第38話 需要と供給と、夏休みの予定
黒板に向かって引かれていく二本の線を、ぼんやりと眺めていた。
右下がりの線が需要曲線、右上がりの線が供給曲線。二本が交わる点に、チョークで丸がつけられる。
「ここが均衡点だ。買いたい人の数と、売りたい人の数がちょうど一致する価格と量。市場が落ち着く場所だな」
前のほうで、経済学の教員がさらりと言う。
ノートに「需要」「供給」「均衡価格」とだけ書き写しながら、頭の中では別の風景を思い浮かべていた。
生協で売っている弁当の数。
昼の台帳に並ぶ部屋番号と、配達先の名前。
一部屋につき百円の配達料。
需要と供給。
言葉だけ聞けば教科書の話だが、今の俺にとっては、昼休みに自転車で走っている現実と、まるで切り離せない。
「試験勉強としてではなく、ちゃんと仕事の話として聞けるのは、すごく楽だな」
心の中でつぶやきながら、黒板のグラフに自分の弁当配達を重ねる。
弁当の数を増やせば、もっと注文を受けられるかもしれない。
けれど、配達にかけられる時間には限りがあって、値段を変えれば頼んでくる部屋の数も変わる。
前世では、勉強と言うものは「受験のための暗記」として片づけていた。
今は、学内の小さな個人事業の話として、そのまま使える気がしている。
講義が終わると、次は少人数の演習だ。
教室を移動して、決まった顔ぶれの中に腰を下ろす。
この演習では、教科書の章ごとに簡単な課題が出る。
グラフを一つ描く問題や、短いレポート。
提出を忘れず、必要最低限より少しだけ丁寧に書く。それだけで、成績は上のほうに落ち着いていた。
演習の終わりに配られた小テストは、需要曲線と供給曲線のシフトについての簡単な穴埋めだった。
弁当の売り場を思い出しながら、空欄を埋めていく。
「生協の弁当の値段が上がったら、理工の実験室はどこまで注文を続けるだろう」
そんなことを考えながら解いたテスト用紙は、翌週には何も問題なく返ってきた。
赤い丸が整然と並んでいるのを確認し、ノートのあいだに挟んで鞄にしまう。
授業と演習と配達。
気づけば、大学二年の時間割は、それなりに形になっていた。
週に何コマかの講義。
そのあいまに、生協でのバイトと、昼の配達。
そして、あまり詰め込みすぎない程度に、ジャズ研の練習にも顔を出す。
ジャズ研は、外に出て大会に出るようなサークルではない。
文科系のクラブらしく、文化祭でのステージがいちばんの見せ場だ。
部室代わりに使っている教室に入ると、サックスやトランペットのケースが並び、誰かがチューニングの音を出している。
アンプからは、小さくコード進行が流れる。
誰かがピアノを叩きながら、決まりきらないフレーズを試している。
去年の夏、俺はこの風景をほとんど知らないまま過ぎていった。
生協のバイトと、別の短期のバイトで、夏休みのほとんどを埋めていた。
ジャズそのものも、よく分からないままだった。
今年の春から少しずつ通うようになって、ようやく譜面の読み方や、おおざっぱなコードの流れが分かるようになってきた。
サックスを渡された最初の日よりは、ずっとマシな音が出せるようになったと思う。
そんなある日、部会で文化祭の話が出た。
「そろそろ、今年の文化祭のメンバーを考えないとな」
高橋先輩が、机に広げた紙を指でとんとんと叩く。
そのまわりに、何人かが集まっている。
「出たい曲とか、やりたい編成があるやつは、だいたいでいいから書いとけよ。あと、夏休みにどれくらい練習に出られるかも」
紙の上には、すでにいくつか名前が書かれていた。
トランペットの先輩、ピアノの後輩、ボーカル志望の女子学生。
それぞれが、自分の出たい曲の候補を横にメモしている。
去年の俺は、この紙に名前を書くことすら考えなかった。
ジャズも分からないし、夏休みはバイトで埋まっていたし、そもそもステージに立つほどの腕もなかった。
今年はどうするか。
譜面に目を落としながら、自分の名前を書かずにペンを握りしめる。
夏休みのあいだ、どれくらい練習に出られるのか。
それ以前に、生協のバイトや弁当配達がどうなるのかが、まだはっきりしていない。
部会が終わるころには、紙の上の名前は少し増えていた。
だが、俺の名前は、まだどこにも書かれていなかった。
ジャズ研の部室を出て、廊下を歩きながら、頭の中で予定表を組み立てていく。
夏休みに入ると、生協の営業が変則になる。
売店そのものが休みの日もあれば、短時間だけ開く日もある。
昼の弁当コーナーは、ほとんどの日で閉まると聞いていた。
弁当配達は、生協の弁当があってこそ成り立つ。
生協が休みになれば、配達も自然と止まる。
夕方のレジ打ちのバイトも、シフトの数が大きく減るだろう。
去年の夏は、それを見越して別のバイトを必死に探した。
免許代という、はっきりした目標があったからだ。
目の前の「足りない額」が決まっていたので、ひたすらシフトを詰め込めばよかった。
今年は違う。
免許はもう取った。
生活費と、少しの貯金ができればいい。
もちろん、まったく働かないわけにはいかないが、去年のように「がっちりバイトで埋めなければならない」状況からは、いったん抜け出している。
だからこそ、夏休みの時間をどう使うか、選べる余地がある。
ジャズ研の練習に、去年より多く出る。
文化祭のステージに立つつもりで、本気で吹いてみる。
あるいは、別のバイトを探して、配達のない時間を埋める。
勉強の本を買って、図書館にこもる夏にしてもいい。
選択肢はいくつかある。
けれど、どれをどれだけ混ぜるのかは、まだ決めきれていない。
夕方のキャンパスを、自転車を押しながら歩く。
弁当配達で走り回っていた昼の時間帯とは違い、学内は少し静かだ。
「夏休みのあいだは、昼の配達はお休みだな」
そう考えると、ほんの少しだけ肩の荷が下りたような気持ちにもなる。
自転車のハンドルを握りながら、代わりに何を背負うのかを考える。
授業、配達、バイト、ジャズ研。
去年の夏と違って、「全部をがむしゃらに詰め込む」必要はない。
それぞれの比重を、少しずつ変えることができる。
文化祭の紙に、自分の名前を書き込むのかどうか。
夏休みのシフト表に、どれだけ自分の名前が並ぶのか。
図書館の机に向かう時間を、どれくらい確保するのか。
決めなければならないことは多いが、急いで結論を出す必要はない。
学内の建物の影が、少しずつ長くなっていく。
自転車置き場にたどり着きながら、俺は頭の中で、夏休み用の新しい時間割を何度も書き直していた。
弁当配達は、しばらく姿を消す。
そのかわりに、今年の夏は、別の何かに時間を割り振ることができる。
その「別の何か」のなかに、ジャズ研の文化祭がどれだけ入ってくるのか。
それを決めるのは、もう少し先の自分だ。
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