四章[主人公]
鎌には内刃がある。逆に言えば、内刃以外に切る場所がない。
農業用の鎌だってそうだろう。黒塗りの部分は触っても切れることはない。
もともと鎌は『刈り取る』道具だ。
ゲームや漫画でみる大鎌でも同様、刈り取る(主に首を)ための、処刑具。
それが鎌という道具だ。
死神が持っているイメージがあるのはつまり、『命を刈り取る』みたいなことだろう。
だが、大鎌にしてもそれは処刑具…武器じゃ、ない。
紫音が振り下ろした切っ先は、【俺の肩に当たり、そのまま滑り落ちた】。
「なっ…」
紫音が真っ赤な目を見開く。俺はといえば、鎌の切れない部分にギリギリぶつかり切れることはなかったものの、金属物体で思い切り強打されジンジンと痛み、顔をしかめる。
全く…【結果、腕がはね飛ばされることはなかったけど】、危ない。
「紫音ッ!!」
「ひゃっ!?」
俺の怒鳴り声に、紫音が首を竦め、鎌を手元に抱いた。
…ここは一発、叱ろう。
「あのな…、中二病自体は否定しないよ?だけど、人に迷惑…もとい、俺に迷惑を掛けてるんだ。そこまでしてその設定が大事か?」
「だ、だから…設定なんかじゃないっ」
「そんな荒唐無稽な話、誰が事実だと思………」
脳裏にチラつく光景のせいで、二の句が告げない。
舞う光、失せて、消える。
命の焼却炉。
俺は確かに、夢の中で見た…しかし、夢の中での話だが。
でも、夢の中とは思えないリアリティだったし…リアルよりよっぽど、現実味がある光景のような気すらする。
「…、」
俺が口を噤み、言葉を探しているスキに、紫音が反撃とばかりに口を開く。
「ほ、本当に本当なの!こんな鎌、どこにだって売ってないでしょ?」
「いや…そんなもん、どうとでもなるだろ」
「ならないわよ!」
怒鳴られた…しゅん。
「それに、」
紫音が鎌を放った。
後ろに一回転した鎌は床に落ちる前に…光の粒子となって消え去った。
俺が呆然と眺めていると、
「ね?すごいでしょ」
鎌は紫音の左手に握られていた。
「うん、まぁすごいな」
すごいマジックだ。
「…まだ信じてないのね?」
「信じろってほうがムチャだろ」
あの夢は棚に上げとけば。
「…それも、そうね…」
うぅん…と唸り出す紫音。
「うぅん…」
「……」
「ぅぅ…」
「……?」
「んんん…」
「!?」
「んぅあっ…」
紫音が呻きながら倒れた!
「紫音!?」
駆け寄ると、目を回して「あうあうあー」とか言ってる。まさか考えすぎによる発熱とか、そんなアニメみたいなことじゃないだろうな?
…いや、逆に考えると、だ。
『本当にそうだから、それを証明する術を思いつかない』のではないか?
例えばご存知の通り、俺は人間だ。
でも、自分が人間だと証明するものは何もない。形や性質なら幾らでもマネできる。しかし、本質を証明するものはないのだ。
真っ赤に染まった紫音の顔を見る。
「…可愛いな」
とても場違いなことを考えた。
団扇を上下させ、風を紫音の顔に当てる作業をもくもくと行う。
すでに額には汗が浮かんでいるが、紫音はまるで病気の人間のように荒い息を繰り返す。
…あんなマントなんか着てるからだ。
というかマントの下は、パジャマだし。どう見ても『死神』とは思えないな。
ふと、自分の部屋を見渡す。
必要以上に大きく作られた部屋の中には机、本棚、ベッドしかないが、全てに傷や穴が開いていたりした。床も、ザックザックとやられていた。
「…死神って、幽霊的なもんじゃないのか?」
物理的っぽいな…あの鎌も、紫音も。
「……」
「はぁ…はっ…」
「……」
「…なにを、してるの?」
「うぎゃぅがふらばだーがはッ!!!?」
…説明しよう!
何故か急な欲求に負けた蓮クンは、ベッドで横になって息を荒げている紫音サンの…髪の毛を、震える手で触ろうとした…ところを、母親に見つかったのだ!
「説明どうも!神の声!」
いえいえ。おやすいご用。
「つーか、やばいな…ってあれ?地の文が神に乗っ取られたせいで俺の心の声が外に出された!?」
「蓮くん、なにわけのわからないこと言ってるの?」
…ふぅ、帰還。
しかし、これはマズい。なにがマズいかというと、俺の立場がマズい。
しかも、うちの母親の場合、普通の母親の三倍マズい。
なぜなら、見た目も中身もどう見ても中学生くらいなのだ…。
「母さん…ちがう、これは…」
「ちがう?何が?」
「うっ…」
目を泳がせ、必死に言い訳を考えて…閃いた!
「そ、そう!この人、熱中症で倒れてて、助けてきたんだ!」
見苦しい!我ながら見苦しいぞ!
しかし母さんは「ふぅん」と胡散臭い目で俺を見た後、
「じゃあ、この部屋の惨状はどういうことなの?」
核心をついてきた。
俺は、呻き声すらあげられない。
母さんの目が細められ、半ば睨むように俺を見る。どうする…?
