第一節
**一九六四年十月二十七日 北方修道院領、ヴァルケン葡萄畑着**
吸血鬼の話は、死者の話として始まることが多い。
だが現地へ行ってみると、実際に人を動かしているのは、死そのものより弱りのほうである。
顔色が悪い、朝起きられない、首筋に傷がある、家畜の乳が減った、葡萄畑で夜番が倒れた。
そうした細かな衰えがいくつか重なったところへ、墓地の噂と夜の目撃が乗ると、土地はたちまち一つの名を持ち始める。
ヴァルケン修道院領でも、そういう具合にして「吸血鬼」の語が育っていた。
修道院は、北へ傾く斜面の中ほどにあった。
古い石造りで、礼拝堂と納骨堂と低い回廊がつながり、その下の段々畑に葡萄が植えられている。
さらにその外側には、使われなくなった墓地が石塀に囲われて残っていた。
修道士の数は減り、畑も昔ほど広くは使われていない。
だが、秋の終わりの葡萄畑と石の建物は、衰えていてもなお秩序を持って見えた。
人間の秩序がしっかり残っている土地ほど、そこへ入り込む夜の話は強くなる。
大学からの書類名は、
**「修道院領における夜間家畜被害、軽度貧血症状の散発、および納骨施設周辺の異常活動に関する調査」**
となっていた。
読めば分かる。
大学は吸血鬼の実在確認など求めていない。
家畜被害、病気、納骨堂荒らし、その三つのどれか、あるいは全部を、現地が一つの迷信へ押し込めているのではないかと見ているのだろう。
私も最初はおおむねそう考えていた。
ただし、こういう土地で迷信の語だけを笑うと、だいたい大事な順番を見落とす。
修道院長は、私に対して礼儀正しかったが、歓迎している顔ではなかった。
彼は最初に、村人が騒ぎすぎていると述べ、次に、近ごろ若い修道士の一人が朝ごとにひどく疲れること、羊に小さな傷が出ること、夜番が墓地の塀の向こうで白い顔を見たと証言していることを、やや不本意そうに並べた。
「私は死者が戻るとは思っておりません」
と彼は言った。
「ですが、誰かがそのように語る理由までは消せません」
この言い方はありがたかった。
最初から否定に寄り切った土地より、そのほうが観察の余地がある。
私はまず、倒れたという夜番に会わせてもらった。
若い男で、首筋の左に浅い傷が二つ並んでいる。
大きくはない。
虫刺されでも通りそうな程度だが、皮膚の周囲に妙な青白さが残っていた。
ただ、熱はなく、腫れもひどくない。
貧血のような倦怠感が数日続いたというが、それが傷のせいか、秋の冷えと夜勤のせいかは、この段階では分からなかった。
彼の証言では、納骨堂の脇を見回っている時、石塀の上に「顔だけが浮いて」見え、そのあとで何かが塀の内側へ落ちたのだという。
白い顔という言い方が気になった。
人は夜の目撃を語る時、目と顔だけを残して体を消しやすい。
羊の傷も見た。
二頭いて、どちらも肩口の毛を掻き分けると、小さく皮膚が割れている。
首ではない。
出血もわずかで、肉が大きく削がれた様子もない。
狼や犬ならもっと乱暴に噛む。
棘や石に擦ったとも言えなくはない。
だが位置が似すぎている。
私はそれを見て、「吸血」という語は頭から外し、まず小型から中型の夜行性動物による浅い咬傷か、皮膚表面を狙う採食を疑った。
その程度のことだと、この時点では思っていたのである。
午後、修道士の一人に案内されて納骨堂と墓地を見た。
納骨堂は半地下になっており、石の棚へ古い骨箱が納められている。
今はほとんど使われず、湿りと冷えが残るだけの場所になっていた。
こういうところには、鼠や虫や、それを追うものが寄る。
私はまずそのつもりで中を見た。
実際、骨箱の隅には鼠の糞があり、小さな羽も落ちていた。
だが、その一方で、床の石粉の上に細い擦れがいくつか走っている。
鼠の足跡にしては広く、犬猫の爪痕にしては浅い。
何か柔らかい腹を持つものが、低い位置で体を引いているようにも見えた。
その痕は棚の奥でなく、納骨堂の入口に近い壁際へ強く残っている。
奥へ住むというより、出入りの途中にそこを舐めるように使っているようだった。
墓地の石塀の内側では、葡萄畑のほうへ向かう低い獣道が見つかった。
人が通るには狭い。
草先だけが寝て、ところどころに小さな白っぽい付着がある。
