三章[死神]
憂鬱な登校を終え、目眩を殺しながら上靴を履く。
俺が殺人鬼…名前は飯島らしいが、そいつを殴ってから3日立つ。事件は新聞に載り、テレビで放送され、俺も有名人になった。
『殺人鬼から少女を救った勇敢な青年』…らしい。
俺からすれば『殺人鬼に会ってしまった不運な馬鹿やろう』だけど。
警察から感謝状を貰った。まぁ嬉しかった。
…ああ、それと。
殺人の動機は「人間が嫌いだったから」らしい。道行く人をできる限り刺し殺し、最後は自分も死ぬつもりだった。
実際は薬物乱用で被害妄想が爆発しすぎての犯行らしいが、よくわからない。
結果、薔薇だけでも救えたのだからそれでいいのだ。ほら、俺が教室に入っただけで「ヒュー!」「よっ!勇者様!」「かっこいいぜ!」
「お前ら黙れ!しつこいんだよ!!」
…てな会話が毎日続いて、
「おはよう、蓮くん!」
「ああ、お、おはよう」
…てな具合に薔薇が話しかけてきたり、
俺の日常が華やいだ気がする。それを俺は嬉しいと思う反面、情けなさも味わった。
彼女…彩愛の右側を奪ってから、俺は目に見えて、可哀想なくらい落ち込んでいたのだろう。八つ当たりするように友人にも素っ気なく当たってしまった。
みんな気を使ってくれたのだ。
でも、今回の事件をきっかけにまた、今までの友人関係が回復したのだと思う。
みんな、いい奴だ。
本当に、俺は幸せな人間だ。
…彩愛とも、些細な『きっかけ』があれば…?なんて、希望を夢見ながら席に座った。
最近、昼食を薔薇と一緒に食べている。もちろん紫音もいる。つまり、「あいつ…」「チッ…」「モテ期か…」「リア充かよ…」「爆発しろ…」
クラスの冴えない男子共からは羨みと恨みの目で見られることにはなった。まぁ、そこは「はははザマァ!」と嘲り笑うが。
昼休みになると、自然と二人が俺の周りに机を寄せて各々の弁当を広げ始める。
俺の前に紫音。その右に横付けで薔薇が机をくっつける。
そして優雅(?)な昼食が始まるのだ。
『あの』母さんが作ったからか、ちっちゃいおかずがいっぱい詰まった弁当をつつきながら、俺は二人の会話に耳を傾けていた。
紫音と薔薇は前から中がいいらしく、よく話す。俺は話が降られれば返すくらいで、まったくついて行けない。今日も例に漏れなかった。
薔薇が俺に鋭い声で詰問してくる。
「男って種族はみんな変態よね!?」
「それ、俺に聞く?」
「本人に聞いた方が早いと思って」
「男という意味の本人か、変態という意味の本人か、場合によってはそのたこさんウインナーを奪う」
「私のたこさんウインナーを取るですって?なら私はそのミニマムサイズのハンバーグを頂くわ」
「やめろぉ!ウチの母さんが必死に作ったハンバーグだぞ!?」
紫音が小声で「マザコン…」と呟いたが、あえて無視した。
「変態ロリコン野郎」
「薔薇…恩を徒で返しすぎだろう。マイナス12倍くらい徒で返されてるぞ…」
一応命の恩人だぞ、俺。
すると薔薇は、ぽかんと口を開けた。
「え?男子が罵倒されるのが『ご褒美』って言ってたから…私、間違った?」
「いやまぁ、確かに一部にはご褒美かもだけどさ…」
塗れたような艶やかな黒髪は腰より長く、つり目気味な小顔は高圧的と言えなくもない。背は紫音と大差ないのに、印象はこうも違うのだ。
趣味が偏った男子なら、薔薇を『女王』と呼ぶのは仕方がないだろう。
しかしその偏った趣味を薔薇に教育しないでほしい。親御さんが泣く。
片方しかいない、親が。
「…どうかした?」
「あ、いや…」
紫音が俺を心配そうに見ていた。
「いや…、なんでもない」
「そう?…なら、いいけど」
紫音にはバレてるな。
なんでもなくないことは。
でも、わかっているのに紫音は「話は終わった」とばかりに弁当に戻る。
気を使っているのとも違う、ぬるま湯のような距離感…それを維持し続けるのが紫音の友人関係の作り方なのだ。
その距離感が、心地いい。
夢だ。今俺は寝ていて、夢をみている。それを自覚できるほど頭が冴えている。
寝てるのに頭が冴えているというのも些かおかしいが、この空間では、そんなのは些細な問題だ。
魂。御霊が、当て所なく彷徨う。命の溜まり場。
天国か、地獄か、冥界か、どれでもない。
命が消えて、忘れ去られる場所。
世界にとって不都合な命が捨てられる、墓石のない墓場。
なぜかそこまで理解できる。学んだんじゃない、『知っていた』のだ。
この空間を、その意味を、現実を。
墨をぶちまけたような黒い空間に、ホタルの光のような、火の粉のような『命』が無数に舞っては、消えていく。
儚くて、幻想的で、美しいけど…残酷。
それがこの空間。
この空間がなければ、世界は廻らない。
俺はそこに漂い、やっぱり消えていくのだろうか?
