第三節
**一九七九年八月二十八日 東尾根下の骨棚、午後の不首尾**
朝から空は悪かった。
悪いと言っても、山を閉ざすほどではない。湖は見えるし、尾根も半ばまでは出ている。だが上のほうだけが薄い雲へ何度も隠れ、そのたびに風の向きが合ったり外れたりする。
こういう日は判断が難しい。
本当に何もできない荒天なら、観測所へ残って記録整理に当てるだけで済む。
ところが半端に歩けるとなると、人はつい「せめて骨棚だけでも」と考える。
そしてたいてい、そういう日こそ靴の裏と気分だけが無駄に減る。
ミレナは朝の時点で乗り気ではなかった。
「行けないことはないです」と彼女は言った。
「ただ、上で何かを見る日ではありません」
私はそれを聞いて少し迷った。
尾根肩直下の骨集積地点は、観測所から双眼鏡でおおよその位置だけは掴んでいる。昨日見た擦れ跡との繋がりを考えるなら、なるべく早く自分の目で確かめたかった。
結局、私は行くことにした。
いま思えば、少し急いでいたのだろう。
山で急ぐと、たいていろくなことがない。
同行はミレナと私、それに荷を持つためだけに雇われた若い放牧手のエルコという男だった。
エルコはまだあまり山へ深く入る歳ではないらしく、歩きは軽いが、天候の読みには自信がないようだった。
こういう組み合わせはよくない。
一人は慎重で、一人は少し焦っていて、一人は空気だけ読んで黙る。
現地での判断が鈍る配置である。
骨棚へ向かう道は、尾根肩の観測点よりさらに悪かった。
礫と古い雪渓のあいだを縫い、ところどころで岩の裂け目を飛び越える必要がある。
湖のほうを向いていると穏やかに見える斜面が、横から入ると急に険しくなるのは高山では珍しくない。
私は途中で二度、進路を読み違えた。
一度は雪渓の縁が思ったより柔らかく、足首まで沈んだ。
もう一度は、見た目には乾いていた岩へ靴底が逃げ、膝をついた。
大した失敗ではない。
だが、こうした細かな乱れが続く日は、その先の観察もだいたい鈍る。
現場では、そういう嫌な予感が時々当たる。
骨棚は、尾根の肩から少し下がった風陰にあった。
高所の岩棚というより、崩れかけた広い張り出しで、下から見ればただの影にしか見えない。
そこへ上がって最初に感じたのは、思ったより「巣」めいていないということだった。
骨はある。
たしかにある。
山羊のものと思われる長骨、高地鹿に似たものの肋骨、鳥の大きな羽枝、そして判別しにくい断片が少し。
だが、それらは一箇所へ積み上がっているわけではなく、棚の内側へ風で寄せられたように散っている。
もしこれを見なければ、遠くからの「骨が高すぎる」という印象だけで、もっと劇的な場所を想像していただろう。
実際に立ってみると、骨は骨でしかなく、そこから生きものの姿を逆算するのは案外難しい。
私はそこに少し失望した。
同時に、その失望を書き留めることにした。
現地でがっかりしたという感情は、後で読み返すと意外に役に立つ。
自分がどこで期待を持ちすぎていたかが分かるからである。
しかし、骨棚に何もなかったわけではない。
棚の最も内側、風の死ぬあたりに、岩肌を撫でるような広い擦れが二本、並んで残っていた。
一本は昨日見たものと似ている。
もう一本はそれより高く、幅も少し狭い。
爪痕ではない。
角でもない。
重いものの腹面か、胸の下面か、あるいは折りたたまれた翼の縁のようなものが、何度か同じ向きで触れたように見える。
私はそこで初めて、この棚が単なる採食場ではなく、休息か、風を避けるための留まり場として使われている可能性を考えた。
高山の大型種が、いつも空にいるわけではない。
降りる場所があるなら、そのほうがむしろ自然だった。
ミレナは骨の散り方より、棚の外縁の割れ目を気にしていた。
彼女はしゃがみ込み、暗い隙間を覗いてから言った。
「下が空いています」
「巣穴ですか」
「それほど深くはないでしょう。でも、風は通っています」
私はその割れ目へ手をかざした。
たしかに下から冷たい気が上がる。
風というほど強くないが、棚の表と裏とで空気の温度が少し違う。
