第二節
## 一九八〇年五月三日 エルディン高原、礼拝堂跡北の湧水地にて
昨夜、自分で書きつけた「杖で地面を探ること」という一文は、朝になるとひどく当たり前のことのように見えた。
野外で生きる者なら、そんなことは最初からしている。
私も本来はそういう側の人間であるはずだ。
それでもわざわざ記したのは、記録というものが、知っていることより、守れなかったことのほうをよく忘れるからだろう。
高原の泥炭地では、足を取られるのは脚だけで済む。
だが観察では、その一歩の不用意さが、その日の見立て全体をずらすことがある。
朝のうち、私は前日に沈んだ花地へは戻らず、礼拝堂跡の北へ回った。
巡礼者が多く寄る大きな泉から少し外れたところに、石の崩れの陰で細く湧く小さな水場があるとエーヴァが教えてくれたからである。
「皆、大きいほうの水をありがたがりますが、あれが行くのはもう少し北です」
そう彼女は言った。
根拠を尋ねると、
「大きい泉は人の匂いが濃すぎる」
と返された。
この答えは、伝承の担い手としてより、土地の使われ方を知る者の言い方としてもっともらしかった。
礼拝堂跡の北側は、南面より地面が締まっていた。
低木は背が低く、草のあいだに白い小花が散り、その下を浅い水脈が縫っている。
高原の湧水地は、一見するとただの湿り地に見えることが多い。
だがよく見ると、石の縁にだけ薄く鉱物が付き、草の根元へ白い粉が残る。
人間が「清らか」と感じる泉の多くは、実際にはこうした鉱物被膜の光り方を見ているだけなのかもしれない。
伝承と物性とは、ときに案外近いところで混ざる。
北の小湧水地では、前日の花地よりも、ずっとはっきりした痕が見つかった。
蹄跡である。
ただし、羊や鹿のものではなかった。
二つ割れの蹄だが、幅が広すぎず、先端にわずかな丸みがある。
山羊ほど鋭くなく、家畜馬のように一枚でもない。
そして何より、踏み込みが深いわりに周囲の草を無駄に荒らしていない。
一歩ごとの間隔も妙だった。
長い。
かなり長い。
大型草食獣の歩幅だが、泥炭地を嫌って小刻みに避けた跡ではなく、地面の持つところだけを選んで真っ直ぐ抜けている。
私はそこで初めて、この高原にいるものが、少なくとも足場の選択においては相当に慎重な大型種だと感じた。
さらに興味深かったのは、湧水地の縁の石である。
そのうちの一つだけが、他より妙に磨かれていた。
人の手で撫でたような広さではない。
もっと狭く、一定の高さで、前方から斜めに触れられたような痕である。
私はそこへ指を当てて高さを測った。
地面から私の膝より少し上。
大型草食獣が頭を下げて水を飲む時、ちょうど角か口先が触れうる位置だった。
ここで私は初めて、「角」という要素を、伝承ではなく痕跡の側から考えた。
この高さ、この磨き方、この接触の狭さは、額全体ではなく、もっと限られた硬い部位で触れた時のものに見える。
もちろん、ただの偶然かもしれない。
同じ石へ繰り返し鼻面を擦りつけた大型獣でもこうなる可能性はある。
だが、一角獣と呼ばれてきたものの土地で、こうした痕を前にすると、まるで考えないわけにもいかなかった。
午前の観察を続けていると、羊飼いの少年が一人、向こうの石垣からこちらを見ていた。
昨日、宿でちらりと見た顔である。
私は手を上げるだけにして、向こうから来るのを待った。
こういう土地では、こちらから質問を持って近づくと、たいてい子どもは面白い話をしようとする。
相手が自分で話したくなるのを待ったほうが、まだましである。
少年は近くへ来ると、私の見ていた蹄跡を一目見て言った。
「それ、昨日の朝のじゃないです」
「どうして分かる」
「昨日のはもっと深かった。今朝は乾いてます」
この手の観察は、大人より子どものほうが鋭いことがある。
土地の小さな変化を、理屈ではなく朝ごとの景色として覚えているからだろう。
私は彼に名前を訊いた。
トマスという。
放牧を手伝いながら、時々巡礼者の荷を運んで小遣いを稼いでいるらしい。
彼の話によれば、「角の獣」は毎日同じ泉へ来るのではなく、雨の少ないあとに北の小泉を、霧の濃い朝にはもっと西の浅い水たまりを使うのだという。
理由を訊いても答えられなかったが、これはそれなりに筋が通っている。
同じ高原でも、鉱物の出方と足場の硬さが天候で変わるからだ。
「見たことは?」
私は一応そう訊いた。
少年はすぐには答えなかった。
やがて石垣の向こうを見ながら言う。
