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ロバート教授の幻獣生態調査記録  作者: ロバート・クロフト
第七章 一九七七年 旧市街高所構造物周辺における夜間残響異常および屋上影像誤差の調査
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第四節

**一九七七年十月十日 旧市街高所線の朝、離市前の記録**


都市の夜に見たものを、翌朝そのまま見つけられることは少ない。

人が起き、戸が開き、鳩が下り、樋の水が流れ、屋根へ朝の日が当たる。

その短い数時間で、夜の線はたちまち昼の雑多さへ埋もれる。

だから都市の調査では、夜の直後の朝が一番よい。

人の手がまだ十分入らず、しかし光だけはもう十分にある。

夜の生活が、かろうじて痕として残る時刻である。


私は日の出て間もないころ、工房主の許しを得て、前夜観察した低棟と排水樋の周辺を調べた。

夜のうちに見た線を頭へ入れておけば、昼の屋根はただの屋根には見えない。

棟木の擦れ、樋の縁の細かな欠け、煤の薄れ方、鳩の糞の切れ目。

そうしたものが、都市における「足跡」の代わりになる。

地上の獣が泥へ残すほど明瞭ではないが、そのぶん、繰り返し通るものの癖は正直に出る。


まず分かったのは、対象が本当に限られた線しか使っていないことだった。

瓦の上を広く走るなら、表面の粉や煤がもっと乱れるはずだ。

ところが実際に薄く擦れているのは、棟木の片側、樋の根元、庇の立ち上がり、そして壁と屋根の境目の石縁だけである。

しかも擦れの高さと幅はほぼ一定で、若い個体が迷ったと見た継ぎ目には、小さな欠けが新しく残っていた。

つまり昨夜の観察は、かなり正確に痕跡へ対応している。


排水樋の下では、さらに興味深いものが見つかった。

小さな骨片と魚鱗、それに川鼠らしき糞の新しい崩れが、樋の陰の限られた場所へだけ残っていたのである。

対象はここで腰を据えて食べるのではない。

獲物を取るか、渡すか、あるいは一口だけ処理してすぐ動く。

痕跡の少なさは、そのことをよく示していた。

都市の幻獣が長く留まれば、人に見つかりやすい。

待機も採食も短く刻まれているのだろう。


私は北角楼の陰も改めて見た。

昨夜は暗がりにしか見えなかった石棚が、朝の光ではずいぶん狭く感じられる。

そこへ、三頭分か、それ以上か、はまだ断定しにくいが、少なくとも複数個体が繰り返し体を寄せたらしい擦れが残っていた。

石の縁だけがなめらかで、そこから先の埃はほとんど乱れていない。

待機場所として使うにしても、ここでは身を寄せて静止し、無駄に歩き回らないのだろう。

高所を使う都市幻獣として、これはきわめて理にかなっている。

人間の街で長く生きるには、動く場所より止まる場所のほうを慎重に選ばねばならない。


セルヴィンは朝の巡回の途中で合流し、私の見ている痕跡をのぞき込んだ。

しばらく黙っていたが、やがて低い声で言った。

「夜の影って、結局ちゃんと重さがあるんですね」

私はその言い方が気に入った。

都市では、見えたものはすぐ噂へ、噂はすぐ誇張へ移る。

だが朝の痕跡を見れば、影にも重さがあり、順路があり、待つ場所があり、失敗の跡まで残る。

それを確かめることは、この種の調査ではとても大きい。


昼前、私は市庁舎の建築係へ簡単な中間報告をした。

彼は鐘や影の話には半信半疑のままだったが、屋根線と待機場所と採食点が一続きの生活圏として使われているらしいことを説明すると、さすがに表情を変えた。

「つまり、瓦の補修だけしても駄目だと?」

「場合によります。補修そのものではなく、どの線が残るかのほうが重要です」

「線、ですか」

「高所の移動線です。角楼の陰だけ守っても、そこへ出入りする屋根列が切れれば意味がありません」

彼は少し眉を寄せ、やがて頷いた。

建物を面ではなく線として考える習慣は、建築の人間にはむしろ理解しやすいのかもしれない。


午後、私は離市前に大聖堂の鐘楼へもう一度上がった。

観察のためというより、ここ数日の線を一度頭の中でつなぎ直すためである。

鐘楼、修道院の渡り屋根、市場の切妻、北角楼の陰、染物工房の低棟、橋台の上屋根、川沿いの暗い帯。

最初はばらばらに見えたものが、今は一本の夜の道として見える。

都市に棲む幻獣の章としては、それだけでも十分な収穫だった。


私はこの章の総括を、次のようにまとめた。


オルフェン旧市街で確認された夜行性高所通路利用幻獣は、鐘楼・修道院屋根・市壁角楼・工房低棟・橋台上屋根を結ぶ限定的な高所線を、成体と若い個体からなる小家族単位で利用している可能性が高い。

いわゆる「鐘の余韻異常」「屋根影の遅れ」は、本種が通過する高所線において、石・木・金属の細い接触音と反響の読み方が観察者側でずれることに由来する公算が高い。

また、北角楼の陰は待機または退避の機能点、川沿いの低棟と排水樋周辺は採食または若い個体への採食学習の機能点として用いられているらしい。

したがって本種の生活圏は、単一の「出没地点」ではなく、都市の高所構造物に依存した夜間機能分化空間として記述すべきである。


この総括を書きながら、私は仮称について少し考え直した。

**鐘後走獣**は悪くない。

ただ、やはり現象に寄りすぎている。

彼らの本質は鐘のあとに走ることそのものより、都市の高所線を家族で読み、時間の切り替わりを利用して生活している点にある。

とはいえ、ここで無理に新しい名へ飛びつく必要もない。

記録の役目は、まず生活の輪郭を崩さず残すことだ。

名前は、そのあとでよい。


私は手帳の見出しはそのままにして、脇へだけこう記した。


**都市の線を渡るもの。**


正式名にはならない。

だが、少なくともこの章を読み返した時、私自身が見失わずに済む言い方ではある。


オルフェンの調査は、これでひとまず終える。

再訪するなら、冬の冷えが深まって鳩がより早く沈む時期か、あるいは春の繁殖期に若い個体がまだ小さい頃がよいだろう。

都市に棲むものは、人の暮らしの変化に合わせて自らの時間割を刻む。

そのため、一度見えた線も、季節とともに微妙にずれるはずである。

自然の地形に棲むものより、むしろそのほうが追いにくい。

だが同時に、人のすぐ近くでなお人に回収されきらない生きものがいるという事実は、記録しておく価値がある。

人間の街がどれほど密でも、その上や陰には、まだ人間のためだけではない道が残っているのだから。


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