ワシントン3
オウルは食卓を広げさせ、リサの横に座った。カークは、リサを挟んで並びとなっている。
「リサは、日本語をどこで覚えたの。」
明菜が、追加の飲み物が来る前に訊いた。
「だって、私、日本人だもの。」
リサが日本語で答えた。
日本人全員が、リサを見た。東洋系であるとは思っていたが、日本人であると言われれば、頷ける。
「私は、13歳まで、日本で暮らしていたのよ。」
その発言に、文治も貴族院の者達も様々な想像をした。
身売り、移民、結婚、誘拐等である。
「貴方が、文治さんね。姉から色々、噂を聞いているわ。實小路さんには、姉がお世話になっています。」
そう言われて、文治は、誰かに似ていると思っていたが、ようやく合点がいった。
「早苗さんの妹さんですか。」
そう言われて、實小路も深く頷いた。
明菜も、早苗には嫁いでから面倒を見てもらっているので、納得顔である。
文治の問い掛けに、早苗は微笑してみせた。
「はいはい、日本語でのお話は、ここ迄。」
リサは、カークやオウルに気を使って、英語での話をする様に、日本語での会話を打ち切った。
「明日、チャーリーに面会するのは、藤神さんと白井さんでしたよね。具体的には、何を話す予定なのですか。」
リサの質問に、白井は咳払いをして、英語で答えた。
「USAの国防が大変進んでいると思っている。英仏からの独立を勝ち取った頃の話は知っておるが、今は、どの様な考え方で、国を維持していく方針なのかという事を聞きたい。
我が国の国防については、系統立てた考え方というものが弱い。是非とも、考え方と背景にあるものを教示してもらいたいと考えておる。」
「そうですか。それに対して、白井さんから提供できるものは有りますか。」
「・・・我が国が弱いと判断しておる状況というものを説明するかの。」
回答に窮している白井に代わって、藤神が答えた。
「その程度では、通り一遍の話しかできませんね。」
リサは、ため息混じりの言葉で返した。
「それでは、パナマの話をするのはどうかね。」
實小路は、オウルやヨハンの顔を見ながら、文治の肩を叩いて言った。
オウルも、ヨハンも、唐突に話が出てきて戸惑った。
實小路が文治の肩を叩いたのは、文治の集約文書を使うという意味合いだった。
「パナマとは、何の事でしょうか。」
リサは訊き返した。
そこへ、給仕が飲み物を運んできたので、話は一旦、中断した。
「日本からワシントンへ来る間に、色々寄り道をしてきてな。」
實小路は、再びオウルの顔を見て、オウルの判断を求める様に言った。
オウルも商売人である。この話を機会に仏国との交渉に対して米国政府の協力を求められる可能性が高い事を悟って、大きく頷いた。
「大西洋から太平洋までを船で移動するに当たって、南極近く迄行かずとも、パナマを横切るという事業の話だよ。今は、仏国の債権が有るので、手が出せないが、米国にとっても、重要な交通手段の確保となると思うのだがね。」
實小路の説明に、リサは全容を理解できた訳では無いが、米国にとって重要な交通手段の確保という内容に、チャーリーなら大変興味を引くと判断できた。
「分かりました。白井さん、藤神さん、そして、文治さんの来訪を守衛に伝えておきます。」
リサは手帳を取り出して記録をした。
「仕方が無い。明日と明後日は文治君を藤神に託す事にしよう。」
實小路が残念そうに言った。
それからは、航海で起きた様々な出来事を肴に、夕食は進んでいった。
途中、神崎が煙草に火を点けた時、カークが給仕に指示して、箱を持ってこさせた。
スペイン語が書かれた箱から、カークは葉巻を一本取り出した。そして、神崎にも勧めた。
「神崎。キューバ産だよ。好きな者にとっては、素晴らしい香りだ。」
神崎は、どれと、煙草の火を消して、葉巻に手を伸ばした。
「うん、美味い。・・素晴らしい。日本でも葉巻は有るが、これ程の物は初めてだ。」
カークは、自信を持って勧めたものが評価されて微笑した。
「ハバナ葉で巻かれていて、誰もが認めているのだよ。」
