第19話 評定という目盛り
次の定期テストが近づくころには、政雄の机の上のノートの並び方も、少し変わっていた。
いちばん上に「お金と進路ノート」。
その下に、英語と数学のノート。
横に、社会と理科のまとめ用。
どれも前からあったものだが、優先順位のつけ方が、少しだけ違う。
「模試も大事だけど、通知表も“資金計画”の一部」
以前に書いた一行を思い出しながら、政雄は時間割表を見た。
今回のテスト範囲に赤鉛筆で線を引き、科目名の横に小さく印をつける。
「評定を上げたい科目:英語・数学・国語」
「評定を落としたくない科目:理科・社会」
どれも落としたくないのは当然だが、現実問題として、全部に同じだけ力は割けない。
奨学金の条件に「評定平均」という言葉が出てきた以上、自分の得意どころはしっかり伸ばしておきい。
英語のノートを開き、ページの端に小さくメモを書く。
「平均点より+20点を狙う」
「文法問題は落とさない」
「長文で時間を余らせる」
数学のページには、別の書き込みを足す。
「ケアレスミスで落とさない」
「大問の最初の1〜2問を確実に」
「応用は取れたらラッキー。時間をかけすぎない」
試験範囲そのものは、先生から配られた紙にきちんと書いてある。
問題は、「どこで点を取りにいくか」を、前もって決めてあるかどうかだった。
*
テスト一週間前。
そば屋のバイトは、あらかじめ店主に頼んで、テスト期間中だけ一回分シフトを減らしてもらった。
「学生の本業は勉強だもんな。いいよ」
店主はそう言って、カレンダーの自分の名前に丸印をつけてくれた。
その分浮いた時間を、政雄はまるごと「評定の危なそうな教科」に振り向けることにした。
夜、机の上に教科書を並べる。
「今回は、社会がちょっと怪しいな」
前回の小テストの点数を思い出し、苦笑する。
社会のノートを開いて、ページの上に大きく書く。
「平均点を割らないこと」
その下に、テスト範囲の単元名を書き出していく。
「ここは用語暗記」
「ここは因果関係」
「ここは年代と並び替え」
単元ごとに、「覚え方」と「出されそうな形」を一行ずつ書く。
全部を完璧にするのは無理でも、「ここで落としたら評定に響く」と分かっている部分だけは、外さないようにしておきたい。
理科は、今のところ評定が悪くない。
だからといって油断すると、すぐに足をすくわれる。
「ここは計算ミスしやすい」
「ここは用語がごっちゃになりやすい」
理科のノートにも、そんなメモが増えていく。
*
テスト前日の夜、机の端に「お金と進路ノート」を一度引き寄せた。
前に書いた「奨学金 狙うライン」のページを開き、下の余白に小さく書き足す。
「今回のテストで、全科目3以上は死守。
英・数・国は4〜5を狙う」
評定の数字に、そのまま線を引いたような目標だ。
欲を言えばきりがないが、まずは「平均を割らない教科」をゼロにするところからだと、自分に言い聞かせる。
ノートを閉じてから、英語の単語帳をもう一度めくった。
「点数=そのまま評定じゃないけど、近道ではある」
前の人生で見た高校生たちの姿が、ぼんやり頭をよぎる。
テストのたびに一喜一憂して、でも通知表の数字がどうつながっているのかまでは、あまり気にしていなかった連中。
今度はそこを、最初からつなげておきたい。
「評定は、奨学金の入り口」
そう決めてしまえば、明日のテスト勉強にも、少しだけ“値札”が付く。
政雄は、机のスタンドを少し明るくして、最後の確認に目を落とした。
*
テストが終わって、答案が返ってくる一週間ほどは、教室の空気が少し落ち着かない。
英語と数学は、手応えどおり「平均点よりだいぶ上」に収まっていた。
社会と理科も、危なそうだった単元は外さずに済んだ。
「まあ、こんなもんか」
点数そのものより、「どこで取りにいってどこを捨てたか」が、だいたい計画どおりだったことに、政雄は内心でうなずいた。
本当の結果が出るのは、通知表をもらう日だ。
*
終業式の日、薄い紙の感触が手に伝わる。
教室のざわめきが一段落したところで、政雄は自分の通知表を開いた。
英語と数学は、前回より一段階だけ数字が上がっていた。
国語も、ぎりぎり迷っていたところを、先生が上のほうに寄せてくれたようだ。
理科と社会は、派手に良くなったわけではないが、「落ちるかもしれない」と心配していたところで踏みとどまっている。
全体の評定平均を頭の中でざっくり計算すると、新聞で見た「四・二」のラインに、なんとか手が届た。
「よし」
小さく息を吐いてから、通知表をかばんの奥にしまう。
点数の良し悪しだけを見ていたころとは、同じ紙でも見え方が違う。
これはただの成績表ではなく、数年後の奨学金の可否に直結する「通帳の前哨戦」みたいなものだ。
家に帰ってから、「お金と進路ノート」を開き、評定のページの端に小さく書き足す。
「今回の評定平均 だいたい 4・2くらい」
「このラインを、落とさない」
それだけ書いて、ページを閉じる。
高校の廊下では、誰もそんなことは口にしない。
けれど、自分の中ではもう、「評定」は単なる数字ではなくなっていた。
バイトのシフトと同じように、これから毎学期、崩さずに積み上げていくべき目盛りの一つだ。




