第二節
**一九六四年十月二十八日 ヴァルケン修道院領、墓地外縁と羊柵のあいだ**
夜に白い面だけが石塀へ乗るところを一度見てしまうと、翌朝にはどうしても、塀と羊柵のあいだにどんな線があるのかを確かめたくなる。
墓地と納骨堂の気味の悪さは、見た者の印象を強くまとめてしまう。
だが、家畜の傷が本当にそこへ続いているなら、怖さより先に、地面の上の往復を拾わねばならない。
私は朝のうちから、墓地の外縁、葡萄畑の列、羊柵の位置を一つの図へ落とし、そのあいだを何度も歩いた。
夜番の若い修道士が言うには、羊が騒ぐのは決まって下段の柵寄りで、墓地に近い上段ではないという。
それは少し意外だった。
白い顔が見えたのは塀の上であり、納骨堂の脇でも痕は濃かった。
ならば被害もその近くで起きそうなものだが、実際にはもう少し離れた羊柵の角で傷が出るらしい。
私はまずその角へ行った。
柵杭の一本に、薄い擦れが残っている。
爪痕ではない。
もっと低く、柔らかいものが何度か触れたような擦れで、前夜に塀際で聞いた乾いた音に少し似ていた。
地面には、羊の蹄の乱れに混じって、低い体が草を押したような浅い線が二つほどある。
はっきりした足跡ではないが、ただの風ではない。
柵の外側の草を丁寧に分けると、細い白っぽい毛のようなものが一本引っかかっていた。
獣毛に見えるが、羊の毛ほど縮れず、鼠や鼬の毛より長い。
しかも先のほうがやや扁たく、光を受けると妙に白く返る。
昨夜、塀の上で顔のように見えた淡色部と、全く同じものとまでは言えない。
だが、対象の体表の一部がこうした白さを持つなら、修道院領で「夜に顔だけが浮く」と語られるのも理解しやすかった。
私はそれを紙へ包み、位置を書いた。
羊の傷は昨夜見た二頭のほかに、さらに一頭見つかった。
位置はやはり肩から首筋にかけての中間で、深くはない。
二点が並ぶもの、一点が深く入るもの、掠ったようなものと、傷の形には少し差がある。
私はそこを見て、少なくとも吸血のために一定の位置を狙っているとは考えにくいと思った。
むしろ、低い位置から飛びつくか、擦るか、短く咬んでいるうちに、羊の動きで傷の入り方が変わるのだろう。
相手が家畜を目的としているのか、柵の内側の別のもの――たとえば鼠や残餌――に引かれて寄るのかは、まだ決められなかった。
昼前、私は納骨堂の半地下へもう一度入った。
昨夜の視認を受けて見ると、床の擦れは入口から左の壁際へ濃く、そこから外の葡萄畑側へ抜ける線を持っている。
棚の奥に留まっているというより、出入りの途中にこの空間を使っているのはほぼ確かだった。
さらに、石の床の隅に、小さな乾いた吐き戻しのような塊が一つあった。
分解してみると、鼠の骨の断片と、羽虫の翅に見える薄片が混じっている。
もしそうなら、対象は墓や骨そのものに執着しているのではなく、納骨堂に集まる小動物や虫を利用しているのかもしれない。
死者の場へ寄ることと、死者を糧にしていることは、必ずしも同じではない。
現地の噂はその二つをすぐ一つにしたがるが、記録の側では分けておく必要があった。
午後、修道院長が、領内の古い台帳を見せてくれた。
近年の「吸血鬼騒ぎ」だけでなく、もっと以前から、秋の終わりに羊が夜へ寄るのを嫌がること、納骨堂の戸が朝にわずかに動いていること、若い修道士が夜番のあとに体調を崩しやすいことが、断片的に書かれている。
ただし、いつも同じ年にまとまるわけではない。
