第9話 高校選択と新たな決意
コンクールの結果発表が終わって、ロビーのざわめきもだいぶ落ち着いたころだった。
金賞だけれど代表には届かなかった、いわゆる「ダメ金」というやつで、今年の夏は幕を閉じた。
泣いている一年をなだめたり、悔しさを笑いに変えようとして空回りしている二年を眺めたりしながら、俺はどこか、少し離れた場所からその光景を見ていた。
去年より音はよくなっている。
それは、俺の耳でも分かる。
それでも届かないものは届かない、という現実も、目の前に貼り出された紙がきっちり教えてくる。
でも、前の人生で「何もしなかった中学時代」と比べれば、ホールのステージに立って、楽器を持って、結果に一喜一憂している今は、どう見たって別世界だ。
悪くない夏だった。
そう思うことにして、メダルの入った小さな紙袋を握り直した。
数日後、音楽室で三年生の引退ミーティングがあった。
といっても、特別大げさなものではない。
顧問の先生から挨拶があって、三年生が一言ずつしゃべって、それで終わりだ。
「ここから先は、自分の進路をちゃんと考えなさい。
音楽は逃げないから、やりたければいつでも戻って来られる」
顧問のその一言が、妙に胸に残った。
音楽は逃げない。
でも、受験のほうは、待ってくれない。
部室に置いてあった自分の譜面ファイルをまとめて、楽器ケースの中身をもう一度確認する。
三年生だけが知っている「片付け方のコツ」みたいなものをざっと引き継いで、「お疲れさまでした」で解散になった。
帰り道、楽器ケースのない肩が、妙に軽く感じる。
放課後の動線から、音楽室がすぽっと抜け落ちた。
「……さて、と」
誰に聞かせるでもなくつぶやいて、学校から家への道を歩き出す。
音楽の代わりに、その空いたスペースに入り込んできたのは、「高校どうするか」という現実のほうだった。
ここから先の三年間を、どこの校舎で過ごすのか。
その選択を、そろそろ本気で考えないといけない。
この世界に来てから、なんとなく「大学には行くんだろうな」と思っていた。
前世でも、三流とはいえ一応は大学を出ている。
だから「大学卒」という肩書きそのものに、そこまで特別な期待はしていなかった。
じゃあ、なんでわざわざリトライなんかしているのか。
一回、初心に戻って考えてみる。
老後の金銭的な心細さ。
やってこなかったことへの、じわじわした後悔。
大きく言えば、その二つだったはずだ。
いついかなるときでも、女の子にもてたい気持ちはある。
それは、六十過ぎのおっさんになっても、全然消えてくれなかった。
でも、前の人生で痛いほど分かったのは、「経済的な余裕なしにモテを追いかけると、ろくなことにならない」という事実だ。
デート代で冷や汗をかき、住宅ローンの計算で胃を痛め、
親の介護と自分の老後資金の板挟みで、夜中に天井をにらむ。
ああいうのは、もう勘弁願いたい。
まずは足場だ。
経済的な余裕を得るための、土台づくり。
その視点で、高校の選択肢をもう一度、上から見直してみる。
うちの家計で考えたら、高校は公立一択だ。
私立に行って、のうのうと過ごす余裕なんて、最初から存在しない。
となると、公立の普通科か、工業科か、商業科。
この三つの中からどれを選ぶか、という話になる。
普通科は、この時代、大学進学を目指すなら王道のルートだ。
公立普通科の進学率は、まだ私立よりも高い。
クラスの男女比もだいたい五分五分で、特別地味すぎるわけでもない。
工業科は、電気とか機械とか、実習中心で「手に職」がウリだ。 高校を出れば、地元の工場にすんなり就職できる可能性が高い。
親の財布を思えば、かなり親孝行な選択肢と言っていい。
ただ、女子が少ない。
いや、少ないどころか、ほぼ男子校みたいなものだ。
男女比九対一の世界は、三年間のモテ期待値という意味では、限りなくゼロに近い。
商業科は、簿記や帳簿のつけ方、手書き伝票の処理なんかを学ぶコース。
