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愛しの勇者さま  作者: 鈴宮
帰都編
22/22

17/帰都

いつまでも手放せない心地良さから少し離れて見ようと思ったのは、勇者さまの草色の瞳を見たくなったから。

「おお! やっと離れたよー。これで、これで眠れる…ねむ…れ……」

ジェンニの声は少し掠れていた。

見上げた勇者さまの瞳には最後に見た時の怒りの色はなかったけど、優しげな瞳ってわけでもなかった。

少なくとも魔王を倒そうとする勇者の目ではないと思う。

でも、せっかくどんなことをしてでも欲しいものを手に入れるという魔王らしい決断をしたのに、もう揺らぎそう。

どうしていいかわからなくて無言で見つめ続けてしまった。

その沈黙を打ち破ったのはヴィサだ。

「陛下! 目的のものはソレでございましょう? 喰らうなり、傀儡人形にするなりしてさっさと魔界に戻りましょう! 人界はもう飽きたと仰っていたではありませんか!」

飽きたなんて言ってないし。

「一人で帰って。私は勇者さまを食べるつもりも傀儡にしてしまうつもりもないの。ってゆうか言ったじゃない」

「ではただ魔界に連れ帰ればよろしいことでしょう!」

「いや! 勇者さまは塵芥の集まる人界で輝く星なんだもの! 私の手元に置いておくだけじゃその美しさは堪能できないでしょ。私、当分人界にいるつもりだからヴィサは留守番してて」

堂々と家出宣言してやるんだから。

「そんな! なんて無体なことを仰るのですか…、陛下と離れ離れにならなければならない私を哀れと思ってくださらないのですか!!」

なんか大げさに泣きを入れてきたけど、知ったこっちゃないのよ。

「うっとうしい」

私の一言にヴィサは目を見開き、床に崩れ落ちるように蹲って身体を震わせた。

「こんなにも魔王らしく冷酷になられた陛下のお側を離れることなどできません!!」

見上げてくる紫の瞳は妙に上気しててなんだか様子が変だ。

何度も魔界を離れたのがよくなかったのかな。

早く魔界に帰さないと面倒なことになるかも。

「帰れ」

私が魔力を込めてヴィサに命じるとヴィサは理解できない奇声を上げながらその場から消えた。

ヴィサの変なテンションのおかげで心地よかった余韻からすっかり覚めてしまったから、また勇者さまに抱きつこうとしたのに引き剥がされた。

「今のは、ヴィサだろう? だがとてもじゃねえが父娘の会話には聞こえなかった。むしろ……馬鹿げた想像にも思えるが…お前は一体何者なんだ?」

今さら何を言ってるんだろ?

でも勇者さまの目は真剣だ。

「魔王ですけど」

勇者さまは何も言わず、後ろでジェンニが椅子からひっくり落ちた音だけがした。




 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *




つまり勇者さまは別に私が魔王だと気付いたわけではなかったってことだ。

じゃあなんで帰れなんて言ったんだろう?

「常識がねえとは思っていたがまさか魔王とはな…」

「はー!!? 隊長ってばリュリュちゃんの言ってること信じるんすか!? 一歩譲っても信じられるのはせいぜい魔族ってことまででしょ! 魔王だなんてありえないっすよ!!」

「尋常じゃない力といい、ヴィサの態度といい、どう説明するんだ」

「や、そりゃ…超上級魔族…とか」

「そんな嘘をつく理由もねえよ。上級魔族だってああも軽々と屁でもこくみてえに魔術なんぞを使われてちゃたまらねえ」

「じゃ、じゃあ! なんで魔王が勇者に恋するんすか!」

「恋ってお前な…」

「どー考えてもあれは恋でしょ! 甘じょっぱい初恋でしょーが!! それは置いてもどこの世界に天敵にほいほいくっついて来る魔王がいるんすか!!?」

「落ちつけよ。そりゃ、それこそ俺が勇者じゃないってことだろ」

えー、ちょっと!

