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ロバート教授の幻獣生態調査記録  作者: ロバート・クロフト
第十四章 一九六二年 北西山地における夜間視覚誤認および旅人の進路逸脱事例の調査
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第三節

**一九六二年十一月二十一日 エール峠西斜面、古い道標列の外れ**


峠の錯視が、石標と石垣のあいだの限られた帯で起きるらしいと分かると、今度はその帯がどこまで続くかを見たくなる。

旅人の話では、灯りが増えるのは決まって鞍部の近くだという。

だが、決まってそこだと語られるものほど、実際にはその手前や先に薄い前触れを持っていることがある。

見た者は、自分がはっきり見た場所だけを覚える。

そこへ至る小さな違和は、たいてい語りから落ちる。

私はその落ちた部分を見たくて、この日は鞍部そのものではなく、西へ下る旧道の外れを歩いた。


西斜面の旧道は、東側よりさらに使われていなかった。

石畳は半ば土へ埋もれ、道標も一本は倒れ、もう一本は傾いている。

その代わり、風は弱く、霧も遅く下りる。

人が錯視に気づくなら鞍部のほうだろうが、対象が通路として使うなら、こういう半ば忘れられた帯のほうが都合がよいかもしれなかった。


午前のうちに歩いてみると、銀白色の鱗片は、予想したとおり鞍部から急には切れなかった。

濃く出る場所と、ほとんど見えなくなる場所とがあり、その濃淡は石の材質より、むしろ道の縁の高さと湿りに関係しているように見えた。

崩れた石垣の残る箇所、道標の根元、雨水の流れが止まりやすい低い石の縁。

そうした場所にだけ、細い銀が草先や石粉へ残る。

対象は道の脇ならどこでもよいのではなく、灯りが返りやすく、しかも自分は見えにくい位置を選んでいるらしかった。


倒れた道標の裏で、私は初めてはっきりした足跡を拾った。

小さい。

ただし鼬や狐のそれではない。

前肢と後肢の間隔が近く、足先がやや外へ開く。

爪跡は目立たず、柔らかい裏で石の粉を押したような付き方だった。

夜に見た低い胴と短い四肢の印象とよく合う。

さらに、その足跡は道標の裏へ回ってから、草地の中へ消えるのではなく、別の低い石の陰へまっすぐ繋がっていた。

私はそれを追い、道の外れに半ば埋もれた古い排水溝の石口を見つけた。

幅は狭いが、小型のものが身を伏せて出入りするには十分である。

峠のどこかに大きな巣穴があるというより、こうした小さな隠れ口を点々と使っているのかもしれなかった。


排水溝の石口の周りには、小さな骨が二、三落ちていた。

骨格から見て、山鼠だろう。

峠の道に鼠がいること自体は珍しくない。

だが、骨がまとまり、毛や皮がほとんど残っていないのは気になった。

食痕と呼ぶには控えめだが、少なくとも単なる死骸よりは扱われた跡がある。

私はそこで、この対象が単に灯りを返して旅人を惑わすだけでなく、道に寄る小動物も取っていることを考えた。

生態としてはそのほうがずっと筋が通る。

人の灯りに寄るのは旅人を弄ぶためでなく、旅人の灯りに集まる虫や鼠、あるいは馬具から落ちる穀粒のほうに理由があるのかもしれない。


昼過ぎ、宿へ戻る途中で、荷馬を曳く年寄りの行商に会った。

彼は私が峠を見ていることを知ると、

「灯りより、馬の耳を見ろ」

と言った。

「どういう意味です」

「見える前に、あいつらは耳を止める」

私はそれを面白く思い、今夜は自分の目だけでなく、馬の反応も見ようと決めた。

人間は錯視が起きてからようやく灯りの数を数え始める。

だが、馬はたぶん、その前の何かに反応している。


その夜、私は宿の古い馬を一頭借り、馬方と一緒に鞍部の少し手前まで上がった。

馬方は口数の少ない男で、余計な話をせず、こちらが見たいものを黙って待ってくれる。

それがありがたかった。

若い私は、観察の時に喋る人間をまだ少し邪魔に感じるところがあった。

今夜のように、現象の前触れを拾いたい時はなおさらだった。


霧は前日より薄かった。

灯りの増え方だけを見れば条件は少し悪い。

だが、馬の耳や足の運びを見るにはむしろ都合がよかった。

石垣の手前まで来た時、馬は何もないところで急に止まったわけではない。

ただ、耳が前を向いたまま固まり、次の一歩を少し浅くした。

私はその変化を見てから、ようやく石垣の縁へ目をやった。

すると、まだ余分な灯りが現れる前に、銀白色のごく細い返りが一瞬だけ草先を走った。

本格的な錯視の前に、まず小さな反射がある。

旅人はそれに気づかぬ。

だが馬は、たぶんその時点で何かがいると知るのだろう。


やがて灯りは二つになった。

ただし今夜は、その増え方が前夜より分かりやすかった。

石垣沿いに低く走る小さな反射が、旅人の灯りの高さへ少し遅れて寄り、人の影に似た縦の筋を短く作る。

そこまでは同じである。

違ったのは、その“余分な灯り”が一つではなかったことだ。

石垣のさらに奥、倒れた道標の陰でも、ごく短く別の冷たい返りが立った。

持続は一拍もない。

だが確かに二箇所だった。

私はその瞬間、前日に見つけた排水溝の石口を思い出した。

この峠では、対象は一匹だけが一本道を往復しているのではなく、複数の小さな隠れ口を行き来しながら、同じ帯をずらして使っているのかもしれなかった。


馬方はその時、低く舌を鳴らした。

馬は一度鼻を鳴らし、しかし踏み外しはしなかった。

私はそのまま動かず、石垣と道標の両方を見た。

すると石垣沿いの低い影は、やがて縁を離れて草地へ沈み、倒れた道標の裏のほうだけに短く銀が残った。

本体は見えない。

だが、帯の中で位置をずらしていることは前夜より明らかだった。

人が「灯りが二つになった」と言う時、その二つは本当に別の二灯ではない。

一つの旅人の灯りへ、別々の位置から小さな返りが寄り、瞬間ごとに代わるのだろう。

それが人には“ついてくる旅人”に見える。


観測そのものはそれで十分だったが、私は帰り道に少し余計なことをした。

倒れた道標の裏へ、明日のための小さな糸印を結んでおいたのである。

自然物に近い色で、目立たぬ場所に。

夜の利用帯を朝に見失わぬためのつもりだった。

今にして思えば、対象がそれを嫌ったり、逆に人為として察知したりする可能性をもっと考えるべきだった。

若い頃の私は、観察のための小手先を少し軽く見ていた。


その夜の記録には、こう残した。


**銀白色の返りは鞍部だけでなく、西斜面の旧道外れにも断続して出る。

ただし濃く出るのは、石垣、道標、排水溝の石口など、低い隠れ場と灯りの返りやすい縁が重なる箇所に限られる。

馬は本格的な錯視の前に小さな反射へ反応している可能性がある。

また、余分な灯りは一箇所固定ではなく、同一帯の複数位置で短く入れ替わるらしい。

対象は一匹の直線的移動体としてでなく、複数の隠れ口を持つ小型動物群として考えるほうがよいかもしれない。

明朝、倒れた道標裏と排水溝石口を再確認する。**


錯視の正体は、ようやく“現象”から“通路を持つ何か”へ近づきつつあった。

峠道では、そこからが本当に面倒なのである。


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