卒業すれば、企業の経理や事務の求人がそれなりにあって、安定感もある。
こっちは女子が多めで、男女比四対六くらい。
教室の見た目だけなら、普通科よりちょっと華やかだ。
……と、ここまでは表向きの話。
前の人生の記憶を持った状態でこれを眺めると、別の心配が顔を出す。
商業科で学ぶ内容を思い浮かべてみる。
簿記、帳簿のつけ方、手書き伝票の整理、タイプライターの打ち方。
たぶん卒業したてのころは、どこの会社でも重宝されるスキルだろう。
でも、前の人生で見たオフィスの風景が、頭の隅で手を挙げる。
コンピューターが当たり前になって、
社内ネットで伝票が電子データで飛び交うようになったらどうなるか。
「手書きで伝票処理できます」だけの人間に、どれだけの需要が残るだろう。
若いうちはそれでもいい。
でも、四十、五十になったとき、「誰でもできる仕事」の代表みたいなポジションに立たされるのは、正直こわい。
工業科も、似たような怖さがある。
高校から現場で使える技術を学べて、地元の工場に就職しやすい。
その意味では、やっぱり親孝行な選択肢だ。
けれど、その先の人生を思い浮かべると、「一生現場で働き続ける自分」の姿がどうしてもちらつく。
体力仕事は、若いうちはいい。
でも、五十を過ぎても同じペースで動ける自信は、前の人生の体力で考えても、まるでない。
音楽や絵画、デザインみたいな、いわゆる「アーティスト」の道も、一瞬頭をよぎる。
せっかく吹奏楽なんて始めたんだし、サックスで何か、という妄想くらいはしないでもない。
でも、あれは「勉強さえすればなれる」世界じゃない。
センスと運と、突き抜けた努力の掛け算みたいなもので、生活の安定という意味では、ギャンブルにもほどがある。
農業は……そもそも土地がない時点で論外だ。
天気次第で一年の収入が上下する仕事を、借家暮らしのこの家でいきなり目指すのは、さすがに現実味がない。
こうやって消去法で削っていくと、残るのはやっぱり普通科になる。
普通科なら、とりあえず「大学進学」の道は一番広く開いている。
食いっぱぐれリスクという意味では、実業系よりマシだ。
けれど、「じゃあ普通科に行けばそれでいいか」と言われると、それも違う。
普通科の先には、大学がある。
その大学で何を学ぶか次第で、高校三年間の過ごし方も、選ぶべき学校のレベルも変わってくる。
いまのうちにそこを考えておかないと、また前の人生みたいに、「なんとなく入れそうな三流大学」に流れ着いて、中途半端なまま四年間を消費することになりかねない。
それだけは、二回目は勘弁してほしい。
大学で何を学ぶか。
高級官僚みたいな道を目指すなら、法学部だろう。
でも、あれはきっと東大法学部の、その中でもさらに上澄み、みたいな人たちの世界だ。
そもそも老後の経済的余裕が目的ならそこまでの必要はない。
地方公務員なら、法学か経済あたりが無難だ。
市役所や県庁に入って、同僚と結婚でもできれば、共働きのうちは収入も安定して、老後は年金と共済でかなり楽になる。
ただ、それはそれで、ずっと共稼ぎで走り続ける前提の人生になる。
前の人生の疲れ方を思い出すと、そこにもちょっと怖さはある。
投資とかファンドの世界はどうだろう。
経済学部から証券会社や投資信託に入って、お金を動かす側に回る。
うまく行けば稼ぎはいい。
でも、毎日相場とにらめっこして、上がった下がったで胃をキリキリさせる生活は、想像しただけでお腹が痛くなる。
起業するにしても、専門職じゃないなら、結局ベースは法律と経済の知識になる。
会社を立ち上げるにしても、人を雇うにしても、契約書と数字からは逃げられない。
理工系や情報処理も一瞬頭をよぎるけれど、
プログラマーとして一日じゅう画面と格闘している自分は、どうにもイメージしづらい。
前の人生でちょっと触っただけでギブアップした記憶が、地味に足を引っ張る。
医療や薬学は……そもそも経済的に無理だ。
学費も長さも、この家の財布では到底支えきれない。
