第四節
**一九七九年八月二十九日 ラーン氷河湖西南観測所、夜半前後の記録**
腰の痛みは朝になっても引かなかった。
若いころなら、転んだその日は平気な顔をして、翌朝になってからようやく身体が文句を言い始めたものだが、今はもうその順序すら少し早い。
観測所の寝台から起き上がるだけで、右の腰骨のあたりが鈍く重く、靴を履くのにも時間がかかった。
こういう時、私は自分が野外の仕事に向いているのかどうか、時折まじめに疑う。
もっとも、疑ったところで他に向いていることも思い当たらないから、結局は湿った布を当てて歩き出すだけなのだが。
この日は無理に上へ出なかった。
ホルストもミレナも、私が腰を痛めたことを、こちらが思う以上に重く見ていたらしい。
特にミレナは、骨棚を見たことで必要な地形情報の半分は取れたのだから、今日は観測所からの固定観測に徹するべきだと強く言った。
私は少しだけ不満だったが、反論できるほど身体も気分も整っていなかった。
山で頑固を通して良いことは少ない。
少なくとも、翌日に後悔する確率のほうが高い。
午前のあいだ、私は観測所の机でこれまでの図を整理した。
湖面放電の位置、尾根肩の雪粉帯、骨棚、擦れ跡、風向計の示す風と実際の雪の流れ。
それらを一枚へ重ねてみると、完全な線にはならないにせよ、いくつかの要所がはっきり寄っていた。
尾根肩。
骨棚。
そして湖東端の放電位置。
人が勝手に「竜の道」と呼びたくなるのも分からないではない。
だが同時に、それが一つの個体の巡回なのか、複数の大型種が同じ地形条件へ寄っているだけなのかも、依然として分からなかった。
ここで私は、少し嫌な可能性も考えた。
つまり、山の伝承でひとまとめにされている「竜」が、実際には単一種ではない場合である。
大型猛禽、高所滑空種、崖棲みの留まり場を持つ大型獣、そしてまれな放電現象。
そうしたものが長年同じ尾根へ重なり、人間の側で一匹の竜へ整理されているだけかもしれない。
この仮説は魅力がない。
物語としても、研究としても、あまり美しくない。
だが、美しくないからといって誤りだとは限らない。
私はその可能性も、机の端へ小さく書いておいた。
午後には天気が少し持ち直した。
空は晴れきらず、薄い雲が高いところを流れている。
こういう半端な天候は好きではないが、放電だけを待つにはむしろ都合がよいこともある。
ホルストは金属器具の点検を口実に、観測所の屋根へ何度も出入りしていた。
彼は理学部の人間らしく、現象そのものを測りたい気持ちが強い。
一方の私は、放電がどこに出るかより、その前後で山がどう静まるかを見ていた。
大きなものがもし本当にいるなら、山はたいてい、それに先んじて小さなものの態度を変える。
夕方近く、観測所の裏の斜面で、高地鴉の群れが妙に長く低く飛んだ。
猛禽を避ける時の散り方ではない。
一羽ずつばらけるのではなく、同じ高さを保ったまま、尾根肩の少し下を横へ流れる。
私はその動きに注意し、双眼鏡を向けた。
すると、群れのさらに上、昨日「落ちるように」何かが移った帯に、今度ははっきりと空気の歪みのようなものが見えた。
雲ではない。
雪粉でもない。
あまりにも輪郭が取れず、最初は自分の目の疲れかと思った。
だがその歪みは、尾根肩から骨棚へ向かって一定の角度で下り、途中で一度だけ幅を変えた。
生きものの動きに近い。
「何かいます」
ホルストが屋根の上から言った。
私は返事をせず、そのまま追った。
そしてようやく、ほんの一瞬だけ、形が出た。
頭部。
あるいは前方の突き出し。
翼というより、前に張った二つの広い面。
胴は短くはないが、鳥ほど明確な胸の盛り上がりがない。
尾は長く引かず、後端がやや重く落ちる。
そして全体が、羽ばたきではなく、一度身体を撓らせて風の筋へ乗り換えるように動いた。
私はその時初めて、「滑空」では足りず、「飛翔」でも足りない種類の移動を見た気がした。
翼で支えられているのではなく、体全体が風へ噛みついているような、不快なまでに重い空の使い方だった。
だが、その一瞬のあと、個体は再び輪郭を失った。
骨棚の上をかすめたのか、さらに高く抜けたのかもよく分からない。
確かなのは、その直後に湖面で放電が立ったことだけである。
前日とほぼ同じ位置だった。
ホルストは半ば歓声のような声を上げ、器具へ飛びついた。
私は逆に、しばらく動けなかった。
見えた気がした。
だが、見えたと言うにはまだ足りない。
その中途半端さが、ひどく腹立たしかった。
ミレナは私ほど悔しそうではなかった。
むしろ、少し静かな顔をしていた。
「今ので十分です」と彼女は言った。
「何が?」
「少なくとも、骨棚がただの風陰ではないことは分かりました」
そう言われてみれば、その通りでもあった。
個体らしきものが、骨棚のある帯へ寄り、その前後で放電と風の乱れが同期する。
それだけでも、地形、現象、対象がまったく無関係ではないことは示せる。
研究としては前進である。
ただ、人の気持ちはそう簡単に満足しない。
私はもう少し形が欲しかった。
竜と呼ばれるに足るものか、あるいは竜と呼ばれてきた誤解の積み重ねなのか、せめてその境目くらいは見たかった。
夜、私はかなり長く手帳へ向かった。
書いては消し、言葉を選び直し、結局また戻した。
こういう夜は珍しい。
たいていは、見えなかったなら見えなかったなりに淡々とまとめるものだが、今夜は「見えた気がする」ことの処理が難しかったのである。
私は最終的に、次のように記した。
一、尾根肩から骨棚へ向かう帯において、大型個体らしき移動を再度確認。今回は前方突出部および左右の広い支持面らしき輪郭が一瞬出現した。
二、移動様式は大型猛禽の羽ばたきや既知の滑空種の線とは異なり、重い身体全体で風帯を切り換える印象を伴った。
三、ただし視認時間は短く、霧・雲・風による輪郭誤認の可能性を完全には除けない。
四、個体らしき移動の直後、湖東端の局所放電が発生。同期は二日続けて確認された。
五、したがって現段階では、尾根肩—骨棚—湖東端を結ぶ生活圏または巡回線を持つ大型竜種相当幻獣候補を、暫定的に認めてよいと考える。
六、ただし「竜」という地方呼称が単一種を指すかどうか、また飛翔・滑空・高所留まりの比重については、なお判断保留とする。
ここで私は初めて、手帳の見出しへ仮の名を書いた。
かなり長く迷った末に、結局こうした。
**湖見竜(仮)**
気の利いた名ではない。
むしろ、ひどく素朴である。
だが今の私には、そのくらいしか書けなかった。
地元の「湖を見に下りるやつ」という言い方を、少しだけ記録向きへ削っただけの名である。
本当に竜種かどうかすら、まだ断じきれぬ。
それでも、あの帯を通る大きなものへ、何の名も与えずにおくのもまた不便だった。
私はその夜、少し苦い気分のまま灯を消した。
成果がないわけではない。
だが、自分が望んでいたほどには分からない。
山で得られるのは、しばしばそういう手応えである。
平地へ持ち帰るには十分だが、心をすっきりさせるには足りない。
もっとも、すっきりしすぎる記録というのも、それはそれで信用できないのだけれど。




