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第64話 反省と気づき、計画の見直し(浩子視点)

二度目の打ち合わせを終えて家に戻ると、鞄を机の脇に置き、持ち帰った書類をそのまま座卓の上に広げた。


厳しいことを言われた、という思いはたしかにあった。だが、それ以上に店を小さくして始めるという考え方だった。


最初に考えていたのは、二百平方メートル近い売り場に、広い駐車場を付けた店だった。けれど、山本さんに言われた通り、そこまでの広さが本当に必要なのか、もう一度考えてみると、答えはすぐには出なかった。


家賃だけではない。

店が小さくなれば、置く棚の数も減る。改装にかかる費用も、毎月の電気代も、従業員の数も抑えられる。最初から広い店を抱えるということは、毎月出ていくお金を、自分で重たくしていたのと同じだった。


それに、思い返してみれば、最初の計画には順番の取り違えがあった。

どんな店にするかを決めてから物件を選んだのではなく、先に気に入った物件があって、それに合うように店の形を膨らませていったのだ。実家の近くで、道沿いで、駐車場も広く取れる。その条件が揃った場所を見つけたとき、もう半分くらいは決めた気になっていた。


本当は、その前に比べるべきだった。

同じくらいの広さの店はほかにないのか。もっと小さく始められる場所はないのか。家賃以外に何にお金がかかるのか。そこを見ないまま、いい場所を見つけた勢いで計画書まで書いていた。


計画書の横に新しい紙を置き、鉛筆で条件を書き出し始めた。


まず、店は百平方メートルくらい。

そのくらいなら、全部を置くのではなく、見本を見せながら注文を受けるやり方にも切り替えやすい。


駐車場は三台か四台。

一台あたりの広さを考えると、駐車場だけで百平方メートルほどはいる。


建物の建ち方まで考えると、敷地全体では百六十平方メートルほど。駐車場と合わせれば、二百六十平方メートル前後になる。


そこまで書いて、前に立てた計画書を見直した。

最初の案では、敷地全体で六百平方メートル近くを考えていた。あらためて見比べると、自分がどれほど大きな店を最初から想定していたのかが、ようやくはっきりした。


広くて目立つ店を持ちたい気持ちが、なかったわけではない。

けれど、最初に必要なのは、見栄えのいい店ではなく、きちんと始められる店のはずだった。


鉛筆を持ち直し、紙の余白にもう一行書き足した。

物件は、最初から探し直す。


前の物件の資料を脇へ寄せ、地図帳と住宅情報誌を引き寄せた。

不動産屋を何軒か回り、情報誌にも目を通して、気になる場所があれば自分で見に行く。手間はかかるが、店を探すならそれしかない。


それでも、今度は前より落ち着いて探せる気がした。

広くて立派な店ではなく、まず始められる店を探す。そう決めただけで、出店の計画は少しだけ現実に近づいたように見えた。


      *


次の休みから、実際に不動産屋を回り始めた。

会社帰りに一軒、土曜の午後に一軒。店先に貼られたテナント情報を見せてもらい、住宅情報誌にも何冊か目を通す。気になる物件があれば住所を控え、地図帳で位置を確かめる。そうして現地まで足を運んでみると、道幅が思ったより狭かったり、周りの店の雰囲気が考えていたのと違ったりした。


やはり、現地を見ないと分からないことが多い。

最初の候補は、駅から少し離れた商店街の端にある空き店舗だった。

広さは悪くない。通りに面していて、人の目にもつきやすい。だが、前の道が思ったより細く、車で入ってきて止める余裕がほとんどなかった。歩いて買いに来る店ならともかく、ベビーカーや寝具のような大きな品も扱うつもりの店には向かない気がした。


二つ目は、家賃の安さが目を引いた。

少し古いが、広さは十分で、家賃だけ見れば最初の案よりずっと負担が軽い。ところが現地へ行ってみると、そこは以前、小さな工場として使われていた建物だった。天井が高く、床もところどころ傷んでいる。入口も客が出入りする店らしい形にはなっておらず、売り場に見えるよう直すには相応の手入れがいりそうだった。


中を見ながら、家賃が安くてもそれだけでは決められないのだと分かった。

そのまま使えない物件は、直すためのお金が別にかかる。棚を置けば済む話ではなく、床や壁や照明まで手を入れるなら、最初に出ていく金が思った以上にふくらむ。


三つ目は、見た目だけならかなり良かった。

幹線道路沿いで、入口のドアも広く、外からの見え方も悪くない。ここなら店らしく見えるかもしれないと思ったが、資料をよく見ると、以前はレストランだったという。案内されて中へ入ると、その意味がすぐ分かった。奥に厨房の跡が残り、配管の位置も売り場向きではない。客席だった場所はそのままでは区切りが細かく、ベビー用品を並べるにはかえって使いづらそうだった。