こうして一つずつ並べていくと、結局残るのは、法学部か経済学部あたりになる。
法か、経済か。
どちらにせよ、「お金」と「ルール」の側から社会を眺める学問だ。
前の人生で、そこをちゃんと勉強しなかったせいで、老後の不安に振り回された部分は大きい。
親の再雇用、年金、保険、住宅ローン。
知らないまま流されて、「なんとなく」で選んだツケを、ずっと払わされてきた。
二周目の人生でそこをやり直すなら、多分このどちらかが、いちばん筋が通っている。
とはいえ、「どのレベルの大学を目指すか」という現実的な話は避けて通れない。
国公立か私立かで言えば、これも答えは決まっている。
私立に行って、下宿で生活費を浪費する余裕なんて、この家計にはない。
行くなら国公立。
しかも、実家から通える範囲。
そう決めてしまえば、あとは「本当にどこに何があるのか」を調べるだけだ。
頭の中だけで考えていても、埒があかない。
姉ちゃんも、すでに「英語をもっと勉強したいから四大に行きたい」とはっきり言っている。
なら、俺も含めて、一度ちゃんと家族で話しておく必要がある。
夕飯のあと、姉ちゃんに目配せして話始めると、母が少しだけ首をかしげた。
「ちょっと話があるんだけど」
「どうしたの、そんなに改まって」
「高校と、大学の話。
そろそろちゃんと相談したほうがいいかなって」
そう言うと、父が「ほう」と新聞をたたんだ。
姉ちゃんも、湯飲みをいったん置いて、まっすぐこちらを見る。
「まず、姉ちゃんから」
振ると、幸は一度小さく息を吸ってから、はっきりと言った。
「私は、英語をもっとちゃんと勉強したいから、四年制の大学に行きたい。
公立の大学で、英文科があるところを考えてる」
正式にはもう少し長い名前の学部だけれど、家ではまとめて「英文科」って呼んでいる。
ここ一年くらいで成績を上げてきた自信も、きっと後押ししている。
「奨学金も、先生に相談したら、成績をこのまま保てば狙えるって。
入試も、なんとかなるように頑張るつもり」
父と母は、顔を見合わせた。
不安と誇らしさとが、ごちゃっと混ざったような表情だ。
そこで、俺も口を開く。
「俺も、公立高校を受けるつもり。
できれば、将来は国公立の大学に行きたいと思ってる」
父の視線が、じっとこちらに向く。
「そりゃまた、えらいこと言うな」
「私立に行って下宿、みたいなのは無理だと思うから。
高校も大学も、家から通えるところに絞って考える」
ちゃぶ台の端に置いた進路調査票の「進学希望」の欄を、指で軽く叩く。
「姉ちゃんも俺も、バイトするつもりだし。
授業に差し支えない範囲にはなるけど、できるかぎり自分でも学費とかを出したい」
「バイトなんか、そんなの気にしなくていいの」
母は、いつもの調子でそう言った。
けれど、その顔には、目に見えてほっとした色がにじんでいる。
「でも、家計のことを考えたら、全部親任せっていうのも違うと思うから。
どっちも、家から通う前提で、なるべく国公立に行く。
それでどうにかやりくりできないか、一緒に考えてほしい」
自分で言いながら、少しだけ手のひらに汗をかいているのが分かる。
父はしばらく黙っていたが、やがて湯飲みを置いて、ぽつりと言った。
「お前たちがそこまで考えてるなら、親のほうが腹をくくらんとな」
「私もバイト続けるよ」
姉ちゃんも、さらっとそう言い添える。
その横顔には、「行きたいから行くって言ったんだからさ」という覚悟が、まだちゃんと残っていた。
もちろん、本当に全部を子どもに背負わせたいわけじゃない。
それでも、「家から通う」「国公立を目指す」「バイトもする」という三つの言葉は、きっと二人の肩の荷を少しだけ軽くした。
ちゃぶ台の上の湯飲みとノートと進路調査票。
そのどれもが、前の人生では一度も見なかった「家族で進路を話し合う風景」の一部だった。
家族会議が終わって、自分の部屋に戻る。
ちゃぶ台の上で言葉にした「公立高校」「国公立大」「家から通う」という三つの条件が、改めて頭の中で並び直される。
