない方がいい事もあるって事さ。真相は、僕らを正しきへと導いてくれる訳じゃないんだ。酸いも甘いも食らってこそが『人』だもの。蜜を。

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