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その問いに対し、気紛れに瞳を動かして回答を考えている。『言いたくないなら言わなくていい』と意志表示をしたのに、何を悩む事があるのだろう。
数分間考えた末、硝吸鎌は口を開く。
「では、今は黙秘で。今は汝を愛でたい」
「からかう事に全力を費やさなくても良いと思うのだけど」
「からかいでは無いよ」
その真摯な眼に私は息を呑んだ。普段気怠げな癖に、こういう時だけそう言う顔をする。説得力を表情で表す。……狡いと思う。
だがそんな希な表情も直ぐに消し去られ、何時ものチェシャ猫の笑みに変わっていた。前言撤回、狡くない。酷い。
「死ねば貴方のものじゃない?」
「美人薄命とも言うしな。だが──汝が良しとしないだろう?」
その言葉に目を見開く。きっと此奴は今直ぐにでも私の命を奪える。此処の空間に繋止めておける。
図星を指された気がした。眼を瞑り、見なかった事にして来たものをいきなり突き付けられた気がした。楽に死ぬ為に契約し、死体狩りの仕事で身を削るというのは本末転倒だ。
それはよく分かっているし、端から見たら滑稽だろう。だが……私は本当に安楽死を望んでいるのだろうか? 苦しんで死ななくては罪を贖えないのではないだろうか? それ以前に、私は置き土産の謎を残して死ぬことは出来なのではないか……?
「汝の矛盾した思想はとても愛らしい。無駄だと分かっていても足掻いてしまう、その考えが愛おしい」
そう言ってまたキスをした。前髪を指で上げて、キスを落とし、空白の時間を埋めるように触れてくる。
散々私の体を抱き締め、キスの嵐を起こしていた彼の動きが漸く止む。どうやら満足したようだ。
膝から降りると少し驚いたように目を見開いた。
「帰るのか?」
「うん」
端的な返事を返すと彼は徐に立ち上がり、顎を指で持ち上げる。必然的に見上げるような形で硝吸鎌と目が合う。段々と顔が近づいて来て、唇を吸う。
これで最後だった。辺りの空間が戻っていく。薄暗い、上品なサロンのような場から、脂臭い、黄ばんだ事務所へと帰還する。
「おかえり」
そう言われて所長と目がかち合う。顔は微笑を形作っているが、なんだか裏がありそうだ。そう思ったのは私の思い過ごしという事にしておこう。
閏日さんは恍惚とした表情で横たわっていた。さっきと大して変わりない。
「機嫌、最悪でした」
「そうだろうねー。吸血鬼や人狼達が滅籍に泣いて縋り付いていたから。それで一暴れしていたみたいだから」
さっきと違って目が笑っていない。文句を言うなら私ではなく、硝吸鎌に直接言って欲しいものだ。
私はむっつりとそっぽを向くと、思った事をそのまま述べた。
「硝吸鎌と私の関係は……奇妙だと思うし、歪だと思います。恋人でも家族でもない。でも触れられるのを嫌悪しないし、羞恥もない。それは……私の性格に起因するのでしょうか……」
所長はすっと私から目線を外した後、黙って瞳を伏せた。神に反逆する人間を憂いるような顔つきだった。
私が言った事は所長に向けているようで、実はただの独り言であり、戯れ言なのだ。言ったって……仕方無い。
所長は何か決心したように口を開く。しかし目線は合わさずに、卓上を見つめている。
「それはね。紅葉、君だからだよ。紅葉だからそんな歪な関係が築けたんだ」
「はぁ……」
何となく、分かった気がした。
私はあの日、虚空になった。好意も憎悪も溝に捨て、ただ残ったのは温もりに対する嫌悪感だけ。しかし硝級鎌はそれが無い。冷たいからこそ嫌悪しない。どんなに皆から感情を修復されたとしても、それは只のまやかしで、本当は何も治っていないのかもしれない。
きっと、所長はこの核心を突くのを避ける為に多くは語らなかったのだろう。
「私は……空っぽ……ですからね……」
「昔はね。でも今は豊かになって来たと思うよ」
「まやかしかも知れないですけど」
「真実もまやかしも似たようなものさ。信じさえすれば良い」
そう言われ、笑われた。表情をくしゃっと歪めた子供のような笑みだった。これはこれで所長の励ましと受け取ろう。
私は一つ欠伸をして、その場から立ち上がる。そろそろ帰るとしよう。
「さよなら」
「うん。またね」