それもいい。
それで、彩愛が救えるなら。
「蓮…」
「紫音…?」
ホタルが無数に飛び交うように煌めく命たちの中心に、紫音がいた。
夢に紫音が出てきたのは一回二回はあるが、やっぱり普段の夢とは違う…リアルだ。
艶やかな黒髪ツインテ、小さな顔に丸く大きな、赤い目。今は驚いたように見開かれている。
夢ならなんでもアリだよね、と思っていた俺も、紫音の今の格好には驚かされた。
まるで死神だ。黒いマントで全身を覆い、右手には大鎌。漫画やゲームとかで見る、あの鎌だ。
俺は夢で友達の死神コスプレを見るのか…?我ながら訳が分からない。
というか、その鎌がリアルすぎる。光を反射する刀身は鈍色だし、持ち手には滑り止めが細かくついている。逆手の先には尖った突起が付いていて、いかにも戦闘用だ。
例えるならソウ○イ○ター。
しかもデス○イ○。
なら紫音は…いやいやいや。
首をぶんぶんと左右に振って、改めて状況を省みる。
ここは夢の中の不可思議な空間。魂の捨て場。そこには死神コスをした紫音がいた。
うん、異常だ。
とりあえず声をかけてみることにした。
「おぅい紫音!ここ、どういうことだ?」
夢の中で自由に行動できるのもすごいが、なんと夢の中の登場人物は言葉を返した。
「わかってるんでしょ、『ここの意味』は」
「…わかってるけど、意味わかんねぇ」
「その気持ちはわかるわ」
喋れるのに動けはしない俺に対し紫音は、飛ぶように俺に近寄ってきた。
目の前にくると、紫音の異様な出で立ちがはっきりとして現実味をなくす。
「ここは、『無魂消命の洞』…邪魔な命が消えてなくなる、融通のための空間。ここがなくなれば世界は上手く回らなくなる」
「……」
ペラペラと専門用語だか宗教用語だかを話す紫音。中二病?とも思ったが、そうでもない。
真剣だ。紫音の赤い目は、冗談や嘘が入る隙がない。
つまりここは、本当に『無魂消命の洞』なのだろう。
…いや、意味分からんが。
「これって、俺の夢だよな…」
にしてはややこしい。
「いえ、夢じゃないわ。似ているけども…普通の人間は、『ここ』を感知できないはずだけれど…やっぱり、」
紫音が消えた。
「っ…紫音!?」
慌てて叫ぶが、声は闇に消えた。
どういうことだ?いきなり、なんの前触れもなく消えたぞ?
…夢だからか?でも、夢じゃないとも言っていた…。
「紫音ー!」
もう一度呼ぶ。と、
「うるさいわね、聞こえてる」
背後から声が返ってきた。しかし首を回そうにも、なぜか体は動かない。
焦れていると、紫音の…冷たく澄んだ声が聞こえてくる。
「やっぱり、あなたは『神様』なのね…」
「…は?」
「でも、この世界はあなたをイレギュラーとして扱っている…運命の歯車を軋ませてまで、命を救うの?世界と、たった一つの命…どっちを救うの?」
「し、紫音…?」
「邪魔なのよ、あなたは、世界にとって」
動けない俺の首もとに、鈍い光沢を放つ鎌が当てられた。
「…悲しくはないわ。私は、『死神』だから」
ドスっ!
「ぅいってぇえ~~!!」
後頭部に酷い鈍痛。ガクンと首が揺れて、俺は覚醒した。
最近いつもベッドから転げ落ちて、頭を床に打って、悶絶しながら起きる。
「くぉぉお…」
頭を抱えてうずくまり、痛いの痛いの飛んでけぃ!
…朝からテンション高いな。我ながら。でも、さっきまでずっと起きていたような気がするんだよな…そう、あの鮮明な夢も覚えているし。
『無魂消命の洞』…なんなんだ、あそこは。
感じるのは、後悔。
見てはいけない裏側を見てしまった。
「……」
壁時計によると、現在時刻九時十三分。休日だし予定もない。
もう少し寝よ…う…?
「…な、なっ…」
口をわなわなと震わせ、やっと一言。
「なんじゃ、こりゃあ!?」
俺がさっきまで寝ていた、ベッドの上に置かれていた低反発枕(通販。少し高い)には…鈍色に輝く、見覚えのある鎌が深々と刺さり、ベッド諸共切り込んでいた。
もちろんその鎌を持つ紫音も、夢の中の格好のままベッドの上に佇んでいた。
「…これが、運命を曲げる力…!?」
紫音は小さく呟く。真夏のくそ暑い朝に黒のロングコートとは気前がいいが、見ているこっちが暑い……じゃなくって!
