第三節
**一九六一年十月四日 ラーデン谷第二村上手、伐採地外れの沢筋**
火を見た翌日は、どうしても地面の見え方が変わる。
前日までただの焼畑跡だった場所が、急に誰かの手順の残りに見え、炭焼き小屋跡の編み屑も、村外れの納屋の足跡も、同じ生活の端として並び始める。
その並びが本当に正しいかどうかは別として、一度火が入ると、人はそこへ手と口と数を見たくなる。
私は朝から、その変化を自覚していた。
だからこそ、この日は逆に、被害の出た村側から線を追い直すことにした。
火のある側だけを見ていては、相手の都合ばかりを整えすぎる。
人間の側で何が失われ、何が失われずに残るかも見ておく必要があった。
まず一つ目の村へ戻り、初日に見た農具小屋をもう一度調べた。
夜に見た火のことを知ったあとで土間へ入ると、散っていた藁の向きまで少し違って見える。
私はそういう思い込みを避けるため、足跡と縄の切れ目と、持ち去られた物の位置だけを最初に見た。
芋と蕪の束が減り、干し籠の縄が切られ、燻製肉には手がついていない。
この選び方はやはり気になる。
肉を盗るより、根菜を持ち去るほうが、運びやすく、火にもかけやすいのかもしれない。
あるいは肉の匂いを嫌うのか。
そこまでは分からない。
ただ、手当たり次第ではないことだけは確かだった。
小屋の裏には、畑へ下る細い踏み分け道がある。
その脇の柔らかい土に、前日より少し古い足跡が二つ残っていた。
同じ形である。
短く開いた足指、浅い踵、前寄りの重心。
ただし今回は、片方の跡の横に細い引きずりが見えた。
荷を引いたとも、棒を持って歩いたとも取れる程度の浅い線で、数歩で消えている。
私はそこで、持ち去った根菜を袋か籠にまとめて運んだ可能性を考えた。
編み屑と合わせれば、少なくとも運搬のための道具を持っていると見てよさそうだった。
昼前、二つ目の村の外れで、若い女が芋を洗っているところへ通りかかった。
私は被害の出方を尋ねた。
彼女は最初少し警戒していたが、納屋の足跡の写しを見せると、
「夜に盗るのは上のほうだけじゃありません」
と言った。
「どういう意味です」
「昼にも畑の端が荒れてることがあります。けれど、盗られる量は少ないんです。人間だと、もっとまとめて持っていく」
私はそれを聞いて、その女に被害の出た場所を見せてもらった。
畑の北端、林へ近い低いところで、蕪が三つ抜かれ、葉だけが二つ残っている。
乱暴な荒らし方ではない。
しかも、抜かれた跡の近くの土が、前足で掘ったようにも、人が指で押し広げたようにも見える。
この時、私はようやく、村の被害と焼畑跡の浅い掘り返しが同じ種類の手つきかもしれないと思い始めた。
午後、ベッカーは谷のもう少し上、伐採地外れの沢筋へ私を連れていった。
痩せた水が石のあいだを流れ、両側へ若い木が戻りかけている場所である。
「こっちにも火があったことがある」
と彼は言った。
私はそれを意外に思った。
焼畑跡と炭焼き小屋跡のあいだに線があるのは見えつつあったが、さらに上の沢筋まで使っているなら、谷の利用幅は思ったより広い。
ただし、現地の言う「火があった」は、昨夜のような管理された火とは限らない。
私はまず地面を見た。
沢筋の脇には、石を寄せただけの浅い窪みがあり、その中へ黒い灰が薄く残っていた。
ここでも火は小さい。
そして周囲には、前日までに見たのと同じような、小枝の切り揃えがある。
違ったのは、その傍らに割れた殻がいくつかあったことだった。
鳥卵の殻に見える。
小さい。
山鶉か、谷に入る野鳥のものだろう。
これで、少なくとも相手が根菜だけを盗っているわけではないことがはっきりした。
谷の畑から得るものと、自分たちで沢筋から得るものとを、かなり細かく使い分けているらしい。
