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ロバート教授の幻獣生態調査記録  作者: ロバート・クロフト
第十章 一九八〇年 高原湧水地における微量鉱物成分変動および局所植生攪乱の予備調査
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第五節

## 一九八〇年五月六日 エルディン高原、北の石垣列と夕方の湧水地


高原では、何かを見た翌日のほうが、かえって足が重いことがある。

見えていなかった時には、地面も霧も泉も、ひとまず同じ価値で見ていられる。

ところが一度でも背線や角らしきものを得ると、どうしてもこちらの目が先回りする。

「あの石垣の向こうにまた出るのではないか」

「この草の倒れは昨夜の続きではないか」

そうした予断が、観察の速度だけを上げてしまう。

私は朝、北の石垣列へ向かいながら、そのことをなるべく意識していた。


石垣列は、礼拝堂跡からさらに北へ二つ三つ低い丘を越えたところにある。

今では放棄された牧囲いの残りで、腰ほどの高さの石が風に削られ、ところどころ苔と白い粉を帯びている。

高原の石垣は、人間の境界であると同時に、獣にとっては風を切る縁でもある。

低木の連なりほどではないが、進路をわずかに変え、霧の溜まり方まで左右する。

もし対象が泉と泉のあいだを選んで移動するなら、こうした人工の縁をまったく無視しているとも思えなかった。


今朝はトマスを連れず、一人で歩いた。

昨日は彼の目が役に立ったが、今日はまず自分の見方だけで線を確かめたかったのである。

案内役がいると、どうしてもその人間の「見えるもの」に引っぱられる。

それは利点でもあり、同時に弱点でもある。

とくに高原では、一人で立ち止まって、何も起きない風景の中にどれだけ長く居られるかが、案外重要だった。


石垣列の南端で、私はまず一つ小さく外した。

白く擦れた石の縁に、角の接触痕らしきものを見つけたと思ったのである。

高さも幅も、北小泉で見た磨耗に少し似ていた。

ところが近づいてみると、それは巡礼者が紐を掛けていた跡だった。

石の上部に、布の繊維が風で擦れて細く筋を作っていたのである。

人間の痕跡を獣の癖へ読み替えかけたわけで、あまり誉められたことではない。

私はその場で、やや乱暴に自分の手帳へ「石垣の磨耗は必ず上部・下部・繊維付着を確認」と書き足した。

こういう具体の戒めは、たいてい次の日には役に立つ。


ただし、そのすぐあとで、本当に見るべきものも見つかった。

石垣の切れ目の一つで、地面の草が外から内へ向けて扇状に寝ていたのである。

風ならもっと面で倒れる。

羊なら出入り口全体が荒れる。

だがこれは、ただ一頭か、せいぜい二頭が、狭い石の切れ目を選んで通った時の崩れ方だった。

しかも寝た草の中心に、浅い蹄跡が二つだけ残っている。

昨日までに見たものと同じく、割れの浅い大型蹄で、踏み込みが深いわりに周囲の泥を散らしていない。

石垣列そのものは縄張りや巡回の標ではなく、単に地面の持つところをつないだ結果として使われているのかもしれない。

それでも、人間の残した古い線が、別の生きものの歩きやすい線にもなっているのは興味深かった。


昼前、石垣列の北側で、もう一つ別の痕が出た。

低木の枝先が払われているのではなく、葉の裏にだけ白い粉が付いていたのである。

粉そのものは珍しくない。

高原の湧水地に近い草や石には、乾いた鉱物が風で薄く乗る。

だが、この粉は枝の外側ではなく、ちょうど何かが葉裏を擦り抜けたような位置にだけ残っている。

角か、肩か、首筋か。

それは分からない。

ただ、対象が湧水地の外でも、こうした鉱物の帯を身につけたまま動いていることは示しているようだった。

白い、と人が言う理由も、おそらくこういう付着がかなり混ざっている。


午後、いったん宿へ戻って記録を整理していると、エーヴァが珍しく自分から訪ねてきた。

彼女は戸口に立ったまま、

「今夜は大きい泉へ寄るかもしれません」

と言った。

理由を訊くと、

「巡礼が減るからです」

とだけ返された。

祭日明けで、昨日までいた団体が午前のうちに発ったらしい。

人の気配が薄ければ、普段は避ける大きな泉も使うかもしれない。

これは十分にありうる話だった。

私はその場で予定を変え、夕方の観測を礼拝堂跡の大泉に振ることにした。


正直に言えば、この判断には少し欲があった。

北や西の小湧水地で痕跡はかなり揃った。

ならば今度は、もっと開けた場所で、もう少し長く個体を見たい。

そう思ったのである。

野外では、こういう欲がよく外す。

それも分かっていた。

だが、たまにはその欲に賭けてみなければ、いつまでも遠い線と沈んだ草ばかりを眺めることにもなる。


夕方、大泉の南東側の低い石積みの陰に観測点を取った。

ここは巡礼者が日中よく座る場所だが、夜にはほとんど使われない。

泉全体が見え、風下も取れる。

