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ロバート教授の幻獣生態調査記録  作者: ロバート・クロフト
第十四章 一九六二年 北西山地における夜間視覚誤認および旅人の進路逸脱事例の調査
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第四節

**一九六二年十一月二十二日 エール峠西斜面、倒れた道標裏と排水溝石口**


朝のうちに峠へ上がると、昨夜結んだ糸印はそのまま残っていた。

切られもせず、引きずられた形跡もない。

それだけで安心はできないが、少なくとも夜のあいだに人間の手が入っていないことは分かる。

私はまず倒れた道標の裏を見た。

霜が薄く降り、石の縁にはまだ昨日の湿りが残っている。

その湿りの上に、銀白色の細かな鱗片が前日より少し多く散っていた。

糸印のすぐ脇ではなく、道標の下端から石口へ抜ける細い線に沿ってである。

夜の返りが立った位置と、かなりよく合っていた。


排水溝の石口の前には、鼠の骨が一つ新しく増えていた。

小さい頭骨で、噛み砕かれたというより、首の付け根で外れたような残り方をしている。

毛はほとんどない。

これがどこまで対象の食痕と言えるかは分からないが、少なくとも偶然の死骸よりは、処理のされた形に見えた。

その脇の石の粉には、昨夜より鮮明な足跡が二つ並んでいる。

一つは前日に見たものと同じ大きさ、もう一つはそれより明らかに小さい。

小さいほうは歩幅も狭く、石口の前でいったん止まり、大きいほうの跡に重なってから外へ出ていた。

私はその並びを見て、昨夜の二つの返り位置と重ねた。

ここへ来てようやく、峠の対象が単独ではなく、少なくとも大小の複数が同じ帯を使っているらしいと考えやすくなった。


排水溝の石口の内側は、思ったより浅かった。

手を入れると、すぐ奥で折れている。

常時の巣穴というより、身を伏せて一時的に隠れるための窪みである。

峠のどこかに大きな巣があるのではなく、こうした小さな隠れ場を複数つなぎながら、石垣線を移っているのだろう。

そのことが分かっただけでも、旅人の話はずいぶん読み替えやすくなる。

灯りに“ついてくる”のではない。

決まった通路の上で、人間の灯りが通る時だけ姿を増やして見せるのだ。


昼過ぎ、宿へ戻る途中で、昨日の行商の老人にまた会った。

私は馬が耳を止める位置のことを話した。

すると老人はうなずいて、

「馬は影より、石の脇を気にする」

と言った。

「見えているんですか」

「見てるか、匂ってるかは知らん。だが、あそこでは鼻を横へ向ける」

それは面白かった。

人間は前を行く灯りを見る。

馬は道の脇を見る。

同じ峠を通っていても、惑わされる場所が違うのである。

私は今夜、なるべく前ではなく、石の脇の動きそのものを見るつもりになった。


日が落ちる前に、私は宿へ頼んで、今度は灯りを二つ用意した。

一つは馬方に持たせ、もう一つは石標の手前の杭へ低く固定する。

旅人の灯りが一つ増えるなら、人間が最初から二つ置いた時に、返りはどう崩れるかを見たかったのである。

少し作為が強い気もしたが、峠の錯視は自然に任せると時間ばかりかかる。

ここは試す価値があると思った。


夜になると、薄い霧がまた鞍部へ降りた。

固定した灯りは低く、馬方の持つ灯りはそれより高い。

石標と石垣の間に二つの高さが最初からあると、錯視はかえって起きにくいのではないかと私は予想していた。

だが実際には逆だった。

低い灯りのほうに対して、まず小さな冷たい返りが現れ、しばらく遅れて、高い灯りの横にも別の返りが立ったのである。

しかも両者は同時には続かず、石垣線に沿って交互に現れた。

つまり対象は、灯りの数が増えればその数だけ乱されるのではなく、どの高さを返せば人間の目に“余分な灯り”として最も引っかかるかを、かなり選んでいるように見えた。


私はその時、ようやく錯視の中身を少し冷静に見られた。

灯りが二つになるのではない。

まず石の縁で銀の返りが走り、そのすぐ下か脇を低い影がなぞる。

人間の目はその二つを結んで、勝手に一つの旅人めいた像を作る。

だから近づけば“同じ灯り”に戻るのである。

影だけ、返りだけでは足りない。

その二つが峠の霧の中で短く重なった時だけ、余計な一人になるのだろう。


その夜、本体も少し長く見えた。

石垣の切れ目から、低い体が二度出た。

一つは前日までと同じくらいの大きさ。

もう一つはかなり小さい。

大きいほうは石の縁へ沿って灯りを返し、小さいほうはその一歩後ろで止まり、草の陰に半ば隠れていた。

体つきはどちらも似ている。

頭は低く、首は短く、四肢は体の下へ収まる。

ただ、小さいほうは銀の返りが弱く、灯りが当たっても人影めいた錯視をほとんど作らなかった。

それを見て私は、峠の話がいつも“大きいほう”だけを語る理由を納得した。

旅人に見えるのは、返りを強く作れる個体だけなのだ。


私は今夜は追わなかった。

追うより、二つの灯りに対して返りがどう入れ替わるかを見たかったからである。

観察はその点ではかなりうまくいった。

だが、別の意味で少し不首尾でもあった。

固定した低い灯りのほうが、途中で風に揺れて消えかけたのである。

峠では、自然だけでなく、こちらの仕掛けもあっけなく崩れる。

私はそこでようやく、条件をいじる観測は一晩に一つで十分だと理解した。

欲を出すと、欲を出した分だけ何かが薄くなる。


それでも、今夜の観察で、峠の対象についてかなりはっきりしたことがある。

銀白色の返りは、石垣、石標、排水溝の石口といった低い隠れ場の列に沿って出る。

そこを使う小型の複数個体がいる。

そのうち、より大きく銀を返す個体が、旅人の灯りへ人影めいた錯視を作っている。

つまり、旅人を“わざと迷わせる”というより、通路として使っている帯がたまたま人の道と重なり、その体表と動きが、人間の見え方の弱いところへはまっているのだろう。

悪意より、条件の一致である。

峠の伝承とは、だいたいそういうところから育つ。


宿へ戻ってから、私は記録をまとめた。


**石垣・石標・排水溝石口の列は、本対象の反復的な利用帯と見てよい。

大小二種の個体が同所を用いているらしいが、旅人めいた錯視を強く作るのは、より大きく銀白色の返りを持つ個体のほうである。

灯りが二つある条件でも、対象は返りの位置を入れ替えつつ利用しており、単純な受動反射ではなく、通路に沿った移動と低位保持が重要らしい。

現時点で、峠の“余分な旅人”は、霧や疲労だけではなく、小型幻獣の体表反射と低い移動が作る錯視とみなしてよい。

なお固定灯は風に不安定であり、以後の観測は仕掛けを増やしすぎないこと。**


峠の話は、これでだいぶ地面へ降りてきた。

余分な灯りという曖昧なものが、ようやく石の縁と草先の高さに結びついたのである。


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