第107話 初担当案件
榊や片岡の手伝いでいくつかの仕事をしていた政雄だが、夏の終わりには、政雄らしい資料の集め方やまとめ方が、調査室の中でも少しずつ認められてきていた。
九月の初め、商品開発部門から企画調査室へ三件の依頼書が届いた。
定例の打ち合わせで、大山がその内容を読み上げた。
「一件目は企業向けの金利変動対策商品、二件目は輸出企業向けの為替ヘッジ商品、三件目は企業の資金効率化に関する商品てぇことだ」
すると榊が最初に、
「為替ヘッジ商品なら私がやりましょう。横浜と静岡の支店には知り合いもいて、輸出企業が多いですし、顧客の声も聞きやすいでしょう」
「資金効率化の方は私が担当しますね」
片岡が続けると、大山はうなずいた。
「おう、じゃあ残りは金利変動か。山本、おめぇがやってみるか」
「はい、やらせてください」
政雄が答えると、榊が口を開いた。
「金利スワップやキャップを考えているのでしょうが、地方の支店でそのまま勧められるとは限りません。借入額の大きい会社ばかりではありませんから」
「どのくらいの会社まで売り込めそうか、そこから調べます」
「七月のアンケート回答も使えそうね」
「借入金利の記述を業種ごとに分ければ、傾向は出るでしょう」
「そういうこったな」
大山がうなずいた。
「商品そのものは商品開発部門で考える。こっちは、どこの会社に話を持っていけるか、その材料を出しゃいい」
政雄にとっては、自分が受け持つ初めての依頼だった。
*
打ち合わせが終わると、政雄は自分の机に戻った。
まず七月のアンケート回答を出して、借入金利について書かれている箇所を順に追っていく。
建設、卸、小売と業種はばらばらだったが、金利を気にしている会社は思っていたより多かった。
続けて、顧客からの相談内容にも当たった。
金利が上がった時の返済を気にする会社、借り換えの時期を迷っている会社、固定にした方がいいのかと聞いてきた会社。
読み進めるうちに、借入額の大きな会社だけでなく、中堅どころにも需要が有りそうだと思えてきた。
その日のうちに、政雄は業種ごとの違いと、営業店が話を持ち込みやすい先の条件を書き出した。
何から当たればいいかは、もう見当がつきはじめていた。
そこへ片岡が来た。
「どう?」
「思ったより多いですね。大口先だけじゃなさそうです」
「そこが分かれば十分よ。あとは、どういう会社なら支店が話を持っていけるかよね」
政雄はうなずいた。
「顧客からの相談内容をもう一度確認してみます。金利を気にしている会社が、実際にどんな言い方をしていたか知りたいので」
「ええ。そこは重要ね」
片岡が自分の机へ戻ると、政雄はもう一度アンケートと相談記録をたどった。
七月のアンケートは新商品開発のヒントを探るための一般的な内容なので、それだけでは企業がどこに関心を示すのかまでは分かりにくい。
商品開発部門が出してきた金利変動対策という方向に引き直して、もう一度聞かなければならなかった。
アンケートの記述や顧客からの相談内容を読み返したあと、政雄は金利変動対策商品用の聞き取りシートを作った。
支店の営業にいたころから、聞き取りの前に必要な項目を先に分けておき、相手ごとに一枚ずつ記録していくのが政雄のやり方だった。
その方が聞き漏らしが少なくなるし、あとで各社の違いや傾向も追いやすい。
それから一週間、政雄はその仕事にかかりきりになった。
聞く内容をしぼったうえで、まず調査室として何店かの支店に聞き取りを依頼した。
業種や規模が偏らないよう先を選び、返ってきた内容は会社ごとにシートへ整理していった。
それと並行して、黒沢会で名刺を交換した何社かの相手にも連絡を入れた。
相手は大手企業の営業や技術部門にいる人たちだったが、そこから資産運用に関わる部署の担当者を紹介してもらえた。
銀行の商品として出されたら関心を持つか。
説明を受けるなら何を知りたいか。
そうした話も、政雄は同じように各社ごとのシートへ書きこんでいった。
その合間に、政雄は調査室に残っている比較的新しい資料にも目を通した。
古すぎるものは外し、金利や借り換えに触れた記述のある調査だけを拾っていく。
支店から返ってきた内容と、大手企業側から聞いた反応を並べてみると、規模によって違う点だけでなく、共通して気にされている点も少しずつ見えてきた。
政雄が手にしているシートをのぞきこんで、片岡が言った。
「山本さん、それ自分で作ったの」
