21.もう一人ではない
「順番に話す。逃げずに、全部話す」
リーゼは黙って頷いた。
カイルも、何も言わずに、まっすぐアシュリードを見ていた。
「まず——父がしたことについて」
アシュリードの声が、少し震えた。
「ヴェルダを奪ったのは、俺の父だ。お前たちの家族を、国を奪ったのは、俺の父だ。
俺は王子として、あの国の血を引いている。謝って済む話じゃないとわかっている。それでも——」
深く、頭を下げた。
「申し訳なかった」
リーゼとカイルは、その背中を見つめた。
カイルの拳が、膝の上で固く握られていた。
リーゼが何か言おうとしたが、アシュリードが先に続けた。
「次になぜ、今まで話さなかったか」
リーゼが目を上げる。
「リリーが記憶を失っていると、叔父上の手紙で知っていた。いつ、どう話せばいいのか、わからなかった。下手に話せば、もっと苦しめると思った。
俺の都合だったのかもしれない。話す勇気がなかっただけかもしれない。でも、リリーが思い出すまで、待つしかないと思った」
リーゼは黙って聞いていた。
記憶を失っていたあの頃の、靄の中の不安を思い出した。
「……うん」とだけ、リーゼは言った。
「それから、カイルのことだ」
アシュリードの表情がわずかに硬くなる。
「リリーの弟だと、ずっと前から気づいていた。父が連れてきた子を見た瞬間に、わかった。
カイルが連れられた時、まだ小さく、俺が知っていることで彼に危険が及ぶ可能性を考えた。
その後、皇帝の後継ぎとしての教育がスタートし、敵か味方か、分からなくなった。だから、迂闊に近づけなかった。リリーにも、カイルにも、本当のことを言えなかった」
カイルは、何も言わずにアシュリードを見ていた。
その目に、もう疑いの色はなかった。
ただ、静かに頷いた。
「……そうだったんですね」
アシュリードは、一度窓の外を見た。
「俺は今、反乱の準備を進めている。旧ヴェルダの騎士団長と繋がりを持って、もう何年も動いている。
表では何も変わらない顔をして、裏では——」
そこで言葉が止まった。
「ずっと、一人だった」
その一言に、これまでの八年間が詰まっている気がした。
「リリーが生きていると知った時、初めて、何のために戦っているのか、はっきりわかった気がした。リリーが笑える国を作りたい。それだけが、今の俺の本当の目的だ」
リーゼはしばらく言葉を失った。
父と母の顔。
エルドの笑顔。
押し花を渡したあの日のアシュの姿。
いろんなものが胸の中で渦を巻いた。
カイルも、何も言わずに二人を見ていた。
「アシュリード様」
リーゼは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「わたしは、怒っています」
アシュリードが、息を呑んだ。
「家族を奪ったのは、あなたではない。それは、わかっています。でも、あなたが、ずっと一人で抱え込んでいたことに、怒っています。
なぜ、もっと早く、誰かに頼らなかったんですか」
アシュリードは何も言えず、ただ顔を伏せた。
「……すまない」
「謝らないでください」
リーゼは、少し強く言った。
「謝ってほしいわけじゃないんです。ただ、もう一人で抱えないでほしい」
その時、カイルが口を挟んだ。
「僕も、同じことを思います」
アシュリードが、驚いたようにカイルを見る。
「あなたも、ガルドの被害者だ。それなのに誰にも頼らず、一人で背負っていた。それが、僕はとても腹が立ちます」
短い言葉だったが、そこには、ヴェルダの王子としての強さと優しさが宿っていた。
アシュリードは、しばらく何も言えなかった。
カイルとリーゼ、二人の視線を受けて、ただ深く頭を下げた。
「……ありがとう」
小さな声だった。
それでも、ちゃんと二人に届いた。
リーゼはアシュリードの顔を見て、まっすぐに言った。
「アシュ。わたしも、もう一度あなたに会えてよかった」
アシュリードが顔を上げる。
その目が、ひどく頼りなく見えた。
少しの沈黙のあと、リーゼは続けた。
「わたしも、自分にできることをします。守ってもらうだけではいられません」
アシュリードは、しばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐いた。
「……わかった」
カイルも、静かに頷いた。
「僕も、もう一人で動くつもりはありません」
部屋の中に落ちていた重い空気が、少しだけ軽くなった気がした。
まだ何もかも片付いたわけではない。
これからのこと、三人それぞれの立場。
答えの出ないことは、まだたくさんある。
それでも——
もう、誰も一人で抱えなくていい。
そのことを、三人は静かに確かめあっていた。
「最後に一つだけいいですか。ずっと気になっていたのですが……リリーって何ですか」
突然の問いに、リーゼは瞬きをし、アシュリードはわずかに目を細めた。
そして、にやりと笑ってカイルを見る。
「ああ。リーゼのことを、リリーと呼んでいる」
カイルが勢いよく立ち上がった。
「不敬だ! 馴れ馴れしく姉上のことを、リ……リリーと呼ばないでください!」
アシュリードは肩をすくめ、わざとらしく余裕の笑みを浮かべた。
「うらやましいか?」
「は!? 何がですか!」
「呼びたければ、お前も呼べばいい」
「そういう問題じゃなくて!」
カイルが真っ赤になって抗議する。
アシュリードは完全に楽しんでいる顔だった。
「アシュ、カイルで遊ばないでください!」
リーゼが慌てて言うと、カイルがすかさず反応する。
「アシュ……?」
その一言に、リーゼが固まった。
カイルはさらに詰め寄る。
「お二人はどういう関係なんですか!姉上、あの男に騙されてはいけません。城ではヘラヘラ笑っているくせに、裏で怖いことしてるんですよ!」
「それは、お前も同じだろう」
「今は姉上と話しています!」
リーゼはとうとう吹き出してしまった。
「ふたりとも……本当に、仲がいいんですね」
「よくない!」
「よくない!」
二人の声が見事に揃い、リーゼはさらに笑いをこらえられなくなった。
重かった空気は、もうどこにもなかった。