あとは、その条件に合う場所を、実際の紙の上から探し出すだけだ。
翌日の放課後、久しぶりに家とは逆方向の道に曲がった。
市営図書館は、中学校から歩いて十五分ほどのところにある。
その途中で、県立トップ校の校舎の屋上が、遠くに見える。
これまでは「頭のいい連中が通う場所」くらいの認識だったけれど、今日は少し違って見えた。
図書館の進路コーナーは、思ったより地味だった。
大学案内の厚い冊子が何冊かと、高校受験向けの情報誌が数種類。
その横に、黄ばんだ地図帳が立てかけてある。
まずは地図だ。
自分の住んでいる市を中心に、ぐるりと円を描くように視線を動かしていく。
歩き、自転車、電車。
通学時間一時間以内、二時間以内、という感じで、頭の中にざっくりと円を描く。
そのあとで、大学一覧のページをめくる。
実家から通える範囲にある国公立大学。
条件に合うところを指で追っていくと、思っていたより数が少ないことが分かった。
法学部を持っている大学は、この円の中にはなかった。
「……無い、か」
うっすらと予感はしていたので、驚きは少ない。
代わりに、変な納得がじわりと広がる。
通える範囲の公立大で、経済学部を持っているのは一校だけ。
そこに小さく赤丸をつけるような気分で、大学名を目でなぞった。
地図で位置を確認すると、通学時間は、頑張れば何とかなる距離に見える。
今度は高校受験情報誌のほうに手を伸ばす。
県立高校の一覧表。
偏差値の高い順に並んだ表の、一番上と二番目のところに、さっき屋上を見たトップ校と、それより遠い二番手校の名前が並んでいる。
いまの成績で言えば、トップ校はまだちょっと厳しい。
二番手のほうが、現実的と言えば現実的だ。
それでも、地図を思い浮かべると、どうしてもトップ校のほうに目が行ってしまう。
中学から図書館へ歩いてくる途中で、何度も校舎の屋上を見上げてきた、あの高校だ。
歩きでも、自転車でも通える距離にある。
二番手校に行くとしたら、もう少し遠くて、電車を使うことになる。
片道にかかる時間も、そのぶん長くなるはずだ。
三年間、バイトもして、そのうえで勉強もしようと思うなら、通学時間はできるだけ短いほうがいい。
夕方の一時間が、三年分たまれば、とんでもない差になる。
そう考えると、「まだちょっと厳しい」トップ校が、逆にいちばん筋のいい選択肢に見えてきた。
その夜、机に向かって、これまで使っていた生活スケジュール表を引っ張り出した。
部活の時間がぽっかり空いたところに、自習と書き込んでいく。
就寝時間を遅らせ、起きる時間は早める、睡眠時間を少しずつ削る。
テレビの時間は削って、移動時間にやる暗記ものを決める。
「県立トップ高モード」と赤ペンで書き足した新しい表は、正直、前よりずっとぎゅうぎゅうだ。
それでも、やれるだけやってみるしかない。
三年間バイトして勉強するなら、通学時間にだって無駄は出せない。
そのための「歩きか自転車で通えるトップ校」だと考えれば、狙う理由は十分ある。
ノートの端に、もう一度「県立トップ高」「国立大経済」と書き込んで、ペン先で軽くなぞった。
前世で起きたことは微妙な差は有っても起きる。
俺が大学を出るころ、世の中はバブルで景気がいいはずだ。
就職戦線は売り手市場で、「どこでも人手不足」みたいな時代になる。
でも、そのお祭り騒ぎは長く続かない。
俺が三十になるかならないかのころ、バブルは弾ける。
好景気に浮かれて、何も考えずに会社にしがみついて、気づけばリストラと老後不安におびえる──。
前の人生で見た、あのパターンを、両親にも、姉にも、自分自身にも、もう一度なぞらせるわけにはいかない。
「……やるしかないか」
独り言みたいにそうつぶやいて、ノートの「県立トップ高」「国立大経済」の文字を、もう一度ペン先でなぞる。
部活のない放課後の時間が、ようやく「次の三年間」と、その先の人生に向けて動き始めた気がした。




