ワシントン4
明菜が予定した通り、貴族院の者達は、見学を行った。
五陵、姉尾、神崎の3名、實小路と佐々の2名を乗せた飛行機は、其々の目的地に向かって飛び立った。
飛行機の速度は、時速300km程で、2時間程度の飛行である。
およそ東京から下関程の距離となる。
ワシントンを飛び立って暫くは、広大な耕作地が広がっていた。
「これだけ大規模な農地ならば、機械化が必要となるのは、当然と言えるな。」
五陵が独り言の様に言った。
「だが、これだけの広さに灌漑を造るとなると、簡単ではないな。」
姉尾が、五陵の独り言に応える様に、感想を口にする。
それだけ話をすると、神崎を含めて3人は、黙って目を閉じて、機体の揺れに身を任せた。
約2時間で、神崎、五陵、姉尾の3名は、バトルクリークの空港に到着した。
空港の周辺には、大型の機械が並んでいる。
3名には、その機械が何なのか、想像さえもできなかった。
近くの工場に走っていく貨車の荷台には、トウモロコシの葉が覗いていて、大量のトウモロコシが収穫されていることは分かる。
明菜の手配なので、空港には、恰幅の良い詰襟を着た者が車で迎えに来ていた。
3人は、車に乗せられ、空港を後にした。
實小路と佐々は、デトロイトに着いていた。
街から少し離れていることもあって、周囲は灌木の林が点在し、牛が牧草を食べているだけである。
空港には、見た事が無い車が迎えに来ていていた。
明菜の言う自動車工場では、様々な自動車が造られているのだろう。
それだけ、技術者が集められているのだと分かる。
2人は、その車に乗せられて、空港を後にした。
藤神、白井、そして、文治は、宿の待合室で、迎えの車を待っていた。
「文治君。その鞄の中には、パナマの資料が入っているのかね。」
藤神は、机の上から珈琲茶碗を持ち上げながら尋ねた。
「はい。昨晩、見直しをしまして、チャーリー長官に分かり易く、前後の顛末も、仏国の再建や、現地の方々が内紛とならないための注意事項、英国の妨害工作についても追記しておきました。
ついでに、米国にとっての損得計算にも言及して、オウルさん達4名の方々への配慮もしていただける様な、内容にもしておきました。」
「そんな事にも配慮したのかね。オウルが聞いたら、泣いて喜ぶな。」
白井は感想を口にした。
そこに、宿の案内人が荷物を持ってきた。
「文治様。遅くなりました。ようやく、残りの紙が届きました。」
「あっ、ジェームスさん。有難うごさいます。」
文治は、そう言って、案内人から荷物を受け取り、中を確認した。
白紙の紙が500枚程である。
文治は、頷いて、そこから100枚程を鞄に詰めた。
「ジェームズさん。申し訳ありませんが、これから出掛けますので、この紙を私の部屋に届けておいて頂けますか。」
案内人は、文治から残りの紙を受け取り、承知しましたと言って、去っていった。
「文治君。その紙が滲まない紙かね。」
チャールストンでは、残念ながら上質な紙を入手できなかったと、神崎が貴族院の者達に言いふらしていた。
したがって、皆がワシントンで紙を調達する予定であることを知っていた。
「はい。繊維が細かいので、顔料の広がりが少なくて済むのです。」
「インクも手に入った様だね。」
「はい。万年筆の黒墨汁は、黒鉛を使っているそうで、濡れても消えてしまう事がありませんでした。」
「消えてしまわなかった、というのは、どう言う事かね。・・やってみたのかね。」
「はい。大切な事ですから。」
白井も、文治ならば当然と頷いた。
藤神が珈琲を飲み終えた頃、迎えの車が到着した。
体格の良い男が徽章を付けた帽子を被って、3人を迎えに待合室に入ってきた。
「藤神殿、白井殿、文治殿。お待たせしました。ご案内しますので、ご一緒ください。」
そう言われて、藤神は3人分の飲み物代を机の上に置いて立ち上がった。
「さて、行くとするか。」
藤神が2人に声を掛けた。
車に行く迄の間で、白井が独り言の様に呟いた。
「こいつ、軍人だな。」
その身のこなしや、体格等から、そう判断ができる。
「あの、貴方のお名前を聞かせてもらえますか。」
文治は、迎えの男に話し掛けた。
男は、立ち止まって、踵を返して答えた。
「私は、国務省所属のヴィンセントと言います。」
「ヴィンセントさんですね。宜しくお願いします。」
ヴィンセントは、迎えの客に名前を訊かれたのは初めてだったので、当惑して答えた。
ヴィンセントからすると、東洋人の少年で、2人の大人に着いてきているだけの者に見える。
しかし、リサの指示では、文治も他の二人と同じ扱いでの指示であった。それだけの技量を持っているのだろうと考えた。
丁寧な挨拶をしてくる少年に、そういう事が日本人の習慣なのかとも一瞬思ったが、同じ日本人のリサが示す高圧的な指示の仕方を思い出し、頭を振って、その思いを掻き消した。
車に乗る際に、藤神と白井は後部座席に座らせたが、文治は助手席が良いと言って聞かなかった。
後部座席は、十分な余裕があるので、助手席を使う必要は無いのだが、ヴィンセントは仕方なく、文治の要望通りにした。
また、文治の鞄を荷台に収納する提案をしたが、文治は、それも断ってきた。
「ヴィンセントさん。どの位、時間が掛かりますか。」
「約30分です。」
ヴィンセントは、文治が盛んに話しかけてくるので、客を乗せている事を忘れてしまいそうである。
暫く走ると、大きな建物は無くなり、住宅の地域となった。道の向こうには、再び、大きな建物が集まっている地域が見える。
車は、その地域に向かって走っていった。
車は、ひと際大きな建物の門で停止した。
周りにはレンガの塀が廻らされていて、門には鉄柵の扉が設けられている。
守衛が立っていて、ヴィンセントは身分証を出し、藤神達を連れてきたことを告げた。
守衛は、藤神達を一瞥して、鉄柵の扉を開けた。
肩から下げた長身の銃低が扉に当たって、守衛は慌てて銃を押さえた。
車は、そのまま中へ入っていき、大きな玄関の前に停まった。
ヴィンセントは素早く降りて、後部扉を開けた。
文治は、自ら助手席を開けて降り、藤神と白井が降りてくるのを待った。
そこへ、リサが現れたので、ヴィンセントは車に乗り込んで行ってしまった。
「お早う。良く眠れたかな。」
リサは、文治に話し掛けた。
「はい。体を伸ばして寝る事ができました。ただ、寝具が柔らかすぎたのが難点でしたが。」
「そう。」
リサは、そう言うと、玄関の守衛の所に3人を案内した。
リサは、守衛に紙を渡したが、既に聞かされているのか、リサを信用しているのか、5秒と経たず紙を返してきた。
リサは、当然の様に紙を受け取り、3人を連れて大理石の廊下を歩いていった。
かなり奥まった所にまで進んでいく。
すれ違う者達は、リサに気付くと片手を上げて挨拶をしていく。
挨拶をする者は、若者から年配の者、背広を着た者から軍服を着た者と様々である。
リサの顔が如何に広いかを示している。
リサは、扉の前に立ち止まり、軽くノックをして、扉を開けた。
「ここで、暫くお待ちください。」
今日は、言葉が丁寧である。
リサは、藤神達が座った事を確認して、部屋を出ていった。




