第41話 学園祭と配達二年目の皮算用
ブラスロックバンドの練習は、十月の頭から一気にペースが上がった。
生協のバイトがない日は、授業が終わるとそのまま教室を一つ借りる。
トランペットとトロンボーンが譜面台を並べ、ギターとベースがアンプを運び込む。
ドラムが簡易セットを組み立て、女性ボーカルがマイクを握る。
その横で、高橋先輩のテナーと、先輩から借りている俺のアルトが音を出す。
文化祭でやる曲は四曲に決まった。
どれも、管とギターが前に出るロック寄りの曲だ。
そのうち一曲だけ、間奏に少し長めのサックスソロが入っている。
そこを任されたのは、俺だった。
最初は譜面どおりに吹くだけでやっとで、テンポにも置いていかれがちだった。
何度も通しているうちに、少しずつ自分のフレーズを足せる余裕が出てくる。
リズム隊の音に押されるように前に出ていく感じは、中学の吹奏楽部でも、夏にやったジャズバンドでも味わったことのないものだった。
学園祭当日、特設ステージで、その曲の間奏が近づいてきた。
歌が一度止まり、ギターのカッティングとドラムのビートだけになる。
合図どおりにマイクの前に一歩出て、アルトを構えた。
八小節、二回り。
頭の中でコードの並びを確認しながら、指を動かす。
うまく吹けたところも、危ないところもあったが、最後まで止まらずに吹き切った。
吹き終わると、思った以上に大きな拍手が返ってきた。
ステージ袖に下がると、メンバーから「さっきのソロ、よかったよ」「あそこ、けっこうかっこよかった」と口々に言われる。
自分ではまだまだだと思いながらも、人前で吹いてもいいと言ってもらえたような気がした。
学園祭が終わっても、弁当配達は続いた。
昼休みに生協のカウンターで弁当を受け取り、講義棟や研究室を自転車で回る。
頼まれる部屋が少しずつ増えて、週によっては一日二十件近くになる日も出てきた。
午前中だけで回りきると、さすがに足が重い。
それでも、伝票に並んだ数字を見ると、つい皮算用をしてしまう。
「一日二十件なら、配達料だけで二千円か……」
そんなふうに頭で計算しただけで、思わずニヤッとする。
もちろん、毎日そのペースではないし、授業との兼ね合いもある。
けれど、うまく回る日があると、配達という仕事のうま味も見えてくる。
理工系の研究室では、自動車部の学生から、省燃費の大会の話を聞いた。
キャンパスの片隅で実験車両を整備しているところを見せてもらい、大会当日には少しだけ応援にも顔を出した。
海洋系の学科では、長い水槽を使った実験をしている研究室は、次に実験するときにはと、頼み込んで見学させてもらった。
片側から装置で波を起こし、精密に作った模型の船を浮かべて様子を見るだけのように見えるが、説明を聞くと意外と奥が深かった。
配達を続けているうちに、そういう部屋のドアが少しずつ開いていった。
バイトは、あえて詰め込みすぎないようにした。
生協のレジと弁当配達のほかには、ときどき短期の仕事を入れるくらいにとどめる。
空いた時間には、家でジャズのカセットテープをよく聴いた。
父がどこからか手に入れてきた中古のラジカセが、ちゃぶ台の上に居場所を得た。
再生ボタンを押すと、少しこもった音でサックスやピアノが鳴る。
有名なプレイヤーの名前を全部覚えているわけではないが、フレーズや音の雰囲気だけは耳に残った。
最近の父は、日曜日になると母を車に乗せて、少し郊外の大型スーパーに買い物に行くようになった。
玄関で靴を履くときの母の表情から、まんざらでもない様子が伝わってくる。
姉と俺がそろって国公立に進学し、今は姉が教師として給料をもらっているぶん、前よりはだいぶ楽になったと、母が笑顔で話していた。
姉は相変わらず忙しい。
平日は中学校で英語を教え、放課後はテニス部の顧問としてコートに立つ。
休日も試合や練習で出かけていくことが多く、家で顔を合わせる時間は以前より減った気がする。
そうして、二年目の冬が近づいていった。