不動産屋の話では、飲食店の跡は水回りが多いぶん、直し方によっては費用がかさむこともあるという。

前の使い方が違えば、そのぶん余計なところに手を入れることになる。店を開く場所を探しているつもりだったのに、気がつけば、何にいくら余計なお金がかかりそうかを見る目も少しずつ覚えていた。


四つ目は、家賃も広さもほどほどだったが、道路から一本入った場所にあり、少し奥まっていた。

前に小さな駐車スペースはあるものの、通りから店が見えにくい。近所の人には知られても、車で通る人の目には留まりにくそうだった。実家の近くという条件には近かったが、看板だけでどこまで気づいてもらえるか、不安が残った。


何軒か見て回るうちに、最初の物件を気に入りすぎていた自分を、ますます冷静に見られるようになっていた。

あれが悪い物件だったわけではない。ただ、自分が最初に始める店としては、大きすぎたのだ。しかも、広い駐車場が取れる、見栄えがするという分かりやすい良さに、気持ちが引っぱられすぎていた。


店に必要なのは何か。

道沿いであること。車で来やすいこと。実家から見に行ける距離であること。家賃が重すぎないこと。直すのに余計なお金がかかりすぎないこと。


その順番で見ていくと、残る物件は思ったより少なかった。

そんなふうに考え始めたころ、ある不動産屋の店先で、一枚のテナント情報が目に留まった。


元ドラッグストア。

店舗面積は百二十平方メートル。

敷地全体では二百五十平方メートルほど。

店の前に取れる駐車場は二台分だけ。家賃は月四十万円、保証料は二百八十万円。


そのテナント情報をもう一度見直した。

考えていた条件とぴたり一致しているわけではない。

店は、むしろ自分が書き出した百平方メートルより少し広い。けれど、当初の案に比べればずっと小さい。元がドラッグストアなら、棚の置き方や客の動きもイメージしやすかった。工場やレストランの跡のように、直すのに余計な手間がかかりそうな感じも薄い。

ただ、駐車場二台分というのが気になった。


「この物件、駐車場はここだけですか」


尋ねると、不動産屋の男は資料を引き寄せた。


「店の前は二台ですね。ただ、少し離れたところに時間貸しの駐車場があります。そこのオーナーに相談すれば、解決策が有るかもしれません」


思わず顔を上げた。


「そういうこともできるんですか」


「相手次第ですが、まったく例がないわけじゃありません。店の前だけで全部抱えられないなら、そういうやり方を取る店もあります」


少し離れた場所にあるコインパーキング。

来店客には一定時間分だけ店が負担し、それを超える分は客に払ってもらう。

店の敷地に広い駐車場を持たなくてもいいかもしれない。


物件資料の余白に小さく書き込んだ。

二時間分は店負担。


その一行を書いたとき、山本さんに言われたことが、ようやく自分の考えとして腹に落ちた気がした。

最初から全部そろった店を探すのではなく、足りないところを別のやり方で補う。そういう考え方もあるのだ。


「現地、見に行けますか」


「ええ。午後なら鍵の手配ができますよ」


うなずき、腕時計を見た。

この物件は、見ておきたい。

今度は前みたいに、最初の一軒で決めた気にならないようにしながらも、それでも、この店には一度行ってみたいと思った。


      *


その日の午後、不動産屋に案内されて、件の物件を見に行った。

元ドラッグストアだったという建物は、通りに面していて、入口のドアも広い。看板の跡はまだ残っていたが、店として使う様子は思い浮かべやすかった。中に入ると、思っていたより奥行きがあり、百二十平方メートルという広さも窮屈には感じない。