「はい。同じ項目で聞いておいた方が、あとで比べやすいので」
「なるほどね。こうしてあると、話が散らばらないわね」
その声に気づいた榊も、席から言った。
「支店の分と分けて見ているんですね」
「ええ。大手と中堅どころでは、気にしている点が少し違いましたから」
榊はうなずいた。
「たしかに、それは分けた方がよさそうですね」
政雄は返事の代わりに、机の上のシートをもう一度見た。
まだ枚数は十分ではないが、集めるべき点は少しずつそろってきていた。
*
更に数日、政雄は支店から返ってくる内容と、黒沢会のつてで得た企業側の反応をつき合わせていった。目先の金利の上げ下げより、その先の返済計画や資金繰りの見通しに不安を持つ先が多いと、政雄は早い段階で見当をつけていた。
各社ごとの聞き取りシートに反応を書き分けていくうちに、規模による違いと共通点も少しずつはっきりしてきた。商品開発部門に返すべき要点も、政雄の中ではしだいに定まっていった。
政雄が席を外している昼休み、片岡が席を立ったタイミングで、大山から声がかかった。
「片岡、山本のようすはどうだ?」
「山本さんは、何か彼独自のやり方でやってますね。仕事は進んでいるようです」
大山は視線を榊に移した。
「榊、おめぇはどう見てる」
榊は手もとの書類を閉じた。
「そうですね。まだ断言するほどではありませんが、進め方に無駄がありません。支店から返ってきた内容だけで終わらせずに、ほかの方向からも確かめていますし、聞くべきことも最初からだいたい定まっているようです」
「ほう」
「少なくとも、普通の若手のやり方には見えませんね」
大山はうなずいた。
「そうかい。そいつぁ、どんなもんが出てくるか楽しみだな」
昼休みが終わる少し前、政雄は戻ってくると、何も言わずに自分の席に着いた。机の上には、午前中に整理していた聞き取りシートがそのまま残っている。
政雄はその続きを確かめながら、支店から届いた返答にもう一度目を通した。
*
その週の終わりに、政雄は聞き取りシートをそろえて大山の机へ向かった。
「大山さん、少しお時間よろしいでしょうか」
「おう、山本か。どうだい」
「まだ途中ですが、だいたいの傾向は見えてきました」
大山は手を止めた。
「どんな感じだい」
「金利が動くこと自体を気にしている会社もありますが、それ以上に、返済計画や資金繰りの見通しが立ちにくくなることを気にする会社が多いようです」
「ほう」
「それと、借入額の大きい会社だけの話でも無いようです。中堅どころでも、今後の金利上昇をそのまま負担にすることに不安を持っている会社があります」
大山は政雄の手もとのシートに目をやった。
「支店の返答だけじゃなさそうだな」
「はい。支店経由だけでは偏りが出ると思いましたので、別の経路でも確認しました」
「で、商品開発に返すなら、どこが肝になりそうだい」
「金利そのものの説明より、返済額や資金計画がどう変わるかを分かりやすく示した方が、関心は持たれやすいと思います。大きい会社向けだけでなく、中堅どころまで対象に入れた方がよさそうです」
大山はうなずいた。
「なるほどね。そりゃ、ただ金利がどうこうって話より、支店でも持っていきやすいわな」
「はい」
「分かった。もう少し当たってみてくれ。来週あたり、一度話を聞かせてもらおうか。商品開発にはこっちから言っとくよ」
「分かりました」
政雄は一礼して机を離れた。
席へ戻る途中、榊が声をかけた。
「山本君」
政雄が足を止めると、榊は言った。
「話がずいぶん早いですね。そこまで整理できているなら、商品開発も動きやすいでしょう」
「まだ途中です」
「途中でも、あそこまで言えれば十分ですよ」
榊はそう言って、自分の席へ戻った。
政雄も自分の机に戻り、聞き取りシートにもう一度目を通した。足りないところを確かめ、表現をそろえ、提出する形へ整えていく。調査室での初めての担当案件だ、ここで気を抜くつもりはなかった。
残った細かい調整を済ませて、週明け、政雄はレポートに資料を添えて大山へ提出した。 金利変動対策商品についての調査は、ひとまずそこで一区切りとなった。
帰りの電車に乗り込んでつり革を握ったとき、政雄はようやく肩の力が抜けるのを感じた。
調査室へ移ってから初めて、自分の担当として受けた仕事がどうにか形になったのだ。
窓に映る夜の車内をぼんやり眺めながら、政雄は思った。
今夜は優美も、まだ起きているだろうか。




