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ワシントン5

「リサは、随分と顔が売れているのだな。」

白井は、座って直ぐに感想を述べた。

「特に、国防に関する方々に、ですね。」

文治が、相槌を打った。

「どう言う事かね。」

藤神は、文治の言葉に疑問を投げ掛けた。

「はい。皆さんが胸に身分証を付けていらっしゃいますが、リサさんに挨拶をされた方々の大半は、身分証に同じ記号が有りました。

その記号が、この部屋にも付いていまして、国防に携わる方々であると、推測しています。挨拶無しで素通りされた方の身分証には、その記号が有りませんでしたので。」

「そうか、そんな所迄は、気付かなかった。流石に、文治君だな。」

「それ位しか、見ていません。藤神さんや白井さんは、何か気付かれた事がありますか。」


「軍服連中は、勲章をやたら多く付けていたな。だが、眼光の鋭さは、背広の連中の方が強い。

背広の連中が、軍服の連中を操っているのだろうと思われるな。」

白井は、指揮系統についての所見を述べた。


「我々は、この建物の中央玄関から入った訳ではなさそうだという事は分かった。

国防は、行政の要として扱われる。国防長官ならば、中央に居てもらわなくてはならん。

歩いた距離を考えると、裏口か、職員用の出入口から入ったと考えられるな。

その理由が何故なのかは分からんが。」

藤神も感じた事を口にした。


3人が居る部屋は、長い机が向き合って並べられ、片側に12名程が座れる様になっている。

大勢の者が会議に参加できる部屋である。


天井が高い事もあって、暑気は、それ程でもなく、窓が開いているので、風も入ってくる。

藤神は、入口付近に置いてある珈琲茶碗に、やかんから珈琲を注いで、一口啜り、「悪くない」と二人に勧めた。

白井も珈琲を注ぎ、文治は水差しの水を注いだ。


「宿の案内人によると、このワシントン市は、2つの町が統合されてできた町という事です。

町の中間地点に行政の中心を作って、それを取り囲む様に町が整備されたそうです。」

文治は、昨日仕入れた案内人の言葉を紹介した。

「それを聞いて、名古屋を思い出しました。名古屋の街も家康公が清洲と那古野を統合して、造られたという事で、町を計画的に造るというのは、似ているのだなと。」

「そうかね。政を成すには、先ず、人々の混乱を鎮める事が必要だから、当然と言えるだろう。

だが、今の名古屋は、家康公の計画した町よりも、随分と大きくなってしまって、周辺は混沌としておる。

そういった、拡大した時の事迄は、考えておられなかったのかも知れん。

今の東京に至っては、軒が重なる程になっていて、江戸幕府の目が届かなくなって、陥落したのだと思えるな。」

藤神は、東京下町を取り囲む家々を思い出しながら言った。

「そうだな。治安が良くない地域も有る。警察隊でも鎮圧に手間が掛かる程だからな。」

白井も東京を思い出しながら言った。


「この町は、土地が広い国に造られた2つの町を合わせたのですから、かなり余裕が有ります。

しかし、長期的には同じ様な事になるのでしょうね。」

文治は、遠くを見る様な目で言った。


「お待たせしました。」

リサが入ってきた。

「長官の執務室でお話ができます。こちらへどうぞ。」


3人は、リサに案内されて2つ隣の部屋に入った。

大きな執務机で、白髪で体格の良い者が書類に目を通していた。

「チャーリー。日本の議員を連れてきました。」

リサは、3人に応接椅子に座る様に促し、チャーリー長官に声を掛けた。


チャーリーは顔を上げ、額に皺を作って来客の者の顔を見た。

立ち上がり、応接椅子の所に来て、藤神達3人と握手をしながら、「ようこそ」と声を掛けた。

3人に座る様に促し、自らも座った。


「本日は面会時間を設けてもらって、有難う。私が、藤神。彼が白井。二人共に日本で議員をしておる。

そして、彼は・・」

と藤神が言った所で、チャーリーが遮って言った。

「文治君だな。」


3人は、チャーリーが初めての来客の名前を覚えておいている事に、少し驚いた。

藤神は、次の言葉が出せなかった。

「藤神。貴方の所にカールという者が出入りしておっただろう。

あれは、私の元部下でな、帰国してから、再び、ここで働いておる。

横浜でのギャング戦争では、文治君の戦略が奏功して、一掃されたという事だったな。

あいつと飲みに行った時には、酔うと毎回、君の事を話す。何度も聞かされて、会ってみたいと思っていたのだよ。」


「御免なさいね。」

チャーリーの後ろに控えていたリサが言った。

「昨晩は、無理にでも文治さんに一緒に来てもらう為に行ったの。

余り、無理なく一緒に来てもらえて良かったと思っているの。」

「明菜から藤神と面会の打診があった時に、旅団の人員に文治君が居る事を聞いてな、面会を承諾したのだよ。」

チャーリーは、藤神と会う目的が、文治であったと言い切った。

「チャーリー。それは言い過ぎでしょ。最初は、ショーンの紹介だから、断れない。って、言っていて、その後で、文治さんが居る事を知ったのだから。」

リサは、チャーリーをたしなめた。

「あれ、そうだったか。まあ、そんな事は、どうでも良い。早速、話を始めよう。」


藤神も白井も、共通の知人であるカールの名が出て、緊張が解れた。

先ず、白井が米国の警察と軍の構成や役割について質問を始めた。

米国の保有する武力や兵力、日常的な軍事力の整備について、横須賀で予備隊が受けた訓練を引き合いに、話をした。