なんか今、捉えようによっては痛々しいことこの上ないセリフが聞こえたような…。
「やっぱり、蓮は『神様』なのね…私じゃ、殺せない?」
「…し、紫音…?」
「いいえ…私だって運命を司る者…。相対できないはずがないわ。さっきのは悪運が強かっただけよ…そうよ…」
なんか一人で勝手に結論つけた紫音は、鈍色の鎌を勢いよく引き抜き、宣言。
「よし、あなたを殺す」
「…おいおい」
勘弁してくれ頼むから。
頭上数センチに鎌が走る。
「うっおぃいっ!?」
素っ頓狂なこえを上げながら尻餅をつくと、足の隙間の空間に鎌の切っ先が突き刺さった。
「ちょっ、待て…っ!?」
鎌が引き抜かれ、紫音の肩まで持ち上がる。
「消えろ…っ」
静かな気迫と共に振り下ろされた凶器は、俺の着ていたTシャツを破った。胸に薄く切り傷ができた、が、致命傷じゃない。
「お、おふざけはこの辺にして、や、やめようぜ…うぉうわぁ!?」
その後は斬撃の応酬が続く。
右袈裟から体を捻って水平切り。刃を返し更に逆水平。勢いに任せて一回転し、さらに袈裟。
床に穴を開け、ベッドを破壊し、机を切り倒し、ドアノブを抉り取る。
しかし、俺には一発も当てていない。
「紫音、何のマネだよ…俺の部屋荒らしやがって、」「どうして…?」
鎌が、小さな手から滑り落ちる。
ゴトッ、と音を立てながら地面にぶつかった鎌は、光の粒子となって消え去った…って、え?なにあの技術。
視線を上に向けると…絶望、ともとれる紫音の表情。赤い目を大きく見開いている。
「どうして…なんで…いやだ…いやいやいやいやいやいや…」
「紫音…?」
声をかけても上の空で、譫言を呟き続ける。
「私は、死神…死神なの…『あんなヤツ』とは違う…なのに、もう、駄目なの…?」
紫音は崩れ落ちた。黒マントも、鎌と同じように粒子となり消え失せた。
「私、死神じゃ、いられなくなるの…?」
今にも泣き出しそうな瞳は、虚ろ。
それでも、俺を見ている。
一瞬躊躇い、「慰めるだけ…他意はない」と小言で弁明してから、
「……え?」
抱きついた。
俺も床に膝をつき、優しく、紫音の体を覆った。
「なにがあったかは、わからないけど…一回落ち着こ、な?」
「…うん」
赤い目の死神は、小さく頷いた。
「蓮には、『運命を曲げる』力があるの」
「…わ、わぉ」
衝撃の事実。俺に邪気眼設定があったとは。
「大抵の人間は、運命には抗えない。当然のことなの、神様がそう決めたのだから、矮小な人間ごときが抗えるはずがない」
矮小…ごとき…。いや、紫音も人間…ああ違うか。
『死神』ね。
「だけど、ごくごく稀にその運命を変える、曲げる、消す…そんな力を持った人間が現れるのよ」
一拍置いてから。
「その力は、世界にとって不都合極まりない。はっきりと言えば邪魔。程度にもよるけど、下手をすれば世界が壊れる」
淡々と“設定”を語る彼女は、心なしか楽しそうだ。
「だから私たち死神は、そう言った『神様』をあの『無魂消命の洞』に送る…送られた神様の命は、死ぬこともなく甦ることもなく、消える。死んだら転生してしまうからね。転生すらさせない、完全に消す…世界は無慈悲よ」
「…へぇ」俺、消されそうになってたのか。
「…私は、あなたを消そうとした。もともと私は神様を消すための存在。なのに、どうして…」
また頭を抱える紫音。俺はただ
(眠いな…)
あくびをしていた。
するとうなだれていた紫音がガバッと顔を上げ、俺をキリッと睨んできた。
「今さっき消されそうになってたのに、お気楽ね!?」
…なんだか怒られているようだ。
「いや、つーか…」
「私がこんなに悔しいのに!神様だからって生意気!そうやって私を笑うのね!?」
「いや、あのなぁ…」
紫音の肩に手を置く。慈愛に満ちた表情を地でやった。
「確かに、“中二病”は世間から見れば笑い物だけど…、そんなに悔しがることないだろ?俺はその“設定”、なかなか良いと思うぞ?」
「……」
ポカンとした紫音が俺を見上げてくる。うん、このまま…。
とりあえず誉める。
「そうだ、小説とか書いてみたらどうだ?紫音頭いいから、絶対面白い小説が…」
「死ねぇぇぇぇぇええッ!!」
突如として現れた鎌がオレのひだリカタヲえぐりトッた。
ちのシタたルかまが、ユカにメリコみ、オトヲたてタ。
おれノミひだリうデハきりコミガあルつくエにオチて、イッカイハねた。
しおンのあかイめがミヒラカれ、「あっ…」とコエをモラス。
なまあタタカイ●が、ジュウたんニブチマけられテシミニなる。
シカイガブレル。
ミギニカタムク。
アタマガイタイ。
あー…眠いなぁ。
その日、
俺は、
片腕を失った。