…そうだ、事実そのままを語ろう。
「そう…可哀想な子なの…」
母さんに事情(紫音の中二病設定とか)を説明し終わった時には12時を回っていた。
純粋な母さんは、俺の言葉全てを鵜呑みにして、しかも信じたらしく、うんうんと頷きながら紫音を観察している。
「蓮くんの彼女じゃないの?」
「俺、死神を彼女にする趣味はないから」
「でも、お父さんに似たら特殊な趣味を持っていてもおかしくはないの」
「…否定はしない」
「できない、なのでしょ?蓮くんは髪フェチなの」
「……」
髪フェチは燃えるゴミに捨てておいて。
実はこの母さんは、本当の母親じゃない。
うちの両親が離婚して、俺は父さんに引き取られた。俺がまだ小さい時だ。今の母さんは、父さんの二人目の奥さん。
義理の母親というわけだ。
「お父さんに似たら特殊な趣味を持っていてもおかしくはない」、というのは、父さんがロ●コンだから。
改めて我が義母を見やる。
お昼の支度をしていたのか、ゆったりしたワンピースにエプロンをつけて、茶色の髪を一つに束ねている。くりりとした目は、リスのようだ。
そのリスの目は今、紫音に釘付けだ。それはもう、ドングリを見つけたリスのようだ…しつこい?
「死神さん、可愛いの」
父さんが見てたら、もんどり打ってひたすら母さんを愛でるだろうな…。そういえばあのオヤジは今日家に居るはず。
「母さん、父さんは?」
「いま下でご飯食べてるの」
ちなみに母さんの口癖は「~なの」。2(規制)才でこの口癖が合うのはうちの母さんくらいだろう。
「いま、氷嚢と熱冷ましを持ってくるの…蓮くん、それまでイタズラしたらだめなのよ?」
「しねぇよ!してねぇよ!」
「私は不安なの…」
「母さんに心配されるのは末期だな」
「変態の子は変態なの」
「オヤジと一緒にするなぁ!」
…なんだかんだで、
俺も母さんのことが嫌いではない。
紫音が本格的に寝始めたので、俺は昼飯を頂くことにした。
食べ終わった。
「ごちそうさま」と母さんに言って、俺は自室に戻るべく階段を昇った。
素足が階段の木材を踏みつけ、所々ギシッと鳴る。いつも通りのことだから、気にしないで階段を上がりきる。
二階の廊下は薄暗く、真上にあるはずの太陽もここを照らしてはいなかった…つまり、窓が少なかった。
「死神が出る家…住みたくないな」
独りごちて、部屋に入る。
中の惨状はそりゃもうヒドいこと…だった。って、あれ?
「傷がない?」
床の穴も壁の切り込みも、みんな元通りになっている。
おかしい…全部夢だった?
否、死神は確かにそこにいる。
「私がズラしたのよ?」
紫音は得意顔で胸を逸らした。
「ズラしたって、どういうことだよ?」
確かにあったはずの、傷がついていた机をなぞる。種も仕掛けもない。
「運命をズラした、ということね。私に切られた場所が辿る【傷がつく】という運命をズラして、【鎌が横切る】っていう運命に変えたのよ。あなたの運命を曲げる力と似ている、私の力」
「……なんだそりゃ」
そろそろマジックじゃ説明できないぞ…!
「んで、さぁ…」
紫音が、微妙に困った笑顔で、
「これ、蓮の?」
【切断された誰かの左腕】を差し出した。
「うぉぅおぃい!?」
とりあえず回避して、左腕を見る。…モザイクがかかっている。もしくは、かけている。
よく見ると、モザイクが晴れて「うぎゃあああ」ってなる。
なにより混乱していた。
デジャヴ。既視感。
床に転がった右腕が、陽炎と重なる。
彼女の叫び声が、脳に反響する。
ノイズ。その慟哭はナイフに成って、俺の内側を切り刻む。
やめろ、やめろよ。
いやだ、やめない。
痛い、助けて。
無理だ、だって、
彩愛は、もっと痛かったはずだろ。
目の前の陽炎は俺の形をしていた。
右手にナイフ。真っ赤なナイフ。
振り上げて、
「うわぁぁぁァアアアアアアア!!!?」
目覚めると、見慣れたツインテールが俺を覗いていた。
「蓮、大丈夫か?グロいのは苦手だったか?」
死神…紫音は、心配そうに俺の左腕をつつく。俺が寝てるのは、俺のベッド…紫音が運んでくれたのか?
「大丈夫」と言いつつ体を起こす。頭に響く鈍痛に、しかめっ面になった。
「まさか、絶叫しながら気絶するとは思わなかったのよ。ごめん…」
紫音は泣きそうな顔で俯いた。【左腕】は机の上に置かれていた。
また吐き気が増す。
見ると紫音も、その左腕を凝視していた。
よく見ると、断面はとても綺麗だ。骨もスッパリいかれてる。
「…あのね、」
紫音が言いにくそうに、俺と【左腕】を交互に見ている。
やがて意を決したのか、口を開いた。
「あの腕…蓮のもの。そして切ったのは、多分私…」
「…俺の?」
しかし俺の左腕はしっかりとある。確かに形や大きさはちょうど俺と同じだが…。
「あなたの能力…【運命を曲げる】力。それの影響ね」
「え…だって、」
「切り離された腕を見てもまだ、妄想だのなんのって言える?」
「……」
何も言えない。言い返せない。あの腕が偽物かもしれないのに、確証もないのに…俺は、信じてしまった。
何より、紫音の表情を見ればわかる。
夢じゃない。
現実だ。
どうしようもなく、リアルなんだ。




