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第94話 恒例脳内会議と良子の実家

夕方アパートへ戻ると、二人とも少し疲れていた。

荷物を置き、簡単な夕食を済ませてから、順に風呂へ入った。

楽しかったと言ってくれたものの、良子も気疲れしたのだろう。

政雄を残して、早々に寝室のベッドへ入ってしまった。


政雄はひとり、リビング代わりにしている部屋に残った。

小物入れの引き出しからノートを取り出す。

年の初めには、これをやらないと落ち着かない。恒例の脳内会議を始めることにした。


昨年は、何といっても結婚が大きかった。そのため、今年は各担当の配置も少し変わっている。

最初に口を開いたのは、昨年までの恋愛担当だった。


「昨年の会議で決めた以上の成果で、無事に良子と結婚できました。各担当の協力に感謝します。そこで恋愛担当は、今年から家庭担当となります。結婚したばかりで、いろいろ気にしないといけないことばかりなので、今年も引き続き重視していただきたい」


すると、仕事担当がすぐに待ったをかけた。


「ちょっと待ってください。もう結婚もできたわけですし、今年は大蔵省からも仕事が来てるんです。仕事優先でないと困ります」


「いやいや、結婚したことで家族が増えたんですよ」


生活担当から名前を変えた親戚担当が言った。


「良子の両親との付き合いもある。うちの実家や姉さんのところも含めて、こっちだって目が離せません」


その横で、趣味担当が控えめに口を開く。


「皆さん大変なのは分かりますが、いつもと変わらない安らぎは減らせないですよ」


みんなの意見も出そろったようなので、まとめに入るよと議長の政雄が言った。


「まず家庭だが、結婚したのだから次は子どもは欲しいな。しかし、もう少し新婚気分は味わいたいし、子どもができたらまた生活が変わる。だから今年一年くらいは、良子との生活を楽しみたいかな」


家庭担当は満足そうにうなずいた。


「次に親戚だが、良子とうちの実家、姉の家族も一応安定している。ただ、世の中はバブル崩壊でもっとひどくなる。引き続き警戒はしておこう」


「仕事については、大蔵省とのつながりができたことで、ネット関連やIT事業に対する窓口が広がった。これは重点的に勉強させてもらおう」


今度は仕事担当が納得したように腕を組んだ。


「趣味は今まで通り、息抜きとして続けていけばいいね」


趣味担当も、おとなしくうなずいた。


そこまで決めてしまうと、会議はひとまず収まった。全員が満足というわけではないが、毎年そんなものだった。政雄はノートを小物入れの引き出しに戻し、明日は良子の実家へ年始の挨拶に行くのだと思いながら、寝室のベッドにもぐりこんだ。


      *


翌日はゆっくり起きて、昼過ぎに良子の実家へ向かった。東京の下町は正月でもそれなりに人が出ていたが、住宅街に入ると、あたりはしっとりと落ち着いていた。


新年の挨拶をしてリビングに通されると、窓の向こうに庭が見えた。

真ん中には、あの巨大なソテツがどっしりと構えている。


「うちは親戚が少ないから、大したものは用意してないのよ」


そう言いながら、お義母さんがお重に盛りつけたおせちを出してくれた。


「まあ一杯」


お義父さんに勧められ、京子も加わって五人で乾杯した。


良子はお義母さんや京子に新婚生活はどうかと冷やかされていたが、やがて少し困ったように笑って言い返した。


「京子こそ、好きな人いないの?」


「うーん、そうね。そろそろ結婚とかも考えなくちゃね。お姉ちゃんも売れたし」


「なにそれ、私を売れ残りセールの野菜みたいに言わないでよ」


三人はそこで声を立てて笑った。

政雄はそのあいだ、お義父さんと当たりさわりのない話をしていたが、景気の話になると少しだけ口調を変えた。


「景気もこのへんが山かもしれませんし、大きなお金を動かすのは、少し様子を見た方がいいかもしれませんね」


ふと壁に掛かった油絵が目に入った。川沿いの街を描いたものだったので、政雄は新婚旅行で見たハイデルベルクの川を思い出した。

すると良子が、その絵はお父さんが描いたのよ、墨田川なんですってと教えてくれた。


うーん、俺には絵を見るセンスはなさそうだと、政雄は心の中で苦笑した。


冬の日暮れは早く、アパートに戻ったころには、もうすっかり夜になっていた。

今日は政雄の方が気疲れして、酒も入っていたせいか、早々に寝ることにした。


「この年末年始、食べて寝てばかりだな」


そう言うと、良子が笑った。


「ほんとね」


二人は顔を見合わせて少し笑い、それから早めに休むことにした。

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