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ロバート教授の幻獣生態調査記録  作者: ロバート・クロフト
第五章 一九七五年 北方林内における局所的静音域の反復発生、および同時期に報告される樹上大型生物目撃との関連調査
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第一節

**一九七五年十一月二十一日 北方林業地帯、エルムレン監視小屋着**


森林の調査は、乾燥地の調査より歩幅が短いかわりに、待つ時間が長い。

高原では地形が人を外させるが、森では樹木そのものが視界を切り、音を吸い、匂いを溜める。遠くを見る代わりに、近くの僅かな変化を積まねばならない。折れた枝、樹皮の擦れ、雪の乗り方、鳥の沈黙、風の抜け方。そうしたものが、開けた土地なら一目で済む判断の代わりを務める。


エルムレンへ向かう列車は、昼過ぎにはもう霜のついた窓を持っていた。

平地では雨だったものが、北へ入るにつれて湿った雪へ変わり、さらに林業地帯へ入るころには乾いた白になっていた。駅と呼ぶにはあまりに小さな停車場で降りると、そこには材木を積むための短い側線と、煙の低い集落と、針葉樹の黒い縁しかない。

監視小屋は、そこから橇道を一時間ほど入った丘の上にあった。古い山火見張り台を改修したもので、今は伐採区画の確認と、冬前の獣害記録に使われているという。


大学からの依頼は、今回に限って少し曖昧だった。

「北方林内における局所的静音域の反復発生、および同時期に報告される樹上大型生物目撃との関連調査」

書面としてはそうある。

だが現地の人間はもっと端的に言った。

**音の抜ける森**、あるいは**雪の前の枝歩き**。

この二つの呼び名だけで、今回の対象がまだ十分に姿を見せていないことが分かる。人は生きものをはっきり見たとき、たいてい形か癖に寄った名をつける。現象のほうへ名が残る土地では、対象はまだ気配の段階にあることが多い。


監視小屋で私を迎えたのは、林区主任のヨアヒムという男だった。

大柄で、頬から耳まで寒気で赤く割れたような色をしている。物言いは実務的だが、山の人間にありがちな無愛想さはなく、むしろ「分からないことを分からないまま置いておく」ことに慣れている顔だった。

彼は私の紹介状を暖炉の脇で読み終えると、すぐ地図を広げた。

現象が出るのは主に二つの区画で、どちらも本格伐採の手前にある古い針葉樹林だという。


「音が消えるのですか」

私が訊くと、ヨアヒムは首を横に振った。

「消える、というと少し違う。聞こえるべきものだけ抜けるんです」

「例えば」

「風があるのに梢が鳴らない。斧を打っても奥へ行かない。鳥が飛び立つのは見えるのに羽音がない」


この種の証言は、誇張と経験則が同居している。

私はそれを承知でノートへ記した。誇張の部分は後で削れるが、最初から実務的な要約へ直してしまうと、現地の人間が何を異常だと感じているかを取り落とす。

ヨアヒムの話では、現象が強く出るのは雪の前後、特に湿り気のある寒気が一度抜けて、そのあと急に乾いた冷え込みへ変わる時だという。林夫たちはそういう日に、奥の区画へ一人で入るのを嫌がる。理由を問うと、返ってくる答えはたいてい同じだった。

「自分の位置が、木のあいだで遠くなる」と。


その言い方を、私はすぐには理解できなかった。

だが、この土地で問題になっているのが単なる無音ではなく、空間の感じ方の変化を伴う現象であることだけは分かった。


その日のうちに、集落のはずれにある小さな酒場で、林夫たちからいくつか話を聞いた。

北の森の男たちは、乾燥地の案内人ほど言葉を惜しまないが、その代わり大事なところを比喩で済ませる癖がある。

一人は「森の奥へ布を張ったみたいになる」と言い、別の者は「雪が落ちる前だけ、上に道が通る」と言った。

この「上に道が通る」という表現が気になったので、詳しく尋ねると、年若い林夫が小声で補った。

「幹じゃなくて、枝のほうです。大きいのが、地面を歩かずに移る」


ここで初めて、対象が樹上性である可能性が現実味を帯びた。

もちろん、樹上を移る大型獣といえば、誇張の余地は大きい。夜明けや吹雪の前後には、見間違いも多い。だが、複数の証言がいずれも「音が抜けること」と「枝を渡る大きなもの」とを結びつけている以上、切り離して考えるべきではないだろう。


夕刻、監視小屋へ戻る前に、集落の外れでエルフ系の薬草採取者に会った。

名をリゼと言い、年齢は見た目では分からない。背は高くないが、雪の少ない下草をほとんど音もなく歩く。彼女は林区の者ではないらしく、伐採そのものにはあまり好意的でないようだったが、それでも私の調査目的を聞くと、短くこう言った。


