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第36話『砂上の楼閣』

 水都市ラブカラク、その西部に佇む高山の頂き。カルデラの上に立つラブカラクの隣街、ラブカラクの監視や防衛を担う機関が置かれている。カルデラを囲むように巨大な防壁が取り囲み、基本的に関係者以外の入街を禁じている。ラブカラクの重要機関、防壁の街、ウルルニ。

 ラブカラク沖永久凍土の調査に出ていた観測隊一行は、緊急につきウルルニに帰還していた。中央区のポートに魔昇船は着陸し、一行は観測所への通達に急ぐ。

「給料上げてもらおうかしら……」

「ボーナスくらいは貰っても良い」

 観測に遠征中のフリューゲル観測士ノヴァ、その助手ロッドの二人は面倒事に巻き込まれたのを良い事に、直談判を企てていた。元より、病み上がりに遠出させられているノヴァ。面倒事云々抜きにしても、所長に直談判する気でいた。給料アップの免罪符が増えた訳だ。

 二人はウルルニ観測隊たちに追従して船を降りる。ポートを歩いていくと何やら人の集まりを見つけた。ウルルニ観測所関係者一同だ。既にウルルニ観測所でも事態に気づき、中央区にウルルニ各方面の観測所長が結集していたようだ。

 永久凍土から戻った観測隊のリーダーは、観測所長へ報告を始める。

「報告します。ラブカラク沖永久凍土の氷床崩壊、それに伴い、氷床内に凍結されていたリルネが開放されました」

 その報告を受けた観測所長たちは険しい顔付きになる。

「リルネは氷床内で生存していたらしく解放の後、時速60キロ程を維持しながら、波を引き連れてラブカラクへ真っ直ぐ遊泳しています。進路変更がされない場合、あと一時間もしないうちに沿岸区域に到達、伴う津波によるラブカラクへの多大な被害が想定されます」

 報告を受けた観測所長たちは青空会議を開始。ものの数分ほどで折り合いをつけると、各自行動を開始する。

「やあ、悲惨だったね、お疲れ様」

 ウルルニ観測所東壁上層観測所所属観測所長は、フリューゲルからやって来ていた観測士たちに話を振る。

「一体、どう話をつけたのか、聞かせてもらっても良いか?」

 ロッドは決議について訊ね、それに答える観測所長。限られた時間の中、ウルルニの魔昇船と魔法車を総動員し、ラブカラク全域の人間を回収。特例措置として、ウルルニを緊急避難場所に指定。標高の高いウルルニに人々を収容する事で、津波の被害から逃れる計画だった。しかし、この策は重大な問題を抱えている。

「どう見積っても時間が足りないんだ」

「それはマズイだろ」

「分かっているよ。だが、悩む時間も今は惜しい。妥協案と分かってはいるが、これが現状の最善なんだ」

 つまるところ苦肉の策だった。約一時間、住民が皆一丸となって避難に徹する事ができるとしたら、話は別だっただろう。そして、重大な問題というのは『時間』ではない。

「通信機器が故障し、ラブカラクへの通達は直接行わなければならない。それだけじゃない、放送機器も同様。避難勧告も人伝に行わなければならない」

 この事態の最悪は、多くの魔法器の動作不良である。ウルルニ観測所は既に原因の特定はできているが、解決方法は模索中。魔法器の不良は、今すぐ対処できる話ではないようだ。

「それはそうと、そこの子はどちら様かな?」

 観測所長は目線を下げる。ノヴァとロッドの後ろをついていた、くすんだ青の長髪をした子供。服が全体的にボロボロで、何かあったのだろう表情も曇っている。

「……話をすると長くなるのだけど、割愛して端的に、アタシの知り合いよ」

 ノヴァは簡潔的にそう伝える。その貧相な様になっている彼女の名は、ウィンディーネ。訳あってフリューゲルに滞在中らしく、弟のルフの仲間繋がりでノヴァは知っていた。本来ならフリューゲルにいるはずのウィンディーネが、遠く離れたこの地にいる事については、緊急事態で聞けずじまいになっている。