その代わり、こちらの姿も霧が薄ければ見えやすい。

高原では良い場所ほど良すぎず、悪い場所ほど悪すぎない。

その中間を選ぶしかなかった。


最初の一刻ほど、何も起きなかった。

泉の縁は白く、風は弱く、礼拝堂跡の影だけがゆっくり伸びる。

日中に巡礼者がいなくなったからといって、すぐに対象が寄るわけではない。

私は自分が少し短気になっているのを感じ、あえて視線を泉から外して、周囲の草地と石垣の縁を交互に見た。

すると、ようやく変化は泉そのものではなく、その手前の草地に出た。


草が一列に沈んだ。

前日見たのと似ている。

ただし今回は、その沈みのあとに、明らかに高い位置の揺れがあった。

首か、角か、そのどちらかが、低い花穂の上だけをわずかに撫でて通る。

私はそこで初めて、対象の全体が霧の中から出るのではなく、部位ごとに現れるのを見た。

前脚。

首筋。

背。

そして最後に、遅れて角の線。

高原では、こういう出方をすると、人間はしばしば「霧の中から清らかな獣が現れた」と語るのだろう。

実際には、霧が体を分けて見せているだけなのだが。


個体は大泉の縁まで来て、しばらく動かなかった。

昨日の浅水地より、こちらでは慎重である。

人の匂いが濃いせいか、水面の条件が違うせいか、あるいはその両方か。

やがて頭を少し傾け、角を前へ出す。

今夜はその形が昨日よりよく見えた。

根元は太く、途中でわずかに左へ癖を持ち、先端はまっすぐではなく、ごく短い摩耗で鈍っている。

美しい螺旋でも、剣のような鋭さでもない。

それでも一本角であることは間違いなかった。

私はその瞬間、少し可笑しくなった。

長く語られてきた一角獣の話のうち、少なくとも「一本角」という核だけは、案外そのままなのだ。

人間は時に、余計な飾りを山ほど足しながら、中心の一つだけは正しく掴んでいる。


飲水の前に、個体はやはり角か口先を水面へ触れた。

だが今度は、それだけで終わらなかった。

一度触れたあと、浅い音を立てて角の先で縁石を叩いたのである。

強い打撃ではない。

確認するような一打ちで、その直後、水面の薄い膜が細く割れた。

私はその時、エーヴァの言った「荒い年には石を叩く」という話を思い出した。

今夜の一打ちは荒々しいものではなかったが、少なくとも角が積極的に水場へ使われていることは確かだった。


ここで、予想外のことが起きた。

礼拝堂跡の裏手から、遅れてもう一つ草の沈みが現れたのである。

私は反射的に視線をそちらへ送った。

別個体か。

そう思ったのは一瞬だけで、すぐに違うと分かった。

巡礼者が戻ってきたのだ。

手に灯を持った若い男が一人、泉を見に来ただけらしい。

個体はその気配を感じると、水をほとんど飲み切らないまま頭を上げ、体を半歩だけ横へずらした。

逃げるかと思った。

だが実際には、慌てて走り去るのではなく、泉の縁から最も硬い地面だけを選んで、ほとんど音もなく低木の切れ目へ退いた。

この動きは見事だった。

臆病というより、退出のための地面を最初から知っている種の動きである。


若い巡礼者は何も見なかった。

泉へ近づいてから、しばらく水面を覗き込み、やがて十字を切って戻っていった。

私は石積みの陰でその一部始終を見ていた。

少し苦く、少し面白かった。

同じ泉の縁に、つい今しがた一角獣候補がいて、その直後に巡礼者が「奇跡の泉」を見に来る。

人間の意味づけと、相手の生態が、まるで別々の層で同じ場所を使っている。

この高原の話は、だいたいそういう二重性の上に残ってきたのだろう。


観測後、私は泉の縁を調べた。

角の先で叩いたと思われる石に、ごく新しい細い欠けがあった。

偶然とも言える。

だが、そのすぐ脇の薄い水膜だけが割れて、周囲より早く乾いている。

私はそこを紙で押さえ、残った鉱物粉を少し採った。

学術的な証拠としてどこまで強いかは分からない。

それでも、ただ「見た」と書くだけよりはましである。


手帳へ戻った私は、今夜の記録をこうまとめた。


**大泉において、本種が人の気配の薄い夕刻には主要泉も利用しうることを確認。

ただし滞在は短く、小湧水地に比べ慎重さが強い。

角は一本で、基部太く、軽い左右癖と先端摩耗を伴う。

飲水前の水面接触に加え、縁石への短い打ちつけ行動を確認。

巡礼者接近時、個体は狼狽せず、最短退出線を選んで静かに離脱した。

単独個体の視認としては最も良好であったが、なお霧と地形により視界は断片的であり、群れ性・繁殖時の社会構造については依然判断材料を欠く。**


これでようやく、伝承の核と実際の行動とが、無理なく一つの頁へ収まるようになった気がした。

白い聖獣というには地味で、家畜じみた草食獣というには慎重すぎる。

泉を選び、角を使い、しかし人間にはほとんど関心を示さない。

高原の一角獣とは、たぶんそういうものなのだろう。


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