表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/60

第47話 十歳からの十二年を振り返る

俺のリトライ人生の学生時代が、あと二月ほどで終わる。


六十五歳で、年金とわずかな貯金だけを頼りに、老後の不安を抱えながら生涯伴侶も持てずに生きた前世。


そんな六十五年に後悔しながら過ごしていたある朝、目を覚ますと、俺は一九七〇年の十歳の政雄として、


実家に転移していた。

そこは、自分が経験してきた過去と、ほぼ同じ世界だった。


ただし、前世には存在しなかった姉がいたり、戸籍上の名前が「山本正男」ではなく「山本政雄」になっていたりと、微妙に違っていた。


そもそも前世の俺は、世間のことにあまり興味もなかった。


記憶は曖昧で、大きな事件とか事故などは覚えていても、それも発生した時期が違ったり、犯人像が違ったりして、あてにならない。


転生直後は、「未来の知識で一発大儲け」なんてことも頭をよぎったが、それはすぐに無理と分かった。


何より、転生する直前に強く後悔していた。

その場その場で、手の届きそうなものに流れ、目的も目標もなく生きてきた六十五年の生涯を。

大金持ちや大出世など望まない。


けれど、この人生では、老後の経済的な自由と、女性にもそこそこモテて、いい伴侶もほしい。

そう決めて十歳からの十二年を走ってきた。


人生全体で見れば、十二年はそんなに長い時間ではないかもしれない。

けれど、目的を達成するための基盤をつくる学生時代としては、十分に重い十二年だった。


決して裕福ではない家庭で、就職のときに道を開くために頑張った十二年、と言っていいだろう。


      *


小学生のころは、さすがに六十五年生きた記憶があるので、漢字の読み書きも意味も分かったし、他の教科もさして難しくはなかった。


ただ、前世で「できる」と言われていた人たちの真似をしてみることにした。

授業は集中して聞く。

家に帰ったら時間を決めて予習と復習をする。

それにプラスして、世間の情報を新聞で理解しておく。

前世の記憶とのすり合わせという意味もあって、新聞を読む習慣をつけた。


中学に入ると、前世では部活には入らず、だらだらと過ごしてしまった自分を思い出した。

何かを始めるにはいい機会だと思い、最初は女子にモテそうなテニス部を選びかけたが、冷静になってやめた。


精神年齢が六十五を過ぎた俺が女子中学生にモテたところで、せいぜい「孫になつかれる」ようなものだと気づいたからだ。


それなら、音楽でもできるようになっておけば、大人になってから期待できそうだ。

そう考えて、吹奏楽部でサックスを始めた。

他人と協力して何かに打ち込んだことなどなかったが、これが案外楽しかった。


県大会を勝ち上がることはできなかったが、金賞はもらえた。

後輩に「指導がうまい」と褒められたりもして、自分でも知らなかった面を見つけることになった。


子どもの前でお金の話をしない両親だったが、社会人経験のある政雄には、この家の経済力では二人の子どもを


大学に通わせるのは難しいことが分かった。

可能性があるとすれば、二人とも奨学金制度を使って、なおかつ公立大学に進むことだろう。

だが、それには姉にも自覚してもらわなければならない。


どう話せばいいか悩んだ末、「自分は大学に行きたいと思っているが、家の家計では厳しそうなので、この間新聞で見た奨学金を狙おうと思っている。高校も大学も、公立に行けるように考えている」と、自分のこととして姉に伝えた。


姉も、そんな俺に刺激を受けて、しっかり頑張って都立大へ進み、卒業して市立中学の教師になった。


このころは、まだどんな仕事につきたいかまでは考えていなかった。


ただ、将来就職の時が来たら、選べる道が多くなるように大学進学を決め、公立大学に行くには高校も成績の良い高校に進まなければならないと考え、勉強も頑張った。


高校時代は、大学の入学金を稼ぐため、近所の蕎麦屋でバイトをしつつ、自宅から通える国立大に的を絞って成績向上にも励んだ。


バイトとの両立が難しいので、部活には入らなかった。


配達に出ながら、どうすれば効率よく回れるかを考えたりもした。


三年生になるとき、バイトを続けるかやめて勉強に集中するかで悩んだが、バイト先の店主の粋な計らいで、煮詰まっていた気持ちをほぐしてもらい、人の優しさに触れた。


国立大経済学部に入学してすぐ、中学時代の吹奏楽部の先輩に誘われてジャズ研に加入した。

最初の夏休みには、丸二か月、ビンの飲料配達でお金をためて、将来のために自動車免許を取得した。


二年生になると、卒業した先輩が残していった自転車を手に入れた。

「学校が広すぎて、昼に食堂に行くのが大変だ」という話を聞いて、生協に話を通し、弁当配達で小遣い稼ぎを始めた。


夏休みには、ジャズ研の先輩の紹介で、セミプロのバンドに負傷したメンバーの代役としてライブハウスで演奏もした。


三年生では、そのバンドの米軍基地回りに、機材運びの運転手として、また正メンバー不在のときの代役として、夏のあいだ参加した。


大学の別のバイトでは、データ集計の仕事を頼まれ、つい表計算の概念をぽろっと話してしまったところ、研究室の教授が、大学の計算機で集計用のひな形を作ってしまった、なんてこともあった。


四年生となり、本格的に就活の時期を迎えたとき、どの業種の、どんな仕事を選べば、当初の目的に沿うのかを考えた。


今後はコンピュータの普及とネット社会になることを、前世の記憶で知っている俺は、将来的にその業種に関われそうな都市銀行に就職を決めた。


大学時代は、人とのつながりが、俺の世界を大きく広げてくれた。

前世では、あまり感じたことのない感覚だった。


老後の生活の不安、流されるままに生きた後悔をやり直す基礎となる学生時代。

こうして転生後の十二年を振り返ってみれば、前世とはかなり違った道を歩んできたのが分かる。


今後も、目的達成のためにどう備えるのか。

しっかりと意思を持って、自分で選んでいこうと改めて思った。


そう心の中で区切りをつけると、政雄はノートを閉じた。

      

      *

 

そのあと、二月の末には卒業式があり、三月に入ると一週間ほどの入行前研修があった。

そして四月から、いよいよ正式に銀行員となる。


両親からの保護を外れ、40年以上に渡り一人の社会人として生きていくのだと改めて覚悟を決めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