「……」

 ウィンディーネは無言で地面をずっと眺めている。その様を見て、観測所長は愛嬌を振りまく。

「随分お疲れのご様子。良ければ観測所の一室を使ってどうぞ、東壁上層の。僕は魔昇船でラブカラクに向かわなければならないから、ここでお別れだ」

「嫌です」

 黙り込んでたウィンディーネは観測所長の受け入れを突っ撥ねると、

「私をラブカラクへ、連れて行ってください」

 疲労が滲んだ瞳で観測所長を捉え、そんな事を頼み込む。

「時間が無い、単刀直入に頼むよ?」

「……私の友人がラブカラクにいます。お願いします」

 ウィンディーネは深々と頭を下げる。観測所長はばつが悪そうな渋い表情になった。目線は明後日の空を眺めると、

「偶然、乗ってしまったのなら仕方がない。僕は見ていなかった、焦っていたからね」

 そう言い残し、観測所長はポートに停められている魔昇船へと歩き出した。




 ラブカラク扇頂部の配達局では、魔法器の故障による配達の遅れが生じていた。配送物は送れずに溜まり続け、配達員はお手上げ状態。故障の原因も特定はできずじまい。

「魔法器全部故障?!」「こんなの、どうすればいいの?」「はいはい、おしまいだよ、これ」

 配達員は皆、積み上げられた配送物を見上げて呆然としていた。

 そこに、回収から戻ってきた一人の配達員が、配送物を持ってやって来た。白い髪をした少女で、前髪が長くて目は隠れている。右手には橄欖色のスカーフを巻き、肩に小さな小鳥を乗せていた。

「ティア・スノウィズクロフ、ただいま戻りましたぁ〜ぁあ、あれ?」

 配達局に戻ったティアは、普段は見ることの無い、積まれた大量の配送物と困惑する配達員達の姿に、首を傾げる。ひとまず手に持っていた配送物を積み上げられた山に置くと、同僚に事情を訊ねる。

「──って言う訳で、こうなっている」

「あ、そういえば……」

 街中のステーションに置かれている配送物の回収に向かっていたティアは、街の至る所で人々が騒ぎ立てる様子を目にしていた。仕事中であった為、気にはなるもののスルーして配達局へ。思えば人々は皆、何かしらの魔法器を手にしていた。どうやら街全体で魔法器の故障が多発しているらしい。ティアは同僚にその話を共有する。

「照明は壊れてないんだよな。変換機や伝達機はうんともすんとも言わないが……」

 同僚はどうにか魔法器の故障が直らないか何度か試しにいじってみたらしいが、原因は一向に見つからず、肝心の伝達機さえも故障している為、直そうにも業者は呼べない。

 そんな時、配達局に突然、一人の観測士が飛び込んで来た。観測士は来て早々、有無を言わせずに伝令を出す。

「時間が無い故、事情は省いて要件のみ伝える。今から一時間後、津波が街を襲う。皆には街中の人々へ避難誘導を任せたい。ウルルニの魔昇船と魔法車を総動員している。飲み込めないだろうが、今は鵜呑みにして避難誘導に専念して欲しい。事情は後に話す」

 困惑が占める配達局。事態が事態、とは言え、いきなりすんなり受け入れられる話ではない。

 そんな暗雲立ち込める中で、

「あの、ちょっといいですか? その役回り、僕に任せてもらっても」

 ティアが名乗りを上げる。




《ラブカラクにいる皆様へ。今から一時間後、津波がやって来ます! ウルルニから避難用の魔法車と魔昇船が来ていますので、慌てず騒がず落ち着いて避難の方をお願い致します!》


 突如、頭の中に流れ込む避難勧告の情報。ティアの波動『意思通達』によって、声ではなく情報が脳内に刷り込まれる。皆、経験のない感覚に戸惑い、知り合い同士など互いに確認を取り合っていた。避難勧告が本当だと知ると皆行動へ。避難誘導を行っている配達員を頼りに、決められた区画へと人々は集まっていく。

「マジかよ、せっかく遠出したってのに!」

「もぉ〜、せっかくの旅行なのにぃ〜!」

「いや、そんな事言われても緊急事態だから。さっさと避難するよ」

 ラブカラクを訪れていた旅行者たちも、渋々避難を始めていた。ただ、一度に乗り込める総員数は決まっている。ウルルニから出された魔昇船及び魔法車はすぐに満員になった。そうなれば一度、ウルルニへ戻らなければならない。いくら台数があるとはいえ、ラブカラク内全土の人間を運ぶとなると、小一時間では到底間に合わないだろう。

