第六節
## 一九八〇年五月七日 エルディン高原、礼拝堂跡北西の低丘にて
姿をよく見た翌朝というものは、奇妙に静かである。
何かが分かったはずなのに、土地の側は何も変わっていない。
泉は同じように白く、低木は同じように風へ伏し、石垣はただ古い。
こちらの手帳にだけ新しい線が増え、それに合わせて景色の見え方だけが少し変わる。
研究者の仕事というものは、要するにその程度の違いを持ち帰ることなのかもしれない。
この日は、無理に近くでの再視認を狙わないことにした。
前夜までで、大泉、小泉、浅水地の三つに対する利用の差はかなり見えた。
ならば次に見るべきは、個体がそれらをどう順番づけているか、また、どの地形を通るときに最も警戒を緩めるかである。
礼拝堂跡の北西に、低い丘と石垣列が重なって見晴らしの利く場所があり、そこからなら大泉と北小泉のあいだの帯を、かなり広く見下ろせる。
高原では、対象へ近づくより、その“あいだ”を読むほうが生態には効くことが多い。
朝のうち、私は前夜の大泉の縁をもう一度見た。
角の打ちつけに由来すると見た欠けは、乾いた光の下でもやはり新しかった。
ただし、夜の観察に引っぱられて過大に読んでいないかを確かめるため、同じ泉の他の縁石も一つ一つ見た。
似た欠けはいくつもある。
巡礼者の杖、桶の縁、冬の凍裂。
石は案外いろいろな理由で割れる。
結局、前夜の一点だけを特別視する根拠は、今のところ位置と水膜の割れ方しかない。
この程度の慎重さは、後で役に立つ。
見たその日に確信したことほど、朝の光に晒してみる必要がある。
丘へ上がる途中、トマスが向こうから駆けてきた。
今朝は連れ歩くつもりがなかったので少し意外だったが、彼は息を切らしながら、
「北の石垣の外で、鹿じゃないやつが走った」
と言った。
私はすぐには信じず、時刻と方向だけを訊いた。
子どもはこういう時、意図せず話を膨らませる。
だが今回は、彼の示した位置が、私の見ようとしていた帯とちょうど重なっていた。
「角は見たか」
「背中だけ。あと、草が変なふうに倒れました」
この“背中だけ”という証言は、前にも出てきた。
高原の霧と低木は、どうも対象の前半分を見えにくくするらしい。
それが角への過剰な伝承を呼ぶ一方で、実際の観察を厄介にもしている。
北西の低丘に着いてしばらくは、何も起きなかった。
風は昨日より素直で、霧も薄い。
こういう朝は、地面はよく読めるが、対象が出ても早い段階でこちらを見切りやすい。
私はそのことを承知の上で、大泉から北小泉、さらにその西の浅水地へつながる草の色の違いだけを見ていた。
草丈の低い帯。
鉱物で白っぽく光る縁。
泥炭の薄い黒。
地形図に描きにくい細部だが、大型の草食獣にとっては、こうした差のほうが道になるのだろう。
昼前、ようやく変化が出た。
北小泉のさらに外側、低木の浅い湾曲のところで、草の面が一度だけ長く沈んだのである。
前日のような一頭分の短い沈みではない。
もっとゆっくり、重さを乗せてから抜ける種類の倒れ方だった。
私は双眼鏡を上げた。
見えたのは全身ではなく、肩から背の上半分だけである。
それでも、前夜よりいくらか条件が良かったぶん、体つきが少しよく分かった。
個体は、馬より低く、鹿より厚いというこれまでの印象を裏切らない。
背線はまっすぐではなく、肩でいちど高くなり、そのあと腰へ向かってなだらかに落ちる。
首は長いが、常に高く持つわけではない。
むしろ低木の上を探るように、前方へ水平に伸ばす時間のほうが長い。
草食獣の多くに見られる「周囲を高く見る首」の使い方とは少し違う。
高原の低い風の中で、匂いと湿りを拾うための姿勢に見えた。
一角獣という言葉から連想される華美な立ち姿とは、だいぶ距離がある。
ここで、少し興味深いことが起きた。
個体は北小泉へまっすぐ寄るのではなく、いったんその手前の薬草地の縁で立ち止まり、角を使うでもなく、前脚でごく浅く地面を掻いたのである。
掘ると言うほどではない。
表土を半歩ぶんだけ剥がし、その下の濡れた色を確かめるような動きだった。
