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ロバート教授の幻獣生態調査記録  作者: ロバート・クロフト
第九章 一九七九年 高山帯湖面上における局所放電および尾根風異常の予備調査
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第五節

**一九七九年八月三十日 ラーン氷河湖離岸前、総括記録**


山を下りる日の朝というものは、往々にしてよく晴れる。

こちらを嘲るようなものだと、若いころは思っていた。

三日も四日も雲と風に振り回され、ようやく引き揚げると決めた朝に限って、尾根はきれいに出て、湖は静まり、前日までの濁りが嘘のように抜ける。

実際には、こちらがそういう晴れの日を待ちきれず下山日を決めているだけなのかもしれない。

だが感情としては、やはり少し癪に障る。


この朝のラーンも、まさにそうだった。

尾根肩は朝の光を正面から受け、雪筋は細く青く、骨棚のある張り出しも昨日までよりずっと近く見える。

湖面には雲の影もなく、風紋は浅い。

こんな日に最初から観測へ入れていたなら、あるいはもう少しましなものが見えたかもしれない。

その「かもしれない」は、山の調査では禁物だと分かっている。

分かっていても、考えはする。


観測所を引き払う前に、私は一度だけ湖畔へ下りた。

腰はまだ重い。

無理をするつもりはなく、ただ東端の放電位置を、朝の静かな状態で見ておきたかったのである。

放電そのものは当然出ない。

だが出ない時の湖面がどう見えるかは、出る時の異常を測る基準になる。

私は湖の縁でしばらく立ち、水面へ石をひとつ落とし、その波紋の広がり方を見た。

波は素直に広がり、途中で不自然な癖を見せなかった。

つまり、少なくとも朝のこの時刻、この位置には目立った乱れはない。

放電と影と風の寄りは、やはり時間帯と気象条件にかなり強く縛られているらしかった。


私はそこから尾根肩を見上げた。

晴れた朝の尾根は、夜や夕刻に比べていかにもただの岩に見える。

雪粉の帯も、風の寄りも、放電もない。

ただ高く、乾いて、動かない。

山の伝承が時に長く保たれるのは、こういう「何もない時間」が長いからかもしれない。

見える時だけ見る人間より、見えない時間を長く過ごす人間のほうが、かえって強い名を一つ置いて去る。

竜という言葉も、おそらくその種の方便なのだろう。


戻る途中、私はホルストと少し言い争いに近いことをした。

彼は放電記録の整理をしながら、

「結局、現象だけ見ればかなり面白い結果です」

と言った。

それ自体は正しい。

尾根肩—湖東端に限った局所放電、風向計との不一致、雪粉移動帯。

理学部の報告としては十分に興味深い。

だが私は、その言い方に少し苛立った。

「現象だけにすると、骨棚も擦れ跡も余計になります」

そう言うと、彼はしばらく黙った。

ホルストに悪気はない。

彼は自分の領分の言葉でまとめただけである。

それでも私は、山で何か大きなものの生活が少しでも見えた時、それを電気と風だけに還元したくなかった。


ミレナはそのやり取りを聞いて、あとで静かに言った。

「どちらも間違っていません」

それもまた、その通りだった。

山はしばしば、別々の説明を同じ場所へ重ねる。

風の異常があり、放電があり、そこへ何か大きなものが生活の都合で寄っている。

人間はそのどれか一つへ名前を与えたがる。

私はたぶん、そのどれも捨てたくなかったのだろう。


下山の支度を終える前に、私は最終の整理を行った。

ここ数日で得たものは、次のようにまとめられる。


ラーン氷河湖周辺では、尾根肩から湖東端へ向かう限られた帯に、局所風向異常、雪粉移動、湖面上の小規模放電が繰り返し生じる。

同帯の高所棚には、大型生物由来を疑わせる骨集積、広い擦過痕、毛または羽枝に似た硬質繊維片が認められた。

また、夕刻および夜前の短時間に、大型個体らしき影または輪郭が尾根肩—骨棚帯を移動する様子が複数回確認され、その印象は既知の大型猛禽や通常の滑空種と異なる「重い」空中移動を伴った。

以上から、当地においては高所留まり場と気流異常帯を生活圏へ組み込む大型竜種相当幻獣候補を、暫定的に認めてよい。

ただし、本候補が単一個体か複数個体か、完全飛翔性か半飛翔・半留まり型か、また局所放電との因果関係をどの程度持つかは、いずれも未確定である。


この書き方は、大学にはやや煮えきらなく映るだろう。

「認めてよい」と書きながら、「未確定」が多すぎるからである。

しかし、今の私に正直に書けるのはこの程度だった。

もっと強く断ずることもできる。

もっと臆病に後退することもできる。

だが、あの帯を風と放電だけで済ませるのも、逆に堂々と竜を見たと書くのも、どちらも少し違う。


**湖見竜(仮)**

という見出しは、その意味で便利でもあり、不満でもあった。

便利なのは、地元の言い方と観測の手触りの両方を、ひとまず一つへ束ねられるからである。

不満なのは、結局まだ「見えたもの」の名であって、「どう生きているか」の名にはなっていないからだった。

だが、今回はそれでよいとも思う。

山では、生活のほうが先に崩れやすい。

道筋も留まり場も、天候ひとつで何日も見えない。

その中で、名を急ぎすぎるのはたいていよくない。


観測所を発つ前、ミレナが骨棚で拾った繊維片の包みをもう一度渡してくれた。

「落とさないように」と彼女は言った。

「こういうものは、たいてい帰りに失くしますから」

私は礼を言い、胸の内ポケットへしまった。

実際、野外で得た小さな証拠ほど、帰り道で失われやすい。

調査そのものより、持ち帰る途中のほうが危ういことすらある。


下りの途中、私は何度か振り返った。

晴れた朝の尾根は、最後までただの尾根にしか見えなかった。

湖も静かで、放電の気配はない。

人が山を離れる時に見るのは、いつもこういう顔なのだろう。

だからこそ、残るのは手帳と、少しの痛みと、持ち帰った包みだけである。

十分かどうかは分からない。

ただ、山ではしばしば、それで終えるしかない。

分からなさが残ることを、失敗とだけ呼ぶのも違う気がする。

少なくともラーンでは、私は「竜と呼ばれてきたものが、風と岩のあいだに全くの空語ではなく残っている」ことまでは確かめた。

それ以上を求めるなら、また別の年、別の条件で、同じ湖へ戻るほかない。


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