もし大型の飛行種、あるいは半飛行性のものがここへ体を伏せるなら、そうした割れ目のある棚を好む理由はある。
腹面を冷やしすぎず、かつ風を読みやすいからだ。
もっとも、ここまで考えたところで、私は自分が少し先走っていると気づいた。
まだ本体をまともに見ていないのに、休息姿勢まで想像している。
山は、こういう先走りをよく誘う。
観察はそこで長く続かなかった。
空が崩れたのである。
雪ではなく、細かな氷雨に近いものが風へ混じり始めた。
高山でこうなると、双眼鏡の価値は半分以下になる。
レンズは濡れ、尾根は煙り、雪粉の線も読めない。
私は内心かなり不機嫌だったが、引き返すしかなかった。
エルコはそれを露骨にほっとした顔で受け取り、ミレナは何も言わず荷を締め直した。
帰路のほうが危ないというのに、若い者はいつも「帰れる」と聞いた瞬間だけ気が抜ける。
下りは案の定よくなかった。
視界が悪いぶん、足場の見誤りが増えた。
私は一度、棚から離れた直後の細い礫帯で、足元の石をまとめて崩した。
滑落というほどではない。
だが腰を強く岩へ打ち、しばらく息が詰まった。
ミレナがすぐに腕を掴み、エルコが遅れて荷を押さえた。
恥ずかしい話だが、あの数秒は、竜だの放電だのより「このままここで動けなくなったらどうする」という、ごく普通の恐怖しかなかった。
山の調査記録にこういうことを書くと格好は悪い。
だが格好の悪さまで含めて現地の仕事だろうと思う。
観測所へ戻ったころには、私はかなり機嫌が悪く、腰も鈍く痛んでいた。
そのせいで、夕方の最初の放電を見逃した。
ホルストが「今のを見たか」と言って外へ出てきた時、私はまだ靴を乾かしていた。
見逃したものは、見逃したと書くしかない。
こういう日に限って、条件が揃うから腹立たしい。
ただ、二度目の放電には間に合った。
湖の東端で青白い筋が立ち、その直後、尾根肩の少し下の空気が一瞬だけ濃く見えた。
私は昨日の湖面の影を思い出し、今度は水面ではなく空気そのものを見た。
すると、尾根肩から骨棚の方角へ、何か大きなものが「落ちるように」移った気がした。
飛んだのではない。
滑空とも少し違う。
強い推進がないまま、重いものが風の斜面をなぞって下りたように見えた。
だが、見えたのはせいぜいその程度で、輪郭はついに出なかった。
翼か体幹か、尾か首か、そのどれも言えない。
それでも一つだけ、はっきりした印象が残った。
大きい、ということである。
鷲やグリフォンめいた大型鳥ではなく、もっと塊として重い。
山の空気に対して「乗る」というより「押し分ける」感じがあった。
私はそこで、初めて「竜」という呼び名を、伝承上の誇張としてだけでなく、一つの体感的な分類として理解しかけた。
鳥の大きさを越え、しかし完全な獣でもない。
飛ぶというより、風を割る塊としての存在感。
人がそういうものを見た時、竜と呼ぶのは無理もないのだろう。
もっとも、理解しかけたからといって、記録に「竜を視認」と書くつもりはなかった。
そこまでのものは、まだ何も見ていない。
夜、腰へ湿布のようなものを巻きながら、私はかなり苦い気分で記録をまとめた。
一、骨棚は大きな採食場というより、風陰の高所留まり場として使われている可能性がある。
二、棚内には幅と高さの異なる広い擦れ跡があり、同一個体の姿勢差か、複数個体の利用かは未確定。
三、棚下に浅い通風割れ目があり、空気条件が周囲と異なる。対象の留まり場選択に関与する可能性がある。
四、悪天候のため高所観測は不首尾に終わり、帰路で転倒。現場判断に焦りが混じっていたことは否めない。
五、夕刻の湖面放電直後、尾根肩から骨棚方向へ大型影の移動らしきものを確認したが、輪郭は取れず、飛行様式も断定不能。
六、ただしその移動印象は大型猛禽のそれより明らかに重く、従来の「竜」呼称を一概に誇張とは切り捨てにくい。
こうして書いてみると、進んだのか後退したのか自分でもよく分からない。
記録は増えた。
だが、本体はむしろ遠ざかったようにも思える。
高山の調査は時々こうなる。
近づいた気がした翌日に、山のほうが一枚こちらを引き離す。
今のところ、それでもまだ手を放す理由はなかった。