「異議ありー!!」

勇者さまはなんでいつまで経っても勇者っていう自覚を持たないんだろう。

目の前に魔王がいるっていうんだからもっと意識してくれてもいいと思うのに!

「勇者さまは勇者さまです! だって魔王の私がこんなに強く興味を持つ人間なんて勇者以外に考えられないもん! なんでただの人間を美しいと思ったり美味しそうと思ったり離したくなくなったり自分のものにしたくなったりするっていうの!? 今までそんなに欲しいものなんてなかったのに、我儘になって自分の欲求に忠実になって、また魔界を飛び出てきちゃった。そんなの勇者さまが勇者さまだって以外に考えられない」

勇者さまの草色の瞳がしばたいた。

本当に分かってるのかしらって気になる。

「ずっと勇者さまについていきますからね! 誰にも私を止められないんですから! 貴方には私を斬ることはできないから諦めて私を共に連れて行ってください」

勇者さまは私から目を逸らさずにまっすぐ見つめてくる。

険しい表情にも見えるけど、鼓動が変に揺らいで、脳味噌が茹だるくらいに顔が熱い。

やっぱり勇者さまにしがみついていないと駄目かも…。

うん、やっぱり抱きついてるのがすっごく落ちつく。

「…これ…なんていう脅迫? ……どーするんすか、隊長! 本当に魔王だったら世界最強の我儘娘っすよ。置いてくとか追っ払うって選択肢はないっすよ」

「言われなくてもな…こんな劇薬みてえな娘、捨てておけるか」




 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *




「あれが王都の城ですか?」

「そ。でけえ城だからもう見えてるけどここから2日はかかるよ」

「川を越えることを忘れてるだろ。2日じゃ着かねえよ。だが、帰って陛下に色々報告しなけりゃならないことを思うと頭が痛いな」

「リュリュちゃんのこと、なんて説明するつもりなんすか?」

「魔王とか魔族とか言っても誰も信じるはずねえからな。ヴィサの娘とでも言っておけばいいだろ」

「結局、初期設定を流用するワケっすね」

「それが一番真実味があるんだから仕方ないだろ」

「ははは」

山の間から見え隠れする城が勇者さまの城らしい。

「あそこに帰れればいいんですよね?」

「まあな。なんだかんだ言ってさっさと帰りたいところだがな。仕事も山積みになってるだろうし」

「それを聞いて俺は逆に帰りたくなくなったっす」

「帰りたいと仰るなら今すぐ帰りましょう!」

そう言ったら勇者さまが振り返ってくれた!

後ろ姿も良いけどやっぱり一番はあの草色の瞳だと思う。

「そんなことまでできるのか?」

「できますよー、ほら!」

それくらい簡単にできる。

あの城の中心!と思って移動したら、やっぱりまだ魔力がうまくコントロールできないみたいで、足元の地面深さ1mくらいと横に立っていた巨木も一緒に着いてきてしまった。

おかげで床に敷いてあった赤い布の上やら床やらに土が飛び散ったし、身を支えられなくなった巨木が音を立てて倒れた。

その拍子に土埃や木の葉が舞い上がる。

「国王陛下!! お怪我はございませんか!!!」

「暗殺者か!! 魔術師の仕業か!?」

「衛兵は何をしているーー!!!」

「きゃー! 陛下の美しい御顔に傷が!!」

「いやだ! 私が治してさしあげますわ!」

「なんですってぇっ! それは私が、ってあら! 御召し物にも破れが!」

「ここまで正確に玉座を攻撃してくるとはいったいどんな魔術師が…」

「一体どこの国の仕業だ!!」

なんだか騒々しい。

魔城でここまで騒がしくしたらヴィサが黙ってないもんね。

それよりも失敗の後始末をしなきゃ勇者さまに怒られちゃう。

燃やして片付けたら、今の不安定な魔力じゃ城ごと燃えちゃうだろうし、困った。

困って勇者さまを見上げたら、燃えるような青葉色が私を睨みつけていた。

あれ、既視感?

「こんのクソガキがっ!!!」

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