「見ようとするより、まず鳥を見るとよいでしょう」

「鳥ですか」

「はい。鳥が沈む場所で、あれは動きます」


これは良い助言だった。

樹上性の大型幻獣を直接見るのは難しい。だが森の小動物や鳥の反応なら、より早く、より安定して現れる。野外調査では、対象そのものより、それに押し出される周辺の生きものの挙動を見るほうが有効なことが多い。


その夜、私は監視小屋の窓から長く森を見ていた。

空は晴れているのに、雲の光だけが高いところで鈍く返り、地上はずっと暗い。針葉樹林の上部は風を受けて揺れているはずなのに、ある帯だけが奇妙に静かに見えた。見えた、としか言いようがない。音は距離のせいで十分拾えない。だが揺れ方に連続性がなく、風の通りがそこだけ滑っているように感じられる。

私はその位置を方角で控えた。小屋から北北東、伐採前区画の上手にあたる。


手帳の端へ、私はこう記した。


**本件は「音が消える」のではなく、「森の側が、人間の聞き慣れた音の運び方をやめる」現象として扱うべきかもしれない。対象がいるなら、その変化を利用している。**


---


### 一九七五年十一月二十二日 北北東区画、第一観察路


朝の森は、前夜の印象より素直だった。

薄い雪が枝に残り、地面はまだ深く締まっていない。監視小屋から北北東へ延びる観察路は、かつて伐採用に開かれたものらしく、今は半ば埋もれたまま林区の巡視だけに使われている。同行はヨアヒムと、若い見習いのペテル、それに私の三人だった。

ペテルはまだ二十代前半と思われるが、森歩きの足は悪くない。若い案内役はしばしば早く歩きすぎるものだが、彼はむしろ立ち止まる間を知っていた。


午前の最初の二時間は、何も起きなかった。

いや、何も起きなかったというより、森があまりにも普通だった。梢は風に鳴り、遠くで啄木鳥が幹を打ち、雪が時折まとめて落ちる。私はこの「普通」を丁寧に確認した。後で異常が現れた時、何が抜けたのかを言い立てるには、まず平常を知っておく必要がある。


リゼの助言を思い出し、私は鳥の動きを主に見た。

この区画では、灰色の小鳥が群れで枝先を移り、時おり黒い地上鳥が雪を蹴って餌を探している。大型の猛禽は見えない。樹上性の大型幻獣が頻繁に通る場所なら、鳥の分布か警戒の出方に偏りがあるはずだが、午前中にはまだそれが見えなかった。


変化が出たのは、正午を少し過ぎてからである。

谷へ向かって緩く下る斜面に入ったあたりで、まずペテルが立ち止まった。

彼は何も言わなかったが、視線が上へ向いている。

私も足を止めて耳を澄ました。


風はある。

枝も揺れている。

だが、その揺れが妙に遠い。

音が消えたわけではない。近くの下枝の擦れは聞こえる。自分たちの吐く息も、靴の沈む音もある。

ただ、少し上の高さ――幹の中程よりさらに上――の帯だけ、風が届いているはずの音が、奥へ抜けていかない。森の中に透明な布が何枚か張られ、その向こうでだけ音の運び方が鈍くなったようだった。

私は以前、別の土地で地形と空気の層が距離感を狂わせる現象を見たことがある。今回のこれは、それに似ていながら、もっと上下の差が強い。


「ここです」とヨアヒムが言った。

声は平静だったが、小さくなっていた。


私はその場で長く動かず、鳥を見ることにした。

すると、最初に異常を教えてくれたのは、やはり鳥だった。

右手のトウヒの列で枝移りしていた小鳥の群れが、ある高さで急に向きを変え、同じ木列を横へ逃げたのである。上へ散らず、下へも降りない。ただ、見えない帯を避けるように横へ流れる。

その直後、雪が一か所だけ、音もなく落ちた。


音もなく、というのは正確ではない。

地面へ触れたときの軽い崩れは聞こえた。

だが、本来ならその前にあるはずの、枝から枝へ雪がほどける微かな連続音が欠けていた。

私は思わず上を見た。

そこには何もなかった。少なくとも、最初の瞬間には。


次の瞬間、幹と幹のあいだに、長いものが渡った。

跳んだ、とは少し違う。

枝を弾いて飛び移るのではなく、上体を低くして、幾本もの細い線をまとめて使うように滑る。

色は雪にまぎれて定まらない。灰とも白ともつかず、背に沿って濃い筋が走る。胴は細長く、尾はかなり長い。脚は四肢ともあるが、後肢が強く、前肢は枝を抱くために長めに見えた。