私は沢筋の泥に足跡を探した。
ここは谷底より湿りが強く、痕は出やすい。
その期待は当たりで、石寄せの火床の少し下に、四つほど同じ足跡が並んでいた。
ただし今度は、前に見たものより幅が少し広い。
大きい個体か、別の個体か。
同じ種の足と見てよいとは思ったが、私はそこで初めて、前日まで“二個体以上”としか書いていなかったものの中に、サイズ差があるかもしれないと考えた。
群れか、家族単位か、あるいは単に時刻を違えて同じ場所を使っているのか。
まだそこまでは分からない。
だが少なくとも、谷にいるものを一つの高さや一つの体格でまとめるのは危うくなってきた。
ここで私は、やや不用意に沢筋の上まで踏み込んだ。
伐採地の向こう側の林縁に、編み籠の縁らしきものが見えたのである。
近づいてみたくなった。
ベッカーが何か言いかけたが、私は半ば聞かずに斜面を上がった。
籠ではなかった。
枯れ枝と樹皮が絡んで、偶然そう見えただけである。
その直後、足元の腐葉の下が抜け、私は片脚を沢側へ滑らせた。
転げ落ちるほどではなかったが、膝下まで泥へ沈んだ。
情けないことで、こういう時ほど周囲が急に静かになる。
ベッカーは上から何も言わず、ただ杖を差し出した。
私はその杖を借りて身体を戻し、泥を払った。
若い頃は、こうして一度で足場を失う。
谷の地面は、そのことをよく覚えさせる。
沢筋の上では、それ以上めぼしいものは得られなかった。
ただ、戻る途中で一つだけ、細い木の根元に鳥の羽がまとまっているのを見つけた。
狐や猛禽が食べ残した可能性もある。
しかし羽の散り方が狭く、焼けた骨片や卵殻の見つかった火床からも遠くない。
私はそこを食痕候補として図へ入れた。
谷の利用が、村の被害、焼畑跡の火、沢筋の採集を別々に持つなら、相手の行動は思ったより複雑である。
領主代行の使いが好んで言う「ゴブリンの群れが畑を荒らす」という一文では、とても収まりきらなかった。
夕方、村へ戻る前に、ベッカーがようやく長く口を開いた。
沢筋を下る途中、彼は前も見ずに言った。
「先生は、あれを一つにしたがっている」
私は少しむっとして、
「被害も火も足跡も、同じものかもしれないでしょう」
と答えた。
老人は歩みを止めずに返した。
「同じものでも、一つのやり方とは限らん」
私はその時はそれ以上何も言わなかった。
だが、この言葉はその晩かなり長く頭に残った。
若い私は、対象を“何か”と定めることに気を取られすぎて、同じ相手が場面ごとにまるで違うやり方を取ることを、まだあまり考えていなかったのである。
その夜は村へ戻って納屋を借り、手記をまとめた。
火、足跡、編み屑、小枝、卵殻、沢筋の採集。
紙の上で並べると、谷の利用は思った以上に広い。
それでも、まだ姿は夜の火の周りにしか見えていない。
昼の痕だけで生活の形を決めてしまうのは早すぎる。
ただ、ここまでで一つだけはっきりしたことがあった。
ラーデン谷で起きていることは、畑を荒らす夜行性の小害獣という枠ではもう扱えない、ということだった。
その晩の記録には、こう残した。
**谷の被害は、納屋での根菜持ち去り、焼畑跡での浅い掘り返し、炭焼き小屋跡および沢筋での小動物・卵の利用へ分かれて見える。
いずれも足跡、編み屑、小枝の切り揃えと併せると、道具使用と反復的行動を伴う同系の対象を疑わせる。
ただし、同一対象であっても、村側の被害と谷上部の採集では行動の様式がかなり異なる可能性がある。
次は、夜の火の位置と沢筋の利用が同時に出るかどうかを見たい。**
谷は狭いのに、その中で起きていることは一つにまとまりきらなかった。
それが、ようやく面白くなり始めたところでもあった。