最初は石灰の粉かと思ったが、爪で触るともっと軽い。
乾いた膜か、細い毛か、そのどちらかに近い。
私はそれを紙へ包み、位置を書いた。
修道士はそれを見て、
「死者が布を引いていくようだと言う者がいます」
と小さな声で言った。
私は返事をしなかった。
そういう言い方は、観察を助ける時も邪魔する時もある。
夕方、葡萄畑の下段を見回った。
ちょうど収穫を終えたあとで、葉は疎らになり、支柱と針金だけが規則的に並んでいる。
夜にここへ白い顔が浮くと言われるのは、少し分かる気がした。
人の顔ほどの高さに、切り残された葉や布切れや石灰の跡が、夕暮れにはやけに目立つ。
さらに、修道院の白い壁が遠くで残光を返すので、低い位置にあるものほど却って白く見える。
私はそこで、顔だけが浮くという目撃の少なくとも一部は、かなり地形と光の都合で説明できると思った。
ただし、説明できることと、何もいないこととは別である。
日が落ちきる前、私は納骨堂の脇の石塀の外に観測点を取った。
今夜は墓地の外縁と葡萄畑の列のあいだをまず見たい。
修道院長は、夜更けまで一人で出ることをあまり好まなかったが、若い修道士を一人だけ少し離れた位置に立たせてくれた。
灯りは低く、覆いをつけ、必要な時以外は開けないようにした。
吸血鬼の話を聞いた土地で、むやみに明かりを増やすのは、観察にも心理にもよくない。
夜は思ったより静かだった。
風も弱い。
納骨堂の石が冷えをため、葡萄畑の列だけがわずかに匂いを残している。
しばらく何もなかったが、やがて塀の内側で、ごく短い擦れ音がした。
石と何か柔らかいものが触れるような、乾いた音である。
私はそこへ目を向けた。
次の瞬間、塀の上へ、たしかに白いものが現れた。
顔、と言えば顔に見えた。
ただし人の顔ではない。
もっと低く、横に長く、中央だけが明るい。
その下の体は見えず、白い面だけが先に塀の縁へかかっていた。
私はそこで、修道士の若者が「顔だけが浮いた」と言った意味を理解した。
体は塀の内側の暗がりに消え、白い部分だけが石に乗る。
それが一瞬、人の顔面のように見えるのだろう。
しかも、白い部分は固定ではなかった。
少し横へ滑り、止まり、また低く沈む。
生きものの動きだ。
そのあとで、ようやく胴の線が見えた。
大きくない。
狐ほどもなく、だが鼠や鼬よりは明らかに大きい。
胴は低く、首は短く、四肢は体の下へ収まる。
耳は小さく、むしろ頭部の前面の淡色部がよく目立つ。
もしここを一瞬だけ見れば、白い顔が塀へ乗ったとしか言いようがない。
対象は塀を越えなかった。
納骨堂の脇の草地を低く移り、葡萄畑側の列の間へ入った。
その時、もう一つ、もっと小さい白さが低く続いた。
私はそこで、単独ではないかもしれぬと思った。
ただ、数を急いで決めるほどには見えていない。
若い私は、こういう時にすぐ群れや単位を考えたがるので、今回はまず位置だけを押さえることにした。
大きい白い面が先行し、小さいものが低くあとを追う。
それだけを書けば足りる。
その夜、葡萄畑の羊柵のほうで羊が一度だけ騒いだ。
対象はそちらを向いたが、すぐ寄りはしなかった。
しばらくして、列の陰で低く止まり、また動く。
吸血鬼と呼ばれるものが家畜の血を求めて一直線に襲うなら、もっと違う動きをするだろう。
少なくとも今夜見たものは、狙って襲撃するより、通路の途中で条件を見るような、慎重な夜行獣に近かった。
それでも、羊の傷と全く無関係とも言い切れない。
その距離が、いちばん面倒だった。
夜の記録には、こう残した。
**修道院墓地および納骨堂脇で、淡色の顔面部または膜状部を持つ夜行性中小型幻獣候補を短時間視認。
“顔だけが浮く”という目撃は、塀の縁に白い前面が先に乗り、胴が暗がりへ残るために生じる可能性が高い。
対象は墓地・納骨堂・葡萄畑列を低く連絡しており、少なくとも一部は家畜被害地点へ通じる。
ただし、現段階では吸血行動を前提とせず、夜行性採食あるいは小動物利用の延長として扱うべきである。
次は、羊の傷と墓地側通路とが同じ夜にどう結びつくかを確かめたい。**
この土地では、噂のほうが先に形を持っていた。
だが少なくとも、白い顔の下には、ちゃんと低い胴があった。




