第79話 1988年 春の兆し?
1988年に入っても、世の中の景気は衰える気配を見せなかった。
職場でも町でも、少し前なら冗談でしか聞こえなかったような金の話が、ずいぶん気軽に口にされるようになっていた。株だの土地だのと言っている連中の顔つきは明るかったが、政雄にはその明るさが浮ついて見えた。
前世の記憶がある以上、それをそのまま信じる事はできない。
それでも、目の前の仕事まで冷めた顔でやるつもりはなかった。
NOOPに移ってから数か月が過ぎ、政雄にも仕事は普通に割り振られるようになっていた。
支店の中だけで済む仕事と違って、店舗の外へ出すATMは確認することが多い。
設置先との話もあれば、警備や保守との連絡もある。
今年は試験運用もある。政雄としては、まずそこできちんと結果を出したかった。
*
家の方も、去年の暮れから正月にかけての落ち着かなさがようやく抜けてきていた。
父は管理人の仕事に慣れ始め、母もその様子を見てひとまず安心したらしかった。
姉のところも、和子のいる暮らしはもう落ち着いていた。大きな波風が立っているわけではない。
ただ、何も起きていないときほど、気をつけるべきだと政雄は自分を戒めていた。
そんなある日、母が父の箪笥をひっくり返すようにして、中のものを見ていたことがあった。
どうしたのかと政雄が聞くと、ネクタイを見ているのだと言う。
「お父さん、ろくなの持ってないのよねえ」
たしかに、父は母と結婚してからずっと町工場勤めで、普段は作業服ばかりだった。
ネクタイがまるでないわけではないが、いざ見てみるとどれも古く、色も柄もひと昔前のものばかりだった。
「管理人の仕事に、ネクタイなんかいらないだろ」
父はそう言っていたが、母は聞かなかった。
「いるいらないじゃないの。今までご苦労様ってことと、これからも頑張ってねってことよ」
その言い方には、照れくささより先に本気があった。
駅前のデパートでも買えるだろうと父は言ったが、母はどうせなら銀座できちんとしたものを選びたいと譲らなかった。
結局、政雄も付き合わされることになった。
休日の銀座は人通りが多く、父は少し居心地が悪そうで、母は逆にどこか浮き立って見えた。目当てのデパートでネクタイを見たあと、少し休もうということになって売り場の近くで足を止めたときだった。
「あら、山本さん?」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのは桜井京子だった。
隣には、よく似た顔立ちの女性が立っている。
たぶん姉だろうと政雄が思ったのと、京子が「こちら、姉の良子です」と紹介したのはほとんど同時だった。
「こんにちは、山本です。桜井さんとはサークルでご一緒させてもらってます」
そう言うと、良子は軽く会釈して、 「サークルですか、音楽やられるんですね」 と落ち着いた調子で言った。
その場では母が「妹さんにはいつもお世話になって」と挨拶し、父も少しぎこちなく頭を下げた。
京子の方も、父の再就職祝いにネクタイを見に来たのだと聞いて、
「それは素敵ですね」と素直に感心した顔をした。
良子は出すぎず、けれどにこやかに、母の話にも父の様子にも自然に目を向けていた。
長く立ち話をするほどでもなく、じゃあまた、というくらいで別れたが、政雄の中には良子の受け答えのやわらかさが印象に残った。
帰り道、母は買ったネクタイの箱を大事そうに持っていた。
父は、わざわざ銀座まで来なくてもよかったのにと半分だけ本気のようなことを言っていたが、声に嫌みはなかった。
政雄はさっき会った姉妹のことを少し思い返した。
京子の姉だと聞けばそれまでだが、実際に会ってみると、顔を合わせる機会がまたあれば、もう少し話してみたいとは思った。
*
その次の水曜、サークルの練習がひと段落したところで、京子が譜面台を片づけながら政雄の方を見た。
「この前はびっくりしましたね。まさか銀座で会うとは思いませんでした」
「こっちもだよ。そっちは買い物だったの?」
「ええ。ちょっと姉のおともで」
そこまで言ってから、京子は少しだけ口元をゆるめた。
「でも山本さん、ご家族の前だといつもと雰囲気変わるんですね」
「それはどういう意味?」
「うーん、いつもより優しい感じでした」
京子はさらっと言って、譜面を鞄にしまった。
「母なんて、帰ってからも感じのいい姉妹だったって言ってたよ」
「そうですか」
京子はそれだけ言って、小さく笑った。
「姉も、山本さんは話しやすそうな人だって言ってましたよ」
政雄は一瞬返事に詰まった。
「……桜井さん、そういうのわざわざ言うんだね」
「一応お伝えしておこうかと」
からかっているのか、そうでもないのか、ぎりぎり分からない顔だった。政雄は苦笑するしかなかったが、悪い気はしなかった。
*
週が明けると、政雄はまたいつものようにNOOPの仕事に戻った。
店舗の外へ出すATMの話は、ひとつ進むたびに別の確認が増える。
設置先との話がまとまれば、それで終わりではない。
警備の動線や保守の都合もあり、こちらの思う通りだけで進む仕事ではなかった。
そういうやり取りの合間にも、周りの話題は異常に景気がよかった。
昼休みに社員食堂で顔を合わせた行員が、知り合いの買った土地がもう上がっただの、今は株を持っていない方がおかしいだのと、半分冗談のような調子で話していることもあった。
別の日には、関連先の担当者までが、これからは都心に近いところなら何を買っても損はしないと言い出した。
もっとも、政雄はその手の話に深くは関わらなかった。相槌だけ打って、話が長くなりそうなら仕事に戻る、そのくらいの距離感でちょうど良かった。
一月末が近づくころには、NOOPの仕事も慌ただしさを増していた。試験運用を控え、詰めることが次々に出てくる。それでも政雄は、こういう仕事の方が嫌いではなかった。
家の方では、父の新しい勤めももう日々のことになっていた。母が銀座で買ったネクタイは、結局そう何度も使うものではなかったが、それでも父はしまい込まずに取っていた。
姉のところも変わりなく、和子はすくすくと育っていた。
家の中が順調に回っているぶん、政雄としても仕事に集中しやすかった。
町では相変わらず景気のいい話が続いていた。株も土地も、この先まだ上がると信じて皆が話している。だが政雄には、その熱気の方がむしろ目についた。
1988年は、そんな空気の中で始まろうとしていた。




