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祈りが通じたというよりは、時が自然と許してくれたのだと栗栖崎は感じていた。
文治は栗栖崎を認識し、それにともなって自分自身のことも認識したようだ。
そうなると、おれとおまえはいっしょにいる、というのが文治のしごく自然な考えで、栗栖崎と自分についてどうとらえているのか、じつのところ栗栖崎にはこころもとない。
運転免許は、文治が行方不明になってから取得する計画を立てた。探しに行くのに便利だろうと思ったからだ。免許が発行されたのは、その目的の人物が帰ってきてからだった。
「ぼくは文治の何だろう。恋人とおもってくれてるか」
文治の顔に走った感情は、なんでそんなもの、といっているようにみえた。
栗栖崎は中古車のハンドルを握る手の平にじわっと汗をかいた。
「文治、ぼくは文治が好きだ」
「おれも栗栖崎のこと好きだよ」
車の窓を開けた文治の声が、とぎれがちに届く。
文治が娘の純子と対面してから数日後、今度は父親と再会していた。昨夜は生家に戻っていたのだ。
父親に引きずられるようにして連れて行かれた文治を見送ったあと、栗栖崎はペットの世話をし、家の掃除をゆっくりとして回った。
これからどうなるのだろうという不安を、掃除機の騒音でまぎらわせた。
今日の午後になって文治から迎えにきてほしいと、電話がかかってきた。
陽気は夏にちかく、桜前線は北上しきっていた。窓から入ってくる風が心地いい。
窓の外の風景は郊外の緑から、住宅地にかわりつつある。文治の母が入っている施設からの帰路だった。
「お互いが好き同士なら、それは恋人同士ってことにならないか」
「ああ、まあ、それでもいいけど」
それでもいいって、どういうことだろう。
栗栖崎はアクセルを踏み込みそうになる自分を制した。
施設の最上階にある喫茶店で文治は父親にむかっていってくれた。
――おれ、栗栖崎とじゃなきゃ、生きられないよ。
つまりは、何より大切なことはそういうことじゃないのだろうか。
道路はまっすぐに伸びている。
ときどき下りる箇所があり、道が別れる。
一台の車に乗っているふたりは、とりあえず栗栖崎がハンドルを握ってはいるが、それが主導権といえるかどうか。そう、それは随分とあやしい。
それでも行く先がふたりで、ということであれば文句はない。
終わり