 ウルルニ関係者の避難誘導で、決められた区画に集められた人々は第二陣を待っているが、中にはせっかちな者もいたり、パニックに陥る者、不安や恐怖で泣く者など、集団ヒステリーで騒がしくなっていた。

「……」

 ティアは避難誘導に徹しながらも、心配事があって表情が曇っていた。

《あの子が心配?》

 ティアの肩に乗っている飼鳥、モタシラルバは『意思通達』を通してティアに話しかける。

「へへへ、顔に出ちゃってた? ラブカラク内にいるはずだから、思いは届いてるはずだけど……それでも心配は心配だよ」




 ラブカラク扇端南部、街中。避難する人々は皆、扇央部へと西進する。その人波の中、ウィンディーネは一人逆方向へと歩いていた。

(……ティアのおかげで、何とかなるかもしれない。あとは私が頑張らないと)

 既に疲労困憊なウィンディーネはゆっくりと道を歩く。その姿を見て幾人かが声を掛けたりするが、その度に断りを入れ、目的の為にただ歩いていく。津波到達まで推定残り時間三十分。




 地底の街、ニェドラーの採掘場跡地。普段は光の届かない採掘場を、巨大な蓄光石の塊が照らし出していた。そこに相対する二人。

 一人は緑髪をした女性、フリューゲル受付嬢ことレヴィア。

 相対するは悪魔族の女。全身は黒く堅い甲殻に覆われ、悪魔らしい両角と太い尾が生えていた。復讐に燃える悪魔、アレウシア。

「合格。決めた、殺すね」

 目の前で硬直して動けないレヴィアに、アレウシアは殺害を宣告する。レヴィアは逃げ出すに逃げられない。それはアレウシアの波動による能力。DNAを経口摂取し、その保持者を一定期間支配する波動。今のレヴィアに逃走手段はなかった。

「い、いやッス!! だ、誰か!!」

 アレウシアは、硬直するレヴィアの頭を鷲掴みにして軽々と持ち上げる。足が浮いて全体重が首に伸し掛ると痛みが走り、硬直が解除された。レヴィアはアレウシアの腕を掴んで自重を分散させる。

「死ね」

 頭を鷲掴みにする手の握力が強くなり、頭に爪が突き刺さって血が垂れる。ギリギリと怪力で頭が握られて、強烈な頭痛に襲われた。

「痛い痛い痛い痛いッ!! 痛いっスよ!!」

 じたばたと逃げようとするレヴィア。アレウシアの胴を蹴ってみるもビクともせず。頭に万力を掛けられたように激痛が走り、呻き声をあげる。


 誰かが言った、ヒーローは遅れてやって来ると。端から現場にヒーローがいる訳じゃない。有事の際、それを対処し、解決するからこそ、ヒーローであり、ヒーローになり得る訳だ。だから、ヒーローはいつも遅れてやって来る。

幻想色彩(フィクションカラー)──」

 薄闇の空を裂いて、一筋の赤い光は流れる。採掘場跡地の二人へと目掛けて。

「き、狐火さん!!」

「……ちょうどいい」

 採掘場跡地まで私、狐火木ノ葉は長筆から放つ炎柱(バーナー)を推進力に空を滑空して来た。かれこれ何度も空を飛んで、その都度、着地手段が無くて無様に不時着をかました。馬鹿は馬鹿でも学ぶ馬鹿、私は着地を考慮して、道中の高度を徐々に下げながらここまで来た。着地については考えている。

 私は長筆の炎柱を切って、宙で長筆を構える。推進力のままに採掘場跡地へ。

「──紅葉(プロミネンス)!」

 アレウシアの頭部でノックをするように、躊躇のない全力のスイングを。そして、鮮血は散った。

「ぁ」

 構えた長筆を振ろうとした私の腕は固まる。身体が、硬直した。走馬灯のように、アレウシアと擦れ違う時間が長く感じられる。人は信じられないものを目の当たりにすると、何もできずに固まってしまうものだ。私の目に映る光景、攻撃しようとした瞬間、レヴィアの頭蓋冠が破裂した。アレウシアの手によって、卵を握り潰すように容易く。

 目に焼き付くと同時に、私は衝撃を受けて採掘場跡地を転がった。着地の事なんてすっかり頭から抜け、またも無様に転がり続け、壁面にぶつかって倒れた。低空飛行かつ水平に近付けていた為に大事に至らなかったが、全身打撲で砂埃に塗れて哀れだった。が、そんな事はどうでも良かった。

