第57話 フロアー改善と感覚の誤算
翌日は、前日ほどの混雑ではなかった。
午前中は通常どおりに融資まわりの書類をさばき、午後は来店の合間に帳票のチェックを進める。
時計の針が五時を少し回ったころ、ようやく一息つける空気になった。
(そろそろ、きのうのメモを清書しておくか)
政雄は引き出しから、折りたたんでおいたメモ用紙を取り出した。
中身を一度読み返し、新しい便せんに、字の乱れを抑えながら写していく。
うまくいった点。
うまくいかなかった点。
次に変えたい点。
簡単な見出しと、短い文章をいくつか。
十分ほどで書き終え、誤字がないかをざっと確かめる。
深呼吸を一つしてから、席を立った。
「次長、いまよろしいでしょうか」
次長の机のそばまで行き、声をかける。
「ん? ああ、山本君か。どうした」
「きのうのロビーの件で、支店長からメモにしておくようにと言われたものです。簡単にまとめてみたので、一度見ていただければと思いまして」
「お、もう出来たのか。どれどれ」
次長は、少しおもしろそうな顔をして手を伸ばした。
政雄が差し出した紙を受け取り、机の上に広げる。
目で追いながら、ところどころで小さくうなずいた。
「……ふむ。だいたい、きのう話していた内容どおりだね」
一度最後まで読んでから、冒頭に視線を戻す。
「ここ、『うまくいった点』のところで、『ほぼ狙いどおりの方向で』って書いてあるだろう。これは、『一定の効果を確認できた』くらいにしておいたほうが無難かな」
「あ、はい。そのほうがいいですね」
「それ以外は、このままでいいと思うよ」
次長はペン立てから赤ペンを一本抜き、その一か所だけに印をつけた。
「営業課長にも見てもらったほうがよろしいでしょうか」
政雄が、おそるおそるたずねる。
次長は少し考えてから、首を横に振った。
「今回は、店舗全体のロビー運営の話だからね。営業課だけの話じゃない。きのう声をかけたのも支店長と私だし、まずはうち経由で支店長に回しておくよ」
「分かりました」
「支店長が営業課長にも見せたほうがいいと思えば、そのときに回るさ」
そう言って、次長はふっと笑った。
「しかし君は、こういうのは早いな」
「え?」
「融資の稟議では、わりと慎重派で、あれこれ確認してからしか判を押さないのに。ロビーのことになると、もう次の日にはメモが出てくる」
からかうというより、感心したような口調だった。
「いえ、慎重にやっているつもりはないんですが……」
「いい意味で言っているんだよ」
次長は、政雄のメモを二つに折りたたみ、自分の書類ばさみに挟んだ。
「こういうのは、思いついたときに形にしておかないと、なかなか次につながらない。きょう出してきたのは、悪くないタイミングだと思うよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、こっちで一度だけ直して、支店長に回しておく。君のほうは、きょうはもう上がっていいから、体を休めておきなさい」
「はい」
頭を下げて自分の席に戻りながら、政雄は心の中で小さく息をついた。
(慎重派、ね)
融資の仕事では「石橋を叩きすぎる」と言われたこともある。
それでも、きのうから今日にかけての一連の動きが、「悪くない」と受け取られたことに、少しだけ救われる思いがした。
*
またその翌日の朝礼前、次長は支店長室のドアを軽くノックした。
「失礼します」
「どうぞ」
中に入り、昨日預かったメモ用紙を差し出す。
「山本君が、きのうのロビー対応についてまとめてきました。ざっと目を通したところ、内容は整理されています」
「うん」
支店長は「ご苦労さま」と一言添えてそれを受け取り、机の上で広げた。
数行読んでは目を戻し、最後まで視線を走らせる。
「……なるほどね」
読み終えてから、支店長は紙の一か所を指で軽くたたいた。
「この『記帳優先の窓口』と『記帳専用の小型端末』というところだが」
「はい」
「ここは、事務企画にもこういう話を上げてみてもいいかもしれないな」
支店長は、少し楽しそうな顔をした。
「うちの支店だけでどうこうできる設備ではないが、現場からこういう声が出ているというのは、向こうも知っておいて損はないだろう。まずは、次のゴトウビの結果と合わせて、もう少し肉付けしてもらおうか」
「分かりました。山本君にも、そのように伝えておきます」
「頼むよ」
支店長はもう一度メモに目を落とし、机の端のトレーにそっと載せた。
「それと、増員ってことなら、OGの件も上に話しておかなければいけないな」
独り言のようにそう付け加える。