「背中は」
「角は?」
「分かりません。霧の日は、前のほうがいつも変です」
この「前のほうが変」という言い方は面白かった。
子どもが話を面白くしようとしている調子ではない。
見えたままの不格好さを、そのまま残している。
私はそれを、その場では深追いしなかった。
子どもの目撃はすぐ脚色される。
むしろ、背中だけ見えたという点のほうが重要だった。
つまり、対象は白い全身像として現れるのではなく、霧の帯へ半ば溶け、前方が特に見えにくい。
それは角のせいかもしれないし、頭部の色や湿りのせいかもしれない。
今の段階ではどちらとも言えない。
午後は、北の小泉と、前日沈んだ花地のあいだの地面を丁寧に追った。
ここで初めて、私は一つ失敗し、一つ成功した。
失敗のほうは単純である。
蹄跡がよく出ている線をそのまま追った結果、途中でそれが放牧地へ紛れ、羊の踏み荒らしと見分けがつかなくなった。
足跡の追跡というものは、見えている時ほど気をつけねばならない。
線がきれいに出ていると、人はそのまま続くと思い込む。
だが高原では、少し地面が変わるだけで痕跡の性質が一変する。
私はそのことを分かっていたはずなのに、半刻ほど無駄にした。
しかも最後には、追っていたのが一角獣候補の線ではなく、村の白い牝馬が前日に入り込んだ跡だったと分かった。
こういう外しは地味に腹が立つ。
だが腹が立つぶん、記録にはよく残る。
成功のほうは、その外しのあとに出た。
牝馬の跡を切り捨てて戻る途中、私は低木の陰のごく浅い泥地で、別の足跡を見つけたのである。
数は少ない。
わずか四歩。
だが、その四歩は、周囲のどの家畜のものとも合わなかった。
蹄の割れは浅く、前後の縁の摩耗が少ない。
しかも一歩ごとの向きが、泥地そのものへ向かっていない。
泥を嫌って、その縁の最も狭いところだけを斜めに抜けている。
大型の草食獣がこの足場をこれほど器用に取るなら、少なくともこの土地へかなり慣れている個体である。
そして四歩の先、低木の枝先に、白っぽい毛が一本引っかかっていた。
白、とはいっても、雪のような白ではない。
湿って灰に寄った、くすんだ乳白色である。
日光の下では銀にも見えるだろう。
私はそれを紙へ収めながら、宿の番頭が言った「白いと思って来る人は何も見ない」という言葉を思い出していた。
霧と鉱物被膜と、この毛色なら、確かに人は勝手に「白い一角獣」を作るだろう。
だが実際にはもっと地味で、ずっと土地へ溶けたものかもしれない。
夕方、礼拝堂跡の脇の泉で、エーヴァと少し話した。
私は毛を見せず、石の磨耗だけを話題にした。
すると彼女は意外にもすぐ頷いた。
「飲む前に当てます」
「角を?」
「そう呼ぶならそうでしょう」
「なぜ?」
「水が薄いと嫌がるからです」
この言葉は、伝承よりずっと生態に近かった。
一角獣が聖なる水だけを選ぶのではない。
水の「薄さ」を嫌う。
つまり鉱物分か、匂い分か、硬さ分かは知らぬが、何らかの条件で水を確かめている可能性がある。
先ほどの石の磨耗ともよく合う。
私はこの時、初めてこの対象を、ただの象徴ではなく「泉の条件を選別する大型草食獣」として具体に考え始めた。
ただし、その晩の観測は成功しなかった。
北の小泉の風下に身を伏せ、霧が上がるのを待ったが、結局現れたのは牝馬と霧だけだった。
白い牝馬は遠目には実にそれらしく見える。
私は双眼鏡を上げる前に気づいたが、気づいた瞬間、自分がいかに簡単に伝承の形へ引っぱられうるかを、またしても思い知らされた。
こういう夜は、成果はないが、無駄でもない。
少なくとも、何を一角獣ではないと見切るべきかを、土地の中で少しずつ覚えていける。
手帳へ、私は次のように記した。
**当地の対象は、大型単独草食獣候補として扱うのが現段階では妥当。
ただし、単独性は観測頻度の低さによる見かけかもしれず、ここで断定は避ける。
北小泉周辺では、非家畜性の大型蹄跡、乳白色毛、石面の局所磨耗が確認された。
角または口先による水質確認に似た接触行動の可能性あり。
一方、放牧馬との誤認も十分起こりうる。以後、白色・遠景・霧中の目視は証拠として軽く扱うこと。**
これでようやく、地面のほうが少しこちらへ口を利き始めた気がした。
まだ姿はない。
だが、泉と角と白さが、伝承の飾りではなく、何らかの現実の癖として少しずつ結びつきつつある。
それだけでも、二日目としては悪くなかった。