チャーリーも海軍を経て、トップに就いているので、話は何の支障も無く進んだ。


「未だ、土着のインデアンが、たまに、蜂起するのでな。辺境にも小隊を配置しているのが現状だ。

地方公務員としての警察では対抗できないからな。」

チャーリーが何気なく語った軍の配置について、文治が質問をした。

「チャーリーさん。インデアンは、力で抑え込んでいるのですか。」


チャーリーは文治の質問に、暫く考え、そして言った。

「英国時代には、侵略し力で抑え込んでいた。米国として独立してからは、共存したいと、何度も各部族と対話をしてきている。

だが、自分の親達の時代に殺戮を繰り返してきた者達に、心を開く者は居ない。

これから、何十年もの間、その感情は消える事は無いだろう。

今後、何世代にも渡って、彼等と共存する為に何をすべきなのかという事が、侵略し支配している米国政府の課題となると考えておる。

ただ、彼等が武力蜂起するのであれば、それは、対抗することになるだろう。」

「そうですか。日本でも、琉球やアイヌという少数民族を支配してきている歴史があります。

琉球は民族を束ねる技能を持った者が居て、その者を截てる事で対応してきました。

ですが、アイヌは広い土地で少人数の部族が散在する状況でしたので、結局は武力と経済力で、日本人として、取り込んでしまいました。

彼等には独自の文化が有るのですが、文字を持たない方々には口伝しか無く、その伝承が8割程が消え去っている様です。

3世代、4世代と経っても、部族としての意識が残っている方々も居て、チャーリーさんの言われる様に、完全に解決しているという訳では無さそうです。」

「そうか。他国の事例を聞いたのは初めてだ。日本では、武力衝突というものは、無いのかね。」

「有ったそうです。ただ、死者の数は少なく、負けた方々を奴隷としては扱わず、人として尊重して、和平をしたらしいです。」

「奴等の文化を認めたのか。

侵略者の米国は、奴等を下等な者として扱ってきた。黒人奴隷の習慣が有るからな。

その点では、学ぶべきものが有るのかも知れん。」

チャーリーは、少しの間、目を閉じ黙った。


白井は、そんなチャーリーに構う事無く、米国の軍隊に対する質問を続けた。

独立したとはいえ、英国や仏国が、相変わらず属国としての要求をしてきたりしているので、それらに対抗する手段として自衛を推進している事や、アラスカでは、露国との小競り合いが有って、それらも無視できない事などが話題となっていた。


露国の話題から、露国が極東で南下侵略の兆候が有るという話となった。

「ピヨトル皇帝は、求心力を失っておる。露国は、軍の思うがままの状態なのだよ。」

チャーリーは、露国が国として治められていないという情報を口にした。

言ってから、チャーリーは、ハッと気付いた顔をしたが、その表情も、直ぐに、何事も無かった様な顔に戻った。

機密事項を喋ってしまった様である。


「ところで、リサからの報告では、パナマについての情報が有ると聞いておるのだが、どうかね。」

チャーリーの投げ掛けに、藤神は、文治と白井の顔を見て頷いた。

文治は、鞄から、持参した書類をチャーリーの前と自分の前に置き、藤神、白井、そして、リサに渡した。

リサは、自分の分まで準備されているとは思ってもいなかったので、受け取って、目を丸くした。

報告書は、10枚程であるが、殆ど余白無く書かれ、数か所に挿絵の様に、簡単な地図が書かれている。

これだけの部数を要しするのに、どれ程の次官が掛かったのかと、大変さが思い遣られる。

文治は、そんな事はおくびにも、出さす資料の説明を始めた。


大西洋と太平洋の連絡路、物流路の確保が必要である事は、チャーリーで無くとも分かる。だが、それを航空機、鉄道、海運、自動車による陸運での対比を行ってみると、チャーリーでさえ、気付かなかった重要な点が表現されている。

結論として、パナマ運河開拓が重要案件であるとしてあるが、そこへ至る理論の組み立ては、誰も異を唱えられない、筋の通ったものだった。

当然、背反事項も有って、その事についても言及している。また、技術発展によって、運河の利益が漸減する可能性も有って、推定する技術発展時期から、償却すべき期間についても記述されている。


よくある美味しい話だけの資料では無い事に、チャーリーは唸った。

「日本人というのは、文治君の様な者が多く居るのかね。藤神よ。」

チャーリーの発言に、藤神は、その意味を直ぐには理解できなかった。

「ショーンといい、文治君といい、自らの能力を惜し気も無く我々に提供してくれる。

これだけのものが有れば、我々ならば、自らの利益へと誘導するものだ。

それなおに、まるで、その利益を米国に提供している様な事になっている。」


藤神は、ショーンというのが、正太郎である事を認識し、ようやく納得した。

「チャーリー。君から見ると文治君が無償の提供をしている様に見えるかも知れんが、文治君にも大きな目標が有る。

人身売買を無くす事だ。

儂や白井は、文治君の活動を利用して、日本を守るという目標がある。

文治君が、どんな長期の計画をしているのかは、分らんが、パナマの事は、文治君にとっては、目標達成の為の単なる布石なのだと、儂は考えておる。」


藤神の言葉に、文治は何も言わなかった。

その代わりに、仏国の債権が未だに生きている事を説明し、これを買い取らなくてはならない、現地の労働力は仏国債権に苦しめられている事を説明した。


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