私はこれを、水質確認と同じ種類の“前調べ”として記録してよい気がした。
泉に触れる前、地面の湿りや鉱物の出方を確かめる。
もしそうなら、対象は単に水場を記憶しているだけでなく、その日の条件で使うかどうかをかなり細かく選んでいる。
その時、丘の反対側で羊が一度騒いだ。
個体はすぐに頭を上げた。
逃げるほどではない。
だが、前夜見たような“退出線を選ぶ”姿勢に近い静けさが体へ走る。
私は思わず、もう少し近づけたかもしれないと考えた。
実際、風向きは悪くなく、地面も昨日ほど危うくない。
だが、ここで動けば、結局は相手の退出だけを見て終わるだろう。
私はその欲を抑え、双眼鏡を下ろさなかった。
高原では、観察者が一歩欲を出すと、対象はたいてい二十歩先へ消える。
個体は北小泉へ入らなかった。
薬草地の縁を半弧で回り、そのまま北西の石垣列へ寄る。
私はその進路に少し驚いた。
昨日までの利用帯から外れてはいない。
だが泉を目的地として固定しているのではなく、条件が合わない日は、そのまま別の帯へ移る余地を持っている。
こういう柔らかさは、放牧地の家畜には見えにくい。
彼らは水場へ来る時は、もっと率直に寄る。
対象が伝承ほど神秘的でないとしても、家畜と同列に考えるのもまた乱暴なのだろう。
ここで私は、小さな成功と小さな苦さを一度に得た。
成功のほうは、個体が石垣列の切れ目を使う瞬間を、比較的よく見られたことだ。
昨日見つけた扇状の草倒れと同じ場所で、個体は本当にそこを選び、角を低く保ったまま、最も静かに抜けていった。
つまり石垣列の利用は偶然ではない。
少なくともこの個体にとって、あの切れ目は通りやすい線として確かに選ばれている。
一方の苦さは、その直後に起きた。
私は個体の角が石へ触れるかどうかを見極めようとしたが、ちょうどその瞬間、トマスが丘の下で動いてしまったのである。
遠くから手を振って知らせようとしたらしい。
個体はそれを見て、こちらが気づくより早く、石垣の向こうへ完全に抜けた。
責めるほどのことではない。
少年にとっては善意だ。
だが善意と観察が相性の悪いことは、現地では珍しくない。
午後、私はトマスへそれを咎めなかった。
彼もすぐ自分の失敗に気づいた顔をしていたし、何より、私自身も若いころに同じようなことを何度もしている。
むしろ私は、角が石へ触れたかどうかを決定的に見られなかったことのほうを、少し残念に思った。
こういう「あと半拍」という悔しさは、野外では案外大きい。
だが、記録を壊すほどの失敗でもない。
その程度に収まったなら、十分だろう。
夕方、エーヴァのところで水を飲みながら、私は今日見た薬草地での前脚の動きを話した。
すると彼女は頷いて、
「そこが荒い日は、泉もよくない」
と言った。
私はこの言葉を、かなり大事なものとして記した。
水場の良し悪しが泉単体で決まるのではなく、その手前の薬草地や湿り地の状態と結びついている。
対象がそれを読んでいるなら、高原における一角獣伝承の中心は「聖なる泉」ではなく、「条件の良い泉を選び分ける獣」にあることになる。
人間は結果だけを神秘にした。
獣のほうは、もっと実際的だったのだろう。
この日の整理として、私は次のようにまとめた。
**本種は泉へ直進するのではなく、その手前の薬草地・湿り地の状態を確認した上で利用の可否を決めるらしい。
前脚による浅い掻き、角または頭部による低位置保持、石垣列の切れ目の反復利用が確認された。
したがって当地の一角獣伝承は、水場そのものの神秘性より、条件の異なる湧水地を選別する大型角獣の習性へ由来する可能性が高い。
なお、観測中に少年の不用意な動きで退出を早めてしまった。以後、見通しの利く高所では観察者・協力者の位置取りを事前に明確に定めること。**
高原では、成功も失敗も大抵この程度の幅で起こる。
決定的に掴んだと思えば半拍遅れ、見失ったかと思えば地面がまた何かを教える。
その出入りの具合が、私は少し気に入っていた。