 見間違えた景色を再確認する為、壁面を伝って立ち上がる。砂煙の奥、悪魔の姿と、側に血を吹き出す遺体を目の当たりにした私は、吐き気を催す。単に三半規管が揺さぶられたからだけじゃない。受け入れ難い光景に、精神的に参ってしまっていた。地面のちょっとした段差に足を攫われて地面に倒れる。先刻の勢いは全て失われ、もう立ち上がる気力はなかった。

 そんな私を容赦なく蹴り上げるアレウシア。軽々と吹き飛ばされると壁に激突する。いっその事、このまま意識を失っていた方が楽だった。アレウシアは倒れる私の襟首を持ち上げ、鋭い眼光で睨みつける。

「立てッ!! 戦えッ!! 仲間が目の前で殺されて、情けなくメソメソしていられるのか?! ふざけんじゃねぇよ!!!」

 耳をつんざく怒号。もはや何も聞いてない私は、ただ顔を逸らして泣くだけだった。その様に、アレウシアは歯をギリギリと鳴らして腸を煮えくり返らせている。

「こっちを見ろ!!」

 アレウシアは絶叫すると、堅牢な甲殻を持って私の額に頭突きをかました。視界がぐるぐる回るほど強烈で、額が切れて出血した。それでもかなりの手加減はしているだろう。アレウシアにとって、人を殺すのは紙を破るのと同じくらいに造作もない事だ。

「こんな奴に先輩はやられたって言うのか!? 狐火木ノ葉、私が憎いだろ?! 殺したいと! 復讐したいと!! そうは思わないのか?! お前にとって、レヴィアは大切な、友達じゃなかったのか?!!」

 アレウシアは私へ問い掛ける。痛みや吐き気諸々でぐちゃぐちゃな頭を怒号が突き刺さし、ここ数日の記憶が脳裏を駆け巡る。

「……わ、私は──」

 答えを待つ気はないらしく、アレウシアは私の身体をぶん投げた。

汀撥(みぎわばね)・切!!」

 直後、アレウシアの腹部に走る衝撃と水飛沫。鞭を打ったような空気を割く音が響いた。同時に、宙に投げられた私を両腕で抱え、エシが採掘場跡地に到着する。

「師匠! 無事です、か……」

 先刻の頬の腫れに加えて額から流れる血液。戦意喪失した私の顔を見たエシは口が止まる。そして、レヴィアの遺体を確認し、手遅れを悟った。

「師匠、少し待っていてください」

 エシは私を地面に寝かせると、長筆を手にアレウシアへと対面する。

「お前は、そこの意気地無しの弟子ね」

「聞いたぜ? お前、仇討ちに来てるらしいな?」

「分かっているなら邪魔をするな」

「ウチの師匠が意気地無し? じゃあよ、その師匠に負けた先輩も、その後輩もカス同然だなあ! カス野郎!」

 その煽りにアレウシアは反論する事なく、一瞬にして間合いを詰めてエシの頭を潰しにかかる。エシは身を屈め、アレウシアの拳を避けながら腹部を蹴り飛ばし、反作用で距離を置く。完全に避けたはずのエシの首には、浅い切り傷が出来ていた。直撃すれば、大抵の人間が死に至る拳撃。その風圧だけで皮膚が裂けたらしい。

 アレウシアはすぐさま次の攻撃に移る。距離を空けた為に体勢が整ってないエシへ。しかし、振るわれるはずの拳は向きを変える。アレウシアの目は、地面に転がっている意気地無しへ。意気地無しの私は、ただ呆然と右手を見つめていた。

 どうも、絶賛腹下し中の星野夜です。気が付けば定期、何ヶ月か過ぎました、申し訳ない、申し訳がない、全然申し訳ない。暇人のくせに、夏は忙しいんですよね。それを人は暇人とは呼ばない。


 さあ、興味のない後語りを捨て置き、今宵は第36話。ラブカラク避難開始、レヴィア死亡、の二つでした。第三章も最終局面、って言っておいて、本当に終わるんですか? 終わる終わる詐欺じゃあないんですか? 結論、年内には終わらせたい。それは結論じゃない、願望だ。


 眠気と腹痛でまともな後書きが書けません。……おい、誰だ? まともな後書きなんて一つもなかったって言ったやつは?

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