十二月の終わりごろには、弁当配達の注文は、一日二十件近くになる日も珍しくなくなった。
午前中いっぱい自転車で走り回ると、午後の講義では机に座った途端に眠気が押し寄せてくることもある。
夜、自分の部屋でノートを開き、ざっと計算してみた。
これ以上、自分の体で件数を増やしたら、授業や単位に響く。
かといって、せっかく増えた注文を断るのは惜しい。
配達でへとへとになったら、ジャズ研に回す体力も残らないかもしれない。
そんなことを順番に考えていくうちに、二年のあいだは今のやり方で無理をしないでおく、というところに落ち着いた。
三年からは、人を増やすことも考えてみる。
生協の主任に、軽く相談してみた。
配達を一人で回すのはそろそろきついので、もう一人学生を入れて二人体制にしたいこと。
すると、大学のほうでも、構内に置きっぱなしにされた自転車の処分に毎年のように困っている、と教えてくれた。
「学生支援の部署に聞いてみたら? 引き取り手がいないやつで、まだ乗れそうなのが少しはあるかもしれないよ」
自転車をもう一台どうするかは、それを当てにしすぎず、自分でも考えておく必要がある。
午前中に動いてもらう後輩には、できれば自分の自転車を持っている子がいい、とも思っていた。
いずれにしても、知らない学生をいきなりスカウトする気にはなれない。
ジャズ研や生協のバイト仲間、その友達など、人づてで「午前中に動ける後輩」を探す。
その方針だけ決めて、ノートを閉じた。
大みそかの夜は、四年前から、俺が年越しそば担当だ。
台所で鍋に湯を沸かし、そばをゆでてどんぶりに分ける。
テレビからは、毎年変わらない年末特番の笑い声が聞こえていた。
「今年も終わりか」
心の中で小さくつぶやきながら、湯気の向こうに父と母と姉の顔を見る。
食べ終えたころには、画面の時計が新しい年に近づいていた。
元旦の朝も、例年と同じように始まった。
母の作った雑煮を食べ、新年のあいさつを交わし、近所の神社に初もうでに出かける。
家に戻れば、テレビからは変わり映えのしない正月番組が流れている。
そのマンネリに少し飽きてきたころ、俺は自分の部屋に引っ込んだ。
足元に小さな電気ストーブを置き、綿入れ丹前を着こんでスイッチを入れる。
机に向かってノートを一冊広げると、足先からじんわりと温かさが上がってきた。
ここから先の一年をどう使うか、元旦に頭の中だけで整理するのが、いつの間にか自分の中の恒例になっていた。
まずは授業と単位を最優先にすること。
授業をサボって配達やバイトに流れるのは本末転倒だ。
週に何コマ分かは、図書館か自習の時間として、ノートの余白に丸をつけておく。
昼の弁当配達は、このまま続ける。
無理に件数を増やすより、今つながっている研究室やクラブを丁寧に回る。
配達は小遣い稼ぎであると同時に、いろいろな部屋のドアを開けるきっかけにもなっている。
生協のバイトは、授業と配達のすき間に少し入れるくらいにしておく。
生活の足しにはするが、予定を全部バイトで埋めるつもりはない。
月にこれくらいあればいい、という額だけ頭の中で決めておく。
ジャズ研とサックスは、細くても必ず続ける。
文化祭でブラスロックをやって、人前で吹くのがまた少し楽しくなった。
ジャズ研の部屋が空いている時間帯を使って、基礎練習や譜面読みもやっておきたい。家でサックスを吹くわけにはいかないから、その分もキャンパスでやるしかない。
授業、配達、生協、ジャズ研。
四つの柱の太さを頭の中で並べてみて、どれを太く、どれを細くするかを決めていく。
それに加えて、三年からは、弁当配達を二人体制にする。
午前中に動ける後輩を人づてに探し、うまくいけば、自転車ももう一台用意する。
「まあ、今年はこんなところか」
電気ストーブの赤い光を見下ろしながら、小さく息を吐く。
去年の元旦よりも、少しだけ具体的な数字と顔が思い浮かぶ脳内会議になった気がした。
春になれば、三年生だ。
この一年もまた忙しくなりそうだ、流されることなくしっかり生きようと心に決めた。