大きさは、地上の獣なら中型犬から狼ほど。

だが高さと細さのため、森ではもっと大きく感じられる。


「見ましたか」

ペテルが息だけで言った。

私はうなずいたが、視線を切らなかった。


対象は一頭ではない。

最初の影が渡ったあと、少し遅れて、さらに細いものがその下の枝列を追った。若い個体か、小柄な別個体か。

そして両者のあいだで、あの「音の抜け」が強くなった。

私はこの時、ようやく関係の向きを理解した。

森が先に静かになるのではない。

対象が枝列を使って移動する際、その動線の周辺で、風音と枝鳴りの聞こえ方が変わるのだ。

理由はまだ分からない。体表の構造か、移動の仕方か、あるいは彼らが選ぶ枝の高さがそうした空気層に当たっているのかもしれない。

だが少なくとも、静音域と移動とは切り離せない。


対象は長く姿を見せなかった。

二、三本先の幹へ移ると、もう輪郭は雪と影のあいだへ混じる。

ただ、幹の中程に残る浅い擦れと、落ちる雪の位置だけが、その通路を示していた。

私は双眼鏡を上げかけ、すぐやめた。こういう近距離の樹上移動では、拡大しすぎるとかえって全体の線を失う。


「下りてきますか」

ペテルが訊いた。

「今はないでしょう」

そう答えつつも、私は断定を避けた。

樹上性の大型幻獣が地上へ降りるのか、どの程度まで樹上で生活を完結させるのか、まだ何も分からない。今見えたのは、あくまで移動の一断面にすぎない。


その場でしばらく待ったが、以後は気配だけが残った。

風音の抜けは少しずつ戻り、鳥も散った先の木列へ戻り始める。私は地面に落ちた雪と枝の位置を確かめ、対象が通ったと思われる幹へ近づいた。

そこには予想以上にはっきりした痕跡があった。

幹の樹皮が、縦に浅く、しかし一定幅で擦れている。爪痕だけではない。前肢の内側か、胸の下面が幹へ密着した時にできる磨耗が混じっていた。

さらに少し高い位置には、樹脂の新しいにじみがある。体重は軽くない。だが完全に枝先へ乗るのではなく、幹と枝の分岐を選んで移るため、雪の落ち方は意外に小さいのだろう。


私はここで、対象が単なる大きな樹上獣ではないと感じ始めていた。

枝を渡るだけなら、もっと騒がしくも、もっと重くもなりうる。

だが彼らは、風の運びが変わる高さと、鳥が横へ逃げる線と、雪の落ちる位置を、ほとんど一つの道として使っている。

森の上に道が通る、という林夫たちの言い方は、誇張ではなかった。


この日の観察は、ここで無理に追わず切り上げた。

樹上を行くものを地上から追っても、得られるのは断片だけである。

むしろ今必要なのは、彼らが通る枝列の高さ、地形、風向き、鳥の反応の出方を複数集めることだ。

見えたことそれ自体より、どのような条件で見えたかのほうが、後には役に立つ。


監視小屋へ戻る途中、ヨアヒムが珍しく自分から言った。

「先生、あれを撃とうと言った者も前にいました」

「伐採区画を守るためですか」

「いや、皮だの骨だのを見たかったのでしょう」

彼はそこで少し間を置いた。

「だが、あれは撃って分かる類のものには見えませんでした」


この言葉には同意した。

観察者が対象を殺して得るものと、殺さずに待って得るものとのあいだには、しばしば決定的な差がある。

特に、行動そのものが現象の一部になっている存在ではなおさらだ。

今回の対象を撃てば、樹上を渡る筋道も、静音域の出方も、鳥の沈み方も、一緒に失われるだろう。


小屋へ戻ってから、私は記録を整理した。


一、対象は中型から大型の樹上性幻獣であり、少なくとも二個体が同時に確認された。

二、移動は枝先を跳ぶのではなく、幹と枝の分岐を連続して使う滑走的な様式を取る。

三、対象の通過時、その動線周辺で風音・枝鳴り・落雪音の聞こえ方が局所的に変化する。

四、この静音域は「完全な無音」ではなく、特定の高さの音だけが運ばれにくくなる現象として記述すべきである。

五、鳥は対象の通過前後に、上へ散らず横へ逃げる傾向を示した。したがって副次的指標として有用である。


明日は監視小屋の北面ではなく、谷を挟んだ東斜面へ回る予定である。

ヨアヒムによれば、雪が深くなる前は、対象は必ず一度、東斜面の枯れ沢上を通るという。そこでは幹の間隔が少し広く、枝列の取り方が変わる。

もし本当なら、彼らがどこまで樹上を維持し、どのような時に高さを変えるのかを見る好機になる。

森の調査は、姿を見たからといってそこで終わらない。

むしろ、どの木を使い、どの風を選び、何を避けているかが分かってから、ようやく生きものとしての輪郭が立ち始める。


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