「キューバで作られているのか。マイアミへの途中で寄ってもらえれば良かったな。今となっては残念だ。」
神崎は、率直な思いを口にした。
「パナマ運河ができれば、日本への輸出が、やり易くなるな。」
「なんだ、結局は、そこへ行くのか。」
カークが、パナマ運河への期待につながっていくので、神崎は、落ちに応えた。
失笑や苦笑を含めて笑いを誘った。
明菜は、文治と小声で話をしている。
夕食の肴で、話が出る航海での内容に対して、解説を加えている。
文治は正太郎に似て、客観的な事象の説明を背景を含めて話すので、明菜にとっては聞き易い話である。
明菜には、航海で起きた内容が新鮮だった。
明菜の米国への航海は、ハワイに寄港して、ロサンゼルスに到着後、飛行機で東海岸だったので、航海中は退屈な時間となっていた。
軍船だったので、商船に比べて速度が速く、短期間での航海だった。
娘の恵美子は、船員とよく話をして、遊んでもらっていたので、彼女にとっては、毎日が変化に富んだ日々だったのかも知れない。
次に航海する時には、恵美子の様に、船員達と時間を潰す事を考えても良いと思えた。
食事が進んだ時に、給仕がリサに耳打ちをした。リサは頷いて、席を立った。
リサは、戻ってきて、明菜を呼んだ。
「ちょっと、女同士の話があるの。」
明菜は、応じて席を立って出て行った。
酒が進み、冗談が出て、和やかな時間が過ぎ、女性達も戻ってきて、最後の珈琲となった。
「今週末、文治さんを借りられるのかね。」
カークは、オウルよりも先に言い出した。
「ボルチモアに取引先が有る。先の葉巻の話の続きとなるが、煙草農場を営んでいる。
キューバに負けない努力をしているのだが、その味が勝てない。
相談に乗って欲しいのだよ。」
「私は、煙草をやりませんので、御協力は難しいと思います。煙草の関連ならば、神崎さんの方が良いのではありませんか。」
文治は、カークの要求への対応は難しいと答えた。
「文治君。私は煙草の味は分かるが、味の違いが、どこから来るのか分からぬ。それに、農産物については、五陵の得意分野なのではないか。」
神崎は、得意分野では無い小難しい問題に腰が引けている。
五陵は、珈琲を口に含んで目を閉じていた。口の中の珈琲を飲み込んで、ふっと息を吐いた。
そして、額に皺を作り、「ここの珈琲は、煎りが浅いな。」と独り言を言って、カークの方を見た。
「構わんよ。ボルチモアに文治君と同行するのだな。」
文治は、慌てて言った。
「五陵さん。何故、私が同行することになるのですか。」
五陵は微笑して答えた。
「文治君。カーク殿は、船旅で君の才覚を見てきている。その上で、君が煙草をやらない事を承知の上で。君に来て欲しいと言っているのだ。
そこには、カーク殿の何がしかの思い当たる節が有っての事だろう。それを説明してもらえれば、君も納得できるのではないのかね。」
カークは、五陵が自分の思いを見透かしている事を知って驚いた。
カークは大きく手を広げ言った。
「五陵さん。何故、その事が分かったんだい。私は、何も言っていない筈なのに。」
五陵は笑顔で答えた。
「文治君の影響かな。・・貴殿とは、1か月少々の船旅をしてきたのでな、考え方や物の言い方で、何となく分かるのだ。」
カークは、五陵と文治を見て肩をすぼめて言った。
「オーケイ。五陵の要求通り、思っている事を言うよ。
・・ボルチモアの農園で採れた煙草は、ハバナに負けないものだ。研究室で作った葉巻は、先のキューバ産に負けない物なのだが、製品で出てくるものは、落胆する物となっている。
何か原因が有る筈なのだが、それが何なのか、どうすれば良いのか、工場では分からないと言っている。
色々、試しているので、一緒に検証して欲しいのだよ。」
「うむ。それならば、文治君は適任だな。」
五陵は納得した。
「工場が見られるのか。ならば、俺も行く。」
先程、五陵に押し付ける様な発言をした神崎が言った。
「当然、我々も同行するぞ。」
オウルが有無を言わせない形相で言った。