入口のところで立ち止まり、客が入ってきてから品物を見るまでの流れを目で追ってみた。

売り場を広く取りすぎず、それでも圧迫感はない。全部を店頭に並べるのではなく、見本を見せながら注文を受けるやり方なら、十分にやっていけそうだった。


奥のほうまで歩いてから振り返ると、入口からの見通しも悪くない。

従業員が一人増えればさらに楽だろうが、最初のうちは少ない人数でも目が届きそうだった。


外へ出て、今度は駐車場を見る。

店の前に取れるのは二台分だけで、そこはやはり物足りない。だが、不動産屋に案内されて少し歩くと、時間貸しの駐車場があった。


「ここなら、専用コインを使った清算も相談できると思います」


不動産屋がそう言うと、入口からここまでの距離を自分の足で確かめた。

遠すぎるほどではない。店の前が空いていなければ、こちらへ回ってもらうこともできそうだった。


「二時間分だけ店で負担して、それ以上はお客さまにお願いする、というやり方もできますね」


「ええ。先方が受けてくれれば、その形は出来ると思います」


うなずいた。

最初に考えていたような、広い敷地の中に駐車場を全部抱えた店ではない。けれど、店そのものの大きさは、前よりずっと始めやすいところまで下がっている。


家賃は月四十万円。

保証料は二百八十万円。

店が小さくなったぶん、改装にかかる費用も、従業員に掛かる経費も、毎月の負担も前より軽くできる。


店の前に戻り、もう一度建物を見上げた。

最初の案より見栄えは控えめかもしれない。けれど、無理なく始めるという意味では、こちらのほうがよほど現実的に思えた。


今度は、最初の一軒様に気持ちを持っていかれたまま決めてはいけない。

それでも、この物件を基準にして、もう一度計画を書き直してみたいと思った。


帰りの道すがら、頭の中では、売り場の置き方と、来店客の車の止め方、それに必要な資金の出し方が、前よりもずっと具体的にわかり始めていた。


家に戻ると、前の計画書を脇に置き、新しい物件の条件に合わせて書き直した。

売り場は百二十平方メートル。

全部を並べるのではなく、場所を取る品物は見本と注文を中心にする。


店の前の駐車場は二台分とし、足りない分は近くの時間貸し駐車場を使ってもらう。来店客には二時間分だけ店で負担し、それを超える分は客に払ってもらう。


前より店が小さくなったことで、改装にかかる費用も、働いてもらう人の数も見直すことができた。

毎月出ていく金も、当初の案よりかなり軽くなった。


見本だけを置く品と、最初から並べる品も考え直した。

実家の工場で作るベビー服は、この店でいちばん見せたい品になる。そこは変えずに、大きな場所を取るベビーカーやベッドは種類を絞る。全部を最初から揃えなくても、店の特徴は出せるはずだった。


事業計画を書き直していくうちに、前の計画より筋が通ってきたように思えた。

売り場の大きさと品ぞろえ、駐車場の条件と毎月の負担が、ばらばらではなく少しずつつながって見える。最初の案では、それぞれを足し算するばかりで、重くなった全体をきちんと見ていなかったのだと分かった。


後日、その物件は父と兄にも見てもらった。

二人とも、最初の案より現実的だと言い、この条件で進めることに異存はなかった。


父は、広い店を借りなくて済むぶん、毎月の負担が軽くなるのがいいと言った。

兄は、元ドラッグストアなら売り場の形を考えやすいし、工場やレストランの跡より余計な改装が少なくて済みそうだと見ていた。実家で作る服を前に出すなら、このくらいの広さのほうがかえって見せやすいかもしれない、とも言った。


そこまで確認してから、あらためて山本さんに連絡を入れた。


「先日はありがとうございました。あのあと、店の計画を見直してみました。新しい物件も見つけましたので、もう一度ご相談させていただけませんか」


受話器の向こうで、山本さんは少し間を置いてから答えた。


「分かりました。では、前回の内容を書き直したものと、新しい物件の資料をお持ちください」


約束の日、三度目の打ち合わせのために上東支店を訪れた。

応接室で向かい合うと、山本さんは持参した資料にひと通り目を通した。

以前の案との違いを確かめるように、売り場の広さ、家賃、駐車場の扱い、改装費、毎月の支出を順に見ていく。


「今回は、だいぶコンパクトにしたんですね」


「はい。前の案は、最初から大きくやろうとしすぎていたと思います」


 山本さんはうなずいた。


「店の規模を抑えたことで、毎月の負担もかなり下がっていますね。駐車場も、店の前だけで足りない分を外で補う考えに変えたのは良いと思います」


 少し身を乗り出した。


「この条件なら、お願いできるでしょうか」


山本さんはすぐには答えず、もう一度資料に目を落とした。

そして、顔を上げる。


「前回の内容のままでしたら、こちらとしても難しいと申し上げるしかありませんでした。ただ、今回は話が違います」


その言い方に、背筋がわずかに伸びた。


「この内容でしたら、正式な融資の申し込みとしてお受けできます。次は、必要書類をそろえていただいて、支店として審査に上げる手続きになります」


胸の奥にたまっていた息をやっと吐いた。


「ありがとうございます」


「まだ、これで決まりというわけではありません。ただ、融資の入口には立てました」


山本さんの口調は落ち着いていたが、前回とは違っていた。

今回は、検討の余地がある案件として、きちんと支店で扱ってもらえる。その違いがはっきり分かった。


帰り際、応接室を出る前に、山本さんが言った。


「必要書類の一覧は、こちらでお渡しします。不明な点があれば、その都度ご連絡ください」


深くうなずいた。

店を開く話は、ようやく夢物語ではなく、銀行に持ち込める計画として扱われるところまで来たのだった。

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