ある年は家畜、ある年は夜番、またある年は葡萄泥棒の噂だけが残っている。
私はそれを読んで、この修道院領では最初から一つの“吸血鬼事件”が続いていたのではなく、似た種類の小さな不都合が、その都度一つの名へまとめられてきたのだと感じた。
つまり現地の恐怖は本物だが、その中身は毎回少しずつ違うのである。
夜の観測は、昨夜よりさらに羊柵寄りへ寄せた。
墓地の石塀と羊柵の中間、葡萄畑の列が少し開く位置である。
ここなら、墓地から来るものも、柵へ寄るものも、どちらも拾える可能性があった。
灯りは低く覆い、修道士は昨夜より遠くへ下げた。
人間の白い顔は一つで十分である。
これ以上こちらが明かりを増やせば、現地の伝承と同じことを自分でしてしまう。
夜が深まる前に、まず納骨堂の脇で短い擦れ音がした。
次いで、石塀の上へ昨夜と同じように白い前面が乗る。
ただし今夜は、そこですぐ葡萄畑へ下りず、一度だけ塀の内側へ引いた。
そのあとで、もっと低い小さな白さが塀の下から抜け、先に葡萄畑の列へ入る。
私はそこで、昨夜曖昧に見た“もう一つの小さい白さ”が、今夜ははっきり別個体として動くのを見た。
大きいものが先に塀へ顔を出し、小さいものが先行して列の陰へ入る。
その順に意味があるのかどうかは、まだ何とも言えない。
だが、単独ではないという見方はかなり強まった。
白い前面を持つ大きい個体は、葡萄畑の列の間を低く進み、途中で一度だけ立ち止まった。
羊柵ではない。
その手前の石の水鉢の陰である。
私はそこで、目線を少し下げた。
すると水鉢の周囲に、小さな影がいくつか動いた。
鼠だった。
修道院の水鉢に寄るのは珍しくない。
対象はその鼠の動きを見ているように見えた。
そのあとでようやく柵へ寄り、羊のほうを向く。
羊が一度騒ぎ、小さいほうの個体が草の陰へ散った。
大きいほうは短く頭を上げ、すぐ引いた。
少なくとも今夜見たかぎりでは、羊そのものを最初から目標にして一直線に来ているとは言いにくい。
水鉢、鼠、列の陰、羊柵、その順に寄っているように見えた。
私はそこで少し欲が出た。
羊の傷がどうつくか、決定的な瞬間を見たいと思ったのである。
それで、柵寄りへ半歩だけ位置をずらした。
ほんの半歩だったが、足元の乾いた蔓を踏んでしまった。
音は小さい。
だが十分だった。
大きい個体の白い前面がすっと横を向き、次の瞬間、二つの白さはどちらも葡萄畑の列の下へ沈んだ。
羊の騒ぎも止み、夜はまた静かになった。
見損ねたと言えばそれまでだが、相手の警戒がどの程度のものかは、これでかなりよく分かった。
大胆に塀へ顔を出すくせに、こちらの小さな音にはひどく敏い。
その晩の記録には、こう残した。
**墓地石塀・納骨堂・葡萄畑列・羊柵のあいだには、少なくとも大小二個体以上の反復的な夜行通路がある。
大きい個体は淡色の前面部を石塀へ乗せ、小さい個体はより低く列間を先行する。
対象は羊柵へ寄る前に水鉢付近の鼠群と思われる小動物へ反応しており、家畜被害は主目的ではなく、通路上の条件に応じた副次的接触である可能性が高い。
吸血という語は現段階では採らない。
傷の形は浅く、位置も一定せず、短時間の咬着または飛びかかりによる表層傷として扱うべきである。
次は、発つ前に墓地側通路と羊柵側通路を一枚へ重ね、現地へ残す説明を簡潔にまとめる。**
修道院領の吸血鬼は、ようやく死者の話から外れつつあった。
ただし、その外れ方そのものが、現地ではいちばん受け入れられにくいことでもあった。




